【レポート】第二回「弔い百年塾」で最高の葬儀を考える

【レポート】第二回「弔い百年塾」で最高の葬儀を考える

10月15日に築地 本願寺で行なわれた第二回「弔い百年塾」。6月に行なわれた第一回については、木原健さんによるレポートを掲載させて頂きましたが、今回は静岡県の正蓮寺ご住職、渡邉元浄(わたなべ げんじょう)さんに参加レポートをお寄せ頂きました。
渡邉元浄さんは昨年「未来の住職塾」第1期 本科を受講され、彼岸寺においては「未来の住職塾サンガ一日一分説法」企画へのご参加も記憶に新しいところです。実際に葬儀の現場に携わる住職の生の声を、是非ともお聴きください。


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第二回「弔い百年塾」最高の葬儀を考える(文・渡邉元浄)

 雨の東京、築地本願寺。行き交う人々は傘を差して、濡れぬよう濡らさぬようにほどよく周りと距離をとり、より「ひとり」になってどこかへ向かいます。
私も足早にご本尊に参拝し、会場の講堂へ。
2013年10月15日、第二回弔い百年塾を受講してきました。
 主催は一般社団法人リヴオン。「死に直面した人が必要とするサポートのある社会の実現」をミッションとして掲げる、グリーフサポートを届ける団体です。第一回の講題「葬儀と弔いの原点を考える」に続き、第二回の講題は「最高の葬儀を考える」。
今回のご講師は、エンバーミング(遺体衛生保全)の第一人者、株式会社ジーエスアイ代表取締役の橋爪謙一郎氏と浄土宗願生寺副住職で上智大学グリーフケア研究所客員所員、大河内大博氏のお二人。最初に主催のリヴオン代表尾角さんからご挨拶をいただき、大河内さんからは「看取りの現場から」、橋爪さんからは「見送りの現場から」というタイトルでご講演をいただきました。

 ‐大河内さんの講演「看取りの現場から」を聞いて‐
 人生の最期は畳の上で。ピンピンコロリ(PPK)。死に際に美学を持つ日本人。
しかしこの国の人生最期の現場は、病院のベッドになることが多く、臨終を病院で待つことがおおよそ私たちの将来とも言えます。
 その病院で黒衣ではなく白衣を着たお坊さんが、患者さんのために奮闘しています。現在、公立病院緩和ケア病棟で訪問ボランティアを実践している大河内さんは最期を迎えようとするいのちに目を向けている浄土宗の僧侶。葬儀の「そ」の字を口にしただけでもはばかられる院内で、お坊さんと死を待つ人が対話をする。生老病死に真剣に向き合う患者と僧侶の二人の意思が尊重されてしかるべしと思っていても、そうとは言えない状況が看取り・見送りの現場にはあるようです。

   病院は、だれのためにそこにあるのか。

 もちろん患者と答えるのが自然なことです。しかし、例えば重病患者への病名告知や病状告知、予後(余命)告知、延命措置などの機となると患者本人の意思の他に家族の意思が重要になり、とりわけ予後告知は「知らせない思いやり」や「知らせる思いやり」など、責任ある家族としての意思が、死を迎えるまでの本人の生き方を大きく左右します。大河内さんは、これを「自己決定<自家決定(じかけってい)」と押さえ、それは本人の死後の送り方まで及んでいくと示唆されました。

 病床訪問する大河内さんは、患者さんとの対話が佛教の話に発展することも。中でもMさんという患者さんは、大河内さんが語るいのちのお話に深く肯き、自分のお葬式の導師を大河内さんに依頼されました。二人の間には大きな信頼があり、それがMさんの意思ならと僧侶として覚悟をされましたが、Mさんの死後結局葬儀は他宗旨のM家菩提寺で行われました。

   葬儀は、だれのためにそこにあるのか。

 故人と大抵の方は答えるでしょう。亡くなったMさんにとっての最高の葬儀は、大河内さんに読経をしてもらうことでした。
しかしMさんの葬儀を取り仕切る遺族の中には、Mさんが信頼した仏教の教えと僧侶はいなかったのです。

 病気で苦しんできたのは患者だけではなく、世話をする家族も同じように苦しんできた事実。オギャアと生まれたときから世話をし付き合ってきた親族にとって、Mさんを家族として先祖のところへ送ってやりたいという"おもいやりの自家決定"であれば、菩提寺で葬儀を行うことになった結果にも肯けます。仏教はどの宗派のどの僧侶も、「み仏の国に生まれる」ことを願います。お経では、願生浄土(がんしょうじょうど)とか願生安楽国(がんしょうあんらくこく)、倶会一処(くえいっしょ)と語られます。ですから誰が葬儀を行っても願いは一緒、本質は一緒。宗派が違うと先祖と会えないと考えるのは勿体ないことです。

 本来お檀家さんの一番近くにいるべき菩提寺がMさんの生老病死に悩む姿に寄り添えていなかったことも、この状況を産んだ要因です。結果としては強固な寺壇関係を保てたように見えますが永代供養墓の普及や墓友ブームなど結縁の本質に迫る現代において、血縁・地縁が薄まってきたことにより、檀家制度の脆弱性が浮き彫りになっているケースとも言えます。
結果的に大河内さんはMさんの葬儀の導師を務めることはなかったものの、講演の中で「そもそも僧侶は死者を弔う。頼まれなくても弔い、弔い続ける存在。」と話された言葉に、生老病死とともに生きる僧侶としての強い意志を感じました。
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‐橋爪さんの講演「見送りの現場から」を聞いて‐
グリーフサポートを中心にお話をされた橋爪さんは、その知識や経験から、最高の葬儀に必要なことは、
(1)遺族が自分の中の感情・行動・思考を見送りの中で表現できること
(2)それを共に考え導く人「ファシリテーター」がいること
(3)儀式の価値を高め活かすこと
(4)仏間やお墓など葬儀の後も継続して弔える場があること
の4つを挙げられました。
 最高の葬儀はお葬式当日に準備し、出来上がるものでもなくグリーフサポートの見地から言えば人が死を意識し始めた時が最高の葬儀を考えるスタートライン。
本人の死去を中心とした遺族全員の時間軸を意識し、例えば入院介護→余命宣告→死去→葬儀→火葬→納骨→法要と経ていく中で、ひとりひとり違う葬儀の価値観をまとめ"その人らしい"葬送に導いていくファシリテーターとしての役割が必要だと語られました。

 印象に残ったのは、橋爪さんが講演の中で強く語られた儀式について。
「人類が発明したものの中で最も色んな人に恩恵を与え続けているのは儀式」いう感性が届いたとき、儀式を執行する私は嬉しくも感じましたが、同時にその恩恵をしっかり与えられているかを自分に尋ねました。
儀式の荘厳な時間と空間に身を委ね、大勢が集まってそれぞれが「ひとり」になり、ある意味で「何も考えなくていい」儀式はものすごく贅沢な時間と続けられた橋爪さんの言葉に大きな肯きしたのを覚えています。

 「弔い、葬儀において大切なことは時間をかけて向き合い続けること」
葬儀の後も継続して弔うことを大切にするグリーフサポートとは、何度も何度も重ねて行う「法事」の原点であろうとも思います。
 そもそも葬祭業はレンタル業。大変なことがスムーズに回るように、スマートに来て、スマートに消えていくと語られた橋爪さん。プロ意識の高さを感じたご講演でした。


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ワールドカフェ方式の弔いセッション
対談・質疑応答の後、グループごとに分かれた意見交換が行われます。
まずセッション1として、遺族グループ(なったつもり)、僧侶グループ、葬祭関連グループの3種のグループに参加者が分かれそれぞれの立場での「最高の葬儀」を語り合いました。
私がいた僧侶グループではやはり生前の結縁(けちえん:仏さまとの縁を結ぶこと、生死を超える仏教に出遇うこと)をまずゆるぎないものとして押さえ、生前から寄り添うこと、死去後はなるべく長い時間故人と遺族に寄り添うことが最高の葬儀へのスタート地点と考えました。
もちろん葬儀社さんや病院との良好なつながりが最高の葬儀には欠かせないことも語られました。橋爪さんのお話の中にも、出会いの重要性を語られた部分がありましたが、ある遺族グループでは、「葬儀屋さんと仲良くすることが最高の葬儀への近道」と発表され会場は一瞬笑いに包まれましたが、表情を変えられないでいた僧侶は私だけではなかったと思います。
河内さんが講義で述べられた「はたして最高の葬儀に僧侶は必要なのか」という問いがより重い投げかけとなって離れません。
 その後のセッション2は各グループのうち1名がテーブルに残り、そのほかのメンバーがシャッフルされるワールドカフェ方式で議論が進み、遺族、葬祭業者、僧侶としての見地でそれぞれが最高の葬儀について語り合い、いくつかのグループが発表をしました。
見識の違いはあるものの、どなたも自分の葬儀や自分に近しい方の葬儀を想定して語る姿には緊張感がありました。
泣いている人がいない葬儀、全員の感情にムラがない葬儀、故人の社会性や生前のお友達関係など思い出話が尽きない葬儀。
孤独・不安・迷いなど、精神衛生上マイナスな単語ばかりで語られる社会にあって、人生の最期はその真逆であってほしいという願いも感じ得ました。
絆・安心・導き。民衆に求められ、各伝統仏教教団が応えてきた普遍的なことが見送りの現場には今なお願われていることを感じたセッションになりました。


 最後に第1回のご講師の高野さんと是枝さん、第2回の講師大河内さんと橋爪さんそして主催の尾角さんから御礼のご挨拶で会は終了し、参加者、主催者、協力者の"十分で、周囲と平等な満足感"を感じ得る拍手に包まれて、会は括られました。
十分で、周囲と平等な満足感。もしかしたらこれが最高の葬儀に必要な要素のひとつなのかもしれません。
大河内さんから「僧侶として弔い続ける姿勢」を。橋爪さんから「故人と遺族に寄り添い続けること」を教えていただきました。

 直葬に驚かない時代。「弔う」という言葉自体が失われつつある時代。
今後「弔いの場」が100年続くために必要なことは、やはり亡き人になる人に寄り添うことではないでしょうか。
「弔い」「最高の葬儀」の基準はひとりひとり違います。だからこそ大切なのは、僧侶、葬祭業者、グリーフサポートを進める方々が、お檀家さん、遺族の方それぞれに、真摯に丁寧に耳を傾け導くことかと思います。
頼られる長老という意味である「菩提寺」として、檀家さんの生老病死にどこまで寄り添うことができるかが、これからの僧侶像に求められていると私は思います。目の前にいる人を「死んでいく人」と捉えるのはものすごく辛いことですが、少なくとも「死んでいく自分」であることを父から身をもって教わった私は、その辛さを逃げません。
奇しくも祖父の20回目の命日であったこの日、祖父の直筆のノートがカバンの中で呼吸を始めた気がしました。

 この日がお兄さんの一周忌の命日と語った尾角さん。尾角さんにとってはこの日に括った百年塾が継続する弔いの場だったのかもしれません。お兄さんの一周忌に参列した気持ちで尾角さんの悲哀に共鳴し、社会への意思表示に共感し私が回想したのは、お会いしたことのないお兄さんの表情。尾角さんのお兄さんのことを私は存じ上げませんが、その表情は尾角さんと同じような"十分で、周囲と平等な満足感"を帯びたものでした。
この企画を開催してくださった尾角さんはじめリヴオンの皆様には厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

 傘は1人で差せば雨に濡れない。傘を持たない相手に傘を差しだし、2人で濡れないようにするのではなく、「共に同じほど濡れて歩もう」が本当の相合い傘。
雨の築地、弔い百年塾に参加して、日本人のおもいやりの心を思い出しました。

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■渡邉元浄(わたなべ げんじょう)さん プロフィール
静岡県 真宗大谷派 正蓮寺住職

一言自己紹介
21歳の時、先代住職であった父親が自死。大学卒業後に住職就任。
お檀家さんにお育てをいただいて12年。
現場の浄土真宗を聞きながら、嗚咽とともにたどり着いた心境は、「いろいろあったけど、それでも生まれてよかった」。祖父が開園した幼稚園保育園の園長。
こどもたちと一緒に、うれしいことやかなしいことを、肌で感じる保育を心がけています。
伊豆の国市消防団第4分団支援団員 火の用心をお願いします。


彼岸寺編集部 (ひがんじへんしゅうぶ)
>>プロフィールを読む 虚空山彼岸寺編集部です。クラウドの彼方より、お手元にコンテンツをお届けします。