伝える仕組み
2012年01月17日
今年に入ってからお昼に通うようになった中華料理屋さんがあります。国道沿いにある小さなお店ですが、連日この界隈で働く人びとで賑わっています。
日曜日のお勤めが終わったある日、遅めのランチに訪れました。お客さんは僕だけ。連日のように行くものですから、調理場にいる店長も僕の事を認識してくれています。
「兄ちゃん、今日は唐揚げサービスや。」
店長の年齢は70歳ぐらい。この道一筋の強面ですが、笑顔が素敵なおじいちゃんです。僕が頼んだ野菜炒め定食の調理が終わると、僕に一つ分けてくれた唐揚げを使って何やら美味しそうな「まかないご飯」が出来上がりました。
ちょうどタイミングよく、小学校高学年ぐらいの少年がお店に入ってきました。何も言わずにお店の奥へ。「おーい、御飯食べていくやろ〜」おじいちゃんの言葉に、少年の返事はありませんでした。
(ここから僕の妄想)
この少年はこの店のお孫さん。いろいろな事情があって、おじいちゃんのお店兼住居に住んでいる。学校の友達や先生は自分の家が中華料理屋さんということを知っている。別にこれといって嫌な思いはしないが、自分のことを中華料理屋の子どもとして見られることが気持ち悪い。誰も何も言わないが、僕も中華料理屋さんにならなきゃいけないのか?たまには中華料理以外を食べたいな。そんなことを考えることもある。
「おじいちゃんは大好きだけど、毎日毎日中華料理はいらないよ。」
(妄想終わり)
こんなことを考えた下敷きには、僕の子供の頃の思い出があります。お寺で生まれ、誰からも将来はお坊さんになることを期待される一方、家がお寺であることを話題にされたり、坊主丸儲けやな〜とからかわれることが嫌でした。住職をしていた祖父のことは大好きだったけれど、自分の生まれた環境を素直に受け入れることができなかったのです。
土曜日の帰宅時間といえば、午前中で学校が終わって休日何をして過ごそうかしら?と楽しい気分になれるもの。しかし僕にとっては、くじら幕(当時はお寺でのお葬式が頻繁にあり、帰宅時間と重なることもありました)がかかるお寺にこっそりと帰る、ちっとも楽しい気分になれない時間なのでした。
「ごちそうさまでした!」会計でレジに行くと、空いているテーブルでおじいちゃんが、とっても美味しそうな「まかないご飯」を心なしか寂しそうに召し上がっていました。
(おじいちゃん、僕がおじいちゃんの味を覚えておく。そしていつか彼が後を継いでくれた日にはおじいちゃんの味といっしょや!と言ってあげる)そんな思いでお店を後にしました。
僕がお檀家さんとお話させていただく時に、よく先代(僕の祖父)が登場します。とにかくお酒が好きな人だった、いろんなことを易しく教えてくれた、よく怒られた、気さくな人だった、孫の自慢を嬉しそうにしていた、いつか孫が帰ってきてくれる...。僕が知らない「現役で活動していたじいちゃん」の思い出は、沢山のお檀家さんが記憶し、伝えてくれます。本当にありがたい事です。
今日で阪神・淡路大震災から十七年を迎えました。全国各地で追悼法要が営まれます。残された人と人とのつながりから生まれる、当時の状況や思い出、経験を伝える仕組みをもっともっと意識していきたいなと思います。
今日も、彼岸寺にようお参り下さいました。

松島靖朗 (まつしま せいろう) >>プロフィールを読む 浄土宗法性山専求院安養寺副住職。1975年生まれ。早稲田大学商学部卒業後、9年間のITビジネスマン生活を経て奈良県にある実家のお寺に戻り浄土宗僧侶として修行の日々を送る。旅行・登山・サーフィン・温泉・美味しい物が好きで毎朝読経のあとの日経新聞が欠かせません。

