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2008年2月 アーカイブ

2008年2月28日

A. 宗派の教義と相反する異なる教えを標榜した場合や、重犯罪を犯した場合などが考えられます。

お坊さんが破門される、ということについてですが、これは、各宗派それぞれに宗教法人としての規定がありますから、それによっていろいろに決められているかと思います。

浄土真宗本願寺派に限って言えば、この「破門」の処分に当たる場合として、

・「『宗制』に定める教義に相異する義又は相異する虞(おそ)れのある義を主張して、宗門の秩序を紊(みだ)し、勧学寮の教諭に服しないもの」
・「仏祖に対する不敬の行為によって、宗門の秩序を紊(みだ)したもの」
・「禁固以上の処刑を受けて、僧侶の本分に背いたもの」

などの決まりがあります。宗派の教義に相反するような事を言うということは、別の教え、宗教になってしまう、ということでもありますしね。

その昔親鸞聖人は、息子の善鸞が、教えとまったく異なる事を吹聴した為に、親子の縁を切る、「義絶」をしたということも言われています。僧侶でありながら、仏法にそぐわない教えを述べるというのは、仏法を傷つけ、敬うべき仏を誹謗することでもありますから、重罪であるということでしょうね。

また、僧侶でありながら重大な犯罪を犯し、社会秩序を乱した者も、「破門」されるというのも、わからないことではありません。

ただ僧侶といえども人間。縁によっては人を殺してしまう事が無いとは言えません。そう言うことも考慮されてなのかどうかはわかりませんが、最近本願寺派では、「破門」という処分は、その人個人の信仰をも奪いかねないものであるとして、「破門」をやめて、「僧籍剥奪」の処分に制度を変えようとしているようです。犯罪を犯したことは、当然罰せられるべき事ですが、宗門から追い出し信仰を奪うことは、仏教教団としての趣旨に反する、ということでしょうね。

2008年2月28日

A. お寺それぞれに由来があるかと思います。

そう言えば最近、運慶作の大日如来像がNYにてオークションにかけられると言うニュースがありましたね。日本の貴重な文化財ですから、海外に流出してしまうよりは、国内にあって欲しいな、と、仏像好きとしては思ったりもします。しかし、落札予想額が約2億円とは…驚きです。

さて、そのお寺の仏像はどこから来るか、ということですけども、お寺それぞれに由来があるかと思います。お寺を建立するのに合わせて仏師に作ってもらったりとか、何かの機会に有力者から寄進・奉納していただいたとか、お寺でお世話になった方が、お礼に彫ってくれたとか、大きなお寺や本山から下附されたなど、いろいろにあるかと思います。

現代の場合では、仏師さんに作ってもらうなり、仏具屋さんから買う、というのが一般的ではないかと思います。ネットでも、「仏像」と検索かけると、たくさん製作や販売を受け付けるサイトが出てまいります。もし新しい物より、年季の入った古い仏像が良いと言う場合には、それこそオークションでは無いですけど、古物商などから手に入れることもあるかもしれませんね。

ちなみに本願寺派では、阿弥陀仏の絵像や「南無阿弥陀仏」と六字名号が書かれたものなどを下附しております。

2008年2月21日

A. 参拝するのは個人の自由です、が

靖国参拝に関して、ですが、これはお坊さんによってもいろいろ考え方が違いますので、私の私見として、思うところを述べさせていただきます。

さてこの靖国神社。神社というくらいですから、神道系の宗教施設です。しかし、戦争に行かれて亡くなったご遺族からすれば、大事な家族が祀られている場所となりますので、参拝したいと思われるのは、ごく自然な気持ちですし、仏教徒だからといって、参拝してはいけないということはないでしょう。亡くなった方の事を思うのに、宗教や宗派の違いなんて、本当は関係ありませんからね。

ただ、靖国神社には、諸々問題点もありまして、戦没者を祀る施設としては、不完全な物である、という事実もあるようです。

例えば、靖国神社で祀られている方は、「国事に殉じたもの」となっているそうです。つまり、お国の為に戦い亡くなった人を祀るという事で、戦地に赴いて亡くなった方々は祀られても、空襲や原爆によって亡くなった、多くの民間の人々は、その条件に満たされず、靖国には祀られていません。また、靖国神社は、明治政府発足にあたり、その新政府の為に戦い亡くなった方を祀る施設としてスタートしたそうですが、明治政府に抵抗した旧幕府軍や西南戦争での西郷隆盛を初めとする人たちも除外されているなど、戦没者を祀り、平和を願う為の施設としては不完全で、国家の意図に偏っているという問題があります。

また、戦争で亡くなった方は、自動的にとでも申しますか、本人や遺族との意思とは関係なく靖国に祀られる為、熱心な仏教徒の方が、そんなことはして欲しくない、と言っても、亡くなった方の霊は靖国にある、と断固として拒否された、という話も耳にしたことがあり、信教の自由の面からも、一つの宗教に偏っているという問題もあるといわれます。

また近年は、首相による靖国参拝が問題となっていますが、これは、戦没者に対して参拝すると言うよりも、選挙や外交の為の、政治的な意味合いが強く感じられるのも、問題かなと思います。

ただもちろん、靖国神社を参拝することは悪い事ではありませんし、個々人それぞれの想いで、参拝すればよいと思います。

しかし、もし本当に、戦争で亡くなられた方のことを思い、真の平和を願うのであれば、一つの宗教や団体に偏ったりせず、国家や政治の意図から離れるべきですし、日本人だけでなく、アメリカ人、中国や朝鮮の人々も含め、戦争で亡くなった人全ての方々を祀る、宗教も国も民族も越えた施設を作り、参拝者それぞれが、それぞれのやり方で、参拝し、平和を願えるようにできれば、より良いのではないかなと思います。

2008年2月21日

A. 基本的に不合格は無いかと思います。

得度するに当たり、不合格があるか、と言うことですが、まず浄土真宗本願寺派に限って言えば、不合格はほぼ無いかな、と思います。本願寺派で得度するためには、得度習礼という合宿があり、実技・筆記の試験などもありますが、合否を決めるというよりも、最低限の知識や儀礼作法を身につけているかを測る為のもので、試験の成績が悪い場合は、フォローして再試験、という形になりますから、基本的に不合格は無いかと思います。ただ、その合宿中に、体調を崩すなどして、最後まで達成できない場合は、その限りではありません。

その他の宗派につきましては、得度するために、師僧に指導をまず受け、得度式を受けるという形を取るか、各宗派の大学に行って、専門の単位を取る事から始まるようですが、得度は僧侶としてのスタート地点に立つ事。ですから、僧侶となりたいという確固たる意思を持った人であれば、得度できない、ということはまず無いのではないかな、と思います。

まあもちろん、素行が悪いなどの問題があれば、その限りではないかもしれませんが、基本的には、僧侶となるための門戸は、誰にでも開かれたものですので、僧侶になりたい強い気持ちがあれば、大丈夫かと思いますよ。

2008年2月14日

A. 特に相談しなくてはいけない事はないですが…

引っ越しにあたり、お仏壇を買い替えたいとのことですが、特にお寺に相談しなくてはいけないことがある、と言うことは無いかと思います。お仏壇を買うに当たっては、宗派によって微妙に違いますが、お仏壇屋さんに宗派をキチンと伝えれば問題ないですし、古いお仏壇を、引き取ってくれるお仏壇屋さんもありますから、その辺も、お仏壇屋さんと相談されればよいかなと思います。

もし相談する事があるとすれば、古いお仏壇の中に、いろんな物が入っていることがあります。それがどんなものか、この後どうするか、ということがわからない場合は、一度相談すると良いかもしれません。

また、引っ越し・引き取りをする前に、最後にもう一度お坊さんを呼んで、一緒にお参りをすると良いのではないかな、とも思います。よくそれを「お精根抜き」とか「お魂抜き」というように申しますが、お仏壇は、仏さまの世界=浄土の相(すがた)を、毎日礼拝できるようにと形に表した物。いわば、仮に形作った物です。本来「仏」とは、一ヶ所に留まるような存在ではなく、ありとあらゆる所へとはたらきかける動的な存在です。ですから、お仏壇の中に仏さまや、或いは亡くなった方が住まわれている、というわけではありません。

ですので、「お精根抜き」と言う意味のお参りではなく、今まで先祖・家族ともどもに大事にされてきたお仏壇ですから、最後に「ありがとう」と、感謝の思いをこめて、お坊さんを呼んで、一緒にお参りをしていただければよいのではないかなと思います。

もちろん、それは必ずしないといけない、しないと悪い事が起こる、と言う事ではありませんので、余裕があれば、で結構かと思いますよ。

2008年2月14日

A. 縁起は悪くも良くもありません。切れたものは、直せます。

お参りなどに行きますと、「念珠(数珠)が切れたんだけど、縁起が悪いからお払いしてもらうべきですか?」と言う質問を受けたりします。しかし、念珠が切れたからといって縁起が悪いと言う事はありません。確かに大事にしていた物が壊れてしまうのは、残念でありますが、もし念珠が切れて悪い事が起こるようであれば、年中念珠を持っているお坊さんは、念珠をよく切ってしまいますから、頻繁に不幸な目に遭う事になります。

その逆もあって、良いことの兆と考える方もおられますが、念珠はかつて流行ったミサンガのような願掛けの道具ではありませんから、そういうこともありません。

では切れた念珠はどうすれば良いのか。種類にもよりますが、最もポピュラーな一輪念珠(略式念珠・単念珠)であれば、専用の紐さえあれば、直すことが出来ます。私も、年に一回位の頻度で切ってしまいますが、自分で直して使っております。念珠も、思い入れがあるものであったり、素材が貴重な石や木の実などを使っている物もありますしね。

しかし、自分で直すのは、専用の紐だけでなく、やはり慣れも必要ですから、そう言う時は念珠屋さんにお願いするのが一番かと思います。これなら、大き目の二輪のものでも大丈夫ですしね。もし、親しいお坊さんがおられれば、直せるか聞いてみるのも良いかもしれません。

また、もう不必要な物であれば、処分するしかないでしょう。捨てたからと言ってバチがあたる物ではありませんから、最後に「ありがとう」と伝えて捨てるか、お寺や念珠屋さんに処分をお願いするのが良いかと思います。

2008年2月 7日

A. 正確な数はわかりません。

仏教にはいろんな宗派があり、宗派ごとで使うお経が違っていたりと、お経って一体どれだけあるの?と言うことは、疑問に思われる方も多いかと思います。しかし、その正確な数まではわかりません。

と言いますのも、お経はブッダのお言葉を、お弟子さんたちが後に編纂した物なのですが、ブッダの伝道スタイルと言うのが「応病与薬」、つまり病に応じて人に薬を与えるように、人の悩みに応じて法を説かれた為、その数は膨大な物になります。それが後にいくつかの経典としてまとめられていったわけです。

また、お経と一口に申しましても、狭義ではブッダの語られた仏となるための教え=「経」を指しますが、広義では、戒律をまとめた「律」や、ブッダの教えを注釈した「論」もお経とみなされます。この「経」・「律」・「論」の三つを合わせて、「三蔵」と言います。三蔵法師とは、この「三蔵」を求められたお坊さん、と言うことです。

さらに、お経は元々インドのものですが、それがチベットや中国へと伝わる中で翻訳がなされ、一つのお経でも、何人ものお坊さんが訳されたため、何種類かの訳が異なるお経もあります。例えば、『阿弥陀経』というお経では、これは鳩摩羅什(くまらじゅう)というお坊さんがまず漢訳され、後には「西遊記」で有名な玄奘三蔵が同じお経を漢訳しておられます。そう言うわけで、お経は大変多くあり、はっきりと申し上げられないわけです。

ですが、「法句経」「阿含経」「維摩経」「華厳経」「涅槃経」「般若経」「法華経」「浄土三部経(無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経)」などが代表的なものとして挙げられるかと思います。

2008年2月 7日

A. ひどいと言えばひどいですが…

ブッダは、出家する前にはゴータマ・シッダールタという名の、シャカ族の王子でした。出家されるのは29歳のころですが、16歳のころに、ヤショーダラーという女性と結婚され、ラゴラ(ラーフラとも)というお子さんもおりました。その妻子を捨てて、出家していかれたわけですから、妻子だけでなく両親にとっても、それは大きな悲しみだったと思いますし、一般的に考えても、ひどい行いであると思えなくもありません。

しかし、ブッダご自身にとってみれば、自分だけが王子として贅沢この上ない暮らしをしている事に葛藤を覚えたでしょうし、自分自身が、そして世の人々が「生老病死」という苦を抱えている現実に直面し、漫然と生きていく事に疑問を感じられ、悩み抜かれた上での決断が、出家という道だったのだと思います。

これはあくまで推測ですが、出家にあたり、家族の事をどうするかで葛藤もあったことでしょう。しかし、それを二の次にしても、求めるべき物があると決断され、地位も名誉も財産も全てを捨てていかれたわけです。

しかし、家族を捨てたとは言え、その後全く家族の事を無視したわけではありません。6年の修行の後、さとりを開いて仏(ブッダ)となられた後、故郷に立ち寄り、家族に会っていろいろな説法をし、それによって両親も、ヤショーダラーも、ラゴラも、ブッダに帰依したと言われています。

出家、そしてさとりを得て仏となった後、家族と家庭生活をしたり、特別視することはなかったかもしれませんが、多くの人の苦を解決し、家族にも苦悩を解決する道を示すことで、真の救いを与えたわけですから、ブッダの行いを一概にひどいと非難することはできないのではないかな、と思います。

アニメ一休さんで、お坊さん同士が「そもさん、せっぱ!」と問答を掛け合うシーンがありますね。この連載では、ふだん聞きたくてもなかなか聞けないお寺や仏教への素朴な疑問に、お坊さんがわかりやすく答えます。読者のみなさんからの質問も、お待ちしています!
(なおご質問は、メールでinfo@higan.netにお送りください。みなさまからいただいたご質問の中からいくつかを取り上げさせていただきます。)
ケンユウ
石川県のとある温泉街に住む僧侶。みなさんからの質問に、わかりやすく答えます。
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