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    <title>「ほとけの子」育て</title>
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    <title>母の日</title>
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    <published>2012-05-13T13:36:56Z</published>
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    <summary>母の日恒例、幼稚園で描いてきた似顔絵をもらいました。次女からは、金曜日に幼稚園にお迎えに行ったらその場で渡されました。何かを心の中に留めておく、溜めておくということが苦手、というよりたぶん彼女の辞書には載ってないのでしょう。そんなところがかわいいヤツなのです。一方長女は、「プレゼントつくってきたけど日曜日まで渡さない」と言って、それが入っている連絡袋さえも「...</summary>
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        <name>青江美智子</name>
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        <![CDATA[<div><br /></div><div>母の日恒例、幼稚園で描いてきた似顔絵をもらいました。</div><div><br /></div><div>次女からは、金曜日に幼稚園にお迎えに行ったらその場で渡されました。何かを心の中に留めておく、溜めておくということが苦手、というよりたぶん彼女の辞書には載ってないのでしょう。そんなところがかわいいヤツなのです。</div><div>一方長女は、「プレゼントつくってきたけど日曜日まで渡さない」と言って、それが入っている連絡袋さえも「絶対に開けちゃダメだよ」と言います。母の日の朝、わたしよりも早く起きて枕元に置いてくれるのだそうです。サンタさんのつもりなのかな。</div><div>果たして当日の朝、6時半にわたしが目を覚ますと、枕の横に本当に似顔絵が置いてありました。好きなものは一番最後に食べるタイプの分かりやすい長女。夜は妹達がお腹の上にダイブしても目を覚まさず、朝は目覚ましもなく自分一人できっちり早起きできる超健康な長女。そんなところがかわいいヤツなのです。</div><div><br /></div><div>三女からは、当然何ももらっていません。</div><div>でも、わたしはこの子に命を救われたことがあります。</div><div><br /></div><div>三女が生後４ヶ月の頃、子育ても、その他のことも何もかもがつらくて苦しくてかった時期がありました。でも子供達は疑いようもなくかわいいし、夫はいつでも優しく穏やかでわたしにはもったいほど素晴らしい人。だからこそ、「もうダメだ」なんて思っている自分が情けなくて申し訳なくて、でもやっぱり何もかもがつらくって、どうしようもなく心が弱り切っていました。</div><div><br /></div> ]]>
        <![CDATA[<div>ある夜、いつものように目を覚まして泣き出す三女。その頃は夜中に３−４回は目を覚まし、わたしはオムツ替えや授乳でその度に３０分ほど三女につきあっているような具合でした。もちろんわたしも眠いし、当時は真冬で当然寒いしで、三女が泣き出す直前の寝返りの衣擦れの音で目が覚めてしまうわたしは、それでもまだ三女が本泣きになるまでは布団から出ず「チクショー、たまには朝まで眠らせろー」なんて心の中で毒づいたものでした。</div><div>その夜も、三女が大きな声ではっきりと泣き始めてからようやく立ち上がり、ベビーベッドに歩み寄って中を覗き込みました。すると、顔を真っ赤にして手足を突っ張りながら泣いていた三女が、わたしの顔をみたとたんに、ニコーッと、それはもう最高の笑顔になったのです。わたしは思わずその笑顔に見入って、「こんなママにも、あなた笑ってくれるの。こんなママなのに、顔見ると笑ってくれるの？」と声に出してつぶやくと、思いもかけずボロボローッと涙が流れました。わたしが泣いても、三女は相変わらずとても幸せそうにニコニコと笑って、今度は何かを話しかけるように手足を曲げたり伸ばしたりしました。</div><div><br /></div><div>そのときのわたしの気持ちを、どんな言葉で表したらいいのかわかりません。嬉しいとか、感激したとか、そういうのとは違うんです。むしろ、打ちのめされたとか、ショックだったとか、そういう言葉のほうが近いような気もします。とにかく、わたしは三女のその笑顔を見ながら、しばらく動くこともできずにただ涙を流していました。いつの間にか、「ありがとう、ありがとう」と何度も繰り返しながら。</div><div><br /></div><div>生後４ヶ月の三女が、何かの意味を込めて笑顔をつくったわけではありません。でもだからこそ、わたしが「ただ母である」というだけでこれほどまでに幸せそうに笑ってくれる、そのことに、心の底から救われた思いがしました。大袈裟ですが、いや大袈裟ではなく、この子に命を救われたと、そう思ったんです。</div><div><br /></div><div>今でも、三女と二人きりでいるとき、わたしはこんなふうに話しかけることがあります。「ママはね、あなたに助けてもらったことがあるんだよ」と。</div><div>本当は、この子一人に救われたわけではないんです。自分がどんなにダメな状況にいても、もしくは本当にダメになってしまっても、母であるというだけで笑ってくれる人がいる。そうだとすれば、わたしはもうそれだけでダメな人間じゃない。つまり、わたしを母にしてくれた全ての人たち、今わたしが母であるという現実に導いてくれた全ての人たちに救われて、これからも生きていかれるのだと。それを、なんの言葉も持たない無垢なこの子を通して気づかせてくれたのだと、そういうことだったのだと思います。<br /><br />母の日だった今日、むしろ「母でいさせてくれてありがとう」と言いたい。</div><div>まだまだ新米、未熟な母ではあるけれど。</div><div>ありがとう。</div><div><br /></div><div>※画像はわたしが描いた三姉妹の似顔絵です。けっこう似ていると評判！</div>]]>
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    <title>プロの領域（前）</title>
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    <published>2012-04-27T02:57:25Z</published>
    <updated>2012-04-27T22:41:31Z</updated>

    <summary>朝から問題発生です。次女が床で粘土遊びを始めました。我が家の床はコルクタイル。粘土で汚しても取り返しのつかないことにはならないから、「床じゃなくてテーブルで遊びなさいよ」と軽く声をかけるだけにしていました。そこへ長女が登場。テーブルの上でおもちゃを広げて遊びたかったようで、既にテーブルに移動していた次女を「他のところで遊んでよ」と追い出してしまったのです。次...</summary>
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        <![CDATA[<div>朝から問題発生です。</div><div><br /></div><div>次女が床で粘土遊びを始めました。我が家の床はコルクタイル。粘土で汚しても取り返しのつかないことにはならないから、「床じゃなくてテーブルで遊びなさいよ」と軽く声をかけるだけにしていました。</div><div><br /></div><div>そこへ長女が登場。テーブルの上でおもちゃを広げて遊びたかったようで、既にテーブルに移動していた次女を「他のところで遊んでよ」と追い出してしまったのです。次女はまた床へ。わたしは一部始終見ていながら、「まぁいいか」とそのままにしていた。</div><div><br /></div><div>ところが、次女が床で粘土遊びしているのを夫が発見。ものすごく怒ったのです。粘土は油性。それを床で遊んだりしたら、床がベタベタになってとんでもないことになるじゃないか、と。そして、「粘土はもう捨てる！」とまで。</div><div><br /></div><div>あらあらまぁまぁ。「ちょっと、そんなに怒ることじゃないんじゃない？」とわたしも参戦。粘土を床で遊ぶのはたしかによくないけど、コルクタイルなんだからちょっとくらいベタベタになったって拭けばいいし、粘土が油性なんてそもそも次女はわかっていない。最初はわたしの言うとおりちゃんとテーブルに移動したのに、それを長女に追い出されてしまったわけなんだから、もし誰かを叱るとしたら長女のほうだと思ったのです。</div><div><br /></div><div>夫とわたしとであーだこーだ議論しましたが、結局は夫が納得いかなまま折れてくれるかたちに。「粘土を床で遊ぶのが悪くないって言うなら、別にそれでいいよ・・」と。</div><div><br /></div><div>そう言われると、わたしだって「悪くない」と断言するつもりではないのですが・・・。でもコルクタイルなんだから、ちょっとくらい汚したってすぐきれいにできるし、落ちなかった油汚れだって、それほど目立たないはず。これが絨毯や畳だったらエラいことだけど。</div><div><br /></div> ]]>
        <![CDATA[<div>そこまで考えて、はたと思い当たりました。「ああ、そういうことか」と。</div><div>わたしは手入れのしやすさと汚れの目立たなさが気に入って、コルクタイルを選びました。そういうえば、夫は最後までそれに反対しました。もし、夫が言ったように絨毯や畳の床を選んでいたら、わたしももっと気を使って生活していたかもしれません。汚さないように、汚れないように、傷まないように。でも、実際には使い勝手のよいコルクタイルを選んだので、汚したり乱暴にしたりすることに、あまりに寛容だったかもしれないなと気がつきました。</div><div><br /></div><div>わたしの実家はほとんどいつも犬を飼っていて、家の中が汚れることにそれほど嫌悪感を持っていませんでした。母がインテリア好きだったこともあり、そこそこ汚れたり傷んだりしたら、わりと頻繁に壁紙や床材を取り替えたりもしていました。でもそれは、お寺育ちの夫のライフスタイルとは全く違うはずです。</div><div><br /></div><div>お寺だから古い、古いから優れていると紋切り型に決めつけることは、もちろんできません。けれどわたし達の日常生活を省みると、便利であることや手軽、手間なしであることが重宝され、それと引き換えに、一つのものをとことん丁寧に大切に使おうという心構えが薄れているように感じます。これは使い手だけの問題でなく、製造、販売の側の問題でもあるでしょう。上質で、長きにわたる使用に耐えられるような製品はそれなりの苦労をしなければ手に入りませんし、そういうものと出会ったとしても、正しい使用と手入れの方法まで同時に知り得るとは限りません。</div><div><br /></div><div>子供の粘土遊びからだいぶ話が飛躍してしまいましたが、考えれば考えるほど、これは大変な課題だと思われてきました。</div><div><br /></div><div>物を大切にしなさい、などということは誰でも知っています。実際、わたし自身もしょっちゅう子供達に言っています。でも、物を大切にしにくいような世の中の流れに押されていることも事実です。もちろんこういうことは個人の心の問題ですから、世の中のせいにするのは間違いかもしれません。けれど、本当に「物を大切にする心」を育てようと思ったら、これはもう社会全体の動いている方向性を冷静に見極め、その中で正しい取捨選択ができる判断力と行動力とを身につけなければ難しいでしょう。</div><div><br /></div><div>自分自身への反省も含め、もうちょっと考察を深めてみたいと思います。</div><div><br /></div>]]>
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    <title>祖母の法事がありました</title>
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    <published>2012-04-20T14:26:32Z</published>
    <updated>2012-04-20T15:00:44Z</updated>

    <summary>先週末、浜松の実家で祖母の七回忌が営まれました。祖母が亡くなったのは、6年前の4月。わたしが長女の出産のために里帰りしていた最中の、ある朝のことでした。それからひと月あまりで長女が生まれましたが、祖母は初めてのひ孫にあたる長女の顔を見ることなく亡くなりました。それからぴったり6年後の法事当日。実家近くの菩提寺に集った中には7人の子供の姿がありました。もうすぐ...</summary>
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        <name>青江美智子</name>
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        <![CDATA[<div><br /></div>先週末、浜松の実家で祖母の七回忌が営まれました。祖母が亡くなったのは、6年前の4月。わたしが長女の出産のために里帰りしていた最中の、ある朝のことでした。それからひと月あまりで長女が生まれましたが、祖母は初めてのひ孫にあたる長女の顔を見ることなく亡くなりました。<div>それからぴったり6年後の法事当日。実家近くの菩提寺に集った中には7人の子供の姿がありました。もうすぐ5歳になる我が家の長女を筆頭に1歳になったばかりの女の子まで。祖母の6人いる孫のうち4人が次々と結婚しこれまた次々と子供を産んだため、亡くなったときには一人もいなかったひ孫が、あっという間に7人になったわけです。単純に考えて一年に一人以上生まれているわけですから、今だ元気でいてくれる祖父も「名前と年を覚えておくのが大変だ」と嬉しい悲鳴をあげています。</div><div><br /></div><div>さて、それだけ幼い子が集まりましたので、お経が始まったからといってその場が静かに落ち着くわけもありません。木魚の音に「うるさーい！」と叫んで耳を塞いだり、途中で「うんち！」と立ち上がったり、お数珠を振り回して飛ばしたり、配られたお経の読本を丸めて木魚に合わせて椅子の背もたれをたたき始めたり。前回の３回忌のときにも、子供の数が少ないとは言え同じような状況でしたので、親族もご住職も驚くでもなく眉をしかめるでもなく、「賑やかいなぁ」と苦笑いで済ませてくれたことが、親としては申し訳なくもありがたいことです。</div><div><br /></div><div>その後、お寺の客殿で食事をしている最中、用意してきた祖母の写真を見ながら、一人のひ孫にも会えずに直前でなくなってしまった祖母のことを考えていました。</div><div>親族は、祖母の子であるわたしの父とその姉妹をはじめ、誰も祖母のことを悪く言いません。実際、控えめでありながら、朗らかで、いつも自分のことより人のことを思うような人でした。だからこそ、こうやって皆が集まった法事の席が、あんなにも和やかで和気藹々としていたのでしょう。祖母は決して悲しんでなどいないと、そう思えました。</div><div><br /></div><div>祖母は亡くなり、もうどこにもいません。でも、法事という機会に祖母によってご縁をつながれた人々が集い、心を一つにしてお経を唱え、親しく食卓を囲む。その輪の中に、たしかに祖母はいたような気がしてなりません。</div>]]>
        
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    <title>親であるということ</title>
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    <published>2012-03-30T11:36:16Z</published>
    <updated>2012-03-30T15:11:48Z</updated>

    <summary>クールでドライ、周りに流されることのない強烈なマイペース人間の次女も、この4月からいよいよ幼稚園に入園です。独立心旺盛なのが幸いしてか、年齢のわりには自分の身の回りのこともしっかりとこなすことのできる次女のこと、幼稚園生活で本人が苦労することはあまりないだろうとは思うのですが、そのあまりのマイペースぶりにゆえに、先生方や周りのお友達を困らせはしないだろうかと...</summary>
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        <![CDATA[<div><br /></div>クールでドライ、周りに流されることのない強烈なマイペース人間の次女も、この4月からいよいよ幼稚園に入園です。独立心旺盛なのが幸いしてか、年齢のわりには自分の身の回りのこともしっかりとこなすことのできる次女のこと、幼稚園生活で本人が苦労することはあまりないだろうとは思うのですが、そのあまりのマイペースぶりにゆえに、先生方や周りのお友達を困らせはしないだろうかと心配しております。<div><br /></div><div>その次女が、ある日わたしの実家の母と電話で話していたときのこと。「オーママは○○ちゃんが幼稚園に行くの嬉しいの？　喜んでくれるの？　え、ホント？」と、しきりに母に尋ねています。後で本人に聞いてみたところ、わたしの義母、つまり本人にとっては同居しているおばあちゃんは、次女が幼稚園に行くと寂しい、次女が大きくなるのは悲しいと言ったのに、離れて暮らしているわたしの母は次女の成長を喜んでくれたそうで、先ほどの「本当に喜んでくれるの？」という発言になったとのことでした。</div><div>もちろん、義母が本当に彼女の成長を疎んじているわけではありません。ただ、毎日一緒に暮らして次女の様子を24時間見守っている身としては、幼稚園に行っている間は次女の様子を見ることができなくなるわけで、それはなんとなく寂しいと感じているだけ。それは夫やわたしにしても同じことです。一方で、離れて暮らしているわたしの母にしてみれば、次女が幼稚園に通っていようといまいと日々の様子をうかがうことができないのは同じことですから、単純に、孫の成長を楽しみにしている気持ちを言葉にしたまでのことです。</div><div><br /></div>]]>
        <![CDATA[<div>わたしの母も義母も、もちろん同じように次女をかわいがってくれていますし、同じように成長を喜んでくれます。それが立場の違いによって、ふと漏らすひと言とというのが全く違ってしまうことがあるのだなと、わたしはそれくらいに思っただけでした。ところが当の次女は義母の言葉に相当のショックを受けていたようで、ときおり、「おばあちゃん、○○ちゃんが大きくなるの嫌なんだって・・・」と寂しそうに言うのです。その度に、「そんなことないよ」とは言ってあげますが、一度受けてしまった傷をなかったことにはできません。我が身を振り返り、幼い子に接するときには、自分の思いよりもまず相手のことを慈しみ、愛情に満ちた言葉や表情で包んであげたいと感じました。</div><div><br /></div><div>しかし、それからたった二、三日後のことです。</div><div>わたしは長女と次女との三人でお風呂に入っていました。その日は頂き物のバスジェルを使って泡風呂を楽しむことに。子供達はとても喜んで、長女は泡を手桶にため、モンブランケーキのように高く盛りつけて遊んでいました。そのすぐそばで次女がおもちゃを振り回していたので、「お姉ちゃんの大事なケーキ壊しちゃダメよ」と注意しつつ、わたしは洗い場で体を洗っていました。そして案の定、すぐに次女は手を滑らせて手桶を落っことしてしまったのです。ガターンと大きな音がお風呂場に響き、長女がため込んでいた泡は盛大にこぼれて散らかって、見るも無惨に。</div><div>わたしは思わず、「あ、コラっ！」と声を上げました。けれど同じ瞬間、長女は次女に対して「あっ、大丈夫？」と声をかけたのです。</div><div><br /></div><div>これには本当に、はっとさせられました。わたしの「こらっ」には、お風呂でケンカになったら危ないからって、さっきちゃんと注意しておいたのに！ という自分の思いが何よりも強く出たわけです。けれど、自分のつくった泡のケーキを壊された当の長女は、怒るよりもまず、「大丈夫？」と次女を心配しました。さらには、散らかした泡で次女が滑らないようにと、足下にお湯までかけてあげて。</div><div><br /></div><div>本当にもう、大人である自分を情けなく思うことばかりです。</div><div>もちろん、子供達だって取るに足らないことで愚かなケンカをしますし、愚にもつかないわがままを言って大暴れするようなこともしょっちゅうです。でも、その瞬間その瞬間でいつでも本気１００％の子供のすることと、曲がりなりにも人の親となり、子らを慈しみ育んでいくべき大人のしでかす身勝手を同じにすることはできません。</div><div><br /></div><div>散らかった泡をせっせと洗い流す長女に、「さすがお姉ちゃんだね。すごいね、本当に偉いね」と声をかけつつ、自分のあまりの愚かさにはため息しか出ませんでした。よく「子供に教えられる」「子供に育てられる」とは聞きますが、本当に本当にそのとおりなんです。この子らが産まれてきてくれたこと、この子らの母でいられることを心からありがたいと思います。同時に、どんな人間でも産みさえすれば親になれてしまうことの危うさを思い、三人の娘達を健やかに育てていく責任を重く受け止めています。</div><div>親であるということは、自分自身という一人の人間である以上に重大なことなのかもしれません。わたしはもはやわたしでなく、この子達の親であるということ。自分一人の思いよりもまず、子供達の心身を愛情で包み健やかに朗らかに育んでいくことを、いつでも優先できる自分でいたいと切実に願います。</div><div><br /></div>]]>
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    <title>取り戻せない一瞬の連続</title>
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    <published>2012-03-09T13:07:35Z</published>
    <updated>2012-03-09T14:48:06Z</updated>

    <summary>もうすぐ春休み。幼稚園の一大イベントであるお遊戯会も無事に終わり、これまでに作ったお絵描きや工作の作品を家に持ち帰るための大きな紙袋を用意したり、終業式の後で行うクラスごとのお別れ会の準備をしたりと、一つの学年の区切りに向けて少しずつ準備を始めています。今度の４月からは長女は年長さん。新しく用意するものの一つに、鍵盤ハーモニカのケースがあります。地域によって...</summary>
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        <![CDATA[<div><br /></div>もうすぐ春休み。幼稚園の一大イベントであるお遊戯会も無事に終わり、これまでに作ったお絵描きや工作の作品を家に持ち帰るための大きな紙袋を用意したり、終業式の後で行うクラスごとのお別れ会の準備をしたりと、一つの学年の区切りに向けて少しずつ準備を始めています。<div>今度の４月からは長女は年長さん。新しく用意するものの一つに、鍵盤ハーモニカのケースがあります。地域によって呼ばれ方は様々で、ピアニカ、ピアニー、メロディオンなどと呼ばれているようですが、皆様にも幼稚園や小学校で使っていた記憶がおありではないでしょうか。これを入れるケースを、新年度のはじめまでに用意しておくのですが、幼稚園から特別な指示はなく、自分で作る人も入れば買ってくる人もいますし、お裁縫の上手なママ友達に作ってもらうという人も。わたしは、だいぶ前から通販で買えるものに見当をつけていました。長女が気に入って使っている寝具と同じシリーズの図柄で、これを買ってあげれば大喜びすることは間違いなし！長女の喜ぶ姿を想像して、春休みになったら早速注文しようとウキウキしていました。</div><div><br /></div><div><div>さて、今日幼稚園から帰ってきた長女が、今使っているスモックが小さくなってしまったというので、ワンサイズ上のスモックを買うついでに鍵盤ハーモニカのケースも注文しようとサイトを開くと・・・ありませんでした。目星をつけておいた、長女が大喜びすること請け合いの、例の商品はどこにも掲載されておらず、散々調べた結果、とっくに売り切れて今後の製造、販売の予定はなしとのことでした。</div><div>わたしがその商品を見つけたのは年末年始の頃。年長さんで使うものを冬休みから用意するのはさすがに早いだろうと思い、春休みに入ったら動こうと思っていたのですが、それでは遅かったということです。</div><div>ふと胸騒ぎがして、もう一つ、ある商品を探してみました。それは、今はわたしと添い寝している三女が、子供部屋で長女、次女と一緒に寝るようになったら買ってあげようと思っていた布団カバーと枕カバーのセット。上の二人は同じメーカーの違うシリーズのもを使っていて、三女もそれにならって用意しようと、数あるデザインの中から、森の中でピンク色の鹿がお昼寝している、ほのぼのとかわいらしい絵柄のものに的を絞っていたのです。</div><div>果たして、その商品ももはや販売されてはいませんでした。</div></div><div><br /></div>]]>
        <![CDATA[こういう失敗、実はしょっちゅうなのです。ついこの間も、近所のクレープ屋さんで売っていた期間限定のクレープを、買おう買おうと思いながら、今日は荷物が多いからとか、今日は他のおやつがあるからとかいろいろ理由をつけて買わずにいて、いざ買いにいったら「期間限定」の「期間」は過ぎたあとだった、なんてことがあったばかり。<div>夫にもよく注意されるんです。「 "今" はまさに "今" しかないんだ。良いと思ったらすぐに行動しなくちゃ、通り過ぎたチャンスは二度と取り戻せないんだよ」と。</div><div><br /></div><div>今日はそんな夫の言葉を思い出し、買えなかった鍵盤ハーモニカのケースをのことをつくづくと後悔しながら長女と次女を寝かしつけしました。</div><div>最近の長女は反抗期に突入し、ちょっと小言を言っただけでも乱暴な捨て台詞を吐いたり地団駄踏んで悔しがったりと、今までとは少し様子が違ってきています。その反面、わたしに対してだけは異常なほどに甘え、用もないのにベタベタとまとわりついたり、ついには「この中から出てこなければ良かった・・・」とわたしのお腹にしがみついて涙を流したり。ちょっと扱いに気を使いながらも、わたしはそんな長女を今まで以上に愛おしく感じていました。</div><div>2歳7ヶ月のときと4歳3ヶ月のときに相次いで妹二人が生まれ、甘えたい盛りのときに「お姉さん」であることを押し付けてきてしまった長女が、やっとストレートに要求をぶつけてくれている気がするのです。身体は幼女というよりむしろ少女とも言える雰囲気の長女です、きっとあとほんの少ししたら、こんなふうにベッタリと甘えてくれることもなくなるでしょう。そんなことを思いつつ長女の寝息に耳を傾けていると、寝返りをうった次女が軽くわたしにぶつかりました。4月からはこの子も幼稚園。中身はわりとしっかりしていますが、声や体つきはまだまだ赤ちゃんの雰囲気を残していて、そのギャップがなんともおかしくて愛らしいのです。この子も、幼稚園に入園したらどんどん体力もつき、今のようなフニャッとした幼さは消えてしまうのでしょう。</div><div><br /></div><div>日頃は育児に追われ、「早く大きくなってくれないかなぁ！」と心の中で叫ぶこともありますが、今、目の前にいる我が子らの愛らしさは今だけのもの。それを疎んじて目を背け、あとになって「あの頃はかわいかったのに」なんて思っても、今日のこの瞬間、深い眠りについている我が家の三姉妹を見ながら心に沸き起こるあたたかな幸福感は、今しかありえないものなのですね。</div><div>もちろん、寝ている子がかわいいのは当然で、朝になって全員起きてくれば、やれ早く着替えなさいだの、やれ早く食べなさいだの、こぼすな、騒ぐな、ケンカするなとガミガミ言ってお尻を叩いているに決まっています。そんな日常も、その一瞬を過ぎれば二度と戻ってこない。</div><div><br /></div><div>ずっとずっと昔に経験した嫌なことも、今になって思えば「あれもいい勉強になったな」と思えることって、少なくありません。嬉しいことや楽しいことはもちろん、悲しいことも、苦しいことも、自分に起こっている全てのことは、きらきらと輝く一瞬一瞬の連続です。そこに思いを深く馳せれば、不思議と感謝の念が湧いてきます。なぜそうなのか、何に感謝を感じているのか、わたしにもよくわかりません。でも、懐かしさや寂しさとともに、感謝の思いが現れてくるのです。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>買おうと思っていた鍵盤ハーモニカのケースが、来月も売っているとは限らない。</div><div><br /></div><div>いつか贈ろうと思っていたプレゼントが、来週でも手に入るとは限らない。</div><div><br /></div><div>次は言おうと思っていた「ありがとう」が、明日なら言えるとは限らない。</div><div><br /></div><div>何度も舌の上まで出てきた「ごめんなさい」は、今言わなくては一生言えないかもしれない。</div><div><br /></div><div>「 "今" は "今" しかない 」と言ってくれる夫が、明日の朝も元気でいるかはわからない。</div><div><br /></div><div><br /></div><div>胃の痛みと微熱に泣き言を漏らす夫の気配を背中に感じながら、今日はこんなことを思いました。</div><div><br /></div>]]>
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    <title>門前の小僧</title>
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    <published>2012-03-02T15:24:01Z</published>
    <updated>2012-03-03T01:07:57Z</updated>

    <summary>軽いアトピー持ちの次女は、乾燥のきついこの季節、体のあちこちに不調が出てきます。まだ３歳の彼女にかゆいだの痛いだのを我慢させるのは大変で、夫はそんなときおまじないのように「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と繰り返し、次女もそれに倣っています。でも、もちろんそれでかゆみや痛みが治まるわけではなく、もっと強力なおまじないをせがまれたわたしの口からとっさに出たのは、「...</summary>
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        <![CDATA[<p>軽いアトピー持ちの次女は、乾燥のきついこの季節、体のあちこちに不調が出てきます。まだ３歳の彼女にかゆいだの痛いだのを我慢させるのは大変で、夫はそんなときおまじないのように「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と繰り返し、次女もそれに倣っています。でも、もちろんそれでかゆみや痛みが治まるわけではなく、もっと強力なおまじないをせがまれたわたしの口からとっさに出たのは、「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、ラミパスラミパス、ルルルルルー」。聞いたことのないその文句が気に入ったのか、今日一日、次女は独り言のようによくつぶやいていました。</p><p><br /></p>

<p>我が家の三姉妹は幼いなりにお経によく親しんでいるように見えます。お経の本にはひらがなでふりがながふってあって、長女はそれを最初から最後まで正座してとなえることができます。はじめは、「帰命無量寿如来南無不可思議光」の一文だけを覚えたのですが、意味はわかっていないので、なぜかいつも最後が「〜南無不可思」で終わっていました。たぶん、秋深し、みたいなイメージなんだと思います。今でも意味なんて全く分かっていませんが、父親の真似をするのが嬉しいのでしょう、飽きることなく最後まできちんと読み終えるのは大したものだと感心します。ただ、お経も幼稚園で習ってくる歌と同じような扱いで、長女が次女を誘って「お寺のむりょーやろう！」などと言い出すこともしばしば。お寺で無料の何かをするみたいに聞こえますが、これは「帰命無量寿」の部分をタイトルか何かだと思っているのでしょう。「わたしが読むから、はーちゃんはこれやってね」とキンをたたくバチをわたし、お経の本に集中する長女。その脇で調子良くキンをたたく次女、その隣では三女が踊るという、なんとも奇妙ではありますが、親としては微笑ましい日常の一コマです。</p><p><br /></p>

<p>門前の小僧なんとやらと言いますが、やはりお寺の子、手取り足取り指導を受けたわけでもないのに、最近では読むだけはいっぱしの様子になってきました。</p><p><br />
そこへいくと、わたしはいまだにさっぱりです。幼児とは頭のやわらかさが決定的に違うのか、はたまた「お経はありがたいもの」などという先入観が邪魔をするのか、なかなか子供達のように文字通り「身につく」というところまでいきません。ちゃんとおそわらなきゃいけない、ちゃんと勉強しなくちゃいけないと身構えてしまいます。門前の小僧は、小僧だったからこそ習わぬ経が読めたのでしょう。門前のアラフォーではそうもいかないようです。</p>]]>
        
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    <title>健康第一でお願いします</title>
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    <published>2012-02-10T12:45:00Z</published>
    <updated>2012-02-10T13:28:02Z</updated>

    <summary>あちこちでインフルエンザの大流行が聞かれますが、我が家もご多分に漏れず家族みんなでやられてしまいました。家族みんな、です。つまり７人家族の７人全員がインフルエンザにかかった、ということです。はじめはやはり幼稚園に通う長女から。幼稚園から帰宅後珍しく昼寝をしたいと言うので、寝かせながら額に手をやると、はっきりと熱い。もしやと思って測定してみれば、あっという間に...</summary>
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        <![CDATA[<div><br /></div>あちこちでインフルエンザの大流行が聞かれますが、我が家もご多分に漏れず家族みんなでやられてしまいました。家族みんな、です。つまり７人家族の７人全員がインフルエンザにかかった、ということです。<div><br /></div><div>はじめはやはり幼稚園に通う長女から。幼稚園から帰宅後珍しく昼寝をしたいと言うので、寝かせながら額に手をやると、はっきりと熱い。もしやと思って測定してみれば、あっという間にピピッと39度5分。風邪を引くとわりとすぐに高熱を出す長女ではありますが、隣のクラスがインフルエンザで学級閉鎖していることもあり、念のため病院で検査をしたところビンゴ！　インフルエンザA型でありました。翌日にはわたしが、その翌日には義父、夫、三女が、そのまた翌日には次女が、最後に義母が発熱して、およそ一週間、家中にウィルスが蔓延した状態となってしまいました。</div><div><br /></div><div>いやぁ、家族全員が寝込んでいる状態って、想像以上にキツかったです。いつもは三姉妹のうち誰か風邪を引くくらいですし、悪くてもそれに大人が一人加わるくらいですので元気な大人が交代で看病できますが、全員が全員動けない状態では、看病はもちろん自分の世話さえろくにできない状態で、解熱剤でちょっと熱が下がった瞬間にエイヤッで毛布やらシーツやら洗濯したりスポーツウォーターや食料の買い出しに出たりするしかなく、そんなことをしているから当然なかなか完治しない。そこへきて、寝たきりでいられる上に新陳代謝のよい子供は先に治って元気満々、その相手をするのにも満身創痍で臨むわけです。</div>]]>
        <![CDATA[健康第一とは言い尽くされた言葉ですが、こんなことがあると、その大切さが痛いほど身にしみますね。体質や持病なら、それが多少悪化しても対処方法は自分でわかりますが、インフルエンザのように突然かかってしまうものだと、もう日常生活がガラッと崩れてしまう。<div><br /></div><div>そこへいくと、お医者さんはすごかった。毎日朝から晩まで感染者と至近距離で顔を突き合わせながらも、自分は元気。普段利用している地元の開業医さんは、どこも医師一人でやっていますから、そのお医者さんが倒れてしまったら病院が開けられないわけで、診察にしろ薬の処方にしろ、まさに地域の生命線を担ってくれているんですよね。極端な話ですが、総理大臣とか、看板番組の司会者とか、絶対に替えのきかない仕事をしている人は、本当に大変だと思います。自己管理と言ってしまえばそれまでですが、これほどまでに大流行している中で健康を保っていられる意識の高さには、素直に頭が下がります。</div><div><br /></div><div>と考えてみると、子供達にとってはわたし自身も替えのきかないたった一人の母親。誰だって、生活のどこかの一場面においては、替えのきかないたった一人であるはずです。お医者さんはすごいよなぁ、なんて人ごとみたいなこと言っている場合ではありませんでした・・・。</div><div>うがい手洗い、マスクに換気。適度な栄養と運動と睡眠、それに保湿。病気の予防に効果的なことは、ちっとも難しいことではいんですよね。その、ちっとも難しくないはずのことに手を抜いた挙げ句、家族全員同時にインフルエンザなんてことになってしまったわけですから、これはもう心を入れ替えてちゃんとしなくては！<br /><br />厳しい季節も折り返し地点にやってきました。残り半分、家族のためにも健康第一で元気に過ごしていきたいものです。</div><div>皆様も寒さに負けず乾燥に負けず、どうぞ健やかにお過ごしくださいね！</div>]]>
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    <title>電子書籍版「お寺に嫁いでしまった。」</title>
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    <published>2012-01-27T07:36:40Z</published>
    <updated>2012-01-27T14:01:58Z</updated>

    <summary>「お寺に嫁いでしまった。」ダウンロードページ「お寺に嫁いでしまった。」フェイスブックページしつこく且つ地味に、いや地道に宣伝を続けてきました電子書籍版「お寺に嫁いでしまった。」が、ついに本日発売となりました！　おかげさまでようやく皆さまのお手元にダウンロードして頂けるようになり、ひとまず安心しています。わたし自身、日常で電子アイテムを華麗に使いこなしているわ...</summary>
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        <![CDATA[<blockquote style="margin: 0 0 0 40px; border: none; padding: 0px;"><div><a href="https://hon-to.jp/asp/ShowSeriesDetail.do?seriesId=B-MBJ-24101-120139280-001-001">「お寺に嫁いでしまった。」ダウンロードページ</a></div><div><a href="http://www.facebook.com/terayome">「お寺に嫁いでしまった。」フェイスブックページ</a></div></blockquote><div><br /></div>しつこく且つ地味に、いや地道に宣伝を続けてきました電子書籍版「お寺に嫁いでしまった。」が、ついに本日発売となりました！　おかげさまでようやく皆さまのお手元にダウンロードして頂けるようになり、ひとまず安心しています。<div><br /></div><div>わたし自身、日常で電子アイテムを華麗に使いこなしているわけではないので、正直なところ「電子書籍」というものに漠然とした不安がありました。ところが実際に目にしてみると、これがなかなか良い！</div><div>字は大きく読みやすいし、ページをめくるのも指で繰る感覚がちゃんとあるし（スマートフォン、ipadなどの場合）、それでいてDVDのように好きなところにパッととべる使い勝手の良さは電子書籍ならでは。寝る前に枕元において、メールと電話と読書が一度にできるのもとっても便利です。</div><div>電子書籍、これからどんどん活用してみたいと思います！</div>]]>
        <![CDATA[<div><div>さて、これはもともと2007年に普通の（紙の）本として出版されたものに、およそ5年を経て改めて感じたことを著者メッセージとして追加し、一部イラストなどに変更を加えて電子書籍にしたものです。執筆していた当時は長女が１歳を迎えたばかり。まだ新婚気分も抜けず、お寺の一員としてもどこかお客さん的な気がしていたものですが、もはやそんなボヤッとしたことなど言っていられない毎日です。</div><div><br /></div><div>この本に書いたことは、タイトルのとおり普通のOLだったわたしがお坊さんを好きになり、結婚をして子供を産み育てていくこと、さらに、浜松で過ごした幼い頃の思い出、大学に入って東京で一人暮らしを始めた頃のこと、会社員時代のことなど本当に様々で、それまでのわたしの人生の全てを記したとも言えるものです。ですから、楽しいことばかりを書いたわけでもありません。小さい頃友達ができなくて寂しい思いをしたこと、学生時代にお金がなくてお米と醤油で空腹をしのいだこと、嫁姑のいざこざ、二度の流産など、自分で今振り返ってもちょっとしんみりしてしまうようなことも書きました。</div><div><br /></div></div><div>笑いあり涙あり、純粋に、読んで楽しんで頂けるものに仕上がったと思っています。</div><div>たくさんの方に読んでいただき、その上最後にその人の心に何か暖かいものが残れば、わたしにとってこれほど嬉しいことはありません。</div><div><br /></div><div>電子書籍、なかなか良いです。本の内容もなかなか良い、はずです！</div><div>どうぞ皆様、是非お手元にダウンロードしてお楽しみくださいますようお願いいたします。</div>]]>
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    <title>もの言わぬ小さな命</title>
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    <published>2012-01-13T14:08:13Z</published>
    <updated>2012-01-13T14:39:53Z</updated>

    <summary>ザリガニが脱皮しました！10月のはじめに縁日で買ってきたザリガニです。去年同じ縁日で買ってきたときは、10日ほどで死んでしまいました。そのときは、わたしはザリガニを飼ったことがないし、義理の両親も「こういうザリガニってすぐ死んじゃうのよねぇ」「もって10日だな」などと言っていたので、水替えや餌やりなど気にしつつも、きっとすぐに死んでしまうのだろうと思っていま...</summary>
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        <name>青江美智子</name>
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        <![CDATA[<div><br /></div>ザリガニが脱皮しました！<br />10月のはじめに縁日で買ってきたザリガニです。去年同じ縁日で買ってきたときは、10日ほどで死んでしまいました。そのときは、わたしはザリガニを飼ったことがないし、義理の両親も「こういうザリガニってすぐ死んじゃうのよねぇ」「もって10日だな」などと言っていたので、水替えや餌やりなど気にしつつも、きっとすぐに死んでしまうのだろうと思っていました。そして皆の予想通り、ちょうど10日で死んでしまったザリガニ。屋上のプランターに埋めたとき、長女はしんみりとしていましたが、当時まだ１歳だった次女は状況が理解できず、「パパがザリガニ土に流して殺した」なんて恨めしそうにしていたものです。<div><br /></div><div>そして、今年もまた三姉妹はザリガニを買ってきたのです。わたしは「どうせまたすぐに死んじゃうんだし、うちに連れてきたってかわいそうなだけよ」と、いい顔をしませんでした。ところが、義父はなぜか気合いが入っていたようで、「よし、俺が長生きさせてやる」と意気込んでいました。そこで、わたしも前回よりもザリガニの飼育について詳しく調べ、毎日成長を楽しみにしていました。</div><div><br /></div><div>一週間がたち10日がたち、ひと月がたち、けして元気よく動き回っているわけではないけれど、だからと言って衰弱しているようでもなく、ただ静かに生き続けているザリガニ。エサを食べている姿を見たことがないので、人の気配のないときを狙って土管から出てきているのだと思います。子供達も、ザリガニがずっと気配を殺したままなので、興味を失いつつあるようでした。</div>]]>
        <![CDATA[<div>ところが、２ヶ月がたった頃です。ザリガニが脱皮したのです。次女が抜け殻を怖がったそうで、わたしは見ることができませんでしたが、生きている姿そのものの抜け殻と、脱皮直後のやわらかい体に長女は興奮していたそうです。</div><div><br /></div><div>それからまたひと月たち、この度なんと２度目の脱皮。外出から帰った義母が水槽を覗き、「あっ、ザリガニ死んじゃった！」と言うので、みんな驚いて駆け寄ると、力なく横たわっていたのは抜け殻で、本体はちゃんと定位置の土管のなかにありました。</div><div>今度は次女も怖がることなく、「わたしも脱皮したい！」などと言って大はしゃぎです。義父にいたっては、抜け殻を永久保存すると言って手当を始めました。</div><div><br /></div><div>名前もなく、ぬくもりもなく、泣きもせず笑いもせず、もちろんなんの芸もなく、何をも主張しないザリガニですが、もうすっかり家族にとけ込んでいるようです。今までのより一回り大きな土管を購入し、新居への入居も無事に完了。</div><div>「ただ生きている」ということが、こんなにも人を喜ばせてくれること、家族の心をつなげてくれることに驚きと感動を覚えずにはいられません。</div>]]>
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    <title>昨日の続きの新しい一日</title>
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    <published>2012-01-06T14:24:03Z</published>
    <updated>2012-01-06T15:07:53Z</updated>

    <summary>あけましておめでとうございます。皆さま、新年をいかがお迎えでしょうか。「年末年始は忙しいんでしょう？」なんて聞かれることの多い我が家ですが、初詣客が殺到するような大きなお寺でもないので、いつもより少しだけすることが多いほかは、日常とあまり変わりのない日々です。大晦日の夕方に家族そろって本堂でお参りした後は、年越しそばを食べ、紅白歌合戦の前半だけ見てから三姉妹...</summary>
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        <![CDATA[<div><br /></div>あけましておめでとうございます。<div>皆さま、新年をいかがお迎えでしょうか。「年末年始は忙しいんでしょう？」なんて聞かれることの多い我が家ですが、初詣客が殺到するような大きなお寺でもないので、いつもより少しだけすることが多いほかは、日常とあまり変わりのない日々です。大晦日の夕方に家族そろって本堂でお参りした後は、年越しそばを食べ、紅白歌合戦の前半だけ見てから三姉妹を寝かせ、あとはなんとなく残った家事を片付けながら静かに年越し。三賀日はお雑煮とおせちを食べ、箱根駅伝をテレビで応援といった具合で、ごく普通の年末年始だと思います。</div><div>三賀日開けて４日から今日までは、わたしの実家のある浜松へ家族で行ってきました。たかが２泊３日と言えど、三姉妹を連れてのお泊まりでは荷物も相当な量です。しかも、実家にはかなり大型の動物がわんさかいて、ちょっと外で遊んだだけでもあっという間に土まみれ草まみれになるので、昨日着た洋服を下着だけ替えて明日も、というわけにもいかないのです。加えて、おむつやらコート類やら夫のパソコン周辺やらでそれはもう大変な大荷物。移動するだけでも一苦労ではありましたが、東京にいてはなかなかできないこともでき（動物との触れ合いとか、凧揚げとか、わたしは買い物とか）、短いながらも楽しい帰省でありました。</div>]]>
        <![CDATA[<div><br class="Apple-interchange-newline" />さて、渋滞を避けながらのんびり帰京し、家に帰ってからは急いで荷物をほどいて洗濯機をフル回転。やっぱり自宅に帰ると、あっという間に日常に戻ってしまいますね。子供用の小さなハンガーに洗濯物をかけていると、壊れたハンガーがセロテープで補修してあるのを発見。１０本セットで２９９円、カラフルでかわいいけれどかなりシンプルなハンガーを長女の誕生当時から愛用しているのですが、使用５年目になって、急に折れたり割れたりということが増えてきたのです。</div><div>そういえば、ひと月ほど前にハンガーの首の部分が折れたとき、「わたしが直してあげる！」と言って、次女がセロテープで止めていたのを思い出しました。接着剤やガムテープでならいざ知らず、ちょこっとセロテープを貼った程度じゃ使い物にならないわよ、と心の中で思いながら笑ってみていたのですが、なかなかどうして、もうひと月以上ももってくれていたのですね。子供の幼い思いつきも大したものだわと感心感心。</div><div><br /></div><div>年が新たになったからと言って、自分の心も体も、何が生まれ変わるわけではありません。昨日までの記憶を引きずり昨日まで使ってきた肉体を動かして、明日も明後日も生きてやり過ごしていくだけです。むしろ、細胞は衰え記憶も失われ、新しくなるどころか古びていく一方だと言えるのかもしれません。</div><div>でも、こと子供に関して言えば、体の中ではすごい勢いで新しい細胞が誕生し、新しい体験と記憶を積み重ね、日を追うごとに情緒が育まれています。そんな子供達と暮らしながら、わたし自身も刺激を受け、ものすごい勢いとはいかずとも、自分の中に良いものを吸収し心豊かに彼女達の成長を見守りたいと思います。本当はいつだってそう願っているけれど、次から次にふりかかってくる雑多な物事に追われるうち、心の余裕をついなくしてしまう毎日です。</div><div><br /></div><div>新年という大きな節目を迎えるにあたり、毎年のことながら子供の健やかな成長を願わずにはいられません。そして、それを育む環境を整えるのは他でもない自分自身なのだと思い起こし、希望とともに強い責任を感じます。子供達が生きる現在と未来がより良いものになるよう、自分にできることと一つ一つ丁寧に向き合っていこうと思います。</div><div><br /></div><div>皆さまにとっても、この新たな一年が希望に満ちる健やかな年でありますように。</div>]]>
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    <title>信じること</title>
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    <published>2011-12-09T06:33:19Z</published>
    <updated>2011-12-09T15:47:07Z</updated>

    <summary>三女が泣いていました。床に転がって泣いている三女の脇には、憮然とした表情で三女を見下ろす次女。見るからに、「三女を突き飛ばして泣かせた次女」の図です。夫とわたしは、とりあえず三女を抱き上げてなだめながら、次女に「何があったの？　どうして三女がひっくり返って泣いてるの？」と聞きました。次女は、三女が一人でひっくり返って一人で泣き出したのだと言います。そんなわけ...</summary>
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        <![CDATA[<div><br /></div>三女が泣いていました。床に転がって泣いている三女の脇には、憮然とした表情で三女を見下ろす次女。見るからに、「三女を突き飛ばして泣かせた次女」の図です。夫とわたしは、とりあえず三女を抱き上げてなだめながら、次女に「何があったの？　どうして三女がひっくり返って泣いてるの？」と聞きました。次女は、三女が一人でひっくり返って一人で泣き出したのだと言います。そんなわけないでしょうと、「そのときあなたは何をしていたの？　そっとでも、三女にさわったりしなかった？」と重ねて尋ねましたが、次女の答えは変わりません。すると、隣の部屋にいた長女がやってきて言いました。<div><br /></div><div>「ホントだよ。次女ちゃんがやったんじゃないよ」。</div><div><br /></div><div>その事件が起きたとき、私たち夫婦と同じく長女もその場にはおらず、実際の様子は見ていないはずです。それなのに、見てもいないことを「次女がやったんじゃない」と決めつけるような言い方をする長女を、夫が叱りました。「なんでそんなことがわかるんだ？　見てもいないのに、そんな無責任なこと言っていいはずがないだろう。もし本当は次女がやったんなら、お前も嘘つきじゃないか」と。</div><div>その言い方が少し強かったのでしょう。長女は泣いてしまいました。そして、「なんでそんなこと言うんだ」という夫の責めに泣きながら答えた言葉は、「だって次女ちゃんは嘘をつかないもん。次女ちゃんがやってないって言うなら本当にやってないんだよぉ」。</div>]]>
        <![CDATA[<div><br /></div><div>それを聞いて、夫もわたしも、長女と次女に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。同時に、自分たちも長女と同様、実際の様子を見てもいないのに次女が三女を泣かせたと思い込んだことを恥じ、最初から次女を疑ってかかったことを後悔しました。</div><div><br /></div><div>本当に次女はやっていないのか。もしかしたら、やっぱり次女がやったことではないのか。</div><div>そんなことは今となっては大きな意味を持ちません。それよりも、自分が見いてても見ていなくても、次女がそういうならそれこそが真実だと思える長女の心を傷つけたことのほうが重大事です。人を信じるというのは、まさにそういうことなのに。</div><div><br /></div><div>幼い子の言うこと、することですから、ときには嘘もあるでしょう。妄想を真実だと思い込んでいることもあるでしょう。大人の目から見れば見え透いた嘘であることも、どだいあり得ない作り話だとわかることもしょっちゅうです。</div><div>それでもまず、子らの言葉を「そうだね」と信じて受け止めてあげる心を忘れないようにしなければ。</div><div><br /></div><div>三姉妹との暮らしは、自分の傲慢さ、浅はかさを思い知らされることばかりです。</div><div><br /></div><div><br /></div><div><br /></div>]]>
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    <title>「死」を思う長女</title>
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    <published>2011-12-02T10:14:29Z</published>
    <updated>2011-12-09T07:09:46Z</updated>

    <summary>なにやら「結婚」に興味津々の長女です。女の子ですから、美しいウェディングドレスに憧れのプリンセス像を見ているのかもしれませんが、親元を離れ大好きな人と一緒に暮らすという結婚制度そのものにも関心を抱いているようなのです。ただ、結婚したい相手として親や姉妹たち以外を挙げたことはありません。わたしや義理の母（長女にとってのおばあちゃん）の様子を見て、結婚すると、ど...</summary>
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        <name>青江美智子</name>
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        <![CDATA[<div><br /></div>なにやら「結婚」に興味津々の長女です。女の子ですから、美しいウェディングドレスに憧れのプリンセス像を見ているのかもしれませんが、親元を離れ大好きな人と一緒に暮らすという結婚制度そのものにも関心を抱いているようなのです。ただ、結婚したい相手として親や姉妹たち以外を挙げたことはありません。わたしや義理の母（長女にとってのおばあちゃん）の様子を見て、結婚すると、どうやらパパやママとは離れてくらさなくてはならないらしい、ならば今の家族と結婚すればいいじゃないか、という理屈であるようです。ですから、結婚に対する関心は、憧れと同時に大きな不安や恐怖の裏返しであるのかもしれません。<div><br /></div><div>つい数日前のこと。その夜、夫は不在、二人の妹は既に眠りについており、久しぶりにわたしは長女と同じ布団に入って寝かしつけをしていました。ふと、またしても結婚の話題になり、わたしは「年少さんと年中さんのクラスで一緒になった中で、結婚したいなぁと思う男の子っているの？」と聞いてみました。すると長女はしばらく考えて、T君の名前を挙げました。</div><div><br /></div><div>T君は、去年、年少さんのクラスで一緒だった男の子で長女とは同じ生年月日の子です。けれど、特に仲が良かったわけでも悪かったわけでもなく普段は家での会話にもほとんど出てこないので、ちょっと意外に思ってわけを尋ねてみました。すると長女はこんなふうに答えたのです。</div><div><br /></div><div>「だってTくんはお誕生日が同じだから、どっちも絶対に先に死なないで、いつまでもずっと一緒にいられるから」と。</div><div><br /></div><div>言葉の後半はもう涙声で、言い終わるなり長女はわたしにしがみついて、わーっと泣き出してしまいました。</div>]]>
        <![CDATA[<div><br /></div>我が家は寺ですから、普通の家庭と比べてたしかに人の死を意識する機会は多い方です。しかし、葬儀や法事の意味、意義を長女にきちんと説明したことはまだありません。長女が身をもって体験した死は、２年前に亡くなった祖母のことくらいでしょう。生後一ヶ月の長女を初めて見せたとき、笑うような泣くようななんとも言えない表情で、それはそれは大事そうに抱っこしてくれた祖母も、長女が物心つく頃にはもう完全に寝たきりだった上に痴呆もかなり進んでおり、長女が祖母とまともなコミュニケーションをとれていたということはありません。それでも、ずっと在宅介護でしたので、祖母の存在と、ゆっくりでも確実に衰弱していく様子はしっかりと見ていたはずです。そして、亡くなり、もうどこにもいなくなってしまったのだということもきちんとわかっているのだと思います。<div><br /></div><div>あるいは、ちょうど一年ほど前に縁日で買ってきたザリガニが間もなく死んでしまったときには、庭に埋める様子を長女にもしっかり見せましたので、そのときの記憶もあるのでしょう。祖母とザリガニの存在感を同程度にすることは難しいものですが、自らその亡骸を葬った記憶は強烈なのかもしれません。</div><div><br /></div><div>いずれにしても、長女の中で「死」というものがかなりの存在感で根付いていることは間違いないようです。そして、それはやはり大変に悲しく、非常に恐ろしいものなのだと思います。</div><div><br /></div><div>「死」を、長女にどう伝えてあげればいいのか、そろそろ考えておかなくてはと思っています。親に説明されて理解しきれるものでもありませんが、あまりにも恐怖を感じたままでいさせるのも違うと思うのです。かといって、仏教の教えにあるように、死がそれによって浄土に通ずる喜びであると教えるのも、やはり時期尚早であると思います。わたし自身、もう大人ですから死は誰にも避けようのないもので、だから怖がっても仕方がないものだと頭ではわかっていますが、そんな事実を伝えるだけでは、多感な長女の心には響かないでしょう。</div><div><br /></div><div>「死」について、お坊さんである夫はもちろんわたしとは感じ方が違うとは思うのですが、親として、幼い長女への伝え方には慎重にならざるを得ないようです。一刻を争うようなことでもありませんので、時をみて、夫婦でしっかり話し合ってみたいと思います。</div>]]>
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    <title>三姉妹の社会</title>
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    <published>2011-11-18T14:25:04Z</published>
    <updated>2011-11-18T15:33:26Z</updated>

    <summary>我が家の長女は５歳。幼稚園の年中さんです。５歳にして二人の妹を抱えているせいか、はたまた持って生まれた性格なのか、相当に世話焼きで仕切り屋のおせっかい。幼稚園でも、周りの子にあれやこれやと指図をしたり世話を焼いたりで、頼りにされているやら鬱陶しがられているやら。そのくせ、ガラスのハートの持ち主で感受性が豊かなため、ちょっと損をしがちなところも。次女はもうすぐ...</summary>
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        <![CDATA[我が家の長女は５歳。幼稚園の年中さんです。５歳にして二人の妹を抱えているせいか、はたまた持って生まれた性格なのか、相当に世話焼きで仕切り屋のおせっかい。幼稚園でも、周りの子にあれやこれやと指図をしたり世話を焼いたりで、頼りにされているやら鬱陶しがられているやら。そのくせ、ガラスのハートの持ち主で感受性が豊かなため、ちょっと損をしがちなところも。<div>次女はもうすぐ３歳。おっとりと人当たりがいいように見えて、さらっと口にする一言がキツい一発だったりすることも。また、周りの様子をじぃぃっと観察して、ここぞ！というタイミングでおいしいところをさらっていきます。それでも、持ち前の器量の良さとちょっと間の抜けた言動のおかげで、結局はなんのかんのとかわいがられるタイプです。</div><div>そして１歳を迎えた三女。どんな子に成長していくのかまだまだ未知数ですが、とにかく愛想がいい！　機嫌がいい！　それでいながら、なかなかどうして気が強い！　どうひっくり返ったってかないっこない姉たちとの争いにも真正面から立向い、満身創痍になりながらも頑として譲らず、最後は腕力でねじ伏せられ、号泣しながら地団駄踏んで悔しがる姿は、本人には申し訳ないけれどちょっと愛らしいものです。</div><div><br /></div><div>親としては、本人達の性質がどんなものであれ、三姉妹仲良く、お互いに助け合い励まし合ってずっとやっていってくれたらと願っています。</div><div><br /></div>]]>
        <![CDATA[けれど、そんな願いをいざしらず、日がな一日喧嘩ばかりしてることもあるのが１つ屋根の下の三姉妹。次女は生後８日目にして長女に顔面をつねり上げられて流血。ちょっと成長してからは負けずと長女に挑んでいき、たいていは相手を泣かせて鼻息も荒く引き上げること少なからず。<div><br /></div><div>少し前まで、わたしの一番の悩みは、長女と次女の仲が悪いことでした。<div><br /></div><div>それが、ここ１，２ヶ月で様子が違ってきました。お互いに精神的に成長した結果なのでしょう、以前のような血で血を洗うようなケンカはぐっと減り、二人で色々な遊びを考案して譲り合い妥協し合いながら、うまく遊ぶようになってきたのです。</div><div>ところが、そうすると今後は三女が仲間はずれに。長女と次女がいい調子で遊んでいるところに仲間に入ろうと近寄っては、「ダメダメー！」と突き飛ばされて転がって泣いています。そうかと思えば、長女と次女は仲良くピクニックごっこ、三女は一人でお留守番の役などにされ、つまりは体よく追い払われていたり。</div><div><br /></div><div>一難去ってまた一難。母の悩みは尽きません。</div></div><div><br /></div><div>きっと、また少したてば三女も仲間に加わって三人仲良くやってくれると期待はしているのですが。</div><div>今まで、どんなに口を酸っぱくして「仲良く！」と言ってもどこ吹く風だった長女と次女の今の様子を見れば、親が何を言っても、結局は機が熟し、物事がなるようになるのを待つしかないのだと思えます。</div><div><br /></div><div>三人とも機嫌のいいときなどは、見ているだけで笑みがこぼれるくらい仲睦まじく遊んでいることもあるのです。課題、問題を提起する長女、それを明後日の方向に転がして混乱を生じさせる次女、全てを破壊し、何事もなかったかのように精算する三女。</div><div><br /></div><div>一人っ子同士の結婚をした夫とわたしには、そんな小さな社会が羨ましいものです。</div>]]>
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    <title>子供は有頂天にならない</title>
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    <published>2011-11-04T12:47:05Z</published>
    <updated>2011-11-04T15:17:11Z</updated>

    <summary>申し訳ない話ですが、わたしはよく食べ物を腐らせてしまいます。それも、自分の好きなものやおいしいと思ったものであるほど、ダメにしてしまうことが多いのです。言い訳はいろいろあるのです。例えば、もったいないと思うあまり、残りが少なくなると最後まで食べきるのが惜しくて、あと一口は残しておこうなどと思っているうちに食べるタイミングを逃してしまうこと。例えば、わたしは胃...</summary>
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        <![CDATA[<div><br /></div>申し訳ない話ですが、わたしはよく食べ物を腐らせてしまいます。それも、自分の好きなものやおいしいと思ったものであるほど、ダメにしてしまうことが多いのです。言い訳はいろいろあるのです。例えば、もったいないと思うあまり、残りが少なくなると最後まで食べきるのが惜しくて、あと一口は残しておこうなどと思っているうちに食べるタイミングを逃してしまうこと。例えば、わたしは胃腸がすこぶる丈夫で、多少傷んでいるものを食べても平気なこと。以前、「このどら焼き、なんか食感が変だわ〜？」なんて思いながら食べていて、ふと見たらカビが生えていた、なんてことも。いえ、全然自慢できることじゃないです。言い訳にすらなっていませんね。<div><div>特に、やはり自分の好きなものはどうしても「もったいない！」と思う気持ちが強くて、最後まで潔く食べきることが苦手です。あと一口残っているものでも、この一口の半分だけ食べれば、また明日もちょっとは食べられるなんて思って、結局は腐らせてしまいがちです。</div></div><div><br /></div><div>夫はこんなわたしの性質を、「有頂天」だと言いました。有頂天とはもともと仏教の言葉で、人が死んでからいく様々な世界の中でも最高の場所である「天」に行くと、あとはいずれその「天」から他の場所へ転生していくしかないために、天から転がり落ちることをひどく恐れ臆病になることを示す言葉なのだそうです。</div>]]>
        <![CDATA[<div>なるほど、好きなもの、おいしいものを頬張ってうっとりしている一方で、それを食べきってしまい、それ以上味わうことのできない状況に陥ることを恐れているわたしは、まさに有頂天なのかもしれません。</div><div><br /></div><div>そこへいくと、子供たちには有頂天という言葉は全く当てはまらないようです。どんなに手間隙かけてつくったものでも、どんな好物でも、それをおいしいと思えばあっという間に平らげてしまうのが子供ですから。こんなに頑張ってつくったのに、一瞬で・・・？　と、脱力というか落胆というか、なんとも言えず切ない気持ちになってしまうわたしにおかまいなく、清々しいほどのスピードできれいさっぱりお腹の中。</div><div><br /></div><div>食べ物に限らず、「後でね」とか「また今度ね」とか、あるいは「この前食べたから我慢しないさいよ」とかいう言葉がなかなか通用しない子供たち。過去も未来もなく、まさに「今を生きる」彼女たちは、いつでもその瞬間ごとにエネルギーを爆発させています。</div><div><br /></div><div>おいしい物にありついたのに、それがなくなることを気にして結局全部を食べられないわたしに比べて、後先おかまいなく、ただ「おいしい！　これ好き！」ということに集中し、それをめいっぱい享受して食べ尽くす子供たち。どちらが賢いかは言を待たずといったところ。子供たちの姿に、我が身を省みることばかりです。</div>]]>
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    <title>なんてことない会話</title>
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    <published>2011-10-19T12:51:19Z</published>
    <updated>2011-10-22T15:36:58Z</updated>

    <summary>先日、寺であった法事の際、お施主さんと親戚の方合わせて10名ほどが集まる予定でした。定刻の30分ほど前にお一人目の方がお見えになりました。ときどきお墓参りにいらっしゃる方で、わたしも気軽にお話できる方です。「あらやだ。わたしが最初？」「ええ、まだどなたもお見えじゃなくて。2階にお部屋ご用意してますから、どうぞ。」「そう？　でも、この辺で（玄関先）待ってようか...</summary>
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        <name>青江美智子</name>
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        <![CDATA[<div>先日、寺であった法事の際、お施主さんと親戚の方合わせて10名ほどが集まる予定でした。定刻の30分ほど前にお一人目の方がお見えになりました。ときどきお墓参りにいらっしゃる方で、わたしも気軽にお話できる方です。</div><div>「あらやだ。わたしが最初？」</div><div>「ええ、まだどなたもお見えじゃなくて。2階にお部屋ご用意してますから、どうぞ。」</div><div>「そう？　でも、この辺で（玄関先）待ってようかしらね。」</div><div>「（外は雨模様なので）こちらじゃ寒いですから、お部屋でお休みください。」</div><div>「・・・一人で？」</div><div>「・・・ええ、一人で」。</div><div><br /></div><div>思わずお互いに苦笑いしてしまいました。が、やはりだいぶ冷えている日でしたので、その方は階上の座敷でお待ちになることになりました。その後姿を見送りながら、ふと、「『ご一緒しましょうか？』とか言えばよかったのかしら？」と思い、寺務室に戻って夫に一部始終を報告すると大笑いされてしまいました。「そういうときは、『もうお時間ですから、皆さんすぐお見えになりますよ』って言えばいいんだよ」と。</div><div><br /></div><div>なるほど。全く思いつきませんでした。</div><div>お寺に嫁いで8年目。いまだとっさに気の利いた返答ができないのは不慣れのためではなく、たぶんストレート過ぎる性格のせいなんだろうな。</div>]]>
        
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