【レポート】メリシャカLIVE 2013(後編:ライブ、トークセッション)

【レポート】メリシャカLIVE 2013(後編:ライブ、トークセッション)

引き続き2013年12月に開催された「メリシャカLIVE 2013」の模様をお届け!後編では岩崎愛さんと後藤正文さんのライブ、そして釈徹宗氏と後藤正文氏のトークセッションの模様をレポートします。

◯音楽ライブ
今回の音楽ライブには、岩崎愛さんと後藤正文さんが登場。オーケストラのコンサートに用いられるほどのホールで、どんな風に二人の歌声が響くのかとても楽しみでした。

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金髪ショートヘアーがトレードマークの岩崎愛さんは、大阪出身のシンガーソングライター。可愛らしい外見からは想像もつかない力強い歌声に会場は圧倒。そして優しく背中を押してくれるような勇気をくれる歌を披露してくださいました。歌と歌の間、拍手が鳴り止んだあとの一瞬の静けさの中で、すすり泣くような声も聞こえたような気がしましたが、あれはきっと気のせいではなかったはずです。私も「ひこうき雲」のカヴァーでは思わず鳥肌が立つほど胸がこみ上げる思いがしました。

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後藤正文さんのライブでは、歌はもちろん、後藤さんがたくさんのことをお話くださいました。その中でも特に印象的だったのが、「ロックンロール」について後藤さんが語られた言葉でした。ロックンロールにはいろんな定義があるけれど、後藤さんにとってのロックンロールは「All right!(=大丈夫!)」と歌うことなのだとか。この言葉はスッと胸に響くような思いがしました。ひょっとしたらこれは、仏教にも通じる部分だからかもしれません。最初の法話にもあった、評価せずに受けとめてくれる仏さまは、私に「大丈夫!」と呼びかけてくれているのだと思います。後藤さんのロックに対する想いと仏教が、そこでシンクロしたように私には感じられました。そんなMCの後に聞いた後藤さんの歌は、どれも間違いなく「ロックンロール」でした。

そしてもう一組、今回のイベントを盛り上げてくれたのがDJとして登場したTariki Echo(タリキエコー)さん。このユニットは、なんと二人共お坊さん、しかも住職という異色ぶり。さらにはダフトパンクを彷彿とさせるフルフェイスのヘルメットに作務衣という出で立ちでステージに登場。プレイする音楽も、ダンスミュージックにお経を大胆に取り込み、そのアバンギャルドさに、来場のお客さんたちもかなり驚いておられた様子でした。あの音楽は癖になりそうです。

◯トークセッション
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メリシャカLIVEではすっかりお馴染みの木下明水さんを司会に迎え、会場である相愛大学の教授も勤める仏教学者・釈徹宗師、そしてライブにも出演された後藤正文さんの3人によるトークセッションが行われました。釈先生と後藤さんは、前年のメリシャカLIVEにも登壇され、さらには後藤さんが発行されている「THE FUTURE TIMES」でも、内田樹さんを交えての鼎談を行われており、その流れを受けて、今年もお二人のトークが実現したのだとか。

今回のトークセッションは、前年のトークの中であった「〈手を離す練習〉というキーワードを受けて、後藤さんはこの1年どのような変化がありましたか?」という来場者から事前に頂いた質問から始まりました。後藤さんはミュージシャンとしての創作活動をする上で、「死」を考えることよりも、やはり「生きる」ということについて表現することのほうが多く、生きることについて考えていくと、「手を離す」ことよりも「手にする」ことの方に目が向いてしまうことをお話されました。そして執着から離れるということと、生きるということの方向性にギャップがある、ということに改めて気づかれたそうです。

それを受けて釈先生は、仏教はそのギャップを埋めるための方法を確立してきた教えである、ということをお話されました。手を離していかなければならないけれど、いつまでも手に入れたい、手にしていたいとなってしまう執着を薄めていくためには、自らの行いや言葉と向き合い、それを調えていくことが大切であるということを教えて下さいました。

さらに、昨年も話題に上がった消費者体質に慣れきった私たちの在り方や、便利になったことで、時間感覚が凝縮されてしまい「待つ」ことができなくなってしまっている在り方が、私たちの不寛容さに繋がり、クレームを生み、それが現在社会の息苦しさ・生き難さに繋がっているということを指摘されました。

そして木下さんからは、会場から寄せられた質問の中に、悩み事が多かったということが紹介されました。人間関係や将来への不安など、生活を巡る環境は整って便利になってきているはずなのに、様々なことに悩まなければならない私たち。仏教ではこの世界は耐え忍ばなければならない世界であると言われていますが、私たち自身も、どこかスピードや合理性を求めるあまりに頭でっかちになり過ぎている側面があり、それが悩みを助長しているのかもしれません。後藤さんも、釈先生や内田樹さんとのご縁から合気道を始められ、合気道は相手と競うというよりも、相手とシンクロすることが大切にされている、ということをお話されました。

私たちはまず自分の心を第一に考えますが、心は実は身体の動きにともなって動くものでもあります。悩みがあるとそればかりに心は凝り固まってしまいますが、身体を動かすことで、それが解きほぐされるということもあるのかもしれません。そして人と競い合うことも大切な場面もありますが、相手を想い、互いに想いをシンクロさせていくということも、様々な関係性の中にある私たちにとって大切なことである。もちろん、理想と現実の間には大きなギャップがあります。生きることと死ぬこと、執着と手を離すこと。これらもまた、私たちにとって相反することなのかもしれません。けれど仏教の立場は、その理想と現実の間を行き来しながら、逡巡しながら歩んでいくことのできる道なのかもしれません。三人の話を聞きながら、そんなことを考えさせられました。


まとまらないレポートとなってしまいましたが、今回のイベントを通して感じたことは、やはりこうして現実の場で、様々な形を通すことで仏教のご縁が広がっていくのだ、ということでした。来場者の中には、おそらく音楽ライブを目的に来られた方も多かったことでしょう。けれど、これまで仏教に興味も縁もなかった人が、ワークショップや読経、法話、そして仏教の立場から現代社会を見つめるということを通して、仏教という教えの価値に出遇うことができるのだと思います。

音楽は人に勇気と希望を与えてくれる、偉大なる文化の一つです。けれど、人の悲哀や嘆きがその背景にあるからこそ、私たちはこうも音楽によって心を揺さぶられるのではないでしょうか。そして仏教もまた、人の「苦」を出発点とした宗教です。私たちの悩みは尽きることはないかもしれませんが、苦を見つめ抜く先にこそ、私たちの命の輝きへの目覚めがあることを教えてくれることでしょう。

仏教と、音楽と。生き難さを感じながらこの人生を歩む私たちにとって、これからますます大切になってくるものなのかもしれませんね。

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メリシャカLIVEのサイトでもレポートと、当日寄せられた出演者への質問が掲載されています。
こちらも是非お読み下さい!

日下賢裕 (くさか けんゆう)
>>プロフィールを読む 1979年、石川県生まれ。浄土真宗本願寺派の僧侶、布教使。 広島大学人文学部東洋史学科卒業後、本願寺派の教育機関である中央仏教学院、伝道院にて仏教を学ぶ。 現在は故郷の山中温泉にて、本願寺派の若手僧侶が作るサイト「メリシャカ」や「彼岸寺」との関わりを通して、仏教を外に発信するとともに、地元の人たちに愛されるお寺作りに挑戦中。