大峯顕さんインタビュー/「ほんとうのいのち」に従って生きること(2/5)

大峯顕さんインタビュー/「ほんとうのいのち」に従って生きること(2/5)

 


大峯顕さんへの「さとり」インタビュー、全5回中の2回目です!

 

「死」という真理の法門に向かい合うことをきっかけとして、「私」を超えた「信」が起こる......? 今回も核心に迫ったお話ばかりです。ぜひ、じっくりとお楽しみください。

 

 

 

【前回の記事はこちらです】

 

大峯顕さんインタビュー/「ほんとうのいのち」に従って生きること(1/5)

 

 

 

◆生まれてもいないから死ぬこともない

 

小出:池田晶子さんは、生涯「死なない」というテーマを私たちにお伝えくださっていたように思うのですが、私自身、あるとき、それを体感としてわかるような経験をいたしまして......。

 

大峯:そうでしたか。

 

小出:はい。もちろん、「死なない」とは言っても、個人の死は確実にありますよ。個別の肉体は、いつか間違いなく滅びます。でも、「ほんとうのいのち」は、肉体が滅びたところで、決して消えることはない、と。その事実を、理屈を超えたところから知ってしまったんですね。

 

大峯:それは何歳ぐらいのときですか?

 

小出:割と最近です。20代の後半ぐらい。

 

私の場合、小学校高学年......中学生ぐらいの頃から、自分はなんのために生まれてきたんだろう、なんのためにここにいるんだろう、なにをしても満たされないこの感覚っていうのはいったいなんなんだろう、いつもいつもわけもなく不安で仕方がないのはなんでなんだろう、っていうような問いはあったんです。でも、それに気づかないフリをして、できるだけ頭と感受性を鈍らせるようにして、高校生活、大学生活、社会人生活をやり過ごしてきた。けれど、年齢を重ねるに従って、それがどうしようもなく蒸し返してきた。というか、少しずつ、見て見ぬフリができなくなっていった。20代は、そんな風にして、年齢に比例して生きづらさも増えていった感じだったんですね。

 

それで、28歳、29歳だったかな。ある晩、生きていくことに対する不安感がいきなりピークを迎えてしまったというか、限界点を超えてしまって。突然、呼吸がうまくできなくなってしまったんですね。自分の部屋にいたんですけれど。息がほとんどできなくなって、心臓はどきどきいって、全身から汗が噴き出して。なにかの発作みたいになって、苦しい、苦しい、苦しい、って。

 

そのときに、なんでそんなことを思いついたのかわからないんですけれど、「こんなに苦しいなら、いっそ、一回死んでみようか」って。ただ、実際に手首を切るとか、高いところから飛び降りるとかじゃなくて、「死ぬ」ということを徹底的に考えよう、と。そんな風に思ったんです。

 

それで、自分はもう死んでしまった、っていうことにしたんですよ。頭の中でね。息も絶え絶えになりながら、自分が死んで、棺桶に横たわっているシーンを必死になって想像したんです。ものすごく詳細に。それで、自分の死に顔を、お葬式の弔問客として覗き込むっていうことをやってみたんですね。

 

そうしたら、その瞬間に、理屈を超えたところからの理解がドカンとやってきた。「これ」だけが私じゃなかった、って。すべてがわたしだった、って。私なんてそもそも生まれてもいなかった、だから死ぬこともないんだ、って......。

 

すみません、ことばにするとどうしても変な感じになるんですけれど。でも、あれはまさしく、「ほんとうのいのち」というものに、理屈を超えたところから触れた瞬間だったんだと、いま振り返って思います。

 

大峯:そうですか。

 

 

 

◆「個人の死=いのちの終わり」という勘違い

 

大峯:あなたはその瞬間、「これ」しかないという、その絶対感を破ったんだね。すべてが相対化されたんだな

 

小出:ああ、そうですね。まさしく、一種の相対化が起こったんだと思います。そして肉体と自分との同一化が破られた。

 

大峯:自分に対する執着が、その瞬間は取れたんだろうね。

 

小出:そうかもしれません。もちろん、そのあとまた執着は戻ってきてしまったんですけれどね。戻ってきて、また、ああだこうだ言いはじめてしまったんですけれど(笑) でも、「これ」だけが、この肉体だけがいのちじゃないんだ、っていう深いところからの理解は、決して消えずに残っていて。それまでずっと抱えていたどうしようもない不安感は、それをきっかけに、かなりの段階まで薄れたようには思います。

 

大峯:うん。ふつうの人は肉体だけが唯一のいのちと思っているんだね。だから個人としての自分が死ねば、いのちもなくなる、と。死んだらそこでなにもかも終わりなんだ、と。

 

小出:その、個人が死んだら終わりっていう勘違い......まさしく「勘違い」なんですけれど、それこそが、自分自身の存在に対するどうしようもない不安感の源になっていたように思うんです。勘違いを解くような気づきが与えられたのはありがたいことでした。

 

 

 

◆往相回向と還相回向 仏の二種類のはたらき

 

大峯:僕の場合は、寺に生まれたからかな。死ぬことに対する不安というのはもちろんあったけれど、死んでそこで終わりとは思っていなかったね。そういう雰囲気の中で育てられたんだね。死んで墓場に持っていかれて焼かれようと、そこで終わりだとは思わなかった。そういう考えだけは持たなかったね。

 

これは環境のおかげというか、宿縁や伝統の力だと思います。僕だって、もしふつうの家庭に生まれていたら、そういう風に思えたかどうか、これはわからない。やっぱり、浄土に生まれた人々に導かれていたんだと思います

 

小出:浄土に生まれた人々、ですか。

 

大峯:そう。浄土真宗には「還相回向(げんそうえこう)」という思想があります。親鸞さんが深く解読した経典の思想ですけれどね。阿弥陀の本願のはたらきには二種類ある。ひとつは、この世を超えて、浄土という真理の世界に生まれさせる。これを「往相回向(おうそうえこう)」と言います。

 

ところがそれだけで終わらない。往相回向によって仏になった人は、今度はまだ仏になっていない人々を救いはじめるんだね。つまり、自分の個体の生に執着して迷って苦しんでいる存在を、その自己中心的な小さな視野から解放するはたらきをする。これを「還相回向」と言います。浄土に生まれた人が娑婆に還ってくるというわけです。

 

小出:真理の世界に到達したらそれでおしまい、じゃないんですね。

 

大峯:うん。往相回向を得たら、還相回向も同時に得ているんです。「南無阿弥陀仏の回向の恩徳広大不思議にて往相回向の利益には還相回向に回入せり」という和讃があります。南無阿弥陀仏というひとつの真理の中に、往相回向と還相回向が入っている、と。往相回向の中に、還相回向が入っている、と。一見するとふたつあるように思うけれど、あれは方向の違いを言っているだけで、実際はひとつなんだね。

 

そのことを僕は環流と言っているわけです。弥陀の本願海の水は回っているんだ。直線的に、こちらから向こうへと流れている川と、向こうからこちらへとやってくる川があるんじゃなくて、ひとつのものとして浄土と娑婆の間を巡っているんだ。

 

小出:切れ目がないんだ、と。

 

大峯:方向が違うだけであって、同じひとつの流れなんだ、おなじひとつのいのちの流れなんだというのが親鸞さんの考えですね。

 

 

 

◆「自分の信心」は信心じゃない

 

小出:その「往相回向」というのは、「信心を得る」ということと一緒ですか?

 

大峯:そうですね。「往相回向」は信心によって得られるわけだけれども、そうしたらその人はもう仏になることが決まるでしょう。そうなったら他の人々を救うということも、その中に、可能性としては備えているわけですよ。

 

小出:そこには資格というか、条件がないんですね。

 

大峯:そういうことです。その上になにかをやらないと還相回向できないんじゃなくて、往相回向という信心を得たら、その同じ人間が、まったく同時に、今度は還相回向の力をも如来からいただいている。そういう意味ですね。

 

ただ、やっぱり一般的には、ここを理解できない人が多くて、仏になるだけが当面の目的だと誤解されてしまう。そうなると、たとえば一向一揆のときとか、本願寺が信長と戦ったりしたときとか、ああいった激しい殺戮の場面では、「前に進んだら極楽だ、逃げる者は地獄だ」などと言って、思想が世俗の目的に利用されてしまうこともあった。宗教にはそういう危険性があるんです。これはティリッヒという神学者が「宗教の悪魔化」と呼んだ現象です。

 

小出:それは、やっぱり、さきほどの話で言えば、「信じる」というのを「思い込み」と取り違えてしまうから起きてくることなのかもしれないですね。

 

大峯:そうですね。それは言い換えたら「我」ということになるんだね。「自分の信心」と、頭に「自分の」をつけるから問題になる。

 

小出:「自分の」をつけた時点で、信心じゃなくなってしまう......。

 

大峯:そのあたりの話は、キリスト教と比較するとよくわかる。スイスの弁証法神学者にカール・バルトという人がおったでしょ? 彼が『我信ず』という有名な本を書いています。'I believe'と、頭に「I」がついてしまう。believeはいいんだけれど、そこに主語がつくと信心でなくなる。

 

他力の信心には主語がないんです。「私が阿弥陀さまを信じる」という意識じゃなくて、私を超えた「信」が私に起こるわけです。「私」というものがないんだね

 

小出:「私」がなくなって、ただ「信」だけが残るんですね......。

 

 

 

◆死への恐怖=真理への対面 西谷啓治先生の導き

 

小出:さきほどの話に戻りますけれど、大峯さんは「死んでおしまいじゃない」っていうことは幼い頃からご理解されていた、と。それでも、死ぬということへの恐怖にとらわれた時期はあったんですね。

 

大峯:不安はありましたねえ。

 

小出:学生時代ですか?

 

大峯:いや、もう40歳を超えていました。僕は42歳の折、家族と一緒にドイツに留学をしたんです。そのあと、帰国してから、どういうわけだか、毎日、夜になると、死ぬことがものすごく怖くなってね。自分が死ぬということはいったいどういうことだろうか、という不安が、ものすごく痛切にやってきたんです。毎晩ですよ。

 

この問いが来たときには、僧侶であった父に聞くべきだったんでしょうけれど、僕が36歳のときに亡くなっていますから、それがかなわなかった。それで、西谷啓治先生のお宅までひとりで訪ねていったんですよ。この問いに答えてくれるのは、西谷先生しかないと思ったわけです。

 

小出:西谷啓治さんは、西田幾多郎さんの直々のお弟子さんですね。

 

大峯:そうです。西田先生の高弟ですね。西谷先生は京大の先生をされながら坐禅も修めていらっしゃった。相国寺の老師から「君はいい坊さんになるだろう」って言われたような方ですよ。この先生だったら、きっと教えてくださるだろうと思って、ご自宅まで伺ったんです。

 

そうしたらね、西谷先生、まったく僕の顔を見ないんだね。じっと横を向いているだけなんだ。それでしばらくして、ひとこと、こうおっしゃった。「それは夜だけか?」と。「不安な感じが来るのは夜だけか?」と。それに対して僕はこう答えた。「はい、いまのところは夜だけで、昼はなんともありません」って。そうしたら、先生、また横を向いて黙っているんだね。それで、しばらくのち、こうおっしゃったんだな。「そうだなあ、その感じが真昼間でも来るともっといいんだ」。それ以外、余計なことはなにも言われなかった。この答えで、僕は助かったんです。

 

小出:ああ......。

 

大峯: つまり、その不安につかまるのは人間として当たり前のことなんだ。しかし、夜だけなんてまだまだ序の口だ、と。昼も夜もそれが来て、その問いから絶対解放されないというところまで行ったらいいんだ、と。まあ先生はそこまではおっしゃらなかったけれど、僕にはわかった。どういうことがわかったかと言うと、僕が病気じゃないということを、先生は証明してくださったんだって。

 

小出:しっかり受けとめてくださったんですね......。

 

大峯:受けとめてくださった。ふつうの人ならごまかしますよ。そういう問いを自分自身で経験していない先生なら、「君、ちょっと考えすぎじゃないか」とか、あるいは「この頃疲れているんじゃないか」とかね。そういう風にいい加減に答えて、僕を病人にしただろうね。真理との対面だという風には受け取らなかっただろうな。

 

それは自分が真理と対面していないからですよ。西谷先生はご自身でそれに対面して、それを超えてきた人ですよ。あのとき他の人に出会っていたら、僕はだめだったと思う。西谷先生は、あのとき、僕が真理の道に向かうのを外さないようにしてくださったんだ。まさしく善知識の御恩です。それ以降、先生とはこの話をしたことはありません。そのときだけだった。その先生のひとことで、僕は完全に助けられたんです。

 

小出:大峯さんが、そのときどれほど安心されたことか......想像するだけで涙が出てきます。

 

 

 

3回目に続きます!)

 

 

 

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大峯顕(おおみね・あきら)

 

1929年奈良県生まれ。

1959年京都大学大学院文学研究科博士課程修了。

1971-72年文部省在外研究員としてハイデルベルク大学留学。

大阪大学教授、龍谷大学教授、浄土真宗教学研究所長などを経て、現在は大阪大学名誉教授。

専立寺前住職。

俳人。毎日俳壇選者。

著書に『親鸞のコスモロジー』(法蔵館)、『宗教の授業』(法蔵館)、『君自身に還れ-知と信を巡る対話』(池田晶子との共著、本願寺出版)、『命ひとつ-よく生きるヒント』(小学館)など多数。

 

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小出遥子 (こいで ようこ)
>>プロフィールを読む 1984年生まれ。新潟県出身。早稲田大学第一文学部日本文学専修卒業。編集プロダクション、美術系専門図書館勤務を経て、現在はフリーランスの編集者・文筆家として、仏教系テキストを中心とした編集・執筆活動を行っている。 いのちからはじまる対話の場「Temple」主宰。http://temple-web.net/