ホントは知らない、南無阿弥陀仏の物語 『絵ものがたり 正信偈 ―ひかりになった、王子さま―』

ホントは知らない、南無阿弥陀仏の物語 『絵ものがたり 正信偈 ―ひかりになった、王子さま―』


「きみょうむりょうじゅにょらい」という有名なフレーズから始まる『正信偈』。親鸞聖人の著書『顕浄土真実教行証文類』の中に見られる、浄土真宗の教えを偈文の形にまとめられた『正信偈』は、『般若心経』と並んで最も身近な仏教聖典として親しまれてきました。


その『正信偈』に示された教えを、今に生きる人に、そしてよりわかりやすく、という想いのもと、絵本というスタイルで作られたのがこの『絵ものがたり 正信偈』です。易しいカタチでありながらも、『正信偈』にあらわされた物語性とお心が、詩的な言葉と美しいイラストで見事に表現されています。その二つの美しい表現の相乗効果によって、浄土の世界観が、読み手の眼前に広がっていくような仕上がりとなっており、阿弥陀仏の願いが、親鸞聖人の心が、論理や理屈を超えて、私の感性に直接はたらきかけるような、そんな一冊です。


そんな『絵ものがたり 正信偈』のイラストは、「彼岸寺」のアートディレクターでもある市角壮玄が担当。さらに監修と巻末の解説を龍谷大学名誉教授の石田慶和先生が、推薦文を釈徹宗先生が担当され、より深い理解の一助となっております。


今回、文章を担当された浅野執持さんに、この本を作った経緯とその想いをお聞きしました。また、イラストを担当された市角さんからもメッセージをいただいております。こちらも合わせてご一読いただければと思います。



――「絵ものがたり正信偈」をつくろうとしたきっかけを教えてください。


浅野:『正信偈』は親鸞聖人があらわされたもので、そこには「南無阿弥陀仏とは何か」ということがしるされています。今から700年以上前にまとめられました。


「DADA」(2011.1.12発売)という曲があります。RADWIMPSというロックバンドの曲でオリコンシングルチャートで1位になったこの曲ですが、その歌詞に突如「南無阿弥陀仏」と念仏がでてくるのです。なぜ「南無阿弥陀仏」なのかとビックリしました。肯定的か、否定的か、どちらともわからないのですが、作詞をされている野田洋次郎さんは、「親鸞」という人物、そしてその思想を知っておられてのことだと思います。


中学生である私の姪は、RADWIMPS、そして野田さんの大ファンで、数年前までは嵐の「ニノ」といっていたのが嘘のように、今はラッド一筋です。その彼女が近頃「ナマンダブツ」と無意識に念仏がでるようになったというのです。今こそ「南無阿弥陀仏」を説くときだと覚信しました(笑)


以前、ある若い方の集会で、信仰について「信仰の対象は仏像ですか、経典ですか、自分自身ですか」と問われたことがあります。そして次のように答えました。

「信仰についてのご質問に、私の思う範囲でお答えしたいと思います。ニュートンは、万有引力を発見しました。普通、リンゴは木から地面に落ちるように見えますが、それを地面、つまり地球がリンゴを引っ張っているということを発見したのです。誤解を恐れずいいますと、私が仰ぐのは、仏像でもなく、経典でもなく、自分でもなく、そこにあらわれた「はたらき」です。そのことを姿であらわされたのが仏像であり、言葉であらわされたのが経典、そしてそのすべては私の為にあります。わたしを真理へと導く「はたらき」を、私は南無阿弥陀仏とお呼びし、聞き、感じ、礼拝しています。」


現代人の多くは科学万能という信仰をもって生きています。その信仰は、どうにもならない危機に直面したとき、大きく崩れ落ちます。宗教的なものの見方を一切知らないで大人になった、そうした世代が大半をしめつつあります。そこに念仏をこれぞ真実と説いていくことは容易なことではありません。その一つの試みが今回のこの本です。


――この本の見所はどんなところでしょうか?


この本は、見開きごとに『正信偈』の原文(漢文)、書き下し文、そして訳文が配置され、そのすべてにイラストが添えられています。むしろ絵の中に、文字があるといった方が良いかも知れません。この絵を手がけてくださったのは、こちら彼岸寺のサイトデザインをなさっている市角壮玄さんです。(ここの素敵なサイトを拝見し、オファーしました。)


市角さんがデザインされ、彼岸寺から配信されている仏教アプリ『雲堂』は8万ダウンロードされたとお聞きました。『雲堂』は気軽に「座禅」をするためのアプリですが、禅と並んで日本の仏教で大きな位置をしめてきたのが「念仏」です。この念仏を、身近に感じ受け止めてもらうための新しいツールに『絵ものがたり正信偈』がなればと思っています。

昔から、仏像を彫る仏師は、宗派、宗旨の違いに関係なくさまざまなスタイルの仏像を制作してきました。今回禅のアプリ『雲堂』を手がけた市角壮玄さんが、『絵ものがたり正信偈』のイラスト、デザインを通して念仏の世界を表現くださったことは、意味深く思います。


もうひとつ、この本のウリは訳文のセンスです。訳した私がこういうと自画自賛のように思われますが、実はこの訳ひとりでしたのではないのです。『正信偈』を訳すにあたり、サポートしてくれたのは、コピーライター秋田康嗣さんです。秋田さんの助言をうけながら、僧侶の私が知らぬまに作り上げてしまっている世間との壁を見事に打ち砕いてくれました。意見の衝突も何度もありましたが、丸2年をかけ、難しい仏教用語をなるべく避けながらも宗教性の帯びた訳文になり、今までにない新しいタイプの仏教書になったのではないかと思います。


推薦をいただいた釈徹宗先生の文章に次のように表現いただきました。

「本書は単なる『正信偈』の現代語訳ではありません。『正信偈』がもつ宗教的感性を引き出すことによって、「絵ものがたり」ならではの語りへとつなげることに成功しています。(中略)

市角壮玄さんの絵は、読み手のイメージを喚起する絵柄となっています。まるで『正信偈』の言葉が花となって咲いたような感があります。親鸞聖人の『正信偈』を語る浅野執持さんの言葉と境界線が溶けてしまうような絵です。

本書の感性は、理屈を超えて、読み手の宗教的情感へとアクセスするに違いありません。」

(釈先生、すてきなメッセージありがとうございました)


――この本にかけられた浅野さんの想いや、この本を通して、浅野さんが伝えたいメッセージについて教えてください。


「お経を読むだけでなく、何が説かれているかその意味が知りたい」

そんな声を多く耳にします。お経や仏教聖典の多くは、漢字だけでかかれてあって、特に親鸞聖人があらわした『正信偈』は、内容的にも難しく、訳を読んだだけでは意味がうけとりにくいところが多くあります。

ひと言でいうと、『正信偈』には 「南無阿弥陀仏とは何か」ということが、親鸞聖人に

よってあらわされているのです。仏教は、自分とは遠くかけ離れた崇高なものというのではなく、今の私を、いつも支える力であって、そのはたらきこそ「南無阿弥陀仏」であるというふうに親鸞聖人は受けとめられたのです。

この本では『正信偈』を、はじめての方にもやさしく味わっていただくために、絵本のかたちをとりました。(絵本といっても幼児・児童向けではなく 中学生以上、主に大人を対象)仏さまのこころを感じてもらえるよう、様々に工夫しています。

現代社会の中にあって多くの方が、深い孤独を抱えています。その心に仏教が寄り添い、支える力となることこそ大切と考えて、この本を制作しました。

どうぞ、よろしくお願いします。


〈市角さんからのメッセージ〉

市角壮玄(いちずみそうげん)です。

虚空山彼岸寺のwebや雲堂のデザインをしているデザイナーです。


彼岸寺のwebサイトをご覧になった浅野さんにオファーをいただいて

絵ものがたり正信偈のイラストを描かせていただくことになりました。


800年近くも綿々と受け継がれている正信偈ですが、

それだけ続くものには、普遍的な何かしらの価値があるはずです。


今ここを生きている人に受け入れてもらえるものを描こうと、

イラストにあえて現代風のモチーフをいれたりしています。


また絵柄はあえて東洋のモチーフだけにせずに、

西洋や中近東のレリーフなどの雰囲気を取り入れて絵本として読みやすくしています。


この本で、すこしでも日本仏教の裾野を広げることにお役立ち出来れば幸いです。



『絵ものがたり 正信偈―ひかりになった、王子さま―』

文=浅野執持(浄土真宗本願寺派万福寺 副住職、本願寺派布教使)

絵=市角壮玄(hoxaigraphicsアートディレクター・イラストレーター)

推薦=釈徹宗(浄土真宗本願寺派・如来寺住職、相愛大学教授)

監修・解説=石田慶和(龍谷大学名誉教授、元仁愛大学学長)

出版=法蔵館

『絵ものがたり 正信偈』Facebookページ  http://www.facebook.com/syoushinge



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日下賢裕 (くさか けんゆう)
>>プロフィールを読む 1979年、石川県生まれ。浄土真宗本願寺派の僧侶、布教使。 広島大学人文学部東洋史学科卒業後、本願寺派の教育機関である中央仏教学院、伝道院にて仏教を学ぶ。 現在は故郷の山中温泉にて、本願寺派の若手僧侶が作るサイト「メリシャカ」や「彼岸寺」との関わりを通して、仏教を外に発信するとともに、地元の人たちに愛されるお寺作りに挑戦中。