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2007年5月 アーカイブ

2007年5月31日

A.「ピンきり」です。

ど真ん中直球の質問が来ましたね(笑)
こういう質問が一番難しかったりするのですが、頑張って答えさせていただきます。

厳密に言えば、お経をあげて受け取ったお布施は、実はその僧侶のものではありません。なぜならお布施は、お経をあげてもらった事に対する労働の代価ではないんです。

と言うのも、お布施の対象は本来、仏さま、そして仏法に対してであり、ひいては、仏さまとその教えを護持するためのお寺の維持や、仏教を広める事業を支えるために為されるものであるからです。

なので、多くのお坊さんは、「お預かり」したお布施を持ち帰ってお寺への布施収入として計上し、そこからそれぞれお給料をいただくという形になってます。

ただ、檀家さんからすれば、対象がお寺であろうが僧侶であろうが、お金を出すことには変わりないし、それをもらっているのだから、その額が聞きたい、ということだと思うので、それにお答えするならば、ぶっちゃけ「ピンきり」です。

お布施をするという事は、物に対するとらわれの心を離れるために、自分の財産を喜捨、喜んで捨てるという修行であるというのが、本来の意義です。また、お布施をするということは、仏法に触れた喜びと感謝を形に表す行為でもあるので、額を決めるようなものではなく、人それぞれ、その時々のものなんです。なので実際には、100円のことだってあるでしょうし、大きな会社の社長さんのお葬式などでは、ビックリするような額のことも、稀に、ですがあるかと思います。

私の場合は、毎月の給料が決まっていますし、お預かりしたお布施はお寺に持ち帰ってそのまま会計に渡してしまいますので、自分でお布施の額を見ることはないです。

2007年5月31日

A.必ず切らなければいけないわけでもありません。

ご質問は、女性がお坊さんになったら、剃髪をしなければいけないのか、と言うことを聞いておられると思うのですが、必ずしも剃髪が必要とは限りません。と言っても、剃髪するかしないかは、完全に自由選択できる、と言うことではなく、宗派によって違いがある、と言うことです。

基本的には、男性であろうと女性であろうと、出家をして僧侶になる時には、お釈迦さまを倣って、剃髪することが慣わしです。ですから、僧侶の調髪が認められている浄土真宗においても、僧侶となる時、これを「得度」というのですが、男性は必ず剃髪します。

ただ、女性に関しましては、社会的なことを考慮して、浄土真宗では剃髪しなくても良い、ということになっていまして、剃髪したくない人は、うなじを剃るだけでOKです。

浄土真宗以外の宗派に関しては、禅宗などでは厳格に剃髪を必要とする宗派もありますが、近年では、僧侶も社会の一員であるし、積極的に社会と関わる事を求められますので、それを考慮して、女性は髪の毛があっても良いし、剃髪しても良いとする宗派もいくつかあるようですよ。

2007年5月24日

A.私はありません。

お寺って、確かになんだか夜は薄暗くて不気味で、いかにも幽霊が出そうな場ではありますよね。私も小さい頃は、夜の本堂は無茶苦茶怖かったことを思い出します。

それで、実際お寺に幽霊が出るのか、ということですが、そもそもお寺とは、僧侶が修行を行ったり、仏さまに礼拝したり、生きている私が仏さまや仏法に出会わせていただくための施設であり、いわば私がさとりを目指す場、仏と成るための場だと言えると思います。

そして、幽霊といいますのは、まあ通常、未練を残して亡くなった人の魂が、この世に彷徨い続ける存在として考えられるかと思います。

で、ここでは幽霊がいるかいないか、という議論は避けまして、お寺という性質と、幽霊の性質を考えていきますと、お寺に幽霊というのはちょっと矛盾する気がします。もしですよ、お寺に幽霊が出るとしましょう。するとその幽霊は、仏法に、仏様に出遇うことになります。そんな仏法に出遇った幽霊の事を、仏様は放ってはおかないでしょうし、仏法に出遇った幽霊は、恨みを抱えたままではなくなるんじゃないでしょうか。そうしますと、まだこの世に未練があって成仏したくない幽霊は、たぶんお寺には出ないでしょうし、もし幽霊がお寺に出たとしても、私は成仏していくんじゃないかなと思います。そう考えますとお寺って、実は怖い場所ではないのかもしれませんね。

2007年5月24日

A.ならないことはないですが、実際には共通言語としては使われていないと思います。

そういえば私が大学生の頃、キリスト教哲学の教授が、バチカンでのキリスト教哲学の学会では、ラテン語が共通言語として使えるんだ、というようなことを言っていたのを思い出しました。

で、仏教でもそういうことがあるのかな?と、ちょっと考えてみたのですが、そもそもお経の原典とされておりますのは、サンスクリット語やパーリ語と呼ばれる古代インドの言語で書かれたものです。この経典がチベットや中国、東南アジアに渡ったのですが、その際、お経の意味を正しく理解する為に、それぞれの土地の言葉に翻訳され、チベットにはチベット語に訳された経典、中国には漢語に翻訳された経典があり、日本で使われているお経の多くも、漢訳されたものなんです。

で、僧侶にとって大切なのは、言語の学習よりも、その教えの内容の理解や、仏道の実践ですので、通常は翻訳されたテキストを使います。もちろん、お経の理解をより深めるためには、お経の原典の言葉を学ぶことは大切になりますが、すべての僧侶が、会話に使えるほどその言語を学ぶ、ということはあまりないかなと思います。

ただ、音訳といって、古いインドの言葉の音に漢字を当てるという訳し方もあり、そういう音訳された言葉は、仏教の専門用語も多く、僧侶同士、通じる言葉もあるでしょう。しかしやはり、お経の原典の言葉を使って、いろんな国のお坊さんが会話するということは、あったとしても稀な事であると思います。

2007年5月17日

A. お付き合いをする上で困難はあるかもしれません。


うーむ、これは私もまだ経験したことがないですので、実に難しい質問ですねぇ。でも、別に、お坊さんが付き合う相手はお寺の人でないといけないとか、仏教徒でなくては駄目だとか言う事ではありません。宗教というものは、個人の信仰の問題ですから、どんな宗教を信じていても、それは大いに結構なことでありましょう。

ただ、問題が難しくなるのが、「熱心な」というところ。相手がどんな宗教を信じていても構わないのですが、お互い、自身の宗教にあまりに熱心になりすぎて、それぞれの宗教に対して拒絶・否定するようですと、関係を続けていく中でぶつかる面も出てくるかと思います。別に、こちらが僧侶だからと言って、相手を教化してやろうというつもりはなくとも、それぞれの宗教独特の考え方や感覚で、どうしても譲れない部分があるでしょうから、そこで衝突してしまいますと、折り合いがつけられなくなってしまう気がします。ただ、それぞれの宗教的価値観を受け入れられる寛容性がお互いにあるならば、そこはさほど問題にはならないかもしれません。

そしてもう一つ難しいのが、お坊さんとただ付き合うなら良いのですが、結婚となった時ではないかと思います。結婚となりますと、個人同士の問題だけではなくて、お寺というものが深く関わってきます。そうなりますと、お寺に入って生活を共にしてもらう以上は、できれば仏教に興味や関心、肯定的な姿勢を持って欲しいなと、私の個人的な希望としてはありますね。

2007年5月17日

A. あります。


お坊さんになるために、試験が有るのか無いのか、で言えば、試験はあります。ただしそれは入試や会社の就職試験のように、人を落とすための試験ではないのかな、と思います。

そもそも、お坊さんになると言うことは、出家をするというのが基本で、それは本来、仏道を歩みたいという強い意志があれば、誰でもできるべきことであります。それに仏教教団の側としても、その気持ちを受け入れないということはないかと思います。

ただ、現代の制度上、僧侶になるためには、その宗教法人から僧侶の資格というか、免許を受ける必要がありますから、試験も何もなしに、と言うわけにはいきません。やはり、仏教に対する知識や、儀式や作法についてを学ぶ必要があります。ですからお坊さんになるための試験は、僧侶になりたい人を拒むためにあるのではなくて、その学びのための意味合いが強いもの、として受け取っていただければいいのではないでしょうか。

ただ、宗派によって、その試験の内容は様々でしょうから、それに関しては、それぞれの宗派のご本山や寺院に尋ねてみられるのが一番良いかと思います。

2007年5月10日

A.来ません。

な、なんかすいませんね、初回なのに、夢も希望もない答えで。

と言いますのも、サンタクロースの名前の元は、聖(セント)ニコラウスさんで、「聖(セント)」というのでもおわかりかと思いますが、この方はキリスト教の聖人なんですね。ですから、仏教とサンタさんは残念ながら関係が無いですし、そもそもクリスマス自体がキリストの生誕を祝う行事ですから、仏教徒にとっては、なんでもない日であります。

しかし、子どもにとっては重大な問題で、かく言う私も、子どもの頃、みんながもらえるクリスマスプレゼントを、自分だけもらえないのが寂しくて悲しくて、なぜ家にはサンタさんが来ないの、って両親を困らせた事もありますねぇ(しみじみ)

でも、サンタさんからすれば、お寺の子どもだって、かわいい子どもに違いないでしょうし、こちらからちゃんとお願いすれば、お寺にもプレゼントを持ってきてくれるかも?しれません。

そう考えると、仏教だから、お寺だから、と言って、サンタさんやクリスマスをむやみに否定しちゃうのは、心が狭いのかもしれませんね。

2007年5月10日

A.相手が大きなお寺の後継ぎのお坊さんなどであれば、なれる場合もあるでしょう。

世間には、「坊主丸儲け」という言葉があったり、坊さんは税金を払っていない、なんて言われたり、坊さん=お金持ちだというイメージが定着していますが、社長という肩書きの人でも、みんなお金持ちとは限らないのと同じで、お坊さんもみんながお金持ちということはありません。

事実、過疎地域や、お寺が人口に対してたくさんある地域では、平日は普通のお仕事をしながら、土日に法務をしている、というお寺もたくさんあります。

税金に関しても、住民税や所得税などは、お坊さんもきちんと納税しておりますしね。

もちろん、中にはお金持ちのお寺もありますので、そんなお寺のお坊さんと結婚すればセレブになれるでしょう。でも、お坊さんよりも、IT企業の社長さんを選ぶ方が、セレブになれる可能性は高いと、私は思いますよ(笑)

まあ、セレブになる事が幸せになることとは限りません。それよりも、お坊さんと結婚する事で、仏法に触れる機会に恵まれるという意味では、お金では買うことが出来ない豊かさを手に入れる、心のセレブになることはできるかもしれませんね。

アニメ一休さんで、お坊さん同士が「そもさん、せっぱ!」と問答を掛け合うシーンがありますね。この連載では、ふだん聞きたくてもなかなか聞けないお寺や仏教への素朴な疑問に、お坊さんがわかりやすく答えます。読者のみなさんからの質問も、お待ちしています!
(なおご質問は、メールでinfo@higan.netにお送りください。みなさまからいただいたご質問の中からいくつかを取り上げさせていただきます。)
ケンユウ
石川県のとある温泉街に住む僧侶。みなさんからの質問に、わかりやすく答えます。
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