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2007年10月 アーカイブ

2007年10月25日

A. 3~10カ国といったところでしょうか。

世界に仏教国がいくつあるか、というご質問ですが、まず何を以って「仏教国」とするか、によって数は変わってくるかと思います。仏教を国教としている国を仏教国とするならば、タイとカンボジアのみで、それにブータンがチベット仏教を国教とする国だそうです。

仏教徒が多い国を仏教国と考えるならば、上記の国に、日本、ベトナム、ビルマ(ミャンマー)、スリランカ、中国、韓国、といったところでしょうか。ちなみに、最も仏教徒が多いのは、意外な事に中国で、次いで日本、だそうです。

ただし、これは人口に対しての比率ではなく、仏教徒がただ多く存在する、というだけですから、人口における仏教徒の割合が高い国を仏教国と考えるならば、タイ、カンボジア、ブータン、ベトナム、ビルマ(ミャンマー)、スリランカ、ラオス、日本がそれに該当する国と考えられます。

ちなみに、仏教発祥の国であるインドも、お釈迦様誕生の地であるネパールも、現在はヒンドゥー教徒が多く、インドにおいて仏教徒は人口の1%にも満たないということなので、残念ながら仏教国とは言えなさそうです。

ただ、近年ではヨーロッパやアメリカでも、徐々に、ではありますが、仏教が受け入れられてきていますので、今後、仏教国が増えることもあるかもしれませんね。

2007年10月25日

A. あります。

お坊さんの衣に衣替えがあるのか、ということですが、あります。ちょっと他宗のことは定かではないですが、私が所属する浄土真宗本願寺派の服飾規定では、世間と同じように、6月1日に冬用の衣から、夏用に衣替えし、10月1日に、冬用の衣に衣替えをするように決められております。

具体的にどう変わるのか、と言う事ですが、その前に、大抵お坊さんは、3枚の衣類を着けています。一番肌に近いところから襦袢(じゅばん)、その上に白衣(はくえ)を着ます。この2枚は下着のようなもので、この上に、黒い衣や、色のついた法衣を着、そして、その上にお袈裟を着けます。

で、それぞれに、気候に応じて夏用と冬用があるわけですが、その大きな違いは、素材と、生地の厚さや織り方でしょうか。夏用の下着は、綿の、軽くて吸湿性の高いもので、冬用では、ウールが使われたりします。法衣に関しては、夏冬ともに、絹か化学繊維を用いてありますが、生地の厚みと、織り方が異なります。冬用の法衣はみっちりと織られていますが、夏用は、なんと言うか、透け感のある風通しの良い織り方がされています。

しかし、衣替えすると言ってもその程度で、洋服のように袖や丈の長さや形が変わったりすることはありません。ですから、よほど注意して見ないと、その違いはわからないかもしれませんね。

2007年10月18日

A. 世界で最も高名で勝れた仏教指導者、でしょうか。

この質問は、日本の僧侶の皆さんが、ダライラマ法王のことをどのように見ておられるか、私にはちょっとわかりかねますので、多分に私の主観になってしまうのですが・・・それでもよければお答えさせていただきます。

ダライラマ法王は、皆さんもご存知とは思いますが、世界各国を回り、講演や平和活動を行なわれ、ノーベル平和賞も受賞された、チベット仏教の最高の指導者であります。また、仏教の教えに関しても大変深く学ばれておられる方ですので、同じ仏教徒として、日本のお坊さんにとっても、ダライラマ法王は、大きな存在と言えるかと思います。

とは言え、仏教にはいろんな宗派や教えのタイプがありますので、それぞれの宗派によって少しずつ、ダライラマ法王に対する意識は異なるような気がします。例えば、チベット仏教は密教系の仏教ですから、同じ密教の流れを汲む真言宗や天台宗のお坊さんにとっては、より特別な存在と言えるかもしれません。

それでもやはり、如何なる宗派のお坊さんであっても、お釈迦様の教えを学ぶと言う点では同じでありますから、ダライラマ法王が実践面と教義の深い理解とを兼ね備えた、偉大なる仏教指導者であることは、疑いのないことでありましょう。

私も、できることなら一度はそのお話を、生で聞いて、勉強させていただきたいものです。

2007年10月18日

A. あります。

仏教において聖地があるか、と言うご質問ですが、答えは「ある」です。イスラム教においてメッカが聖地とされるのは、イスラム教の祖、ムハンマド生誕の地であることが大きな理由ですが、それと同じように、仏教でもお釈迦様生誕の地であるルンビニーは、大切な場所とされます。他にも、お釈迦様がさとりを開かれたブッダガヤ、最初に説法をされたサールナート、祇園精舎や竹林精舎と呼ばれる仏教教団が滞在した地、お釈迦様が入滅されたクシナガラなどがお釈迦様の縁の地として、聖地に挙げられます。

また、仏教はインドから様々な地へ伝播しますが、その伝わった先でも、拠点となった土地は、やはり大切な場所として扱われます。例えば、チベットのポタラ宮もそうでしょうし、中国の五台山、天台山、日本では比叡山や高野山も、聖地と言えるでしょう。

ただ、これは私のイメージですが、仏教にとって上記のような聖地は、大切な場所ではありますが、イスラム教における聖地ほど絶対的ではないかもしれません。仏教において真に大切な事は、その土地ではなく、教えそのものです。ですから、私が仏教に触れる事のできる場所が、ある意味では聖地と言えるかもしれませんね。

2007年10月11日

A.着れます。

お坊さんの結婚式、となりますと、方法は仏前結婚式がほとんどかと思います。仏前となりますと、式を行なうのは、大抵お寺の本堂になりますし、なんと言ってもお坊さんの結婚式ですから、新郎さんはお袈裟と衣を着けるでしょう。そうすると、新婦さんはウェデイングドレスを着る、というわけにはいかないですよね。やはり白無垢か、十二単と言った、和装で合わせなければなりません。

しかし、お坊さんと結婚したい女性の中にも、やはりウェディングドレスを着たい!という方もおられるでしょう。まあ、ドレスを結婚式できれないからと言って、結婚を辞める、という方はおられないかと思いますが、やはり純白のドレスを着るのを諦め切れない方もおいでかもしれませんよね。

でも大丈夫。お寺の本堂で行なう結婚式では着れないですが、どうしてもウェディングドレスが着たい方は、その後の披露宴で着ればいいのです。人生で最も輝かしい瞬間ですし、ウェディングドレス着る機会なんて、そうそうあるものではありませんから、披露宴で、和装からウェディングドレスにお色直しして、タキシードにお色直しした新郎、或いはお父様と一緒に入場、なんてのもアリだと思いますよ。

2007年10月11日

A.結婚式から参加する場合は持参したほうが良いでしょう。

お坊さんの結婚式は、大抵がお寺の本堂での仏前結婚式になります。結婚式も、仏様の前で行事を行なうと言う事で、一つの仏事になりますから、短いですがお勤めもしますし、必ず合掌礼拝も致します。ですから、式から参加される方は、是非お念珠を持参してください。

ただし、披露宴からのご出席の方は、必ずお念珠を持たなくてはならない、というわけではないでしょう。披露宴では、仏事が行なわれるわけではありませんので、お念珠が無くても、差し障りはないと思います。でも、もし心配な方は、お持ちになってみてはいかがでしょうか?そんなにかさばる物でもありませんし、折角お坊さんの結婚式に出席するのですから、なかなか持つ機会の無いお念珠、持って行ってみるのも良いかもしれませんね。

2007年10月 4日

A.あります。

ミャンマーでの出来事ですが、軍事政権の横暴によって尊い人命が虐げられているのは、大変心苦しい事であり、亡くなられた方々には、謹んで哀悼の意を表します。

さて、お坊さんが政治に関わる事があるのか、という質問ですが、答えは「ある」です。今では、政教分離が日本の政治の原則としてあり、国家が特定の宗教団体に対して援助したり圧迫したりすることは禁じられていますが、かつては日本の政治と仏教は深く結びついていました。聖徳太子の頃や、奈良・平安時代では、朝廷が仏教を用いて国家の安定を図ろうとしていたため、仏教が保護され、僧侶が政治に対して影響力をもっていたことは、想像に難くないでしょう。

他にも歴史を紐解けば、徳川幕府成立時に、天海という僧が政治に関わっていたり、彼岸寺にて安藤優一郎先生が連載されております「江戸のお寺浮世草子」でも、お坊さんが大奥と関わりを持つことで、政治にも影響していた事が書かれておりました。どうやら近代以前では、お坊さんが政治に関わることは少なからずあったようです。

しかし現代では、先ほども書いたように政教分離の原則がある為に、お坊さんが政治に大きく関わるということは、それほどありません。とは言え、国会議員として活躍されているお坊さんもおりますし、国家の政策に対して、抗議を行なうなどのアクションを起こすこともありますので、今でも政治に全く関わりを持たない、というわけではありません。

僧侶と言えば、俗世から離れた存在として考えられがちです。もちろん、世を捨て一人山に篭り修行されたお坊さんもおりますが、権力の中枢と積極的に関わった怪僧もおりました。しかし、ただ自らの道や利益だけを求めるのではなく、世の人々の為に救いの道を説こうと、実社会に深く根ざしたお坊さんもたくさんおられます。ですから僧侶は、決して社会と隔絶した存在ではないのです。

同じように、現代でも僧侶も社会の一員として役割を果たすべきであると考えられております。ですから、その延長として、僧侶も政治と関わることが必要な場面もある、ということでしょうね。

2007年10月 4日

A.国によって違う、ということではないようです。

もともとお坊さんの衣服と言うのは、財産になるような私有物を持つことが禁じられていた為、雑巾のような古布を縫い合わせて作られた、糞掃衣(ふんぞうえ)と呼ばれる物が由来となっております。

その糞掃衣は、インドのある王様が、仏教僧と、バラモン教の僧とを間違えた為、一目で仏教僧とわかるように、服飾規定が設けられ、純色と呼ばれる青・黄・赤・白・黒に色を混ぜて濁らせた壊色という色が基本とされ、草木の汁や、鉄サビなどを使って染められた、と言われます。「袈裟」と言う言葉も、インドの言葉で混濁色意味する「Kasaya(カシャヤ)」という言葉に漢字を当てたものだそうです。

ではなぜ、国によって衣の色が違うのか、ということなのですが、国というよりも、宗派や文化による違い、と考えたほうがよいのかもしれません。日本でも、各宗派によって、衣に関する決まりはそれぞれ異なりますし、東南アジアと日本では、仏教のタイプも、また文化や気候も大きく異なるため、衣の色が異なってきたと考えられます。

東南アジアの衣は、インドに気候が似ているため色も形も基本に忠実なものですが、日本の衣は、インドや東南アジアより寒い気候風土に合わせた形になり、黒色がよく使われるのは、慎み深さを表している、と言われます。

ただ、衣にはいくつか種類があり、日本で見る黒い衣は普段使いの物で、法要などでは色のついた衣を身につけることもありますし、普段も黒以外の衣をつける宗派もありますので、日本のお坊さんも衣は黒でなければならない、というわけでもないんですよ。

アニメ一休さんで、お坊さん同士が「そもさん、せっぱ!」と問答を掛け合うシーンがありますね。この連載では、ふだん聞きたくてもなかなか聞けないお寺や仏教への素朴な疑問に、お坊さんがわかりやすく答えます。読者のみなさんからの質問も、お待ちしています!
(なおご質問は、メールでinfo@higan.netにお送りください。みなさまからいただいたご質問の中からいくつかを取り上げさせていただきます。)
ケンユウ
石川県のとある温泉街に住む僧侶。みなさんからの質問に、わかりやすく答えます。
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