仏教は誰にとっても「自分ごと」。小粒でピリリなブディスト・小出遥子さんの「これが私のホトケ道」(前編)

仏教は誰にとっても「自分ごと」。小粒でピリリなブディスト・小出遥子さんの「これが私のホトケ道」(前編)

 「自灯明的生き方のススメ――仏教はブームになんかなりえない」。

2年前、SNSでシェアされた、あるハフィントン・ポストの記事を読んで驚きました。仏教関連本が売れ、お坊さんが出演するテレビ番組が人気になって「仏教ブーム」というけれど、仏教が仏教である限り「ブームなどにはなりえない」と、小気味よく切り込み、「自灯明的な生き方は、これからの時代に大いに求められる」と大きく締めくくる。なかなか度胸のある人だけど、いったい誰なんだろう?

その人こそ、今この彼岸寺で日本中の名僧にインタビューする『ひらけ!さとり!』を連載している、小出遥子さんだったのでした。

この記事を読んだ時、「これからこういう人がもっと増えたらいいのになあ」としみじみ思っていました。ブームかどうかはひとまず置くけれど、仏教への関心が以前より高まっているのは確かです。でも、その関心をそれこそ「自灯明」へと誘えるような大きなうねりに育てるカギを握るのは、シャバで仏教を生きる「在家」あるいは「co-Buddhist」とでも言える存在ではないか――そんなことを考えていたからです。

それからほどなくして、小出さんから「彼岸寺に参加したい」と連絡があり、今のご活躍へと至ったことはみなさんご存知の通り。私にとっては「お坊さんにインタビューをする」というレアな(?)取り組みをする同士でもあり、話してみたいことはたくさんあります。今回は、そんな小出さんをチラリとめくるインタビューをしてみました。


「仏像は何を伝えているんだろう?」

btutus.jpeg仏像部が製作していた「BTUTUS」。ハイクオリティ!

――小出さんは今、東京にお住まいですが、ご出身はどちらですか?
出身は、新潟県で一番北に位置する市町村・村上市。大学進学と同時に上京しました。大学では日本文学を学び、卒論は芥川龍之介をテーマに書きました。同じテキストを読んでも、人によって読み方にバイアスがかかることに興味を持っていたので、芥川文学「を研究している研究者の論文」を研究していました。随分ひねくれたことをしていましたね(笑)。

――大学を卒業してからは、編集のお仕事をされていたそうですね。
本に関わる仕事がしたくて、編集プロダクションに就職しました。でも、仕事がものすごくキツくて、ストレスで十二指腸潰瘍にはなるし、最後には鼻血も止まらなくなってしまって......。気持ちでは「続けたい」けれど、身体のほうは辞めざるを得ない状態になって退職したんです。

だけど、やっぱり本に関わる仕事がしたかったので、もう一度大学に通いなおして図書館司書の資格を取得。大学図書館や、都内の博物館内の美術系図書館で、この春まで約5年間働いていました。

――司書のお仕事は楽しかったですか?
お世話になっていた博物館は個人的にすごい好きな場所でした。収蔵品の大半が日本と東洋の美術品という博物館だったので、仏教関係のコレクションも充実しているんですよ。図書館の利用者さんから、仏教美術に関するレファレンスを受けて調べもののお手伝いをすることもあったので、すごく勉強にもなったし楽しくやらせていただいていました。

残業もないし、休日もちゃんと休める。体調も良くなってくると、今度は元気が有り余ってきちゃって(笑)。趣味のサークル「仏像部」に参加して、年一回「仏像ナイト」という仏像好きのお祭りみたいなイベントを開くようになりました。仏像部には、イラストレーター、デザイナー、元編集者がそろっていたので、「仏像ナイト」で配る「BTUTUS」という小冊子も作りましたね。

――「BTUTUS」よくできた冊子ですねえ。遊びに対する大人の本気を感じます。仏像に惹かれはじめたのはいつ頃からだったんですか?

高校生ぐらいからです。でも、完全に開花したのは社会人になってからですね。旅も好きでしたから、仏像を目当てに全国のお寺を回っていました。最初は本当に仏像だけを見ていたんですけど、だんだん仏教そのものにも興味を持ちはじめたんです。

仏像は、何を表現しようとしてこういう形になっているんだろう、この仏像を作り出した仏教って何なんだろう?と、ライトな仏教本を読み始めるようになって。でも、そういうことを話すと、友人から変わり者扱いされるんですよ。「なに、そんなにさとりたいの?」とか(笑)。

 
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彼岸寺メルマガのイラストでもおなじみのnihhiさん。


――「仏像いいね!」と一緒に言っていたはずのご友人たちと、どこかで道が分かれてしまったわけですね。
それこそ友人たちは「あ、(小出さんは)そっちへ行ったんだ〜」みたいな感じで(笑)。仏像好きだからといって、必ずしも仏教の中身に興味を持つわけではないんですよね。そんななか、趣味の集まりで隣に座った男性と「色即是空空即是色」というテーマで盛り上がって意気投合しました。その男性というのが、昨年結婚したパートナーのnihhiさんです。

――色即是空から始まる恋......!すごい出会いでしたねえ。
新婚旅行は、何年かかけてお遍路さんをしようと言ってます(笑)。


仏教は「世界と仲良くなる方法」


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小出さんが愛読する仏教書たち、もちろんまだまだたくさんあります...!

――小出さんのなかで、仏像と仏教は地続きになっていたんですね。
全然、地続きでした。ただ、仏像を拝んだり、お説教を聞いてありがたがったりしているだけだったらあまり意味がないというか。「仏教には生きていくためのヒントがある」と思ったとしても、そこで語られている内容を実際に自分で生きてみなかったら、本当のことを言っているのかどうかなんてわからないですよね。

最初のうちはちんぷんかんぷんで「仏教が言っているのはこういうことかな?」と想像していたことも、実際に生きてみると全然違っていたりしたんですけど、少しずつ「これは本当に本当のことかも」と思えることも出てくる。そうすると、簡単に言ってしまえば、世界と仲良くなったような感じがしたんですよ、仏教を知る前よりも。

――そのお話、もう少し詳しく聞きたいです。
もともと、仏像に惹かれたのはやっぱり、人生がうまくいっていない自覚があったからなんですよね。それこそ、最初のうちは、仏像っていうのは何かスピリチュアルな、願いを叶えてくれる何かが宿った存在だと捉えていて「仏像を拝めば、私の人生の問題をなんとかしてもらえるんじゃないか」と。ご利益を求めて、お寺を回っていたところもあったんですよ。でも、仏教はもっとこう、命の根底に流れるような何かのことを言っているんだっていうことに、少しずつ、少しずつ気づいて、そっちにシフトしていったんです。

ご利益を求めるということはつまり、自分のなかに「満たされなさ」を感じていたということで。でも、それよりもっとベースのところで、常に何かに怯えていたんですよね。まるで、自分だけが世界と切り離されているような感じがして、どこに行っても浮いている感じがしていたんです。何をしても、世界と仲良くなれない自分を感じていて。生きていくことが怖い感じがあった。怖れていたんですよね、何かを。でもその「何か」の正体がつかめなくて、全然リラックスできなくて。

どんなに仲の良い友だちといても、どんなに好きなことをしていても、好きなお笑いのコントや漫才を見て笑っていても、常に世界と薄皮一枚で隔たっているような感じがありました。私の場合、その問題意識に仏教がヒットしたんですね。

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――仏教に対してピンときたというか、「あ、ここにヒントがあるかも!」と思ったのはいつ頃だったんですか?
2009年頃ですね。京都のあるお寺の阿弥陀三尊像の前に座っていたときです。それまでは、どうにも解決できない問題を抱えている自分がいて、それをなんとかしてくれる存在として仏がいました。でも、そのときは、まったく仏像との間に距離がないというか、仏と自分の間に距離がない感じがしたんですよ。うまく言えないんですけど、仏像を見ていても「かたち」を見ている感じが全然しなくて。

なんかね、仏の中に私がいるし、私のなかに仏がいるなあっていう、突然そういう感じになったというか、気づきが訪れて。その瞬間に号泣してしまったんですよね。30分間ぐらいずっと。それはもう、わんわんぎゃんぎゃん、涙鼻水垂れ流しというやつですよ。その場にいらっしゃったお坊さんも「ええ?泣いたはるけど?」みたいな(笑)。

――それは、お坊さんも驚かれたでしょうね。だけど、仏さまのなかに自分がいて、自分のなかに仏さまがいるという気づきによって、どうして号泣してしまったのでしょう。
垣間見た感じがしたんですよね。本来、自分は世界とまったく切り離されてもいないし、そもそも切り離されている存在なんて何もなかったんだって。全部仏さまのなかにあるといえばあるし、私のなかにあるといえばあるし。怖れや分離感も、その瞬間は、ふわっと溶けて......その安心感から泣いてしまったのだと思います。

そうは言っても、その体験後も、正直、世界と薄皮一枚で隔てられている感じは残っていた。ブツ切りにされたような世界は「ほんとう」じゃないんだと知りながらも、日常において、隔てられている感じから来る苦しみは消えていませんでした。でも、もっと仏教のことを知っていったら、この分離感みたいなものも、きっと解消されていくんじゃないか。その予感は、その体験によって、はっきりと与えられていました。
 




杉本恭子 (すぎもと きょうこ)
>>プロフィールを読む 大阪生まれ東京経由京都在住のライター。同志社大学文学部社会学科新聞学専攻卒業。お寺取材を経験するうちに「お坊さん」に興味を持ちインタビューを始める。