<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>そもさん、せっぱ〜お坊さんとの対話〜</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/somosan/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.higan.net/somosan/atom.xml" />
    <id>tag:www.higan.net,2011-01-13:/somosan//72</id>
    <updated>2012-02-04T04:09:54Z</updated>
    
    <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type Pro 5.04</generator>

<entry>
    <title>そもさん：節分と仏教の関係は？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/somosan/2012/02/post-14.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2012:/somosan//72.6461</id>

    <published>2012-02-04T04:09:27Z</published>
    <updated>2012-02-04T04:09:54Z</updated>

    <summary> 2月4日は立春ですね。まだまだ寒いですが、暦の上では「春」に向かい始める時期となりました。特にこの時期「節分」の豆まきの話題をよく見聞きしますが、今回「節分と仏教の関係」についてご質問をいただきました。 確かに豆まきの行事はお寺で行われていることも多く、ＴＶでは大相撲の力士やタレントが豆まき参加するなどしている風景も目にします。しかし私は浄土真宗のお寺に所...</summary>
    <author>
        <name>日下賢裕</name>
        <uri>http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=72&amp;id=33</uri>
    </author>
    
        <category term="仏教と日本文化" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="鬼" label="鬼" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="節分" label="節分" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="豆まき" label="豆まき" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="立春" label="立春" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/somosan/">
        <![CDATA[
        <img src="http://www.higan.net/somosan/2012/02/04/%E9%AC%BC.jpg"  />
        ]]>
        <![CDATA[







<p class="p1"><br /></p><p class="p1">2月4日は立春ですね。まだまだ寒いですが、暦の上では「春」に向かい始める時期となりました。特にこの時期「節分」の豆まきの話題をよく見聞きしますが、今回「節分と仏教の関係」についてご質問をいただきました。</p><p class="p1"><br /></p><p class="p1">







</p><p class="p1">確かに豆まきの行事はお寺で行われていることも多く、ＴＶでは大相撲の力士やタレントが豆まき参加するなどしている風景も目にします。しかし私は浄土真宗のお寺に所属しているのですが、節分の行事を行うことはありません。そう思いますと、確かに節分と仏教の関係が気になってまいります。</p><p></p> ]]>
        <![CDATA[







<p class="p1"><br /></p><p class="p1">ではまず「節分」とはなにかということを考えてみたいのですが、これは「二十四節気」と呼ばれる、季節の区分法の中に見られる言葉です。今では2月の立春のことを特に「節分」と言いますが、「節分」は立春だけでなく、立夏・立秋・立冬の、春夏秋冬の始まりの日を表します。この「二十四節気」というものは、発祥は中国で、太陽の動きに合わせて季節を分けることで、農耕に利用してきました。それが日本の暦にも取り入れられて、今でもその名残として、季節の目安に用いられているのでしょう。</p>
<p class="p2"><br /></p>
<p class="p3"><span class="s1">さて、次に「豆まき」ですが、これも元を辿れば中国の宮中における「</span>大儺（たいな）」・「追儺(ついな)」と呼ばれる、疫病や災害を払うための儀式がその由来のようです。それが日本の宮中にも伝わり、新年を迎えるための行事として行われるようになっていったようで、この「追儺<span class="s1">」</span>を「鬼遣(や)らい」ともいい、疫病や災害を具現化した「鬼」を追い払うという行事となっていった、といわれます。</p>
<p class="p4"><br /></p>
<p class="p3"><span class="s1">また</span>「豆」というものも、中国において生命力が強く、邪気を払うことが出来るものと信じられており、それが日本に伝わって、「追儺」と呼ばれる悪いものを追い払う行事と結びついていったと考えられています。</p>
<p class="p4"><br /></p>
<p class="p3">そして日本の仏教は、奈良時代や平安時代において朝廷との結び付きが強く、鎮護国家のための宗教として扱われたこともあり、新年を迎えるに当たって行われる「修正会(しゅしょうえ)」や「修二会(しゅにえ)」という法要において、国家の安寧や繁栄を願うという意味合いもあったことから、いつしか「追儺<span class="s1">」</span>という宮中における行事と混淆されていったものと考えられます。また、密教美術にしばしば見られる悪鬼の存在が、「鬼」という存在により具体性を持たせていったということも考えられそうです。</p>
<p class="p4"><br /></p>
<p class="p3">以上のことを総括しますと、現在見られる「豆まき」の風習というのは、中国由来の習俗の影響が多く、本来は仏教と関わりのないものであったと言えるでしょう。それが、日本の宮中において次第にミックスされていって、今のような節分の豆まきがお寺でも行われるようになっていったのではないでしょうか。豆まきを行わないお寺もあるのは、宮中との関わりが薄い宗派であったり、それが仏教由来の行事ではなかったためであると考えられます。</p>
<p class="p4"><br /></p>
<p class="p3">このように、仏教と節分の行事は本来関係ないものなのかもしれません。しかし、「鬼」と呼ばれる存在は、実は自分の外にあるものではなく、自分の心に潜む、何でも自分の思い通りにせずにはおれないという心＝「煩悩」なのではないでしょうか。節分をただ単に「除災招福」の行事としてしまうのではなく、自分自身の抱える「煩悩」と向き合うための一つの契機とするならば、「節分」という行事にも、仏教的な意義を見出すことはできるのではないかな、と思います。</p><p class="p3"><br /></p><p class="p3">なおtwitterでは、京都の臨済宗のお寺、妙心寺での節分のエピソードが寄せられています。なかなか興味深いエピソードですので、こちらもぜひご覧ください。<br /><a href="http://togetter.com/li/252176">http://togetter.com/li/252176</a></p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>そもさん：極楽に往生した後って、そこでなにするの？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/somosan/2011/12/post-13.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2011:/somosan//72.6367</id>

    <published>2011-12-09T08:06:26Z</published>
    <updated>2011-12-09T08:48:47Z</updated>

    <summary> ご無沙汰しておりましたが、久しぶりのそもさんコラムです。今回は以前にtwitter上で為されたやりとりの中からピックアップしてみました。「極楽に往生した後って、そこでなにするの？」というご質問に、私なりに答えてみたいと思います。 ...</summary>
    <author>
        <name>日下賢裕</name>
        <uri>http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=72&amp;id=33</uri>
    </author>
    
    <category term="極楽" label="極楽" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="浄土" label="浄土" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/somosan/">
        <![CDATA[
        <img src="http://www.higan.net/somosan/2011/12/09/%E5%86%99%E7%9C%9F.JPG"  />
        ]]>
        <![CDATA[







<p class="p1">ご無沙汰しておりましたが、久しぶりのそもさんコラムです。今回は以前にtwitter上で為されたやりとりの中からピックアップしてみました。「極楽に往生した後って、そこでなにするの？」というご質問に、私なりに答えてみたいと思います。</p> ]]>
        <![CDATA[







<p class="p1"><br /></p><p class="p1">まず「極楽」という言葉ですが、「極楽浄土」というのが正式な名称です。「浄土」というのは、「仏国土」とも呼ばれ、文字通り「仏」の世界を表します。「仏」あるいは「如来」と呼ばれる方々は、それぞれ自分の「仏国土」を建立し、そこで説法を行っていると考えられております。その中で最も有名なのが「極楽浄土」という世界です。この「極楽浄土」は、阿弥陀仏という仏さまが建立した世界で、『仏説阿弥陀経』という経典の中には、<span class="s1">「もろもろの苦あることなく、ただもろもろの楽を受く。ゆゑに極楽と名づく」とあります。つまり、「極楽浄土」という世界は、私たちの苦の原因となるものがなく、心を満たす真の楽しみである「法楽」に満ちた、安心の世界である、ということです。そのため、別名「安楽国」とも言われます。</span></p>
<p class="p2"><br /></p>
<p class="p3">そして私たちの命の終わりを迎えた時、その「浄土」という仏の世界へと往き生まれることを「往生」というのですが、ではその「浄土」という世界に「往生」を果たした後は、どうなるのでしょうか？</p>
<p class="p2"><br /></p>
<p class="p3">一般には「浄土」とは仏さまの世界でありますから、そこは〈求道の場〉であると考えられています。というのも、「浄土」という世界そのものが、人間として生きている間に、苦しみから離れた「解脱」という状態に達することの出来ない人たちのために設けられた世界という性質があるからです。</p><p class="p3"><br /></p>
<p class="p3">もともと、この人間として生きている間に、自らの心を正して「解脱」というさとりの状態を目指すのが仏教の教えですが、この娑婆という世界は誘惑も多く、なかなか日々の生活から離れて仏道修行の道を歩みきることはできません。けれど、「解脱」できないまま命を終えてしまえば、また苦しみの世界へと輪廻を繰り返し、悟りの状態には近づけません。そこで、「浄土」という世界が登場します。人としての命、娑婆というこの苦界から離れ、仏さまのお膝元である「浄土」にてその指導を受ける。それによって、人間としての命の間に「解脱」を達成できなかった人も、そこで「解脱」に至ることができるのです。ですから「浄土」という世界は、私が「解脱」し仏になることを<span class="s2">目指して修行をする</span>、「成仏」のための世界なのです。</p>
<p class="p2"><br /></p>
<p class="p3">そして、今この人間としての命の間では、「解脱」し仏と成ることができなさそうだから、まずは「浄土」を目指しましょう、というのが浄土教と呼ばれる仏教一派です。そして「浄土」への「往生」の後、そこで「成仏」を目指す。「往生」というのはその一つの通過点であって、目的ではないということですね。</p>
<p class="p2"><br /></p>
<p class="p3">ただ、「極楽」という世界は少し異なる性質を持っています。これは浄土真宗的な解釈となるかもしれませんが、「極楽」への往生はそれがそのまま「成仏」であると言われます。阿弥陀仏は、衆生を必ず仏に仕上げるという誓いを完成させた仏さまであり、その力によって極楽に往生することができたならば、それは仏と成ることとイコールである、という理解でしょう。</p>
<p class="p2"><br /></p>
<p class="p3">そしてもう一つ、「還相回向」という考え方もあります。「極楽」に「往生」し、さとりの智慧を獲得し仏と成りますと、仏としての慈悲を発揮し、今度は衆生救済へとはたらく存在となるという考え方です。つまり「極楽」という世界で自分だけが法楽を楽しむだけではなく、さまざまな姿形となって人びとを仏道へと導く、そんなはたらきとなる、ということです。</p>
<p class="p2"><br /></p>
<p class="p3">「極楽」という名前からは、さぞ楽しくてハッピーな世界と想像してしまいますが、おそらく私たちが思い描く楽しみや喜びをはるかに超えた、真の喜びである法楽を味わうことができる世界であるのでしょう。そこで仏と成らせていただいて、仏としての活動をさせていただけるようになるのだと、私は受け取らせていただいております。</p><p class="p3"><br /></p><p class="p3"><p class="p3" style="border-style: initial; border-color: initial; ">やりとりのまとめはこちらからどうぞ。</p><p class="p3" style="border-style: initial; border-color: initial; "><a href="http://togetter.com/li/159214">http://togetter.com/li/159214</a></p><div><br /></div></p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>そもさん：お布施はお金でなければいけませんか？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/somosan/2011/09/post-12.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2011:/somosan//72.5800</id>

    <published>2011-09-14T04:12:44Z</published>
    <updated>2011-09-14T04:18:04Z</updated>

    <summary>　　今回のご質問は、先日行われました京都での彼岸寺イベント「真夜中のラジオ vol.0 『お坊さんのススメ』 ?お坊さんってなんだろうワークショップ?」で寄せられたご質問です。このイベントでは、参加費を「お布施(お金でなくても構いません)」という形でいただいたのですが、お布施はお金でなければいけないのでは？というご質問をいただきました。そこで今回はお布施につ...</summary>
    <author>
        <name>日下賢裕</name>
        <uri>http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=72&amp;id=33</uri>
    </author>
    
        <category term="仏教とお金" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="お布施" label="お布施" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/somosan/">
        <![CDATA[
        <img src="http://www.higan.net/somosan/2011/09/14/P6151195.jpg"  />
        ]]>
        <![CDATA[<h6 class="uiStreamMessage" data-ft="{&quot;type&quot;:1}"><br /></h6><h6 class="uiStreamMessage" data-ft="{&quot;type&quot;:1}">　　<span class="messageBody" data-ft="{&quot;type&quot;:3}"><span>今回のご質問は、先日行われました京都での彼岸寺イベント「真</span><wbr><span class="word_break"></span><span>夜中のラジオ vol.0 『お坊さんのススメ』 ?お坊さんってなんだろうワークショップ?」で寄せられたご質問</span><wbr><span class="word_break"></span><span>です。このイベントでは、参加費を「お布施(お金でなくても構い</span><wbr><span class="word_break"></span><span>ません)」という形でいただいたのですが、お布施はお金でなけれ</span><wbr><span class="word_break"></span><span>ばいけないのでは？というご質問をいただきました。そこで今回は</span><wbr><span class="word_break"></span>お布施について、お話をさせていただきます。</span></h6> ]]>
        <![CDATA[<h6 class="uiStreamMessage" data-ft="{&quot;type&quot;:1}"><br /><span class="messageBody" data-ft="{&quot;type&quot;:3}"></span></h6><h6 class="uiStreamMessage" data-ft="{&quot;type&quot;:1}"><span class="messageBody" data-ft="{&quot;type&quot;:3}"><span>　まずお布施とはなにか？ということですが、「布施」とはインド</span><wbr><span class="word_break"></span><span>の言葉では「ダーナ」といい、慈悲の心から人に施しを行うことで</span><wbr><span class="word_break"></span><span>す。また仏教の実践の一種である六波羅密の一つにもあげられる行</span><wbr><span class="word_break"></span><span>為であり、自分の所有するものを見返りを求めること無く人に与え</span><wbr><span class="word_break"></span><span>ることで、物に対する執着から離れるための修行の一つと考えられ</span><wbr><span class="word_break"></span>ています。<br /> <br /><span> 　そして「布施」には三つの種類があるとされます。一つは「財施</span><wbr><span class="word_break"></span><span>(ざいせ)」と呼ばれ、金銭や衣服、食べるものを施すことであり</span><wbr><span class="word_break"></span><span>、二つ目は「法施(ほうせ)」、これは仏教の教えを説くことです</span><wbr><span class="word_break"></span><span>。三つ目は「無畏施(むいせ)」と呼ばれ、人の恐れを取り除くこ</span><wbr><span class="word_break"></span><span>ととされます。また、物もお金もなくてもできるお布施というもの</span><wbr><span class="word_break"></span><span>もあります。「無財の七施」と呼ばれるものですが、優しい眼差し</span><wbr><span class="word_break"></span><span>で人に接する「眼施(げんせ)」、にこやかで穏やかな表情で人に</span><wbr><span class="word_break"></span><span>接する「和顔施(わげんせ)」、思い遣りある優しい言葉を使うと</span><wbr><span class="word_break"></span><span>いう「愛語施(あいごせ)」、身体を使って奉仕する「身施」、人</span><wbr><span class="word_break"></span><span>の気持ちを思い遣り、人の悲しみや苦しみを感じ取る心「心施」、</span><wbr><span class="word_break"></span><span>席や立場を譲る「床座施(しょうざせ)」、人にひととき休む場所を提供する「房</span><wbr><span class="word_break"></span><span>舎施(ぼうしゃせ)」の七つです。これらは誰でもが気軽に行える</span><wbr><span class="word_break"></span>布施の行いです。<br /> <br /><span> 　この中で私たちが一般的に使う「お布施」とは、このうちの「財</span><wbr><span class="word_break"></span><span>施」に当たるもので、特にお葬式や法事などの仏事の際に、お坊さ</span><wbr><span class="word_break"></span><span>んに対して法礼として渡すお金のことを指すことがほとんどです。</span><wbr><span class="word_break"></span><span>しかし、かつてはお米や野菜などの農作物でお布施をいただいてい</span><wbr><span class="word_break"></span><span>たということも聞きますし、托鉢するお坊さんは、その日の食べ物</span><wbr><span class="word_break"></span><span>や、衣類などを施していただくということ思えば、お金を施すこと</span><wbr><span class="word_break"></span>だけがお布施になるわけではありません。<br /> <br /><span> 　そしてもう少し掘り下げて考えてみますと、「布施」は、見返り</span><wbr><span class="word_break"></span><span>を求めない純粋な「施し」であり、慈悲の実践や執着から離れるた</span><wbr><span class="word_break"></span><span>めの訓練です。ですから何かに対する対価として差し出すものでは</span><wbr><span class="word_break"></span><span>ありません。そう考えますと、仏事のお礼としてお金を渡す行為は</span><wbr><span class="word_break"></span><span>、ひょっとしたら「布施」本来の意義とはズレがあるものであり、</span><wbr><span class="word_break"></span><span>実践行としての「布施」と、私たちが一般的に使う「お布施」とは</span><wbr><span class="word_break"></span>分けて考えるほうが、混乱しないのかもしれません。<br /> <br /><span> 　つまり、仏事のお礼＝法礼としての「お布施」は、お金として渡</span><wbr><span class="word_break"></span><span>すのが適当でありますが、慈悲の実践や所有への執着を離れるため</span><wbr><span class="word_break"></span><span>の実践という「布施」本来の意義から考えれば、お金をあげること</span><wbr><span class="word_break"></span><span>だけでなく、相手のことを思って行う行為そのものが「布施」であ</span><wbr><span class="word_break"></span>ると言えるのではないでしょうか。</span></h6>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>そもさん：ブッダは偶像崇拝を禁じたり、所有の制限を説かれていたと思うのですが...</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/somosan/2011/08/post-11.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2011:/somosan//72.5776</id>

    <published>2011-08-23T13:02:18Z</published>
    <updated>2011-08-26T04:57:45Z</updated>

    <summary>　すっかりご無沙汰になってしまいましたが、久しぶりのそもさんコラムです。今回のご質問はメールでいただきました。まずはそのご質問を紹介させていただきます。...</summary>
    <author>
        <name>日下賢裕</name>
        <uri>http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=72&amp;id=33</uri>
    </author>
    
    <category term="偶像崇拝" label="偶像崇拝" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="仏像" label="仏像" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/somosan/">
        <![CDATA[
        <img src="http://www.higan.net/somosan/2011/08/23/amita.JPG"  />
        ]]>
        <![CDATA[<br />　すっかりご無沙汰になってしまいましたが、久しぶりのそもさんコラムです。今回のご質問はメールでいただきました。まずはそのご質問を紹介させていただきます。<br />]]>
        <![CDATA[<br /><b><i>「私は京都在住で名所を回るのが趣味ですので、色々なお寺にも立ち寄ります。お堂の雰囲気とか、威厳ある仏像などすばらしいと思いますが、ブッダは偶像崇拝を禁じていたと確か世界史で習ったような...また、物を持たないことを教えていたような...と思い浮かんで、どうも現在の仏教はブッダが説いた道とは実は全然違うのでは...と思ってしまいます。そう思ってしまうと、誠に失礼ながら、今の仏教にすがっても救われることはないのではないかとも思ってしまいます。このあたり皆様どうお考えなのでしょうか。実は結構気になっている人多いと思います。よろしくお願いいたします。」</i><br /></b><br />　仏像を祀ること、そして所有ということに関して、初期の仏教と今の仏教が違っているが、それで良いのか、というご質問であると承りました。なるほど、確かに初期仏教には仏像というものは見られませんし、また所有ということに関しても戒律で決まりがありました。けれど今の日本の仏教を見ると、仏像がブームとしてもてはやされたり、所有に関する戒律などないように見えるという点では、お釈迦様の教えと違っているように感じられるかもしれません。<br /><br />　ではまず仏教における偶像崇拝の禁止に関してですが、おそらくこれは、お釈迦様の遺言のお経としても知られる『涅槃経』で、お弟子の一人であるアーナンダが釈尊に、釈尊死後、何を依りどころとすべきかを尋ねたところ、「法に依りて人に依らざれ(依法不依人)、義に依りて語に依らざれ(義依不依語)、智に依りて識に依らざれ(智依不依識)、了義経に依りて不了義経に依らざれ(了義経依不依不了義経)」と示され、さらに「自灯明・法灯明(法を依りどころとし、自らを依りどころとせよ)」ということもおっしゃいました。このところから、大切なのはブッダが説いたところの真理、法を依りどころとすべきであり、仏像を崇拝するのは釈尊の教えに合っていないもの、と見なされるのだと思います。<br /><br />　でも確かに、諸行無常を説く仏教、そしてもう一つの疑問でもあります、所有することを制限したはずの仏教ということを考えましても、仏像というものがあるのは仏教的ではない、と感じるのも不思議ではないのかもしれません。なぜならば仏教は、「執着する心から離れよ」というのがその教えの一つであります。大切だと感じる物があれば、それに執着してしまい、苦しみをもたらす。だから執着の心から離れることが大切、というわけです。所有の制限ということが言われるのも、「本質」はそこにあるのでしょう。<br /><br />　そして仏像を祀るということに関しても、私は大切なのはその「本質」であると思います。もし仮に、特定の像自体に力があって、それを崇拝するとなれば偶像崇拝となってしまうので、避けるべきことでありますが、仏像本来の意義はそうではありません。回答でもいただきましたが、仏像というのは信仰を喚起するための一つの「手だて」です。その「手だて」でもって、仏教の教えをわかりやすく目に見える形として表現し、そして仏像を敬うことを通して三宝(仏・法・僧)を敬う心を養い、同時に自らを在り方を振り返るための一つの指針とする。それが仏像の本来の役割であり、存在意義であるかと思います。所有の制限という事柄も、その「本質」は「執着から離れる」ことにあり、所有の制限ということはそのための「手だて」であるとも考えられます。<br /><br />　お釈迦様の教えの中に、「指月の喩え」というものがあります。月はどこにあるのか、と訪ねられたとき、あそこだと指差します。月は指の差す先にあり、指に月があるわけではありません。指は月を指し示すための「手だて」であって、月こそが大切にすべき教え、つまり「本質」であるということを表す比喩です。けれど現状を見ますと、仏教の「本質」よりも、その「手だて」のほうに目が行きがちなのかもしれません。そして仏教の「本質」は一切皆苦とされるこの人生を如何にして歩んでいくべきか、というところにあるのだと思います。その「本質」の部分において、今の仏教がお釈迦様の教えと違っているということはないのではないかなと、私は思います。<br /><br />　仏像が良いか悪いか、物を持つことが良いか悪いかにこだわるのではなく、それは私がより良く生きるための「手だて」としてあるものだと見つめていくことに、この疑問を解く鍵があるのではないでしょうか。<br /><br /><img alt="A6.jpg" src="http://www.higan.net/somosan/2011/08/23/A6.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="270" width="450" /><br /><br /> 　最後に、このご質問は、宗教の純粋性ということについても問いかけているものだと思います。宗教は純粋であるべきかどうか。このことについても、またtwitterでいろんなご意見をいただきながら、別の形でなにか書けたら、と思っております。<br /><br />　なお、今回twitterではこのようなご意見をいただきました。皆さまありがとうございました。<br /><img alt="As6.jpg" src="http://www.higan.net/somosan/2011/08/23/As6.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="925" width="600" /><br /><div>やりとりのまとめはこちらからどうぞ。<br /><a href="http://togetter.com/li/176859">http://togetter.com/li/176859</a><br /></div><div><br /></div><div><br /></div><div><br /></div><div><br /></div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>そもさん：海外で自分の宗派を説明するとき、どう表現すればよいのか？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/somosan/2011/06/post-10.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2011:/somosan//72.5593</id>

    <published>2011-06-03T03:03:06Z</published>
    <updated>2011-06-03T03:04:58Z</updated>

    <summary><![CDATA[&nbsp;すっきりしないお天気が続くと思ったら、もう梅雨に入った地域もあるとか。雨が続いてあまり良い季節だとは感じられませんが、心までジメジメしないように心がけたいものです。  ...]]></summary>
    <author>
        <name>日下賢裕</name>
        <uri>http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=72&amp;id=33</uri>
    </author>
    
        <category term="仏教と国際化" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="グローバル化" label="グローバル化" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="英語" label="英語" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="海外" label="海外" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="国際化" label="国際化" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="宗派" label="宗派" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/somosan/">
        <![CDATA[
        <img src="http://www.higan.net/somosan/2011/06/03/somosan5.jpg"  />
        ]]>
        <![CDATA[<span>&nbsp;すっきりしないお天気が続くと思ったら、もう梅雨に入った地域もあるとか。雨が続いてあまり良い季節だと</span><div class="mall_post_body_text"><wbr><span class="word_break"></span>は感じられませんが、心までジメジメしないように心がけたいものです。<br /><br /> </div> ]]>
        <![CDATA[<img alt="Q5.jpg" src="http://www.higan.net/somosan/2011/06/03/Q5.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="221" width="450" /><span>　さて、今回いただきましたご質問は、海外で自分の宗派について説明するときに、宗派の名前をどう表現すれ</span><span>ばよいか？というもの。国際化が進む現代、日本仏教も海外との関わりが今後重要な課題でしょうし、お坊さん</span><span class="word_break"></span><span>一人一人も、海外の方と触れ合う機会も増えてきているのではないでしょうか。けれどそこで避けて通れないの</span><span class="word_break"></span>が、英語、です。<br /><div class="mall_post_body_text"> <br /><span>　私は残念ながら英語はほとんど話せませんので、今回のご質問をいただいて、自分の宗派の名称を英語でどう</span><wbr><span class="word_break"></span><span>表現すればよいか、パッとわかりませんでした。いくつかいただいたお答えを見て、あー、なるほどと感心した</span><wbr><span class="word_break"></span>ほどです。<br /> <br /><span>　けれど、実際に各宗派が公式にどのような英語表記の名称を使用しているのかまでは、いただいたお答えから</span><wbr><span class="word_break"></span>ははっきりとわからなかったので、少し調べてみました。以下に代表的な宗派のものを列記しておきます。<br /><br />◯<a href="http://www.koyasan.or.jp/english/index.html">高野山真言宗</a>：KOYASAN SHINGON Buddhism <br />◯<a href="http://www.tendai.or.jp/english/index.php">天台宗</a>：Tendai Buddhism<br />◯<a href="http://global.sotozen-net.or.jp/">曹洞宗</a>：SOTO ZEN Buddhism, The Soto Zen School <br />◯<a href="http://zen.rinnou.net/">臨済宗</a>：Rinzai Zen <br />◯<a href="http://zen.rinnou.net/">黄檗宗</a>：Oubaku Zen <br />◯<a href="http://www.jodo.org/">浄土宗</a>：JODO SHU, Honen Buddhism&nbsp;<br />◯浄土真宗：JODO SHINSHU, Shin Buddhism<br />　　　JODO SHINSHU HONGWANJI-HA　<a href="http://www.hongwanji.or.jp/english/">浄土真宗本願寺派</a> <br />　&nbsp; Shinshū Ōtani-ha branch of Jōdo Shinshū　<a href="http://www.hongwanji.or.jp/english/">真宗大谷派</a> <br />◯<a href="http://nichiren-shu.org/">日蓮宗</a>：NICHIREN SHU 　<br /> <br /><span>　これらの表記はそれぞれ、各宗派の公式ホームページにあったものです。他にも、浄土教系の仏教を「pur</span><wbr><span class="word_break"></span>e land buddhism」という言い方をしたり、@amanowakoさんのお答えにあるように、「Zen group」とか「Amitabha(アミターバ：阿弥陀) group」と表現することもあるようですね。<br /><br /><img alt="As5.jpg" src="http://www.higan.net/somosan/2011/06/03/As5.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="338" width="600" /><span>　ただし列記したものを見ていただいてもわかるように、宗派名をどう表現するのかという明確な指針が定まっ</span><wbr><span class="word_break"></span><span>ているわけではないようです。ですから、宗派名をどう表現するのかということも大切ですが、自分が仏教を学</span><wbr><span class="word_break"></span><span>ぶbuddhistであり、特にその中でもどういうタイプの教えをいただき、誰を師と仰いでいるのかという</span><wbr><span class="word_break"></span>ことを伝える方が、より伝わりやすいのかもしれません。<br /> <br /><span>
 　ちなみに、英語で相手に宗教を尋ねる場合「What is your religion?」とか「What are 
you?」と言う風に尋ねるそうです。さらに宗派を尋ねる場合は「What is the name of your Buddhist 
organization?」とか「Which sect do you belong 
to?」というように聞くとか。もしこれから外国の方とコミュニケーションをとる中で、このように聞かれた</span><wbr><span class="word_break"></span><span>場合に、英語で自分の属する宗派や、どんな教えであるのかについて少しでも話せると良いですね。各宗派の英</span><wbr><span class="word_break"></span>語サイトでいろいろ解説もあるので、それも参考になるのではないでしょうか。<br /><br /><img alt="A5.jpg" src="http://www.higan.net/somosan/A5.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="270" width="450" />やり取りのまとめはこちらから。<br /><a href="http://togetter.com/li/142296">http://togetter.com/li/142296<br /></a></div><div><br /></div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>そもさん：お葬式の意義とはなにか？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/somosan/2011/04/post-9.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2011:/somosan//72.5479</id>

    <published>2011-04-21T14:07:23Z</published>
    <updated>2011-04-22T03:29:21Z</updated>

    <summary>　震災から一ヶ月がすでに経過しました。復興が始まりつつあるとは言え、現地の方々はまだまだ余震との恐怖と闘いながら、不自由な生活を続けられております。遠くからではありますが、私もできることをするということを継続していかなければならないなという思いがいたします。...</summary>
    <author>
        <name>日下賢裕</name>
        <uri>http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=72&amp;id=33</uri>
    </author>
    
        <category term="仏事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="儀式" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="儀式" label="儀式" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="儀礼" label="儀礼" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="葬儀" label="葬儀" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="葬式" label="葬式" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/somosan/">
        <![CDATA[
        <img src="http://www.higan.net/somosan/2011/04/21/%E8%AA%AD%E7%B5%8C%E3%81%A8%E4%BA%94%E4%BD%93%E5%80%92%E5%9C%B0.jpg"  />
        ]]>
        <![CDATA[　震災から一ヶ月がすでに経過しました。復興が始まりつつあるとは言え、現地の方々はまだまだ余震との恐怖と闘いながら、不自由な生活を続けられております。遠くからではありますが、私もできることをするということを継続していかなければならないなという思いがいたします。<br /><br /><br />]]>
        <![CDATA[<img alt="Q4.葬式.jpg" src="http://www.higan.net/somosan/2011/04/21/Q4.%E8%91%AC%E5%BC%8F.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="245" width="450" /><br />　さて、今回のそもさんですが、お葬式という儀式についてのご質問をいただきました。個人的には、昨年の2010年は、非常にお葬式ということについて考えさせられた一年でした。NHKで放送された「無縁死」と言う社会現象、「葬式は、要らない」という書籍の出版、そしてイオンの葬儀事業への参入などなど、ネット上でも様々に議論されておりました。　<br /><br />　しかし私が一つ違和感を感じたのは、お金に関する議論が多かったことです。確かに葬儀という一連の儀式におけるお布施が、金額が大きいとか、透明性に欠けるという問題はあるし、改善すべきであると私も感じます。けれど本当に語られるべきは、なぜお葬式をするのか、お葬式の意義とは一体どういう物なのかということではないのでしょうか。<br /><br />　今回頂いたご質問は、まさにそこに関わるものです。けれども「お葬式の意義」というのは、お坊さんや宗派によっても微妙に異なってくるものですし、遺族という立場と、お坊さんという立場によっても、違いがあるものですから、答えを一つだけにするということはできないものです。ご質問にあったように、死の畏れを緩和することも、死を自らに知らせるという意味も大切なお葬式の意味の一つでしょう。<br /><br />　また私もツイッターでのやりとりの中で、「故人への感謝を示すため」、「故人を通して自分が〈今在る〉ことの不思議や、いのちの繋がりを感じること」、「自らも死にゆく存在であることを受け取り、いのちをどこに向けて歩むのかを考えること」、「遺族の悲しみを回復に向かわせる装置」をお葬式を行う意義として挙げさせていただきました。<br />　<br />　もちろん、これ以外にも人それぞれにいろんな意味が見出されるかもしれません。「鎮魂」ということや「冥福を得るため」ということを思う方もおられるでしょう。それはそれで間違った考えではないと思います。「死」という出来事をどういう「物語」としてとらえていくかは人それぞれです。<br /><br />　けれど一つ大切なのは、亡くなった人のためだけにお葬式という儀式があるのではなく、生きている私自身のためのものでもあると受け取ることだと思います。大切な人の「死」を、ただ悲しい出来事、目を背けたい現実として終わらせてしまうのではなく、お葬式という儀式を通して、自分自身にフィードバックすること。自分自身の死を想い、自分自身のいのちを想い、自分自身がこれからどう生きていくかを想う。そして、自らのいのちの歩みを、より良い方向に向けるためのきっかけとなりえるのが「お葬式」という儀式の大切な意義の一つであると私は思います。<br />　<br />　人それぞれに、さまざまな意義を見いだせるお葬式という儀式ですが、その分、明確な意味がぼんやりしてしまっているのかもしれません。けれど、自分自身に振り向けるという芯があれば、より意義深い儀式となるのではないでしょうか。<div><br /><br /><img alt="A4.葬式.jpg" src="http://www.higan.net/somosan/2011/04/21/A4.%E8%91%AC%E5%BC%8F.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="270" width="450" /><br /></div><div>ツイッターでは他にこのようなご回答をいただきました。<br /><img alt="As4.葬式.jpg" src="http://www.higan.net/somosan/2011/04/21/As4.%E8%91%AC%E5%BC%8F.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" height="367" width="600" /><br /><br />やり取りのまとめはこちらから。<br /><a href="http://togetter.com/li/118791">http://togetter.com/li/118791</a><br /><br /></div><div><br /></div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>そもさん：お寺が被災された方を受け入れることは可能でしょうか？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/somosan/2011/03/post-8.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2011:/somosan//72.5447</id>

    <published>2011-03-22T23:19:05Z</published>
    <updated>2011-03-23T01:15:00Z</updated>

    <summary>去る3月11日、東北沖で大きな地震、そして津波が発生しました。この未曽有の大災害によって、多くの方の尊い命が失われました。また、多くの方が、災害に全てを奪われ、避難所での不自由な生活を強いられております。被災された皆様には、心からのお見舞いを申し上げます。 ...</summary>
    <author>
        <name>日下賢裕</name>
        <uri>http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=72&amp;id=33</uri>
    </author>
    
        <category term="仏教と社会活動" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="お寺" label="お寺" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="ボランティア" label="ボランティア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="社会活動" label="社会活動" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="社会貢献" label="社会貢献" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="疎開" label="疎開" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="大谷派" label="大谷派" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="東北地方太平洋沖地震" label="東北地方太平洋沖地震" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/somosan/">
        <![CDATA[
        <img src="http://www.higan.net/somosan/2011/03/22/DSCF2544.jpg"  />
        ]]>
        <![CDATA[去る3月11日、東北沖で大きな地震、そして津波が発生しました。この未曽有の大災害によって、多くの方の尊い命が失われました。また、多くの方が、災害に全てを奪われ、避難所での不自由な生活を強いられております。<br /><br />被災された皆様には、心からのお見舞いを申し上げます。 ]]>
        <![CDATA[<img alt="Q3.お寺避難.jpg" src="http://www.higan.net/somosan/2011/03/22/Q3.%E3%81%8A%E5%AF%BA%E9%81%BF%E9%9B%A3.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0pt auto 20px;" width="450" height="333" /><br />そんな中で、今なお危険な被災地を離れて、県外へと避難される方々を、各地のお寺で受け入れることが出来ないか、というご質問をいただきました。大きな被害を受けた南相馬市の桜井市長の「遠隔地への避難を希望する市民を受け入れていただける先を用意していただきたい」という要請もあったそうです。<br /><br />実際、すでに他県に被災者の方々が避難を始められているようで、各自治体が公営住宅の無償提供を行っております。しかし、36万人以上もの方が避難所におられる中で、公営住宅だけでは、県外へと避難される方々を受け入れきれないことも、出てくるかもしれません。<br /><br />そういう場合、お寺は確かに有効な場所となるのではないでしょうか。お寺によっては、台所が整っていたり、客間がいくつかあったり、受け入れる余裕のあるお寺もあるかと思います。ツイッターを見ておりますと、被災者の受け入れを届け出たお寺さんも散見します。私の住むお寺も、市役所の方に受け入れられる旨を伝えました。<br /><br />もちろん、プライバシーや防犯に関してや、援助体制についてなどの問題もありますから、お寺さんが個々でよりも、行政と連携することが大切になってくるかと思います。また、受け入れの判断に悩まれるお寺もあるかと思いますし、そういう余裕のないお寺もあるでしょうから、その点はお寺の事情に合わせていただいて、無理をする必要はないかと思います。<br /><br />けれど、多くの方が今もいのちの危機にさらされ、生活に困窮している現状ですから、もし今後、県外へ避難される方が増えて公営住宅などが一杯となる時には、是非多くのお寺さんにご協力をいただけたらと思います。<br /><br />皆様どうぞ慈悲の心で、ご協力お願いいたします。<br /><br /><img alt="A3.お寺避難.jpg" src="http://www.higan.net/somosan/2011/03/22/A3.%E3%81%8A%E5%AF%BA%E9%81%BF%E9%9B%A3.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0pt auto 20px;" width="450" height="270" /><br />なお、現段階では受け入れ可能なお寺の情報のまとめがほとんどありません。<br />浄土真宗大谷派で少しまとめられておりますので、リンクしておきます。<br /><a href="http://www.higashihonganji.or.jp/info/news/detail.php?id=241">http://www.higashihonganji.or.jp/info/news/detail.php?id=241</a><br />また新しい情報があれば追加したいと思いますので、<br />皆様からの情報もよろしくお願い致します。<br /><div><br /><br /></div><div>その他のやり取りはこちら<br /><img alt="As3.お寺避難.jpg" src="http://www.higan.net/somosan/2011/03/22/As3.%E3%81%8A%E5%AF%BA%E9%81%BF%E9%9B%A3.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0pt auto 20px;" width="600" height="344" /><br />やりとりの詳細はこちらにまとめてあります。<br /><a href="http://togetter.com/li/113007">http://togetter.com/li/113007</a><br /></div><div><br /></div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>お坊さんは結婚してよいの？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/somosan/2011/03/post-7.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2011:/somosan//72.5411</id>

    <published>2011-03-07T23:30:15Z</published>
    <updated>2011-03-06T17:49:58Z</updated>

    <summary>新しい「そもさん、せっぱ」が始まって、もう1ヶ月が経ちました。早いものですね。...</summary>
    <author>
        <name>日下賢裕</name>
        <uri>http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=72&amp;id=33</uri>
    </author>
    
        <category term="お坊さん" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="お寺" label="お寺" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="お坊さん" label="お坊さん" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="戒律" label="戒律" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="結婚" label="結婚" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="妻帯" label="妻帯" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="親鸞" label="親鸞" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="生活" label="生活" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="菩薩戒" label="菩薩戒" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/somosan/">
        <![CDATA[
        <img src="http://www.higan.net/somosan/2011/02/21/%E7%B5%90%E5%A9%9A.jpg"  />
        ]]>
        <![CDATA[新しい「そもさん、せっぱ」が始まって、もう1ヶ月が経ちました。早いものですね。<br /><br />]]>
        <![CDATA[<img alt="Q.結婚.jpg" src="http://www.higan.net/somosan/2011/02/21/Q.%E7%B5%90%E5%A9%9A.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0pt auto 20px;" height="181" width="600" />そんな中で「お坊さんの結婚」についてのご質問を2度いただきました。現代の日本のお坊さんは制度上結婚できるということになっています。けれどそのことに対して疑問を感じる方が多いようです。そのことを受けて、今回「お坊さんの結婚」についてまとめさせていただきたいと思います。<br /><br />まずなぜお坊さんが結婚してはいけないと考えられるのか、やりとりを通して見えてきたことをまとめてみましょう。<br /><br />1、仏教は執着を離れるべき教えであり、お坊さんとは、出家し世俗から離れた存在であるはず。<br />2、海外ではお坊さんが結婚するケースは稀。<br />3、日本も明治時代まではお坊さんの結婚は禁止。<br />4、戒律上の問題。<br /><br />次に、同じくやりとりでいただいたお答えから、なぜ今の日本のお坊さんが結婚できるのかについてもまとめてみます。<br /><br />1、明治政府によって、お坊さんの肉食妻帯が禁止ではなくなった。<br />2、1を受け、お寺を継続させる上で、より安定した「世襲」を檀信徒より求められた。<br />3、親鸞の結婚を前例として(ただし浄土真宗に限る)<br />4、そもそも日本仏教における戒が異なる。<br /><br />この中でも特に重要なのが4の、日本における戒の問題であると思います。naggitaさんのご意見によれば、初期仏教の戒と、日本仏教の戒とは異なるものであるとのことです。初期仏教は、自らの輪廻からの解脱を目指し修行に励みます。その中で「具足戒」と呼ばれる戒律を受け、戒を厳守することによって、自らの道を常に正しく保ち続けることに役立てます。そのようなお坊さんは「比丘・比丘尼」と呼ばれます。<br /><br />対して日本の仏教は大乗仏教とも呼ばれ、今生での自らの解脱のみを目指すのではなく、菩薩として輪廻の中にとどまりながら「利他行」と呼ばれるより多くの衆生を救済する活動を行うことを目的とした仏教です。<br /><br />その大乗仏教における戒は「菩薩戒(大乗戒)」と呼ばれます。初期仏教とは目指すべきところが違うわけですから、戒についての考え方も、その内容も変わってきます。<br /><br />その一つが、今回取り上げているお坊さんの結婚に関わってきています。初期仏教における具足戒では性的な行為そのものが戒によって禁止されますが、菩薩戒では、みだりがわしい性交渉をしないことが決まりされます。ですから、菩薩戒を受ける日本のお坊さんが結婚をするということは、戒律の上では問題は無いということになるのでしょう。<br /><br />naggitaさんのご指摘にもありましたが、一口に「僧侶」や「お坊さん」と言っても、その目指すべきところの違いから、お坊さんの在り方、スタイルに違いが出てきます。日本のお坊さんの在り方は、それこそ出家得度という形式を残しつつも、人々から離れて道を求めるのではなく、人々と共に仏道を歩んでいこうという在り方です。<br /><br />ここからは私の個人的な意見になりますが、日本でのお坊さんの在り方の中で、初めて公式に結婚されたのが親鸞です。その背景には、師である法然のお諭しがありました。それは「念仏を生活の軸としやすいようにしなさい。戒律を保つほうが念仏しやすいならそうすればよいし、妻や家庭を持つほうが念仏しやすいのであれば、そうしなさい」という内容のものでした。法然は「念仏」を軸に、とおっしゃっておられますが、これは「仏道」と読み替えることもできると思います。<br /><br />結婚は、確かに執着を増やす側面もあるかもしれません。けれど決して楽に偏った道ではないと思います。結婚は、一人気ままであった歩みを、二人で共に歩幅を揃えてゆくものです。そしてそれは、人々と共に仏道を軸として歩もうとする日本のお坊さんにとって、助けとなってゆくものであると、私は感じております。<br /><br /><img alt="A.結婚.jpg" src="http://www.higan.net/somosan/2011/03/04/A.%E7%B5%90%E5%A9%9A.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0pt auto 20px;" height="240" width="400" />その他、このようなご回答をいただきました。<br /><br /><div><img alt="As.結婚.jpg" src="http://www.higan.net/somosan/2011/02/21/As.%E7%B5%90%E5%A9%9A.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0pt auto 20px;" height="509" width="600" />詳しいやり取りはこちらからご覧ください。<br /><br /><a href="http://togetter.com/li/99188">http://togetter.com/li/99188</a><br /><br /><a href="http://togetter.com/li/100840">http://togetter.com/li/100840</a><br /><br /><a href="http://togetter.com/li/102582">http://togetter.com/li/102582</a></div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>問う。仏教に「オーラ」は有るや否や。</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/somosan/2011/02/post-6.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2011:/somosan//72.5378</id>

    <published>2011-02-04T05:33:13Z</published>
    <updated>2011-02-04T06:07:24Z</updated>

    <summary> 「そもさん、せっぱ」が再スタートして数日が経ちました。twitterで、すでにいくつものご質問が寄せられ、いろんな方にご回答をいただいており、私も嬉しい限りです。さて、そのお寄せいただいたご質問とご回答のやり取りの中から、ワタクシ賢裕がコラムを担当させていただくわけですけれども、第一回目のコラム、やはり一番初めにいただいたご質問を取り上げてみたいと思います...</summary>
    <author>
        <name>日下賢裕</name>
        <uri>http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=72&amp;id=33</uri>
    </author>
    
        <category term="仏教とスピリチュアリズム" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="スピリチュアル、オーラ、邪見" label="スピリチュアル、オーラ、邪見" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/somosan/">
        <![CDATA[
        
        ]]>
        <![CDATA[<br /><img alt="Q.A.オーラjpg" src="http://www.higan.net/somosan/Q.A.%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%A9jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0pt auto 20px;" height="164" width="600" /><br /> <div>「そもさん、せっぱ」が再スタートして数日が経ちました。twitterで、すでにいくつものご質問が寄せられ、いろんな方にご回答をいただいており、私も嬉しい限りです。<br />さて、そのお寄せいただいたご質問とご回答のやり取りの中から、ワタクシ賢裕がコラムを担当させていただくわけですけれども、第一回目のコラム、やはり一番初めにいただいたご質問を取り上げてみたいと思います。<br /><br />その記念すべき第一号となったご質問は、「TVや雑誌などで「オーラ」という言葉をよく耳にしますが、仏教にはオーラという概念はありますか？」というものでした。<br /></div>]]>
        <![CDATA[なるほど、確かに「オーラ」という言葉、近年よく耳にするようになったように思います。「あの人オーラがあるね」のように、私も「オーラ」という言葉を使った経験があります。<br /><br />けれど回答の中にもありましたが、この「オーラ」という言葉、概念がハッキリしません。<br />回答いただいた方それぞれ個人個人の思われるところのご回答からも、<br />
<b><i>"聞いたことないので定かではありません"</i></b>というご意見や、<br />
<b><i>"スピリチュアル業界で言う「オーラ」（体から出る色のついた縁取りで感情や健康状態で色が変わる）はありません。身光が近いかもしれません"</i></b>というご意見、<br />
<b><i>"後光はそれに当たりませんか？"</i></b>というご意見など、様々でした。<br /><br />これは「オーラ」という言葉を、どう定義するかで変わってくるものなのでしょう。<br />定義を厳密にして、人が発するスピリチュアルなエネルギーを「オーラ」としてしまえば、それは仏教的ではありませんし、人の持つ雰囲気や迫力、気配というよ
うに定義を広くすれば、悟りをひらいた「ブッダ」の体から溢れ出る尊い雰囲気を光として表現した「後光」や「身光」というものは仏教の中に見られる「オーラ」的なものと言えるかもしれません。<br /><br />私個人の意見を言わせていただくならば、「オーラ」というものが無いとハッキリは言い切れません。<br />自分の目に見えない、肌に感じることができないからと言って、それが無いものだとしてしまうのは、少し乱暴ですからね。<br />目に見えたり感じたり出来ないレベルで、「何か」ある可能性は否定しきれないと思うのです。<br /><br />けれど、仏教的に言えば「だから何？」なのです。「オーラ」というものが有ろうが無かろうが、そんなことは仏教においては重要なことではありません。<br />ご質問は、ご友人が"あなたの「オーラ」はオレンジ色と診断された"というところから、だそうですが、オレンジ色の「オーラ」を持つことにどんな意味があるのでしょうか？<br />血液型や干支、星座などもそうですが、私たちは人をいくつかのタイプに分類して考えるのがなぜか好きなものです。<br />けれど、自分のタイプを型に嵌めたり、そこから一種のマニュアル化を生き方に施したとしても、それで人の抱える問題が解決されるわけではないでしょう。<br /><br />そしてもう一つ。「有る」・「無い」というところにとらわれてしまうことを、<b>「有無の邪見」</b>といいます。<br />「有る」ことにとらわれた考え方も、「無い」ことにとらわれた考え方も、どちらも正しい物の見方ではないということです。<br />なぜなら「有る」・「無い」と物事を両極端に分けて考えても、答えは人の都合や立場によって変わってしまうからです。<br /><br />大切なのはそういうよく分からない事象の有無に惑わされないこと。<br />「有る」とか「無い」とかいう答えの出ない事柄に執心しても、結果として苦しみを生むだけです。<br />それよりも「今、自分が生きているこの生命を、より良い方向へ向けていきましょうよ」というのが、仏教の教えで大切な事であると思います。<br /><br />ですから、仏教に「オーラ」という概念が有るかどうかということよりも、<b>仏教は「オーラ」のような物の存在を意味あるものとして説く教えではない</b>、と考えるのが良いのではないでしょうか。<br /><div><br />
<br />
その他、興味深い回答には以下のようなものがありました。<br /><br />
<img alt="A3.オーラ.jpg" src="http://www.higan.net/somosan/2011/02/03/A3.%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%A9.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0pt auto 20px;" height="436" width="600" /><br />
やりとりの詳細につきましてはTogetterにまとめてありますので、そちらもご覧ください。<br /><a href="http://togetter.com/li/94086">http://togetter.com/li/94086<br /></a></div><div><br /></div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>そもさん、せっぱ is back!</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/somosan/2011/01/post-2.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2011:/new_site02/somosan//72.5316</id>

    <published>2011-01-27T02:12:47Z</published>
    <updated>2011-02-03T13:29:25Z</updated>

    <summary>「そもさん、せっぱ 〜お坊さんとの対話〜」について 仏教やお坊さんへの素朴な疑問・質問に答えるコーナー、「そもさん、せっぱ」がリニューアルして再登場。 今回は、twitterを使って、お坊さんに質問や悩み相談ができます。そう、いつでもどこでも、皆さんとお坊さんとが繋がる場、 それが新しい「そもさん、せっぱ」のカタチ。 みなさんは壁にぶち当たったとき、迷ったと...</summary>
    <author>
        <name>日下賢裕</name>
        <uri>http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=72&amp;id=33</uri>
    </author>
    
        <category term="はじめに" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/somosan/">
        <![CDATA[
        <img src="http://www.higan.net/somosan/images/P6141156.jpg"  />
        ]]>
        <![CDATA[<strong>「そもさん、せっぱ 〜お坊さんとの対話〜」について</strong><div><br />
<p>仏教やお坊さんへの素朴な疑問・質問に答えるコーナー、<br />「そもさん、せっぱ」がリニューアルして再登場。</p>
<br />
<p>今回は、twitterを使って、お坊さんに質問や悩み相談ができます。<br />そう、いつでもどこでも、皆さんとお坊さんとが繋がる場、<br />
それが新しい「そもさん、せっぱ」のカタチ。</p>
<br />
みなさんは壁にぶち当たったとき、迷ったとき、悩んでいるとき、<br />どんな人に話を聞いてもらいますか？友人？　家族？<br />
それとも占い師やカウンセラー？<br />
その相談相手の選択肢の中に、お坊さんを加えてみてはいかがでしょうか。<br />
仏教という、いつもとは違う見方によって、<br />なにかブレイクスルーの手がかりが得られるかもしれません。<br />
<br />
もちろん、相談だけではなく、&nbsp;</div><div>仏教に関しての疑問やお坊さんに聞いてみたいこと、質問はなんでもOKです。&nbsp;</div><div><br /></div><div>&nbsp;質問の方法はごくごく簡単。&nbsp;
</div><div><br /></div><div>Twitterで<b>#somosepa</b>というハッシュタグを使って質問をつぶやけば、</div><div>どこからともなくお坊さんが現れて、それに答えてくれることでしょう。</div><div>そしてお坊さんとやりとりを交わす中で、「かかりつけ医」ならぬ、</div><div>「かかりつけ僧」を見つけるのもいいかもしれません。&nbsp;</div><div>お坊さんも、<b>#somosepa</b>のハッシュタグに注目していただいて、</div><div>仏縁の輪を広めましょう！&nbsp;
</div><div><br /></div><div>さらに、ケンユウこと日下賢裕がオーガナイザーを勤めまして、</div><div>気になった質問ややりとりについて、</div><div>「彼岸寺」にてコラムとしてまとめさせていただきます。</div><div><br /></div><div>ちょっとした悩み事からディープな話題まで、</div><div>どうぞお気軽に仏教の智慧を借りにいらして下さい。</div><div><br /></div><div>また、<b>「今月の什麼生」</b>という形で、</div><div>興味深い質問をピックアップして、</div><div>いろんなお坊さんに回答していただけるようにもしたいと思っております。</div><div>お坊さんにこんな事聞いてみたいということがあれば、</div><div><b>#somosepa</b>のハッシュタグをつけてつぶやいてください。<br /><br />詳しいご利用方法は、<a href="http://www.higan.net/somosan/2011/01/post-3.html">ガイドライン</a>を設けてありますので、まずそちらを御覧ください。<br />質問の募集に関しては、<a href="http://www.higan.net/somosan/2011/01/post-4.html">こちら</a>もご一読ください。<br />またどんなやりとりが行われているかは、<a href="http://www.higan.net/somosan/2011/01/post-5.html">タイムライン</a>に表示されるようになっております。<br /><br /></div><div>それでは皆さまからのご質問、お待ちしております！</div>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>そもさん、せっぱのタイムライン</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/somosan/2011/01/post-5.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2011:/new_site02/somosan//72.5327</id>

    <published>2011-01-21T13:30:52Z</published>
    <updated>2011-01-21T13:45:13Z</updated>

    <summary>そもさん、せっぱのやりとりを表示するタイムラインです。どんなやりとりがされているか、ここでチェックしてみてください。  ...</summary>
    <author>
        <name>日下賢裕</name>
        <uri>http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=72&amp;id=33</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/somosan/">
        <![CDATA[
        
        ]]>
        <![CDATA[そもさん、せっぱのやりとりを表示するタイムラインです。<br />どんなやりとりがされているか、ここでチェックしてみてください。<br /><br />
<!-- Start of HootSuite Embed -->
<object id="hootsuite_embed_30947" width="600" height="400">
<param name="movie" value="http://static.hootsuite.com/hoot-embed.swf" />
<param name="allowFullScreen" value="true" />
<param name="allowscriptaccess" value="always" />
<param name="bgcolor" value="#FFFFFF" />
<param name="flashvars" value="primaryColor=BEE1AA&amp;refreshRate=0&amp;query=somosepa&amp;title=somosepa&amp;profanityFilter=0" />
<embed src="http://static.hootsuite.com/hoot-embed.swf" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" bgcolor="#FFFFFF" flashvars="primaryColor=BEE1AA&amp;refreshRate=0&amp;query=somosepa&amp;title=somosepa&amp;profanityFilter=0" width="600" height="400">
</object>
<!-- End of HootSuite Embed -->
<font color="#888888"><br /></font> ]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ご質問を募集しております</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/somosan/2011/01/post-4.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2011:/new_site02/somosan//72.5326</id>

    <published>2011-01-21T06:59:31Z</published>
    <updated>2011-01-21T13:29:28Z</updated>

    <summary>「そもさん、せっぱ〜お坊さんとの対話〜」では、皆さまよりのご質問を募集しております。お坊さんへの質問、仏教のことについて、さまざまな相談など、どうぞお気軽にご質問ください。またご質問は、ツイッターだけでなくメールでも受け付けております。専用アドレスは、somosan@higan.netです。ツイッターをご利用でない方や、ツイッターでは質問しにくい場合などにご...</summary>
    <author>
        <name>日下賢裕</name>
        <uri>http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=72&amp;id=33</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/somosan/">
        <![CDATA[
        
        ]]>
        <![CDATA[<b>「そもさん、せっぱ〜お坊さんとの対話〜」</b>では、<br />皆さまよりのご質問を募集しております。<br /><br />お坊さんへの質問、仏教のことについて、さまざまな相談など、どうぞお気軽にご質問ください。<br />またご質問は、ツイッターだけでなくメールでも受け付けております。<br />専用アドレスは、<b>somosan@higan.net</b>です。<br />ツイッターをご利用でない方や、ツイッターでは質問しにくい場合などにご利用ください。<br /><br />メールでいただいたご質問は、名前は非公開で、質問の内容だけ「そもさん、せっぱ」の公式アカウント<b>@somosepa</b>より公開させていただき、回答を募った後にメールで返信させていただきます。<br />質問の内容も非公開で回答を望まれる場合には、ケンユウがメールにて返答させていただきます。<br /><br /><br /><br /><b>◯「今月の什麼生」</b><br />興味深い質問は、彼岸寺で一定期間ピックアップして、いろんなお坊さんに答えていただきます。<br /><br />]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>ご利用のガイドライン</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/somosan/2011/01/post-3.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2011:/new_site02/somosan//72.5325</id>

    <published>2011-01-21T06:22:29Z</published>
    <updated>2011-01-21T13:50:25Z</updated>

    <summary>「そもさん、せっぱ〜お坊さんとの対話〜」のご利用に関しまして、皆さまに円滑なやりとりを行っていただくために、次のようなガイドラインを設けさせていただきます。ご利用の際は、是非ご一読いただいた上で、お願いいたします。・基本ルールやりとりはtwitterを利用することを基本とします。他のつぶやきと区別するために、#somosepaというハッシュタグを使います。※...</summary>
    <author>
        <name>日下賢裕</name>
        <uri>http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=72&amp;id=33</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/somosan/">
        <![CDATA[
        
        ]]>
        <![CDATA[「そもさん、せっぱ〜お坊さんとの対話〜」のご利用に関しまして、<br />皆さまに円滑なやりとりを行っていただくために、次のようなガイドラインを設けさせていただきます。<br />ご利用の際は、是非ご一読いただいた上で、お願いいたします。<br /><br /><b>・基本ルール</b><br />やりとりはtwitterを利用することを基本とします。<br />他のつぶやきと区別するために、<b>#somosepa</b>というハッシュタグを使います。<br />※ハッシュタグの前に、半角スペースを入れることをお願いいたします。　<b>ex).◯◯ですか？ #</b><b>somosepa</b><br />このハッシュタグが付いているものは彼岸寺に自動的に掲載されるようにします。<br /><b><br />・ご質問される場合について</b><br />質問は自由参加で、仏教に関することやお坊さんに聞きたいこと、悩み相談など、なんでもOKです。<br />質問者は、つぶやきの始めに<b>【質問】</b>と書いていただき、#somosepaのタグをつけて質問を投げかけてください。<br /><br /><img alt="Qsample'.jpg" src="http://www.higan.net/new_site02/somosan/2011/01/21/Qsample%27.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0pt auto 20px;" width="600" height="293" /><br /><br /><br /><b>・ご回答される場合について</b><br />質問への回答は、それぞれの仏教的スタンスからお答えください。<br /><br />回答していただく際には、【回答】と文のはじめにつけてください。<br />また、どの質問に対する答えか分かりやすくするために、次のどれかの方法でお願いいたします。<br /><br />◯QT(非公式RT)による引用。<br />QT(非公式RT)形式で、質問文の一部でも引用してください。<br /><br /><img alt="Asample'.jpg" src="http://www.higan.net/new_site02/somosan/2011/01/21/Asample%27.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0pt auto 20px;" width="600" height="293" /><br /><br /><br />◯リプライによる回答。<br />リプライ形式で回答する場合は、どの質問への回答かわかるようにしていただき、ハッシュタグもつけ忘れないようにお願いします。<br />ex)　<b>@AAAA 【回答】◯◯については△△です。 #somosepa</b><br /><br />◯質問ツイートにリンクする。<br />ツイッター上で、発言された時間をクリックしていただくと、そのツイートのみのページが表示されます。そこに表示されるURLを、回答のあとに付け加えてください。URLは短縮されたものでも結構です。この場合も、ハッシュダグをつけ忘れないようにお願いいたします。<br />ex)　<b>【回答】△△です。 copy link to http://twitter.com/AAAA/status/........ #somosepa</b><br /><br />回答を連投される場合には、<b>【回答続き】</b>としていただくか、<b>【回答2】【回答3】</b>としていただくとより分かりやすくなると思います。<br />回答者は、それぞれの立場で、回答したい質問、回答できる質問に答えていただければ結構です。<br /><br /><br /><br /><b>・その他注意事項</b><br />回答において、専門的な言葉が使われる事があります。もしやりとりの中で、わからない言葉などがありましたら、すかさず質問して、理解を深めてください。<br />回答してくださる方も、なるべく難しい言葉を使わずに回答していただくようお願いいたします。<br /><br />twitterの仕様上、リアルタイムでのやりとりもできますが、多くの場合、質問に対して回答がなされるまで、ある程度時間がかかることが予想されます。質問された方はどうかゆっくりとお待ちください。<br />また、質問がタイムラインの激流に流されてしまうこともあるかと思います。そんな場合には諸行無常を噛み締めるいい機会であるととらえていただけたらと思います。<br />一つの質問に対していろんな意見が出ることもあるかと思いますが、あくまで質問に答えることを主とし、討論や議論の場ではないことにご注意ください。<br /><br /><dl><dt><font style="font-size: 0.64em;"><br /></font></dt><font style="font-size: 1em;"><b>twitterを使うため、公の場でのやりとりとなります。どうぞ皆さま、慈悲の心でもって、穏やかに対話できるよう、お心がけをお願いいたします。</b></font><div><h2><font style="font-size: 0.64em;"><b>
	<dd><br /></dd></b></font></h2></div><div><h2><font style="font-size: 0.64em;"><b>
	<dd><br /></dd></b></font></h2></div><div><h2><font style="font-size: 0.64em;"><b>
	<dd><pre><br /></pre><br /></dd></b></font></h2></div></dl><div><br /></div><div><br /></div><div><br /></div><div><br /></div><div><br /></div><div><br /></div><div><br /></div>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>連載管理用記事</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.higan.net/somosan/2011/01/post.html" />
    <id>tag:www.higan.net,2011:/new_site02/bouzu//63.4378</id>

    <published>2011-01-13T04:03:26Z</published>
    <updated>2011-01-25T19:33:15Z</updated>

    <summary> ...</summary>
    <author>
        <name>植村宏司</name>
        <uri>http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=72&amp;id=34</uri>
    </author>
    
        <category term="連載管理用記事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.higan.net/somosan/">
        <![CDATA[
        
        ]]>
         
        
    </content>
</entry>

</feed>

