目次 > そもさん、せっぱ  そもさん、せっぱ RSS

Q. 日本にはどのくらいお寺があるんですか?またどの都道府県が一番お寺が多いのでしょうか?

A. およそ75,000です。

日本にはどのくらいのお寺があるのか、ということですが、総務省統計局のデータ(宗教・23-22のA)に依りますと、仏教系では75,924のお寺があり、その他の施設が1,830あるそうです。

で、都道府県別でお寺が一番多いのはどこか、ということですが、これも同じ総務省統計局のデータ(宗教・23-22のB)に依りますと、愛知県が5,145と最も多く、ついで大阪府、3位が兵庫県、4位が東京都、5位が滋賀県、6位が京都府となってます。ただしこの数字は、宗教団体の数であり、純粋に寺院だけの数ではないようです。

こちらのブログでは、ソースは定かじゃないですが、寺院数では5位が京都、6位が滋賀となってます。

それにしても、全国で、75,000もの寺院があるんですね。よく寺院の数はコンビニよりも多い、なんてことを耳にしますが、コンビニは全国でおよそ40,000店舗で、寺院数のほうが、相当数上回っているようです。ですが、コンビニほど、人々のお役に立てているのか、と考えると、少々複雑な思いがいたします。

都道府県別では、なるほど、愛知県がトップですか。ちょっと意外な気がいたします。なにか理由があるのでしょうか。京都や大阪、滋賀が多いのは納得ですが、奈良が意外と少ないようで、ブログのほうのデータでは19位になってますね。これまた意外です。

こういうデータも、調べてみると、いろんな発見があって、面白いものですね。

続きを読む

Q. あみださまは人間だったんですか?

A. 歴史上に存在した人間、ではありませんが…

あみださま、つまり阿弥陀仏という仏様は、人間だったのですか、というご質問ですが、これは非常に難しい質問です。宗派によってもいろいろと考え方も違ってくるかと思いますしね。それでも、大まかにですが、私の思うところを述べさせていただきます。

まず、阿弥陀仏について書かれたお経「仏説無量寿経」を読みますと、あるところに法蔵という名の王子がおり、世自在王仏という仏様の説法を聞いて、仏門に入ることを志し、四十八の誓いを建てて、長い長い時間修行する事で、その誓いのとおりになるように完成し、阿弥陀仏という仏となった、と書かれております。では、阿弥陀仏となる前の法蔵というのは人間なのか、と言いますと、人間のように経典の中に書かれておりますが、実際に歴史上に存在した人物ではありません

ではなぜ人間のように書かれているか、なのですが…ここからがちょっと、難しいのですけども、そもそも、阿弥陀仏という仏様も、釈尊のようにこの世界に肉体を持って仏となったような存在では、ないんです。

じゃあどう言う存在なのか、と言いますと、阿弥陀仏という存在は、釈尊のさとりの内容であり、全ての命にはたらく「力」と言うか、ありとあらゆる命を繋いで、個々の命と全ての命を存在せしめる大きな「いのち」とでも言いましょうか、目には見えないし肌で感じる事も出来ないが、確かに在る、そういう大きな「はたらき」に、アミダ(=amita、「時間的・空間的無限」)という名を冠した仏として、釈尊が表現したわけです。つまり、無限ともいえる大きな「はたらき」は、言葉にはできないものであるけれど、それを人に伝える為に、仮に、名前や姿・形を与えた、と考えればよいかと思います。

ちょっと俗っぽい例えかもしれませんが、特定の人の事が気になって、好きだと感じたり、その人の事を大事だとか、いとおしく思ったりする「気持ち」は、目には見えませんが、その感情に「愛」という名前を与えるのと、同じような感じでしょうか。そして、「愛」があれば、それ自体は目には見えなくても、何らかの「はたらき」となって現れてくるものでしょうしね。

話が逸れましたが、法蔵という人物は、その阿弥陀という「はたらき」が生じる為の、因となる存在です。仏教では因果を説きますから、阿弥陀という「果」が生じるためには「因」となるものが必要なわけです。しかし、阿弥陀という「はたらき」が大きすぎて言葉に表せないものですから、当然その阿弥陀という果を導く因となるものも、とてつもない大きなものでありますし、不可思議なものであり、言葉にし尽くす事はできません。そこで、法蔵という人物が、無限とも言えるほど長い時間をかけて誓いを建て、それよりももっと長い時間をかけて修行して、そしてその誓いを完成させる事で、阿弥陀仏という仏となった、という言わば、擬人化させた例えを用いて、阿弥陀という大きな「はたらき」を説かれたわけです。

ですから、あみださまはもとは歴史上存在した人間だった、というわけではなくて、釈尊が得たさとり、真実の内容そのものであり、それを言葉として人に伝える為に、法蔵という擬人化したキャラクターを用いて表現した、と考えればよいのかなと思います。

続きを読む

Q. お経はだれがつくったんですか?

A. ブッダであり、ブッダのお弟子さんたちです。

お経は誰が作ったの、とのことですが、そもそもお経とは、ブッダの説かれた教え、説法を文字にしたものです。が、ブッダ自身が、それを書き記したわけではありません。ブッダは、お弟子さんはもちろん、多くの人々に教えを説いていかれましたが、文字には残されませんでした。ブッダがおられた時は、それでも良かったのですが、ブッダが亡くなられた後、後世に教えを正しく広め残す為には、やはり文字にする必要があると、お弟子さんたちが集まってそれぞれに聞いたブッダの教えをまとめて、文字に記していきます。それが、最初のお経です。

ですから、お経に書かれた内容は、ブッダの教えであるので、教えそのものはブッダのもの言えますが、実際文字に興してお経の形を作ったのは、お弟子さん、ということになるでしょう。

そして、今現在日本で使われているお経は、インドの言葉で書かれたお経を、漢訳された物です。そこでも多くのお坊さんが漢訳作業に携わっていますが、高校の歴史などでも出てくる有名な方を挙げますと、鳩摩羅什や、『西遊記』で有名な玄奘三蔵法師がおられます。ちなみに、三蔵法師とは、お経には、ブッダの教え「経」、戒律を記した「律」、教えを注釈した「論」の3つのタイプがあり、それをまとめて「三蔵」といい、その3つを修めたお坊さんを三蔵法師、というわけで、玄奘さんの他にも三蔵法師と呼ばれる方はおられます。

と、話が逸れましたが、そういう漢訳作業を行なったお坊さん達も、ある意味では現在のお経を作った方、と言えるかもしれませんね。

続きを読む