無常と現状維持

無常と現状維持
彼岸寺をお読みの皆さま。こんにちは、青江美智子です。
前回の更新からだいぶ時間がたってしまい、その間に年度もまたいでしまいました。
自分の誕生日も過ぎましたから、ひとつ年もとりました。
おかげさまで我が家の三姉妹もそれぞれ学年がひとつ上がり、小学校二年生と、幼稚園の年長、年少になりました。
末っ子が幼稚園に入ると、家の中に子どもがいない時間帯ができます。家族のかたちも常に変化していて、子育ても次の段階に入ったんだなということを、大人だけでお昼ごはんを食べながら実感しています。

生活のリズムにも変化があり、例えば家の中にいることが多かった生活から、子どもの用事でわたしが出かけていくことが増えました。子どもが三人いれば、学校や幼稚園のための係の仕事も三人分、習い事の送り迎えも三人分。学用品や身の回りのものなども、わたしが選んで買うだけではなく、学校からの指定や子ども本人の好みを基準にするようになりました。

子どもを産んで育てることの目的は、究極的には歴史をつなぐことに他なりません。わたしはきっと子ども達よりも早く死にます。そのあとも子ども達が、そしてまだ見ぬ孫たちもまた子を産み育てていかれるように、そのためのバトンをつないでいくことが、つまりは子育てなのだと思います。言い換えれば、「現状を維持するため」とも言えるかもしれません。家族の年齢や、時代の流れなど様々な物事と作用し合い、刻々と環境を変えながら子育てすることの目的が「現状維持」とは、奇妙にも思われます。

ところで、つい先日、彼岸寺を通じてある取材の申し入れを受けました。内容は、お坊さんとの恋愛や結婚についての質問です。

青江覚峰と結婚して、今ちょうど10年目を迎えました。
たった10年、されど10年。結婚してからのこの10年の間に生じた変化はわたしとって非常に大きなもので、目の前の状況に対応しやり抜けるだけで精一杯。改めて当時のことを思い返してみても、結婚当時にどんなことを思っていたのか、どんな喜びや不安があったのか、現実に起こったこととして感情を呼び戻すことは、意外に困難でした。
幸い、その頃のことを記した「お寺に嫁いでしまった。」や「お寺に嫁ぐということ」、受けいていた取材の記録などが手元にあるため、それらを読み返しながら、少しずつ当時の思いを振り返っているところです。

その頃わたしの気持ちの中心にあったのは、夫のことが大好きだという恋する気持ち、はっきり言ってそれが全て。お寺に嫁ぐということへの不安はあまり感じていませんでした。無知ゆえだったとも言えますが、好きな人と結婚できるという興奮はものすごい熱量で、ほかのことなど、乱暴な言葉を使えば「どうでもよかった」わけです。
いちばん大切なのは、夫のことが好きで夫もわたしが好きで、二人が一緒にいること、それをずっと続けていくこと。そのためには、どんな心配事も困難も、乗り越え、あるいはやり過ごし、あるいはごまかし、とにかく、最も大事なことを損なわないという確かな意志が必要でした。そして、自分はそれをちゃんと持っているとこれっぽっちも疑っていなかったから、お坊さんと結婚する、そしてお寺に嫁ぐということに、なんの不安も感じなかったのです。不安も困難も、どうせ乗り越えるのだから、問題に感じる余地などなかったわけなのです。

結婚して10年たった今、夫のこと好き好きと公言するのは、本当はちょっとだけ気恥ずかしいです。でも、やっぱり今でも大好きです。出会った頃、夫のことを思うだけで心がときめいたこと、新婚の頃、僧侶として、またこの彼岸寺の創設メンバーのひとりとして数々の課題に挑む夫の姿にドキドキしたこと、そして今、三人の子の父となり、精神的にも身体的にも(!)だいぶ幅の出てきた夫のぬくもりを、やっぱり愛おしく感じること。この思いが、わたしの軸です。
10年の間、わたし達夫婦をとりまく環境は、公私共に常に大きな変化の中にありました。それでも、それにくじかれることなくやってこられたのは、夫のことが好きでずっと一緒にいたいという思いが絶えなかったからに他なりません。

わたしの一目惚れから始まった、夫との恋。それが成就して夫婦となり、三度の流産の末に三人の子を授かりました。「彼岸寺」「暗闇ごはん」など、お寺から外に出ての活動、出版や日本各地での講演など多くのご縁がつながっていく中で、夫婦の有り様も常に変化してきました。様々な局面を、今になって思えば難なくすり抜けてこられたのは、つまり夫を好きだと思う気持ちゆえです。その軸がなければ、もしかしたらわたし達の結婚はとうの昔に終わっていたかもしれません。


夫婦や家族といった小さな社会にも、変化は常に訪れています。国や時代といった大きなくくりで考えても、それは同じことです。
変わり続けていく環境の中にあっても、平和に、健やかに暮らしていくために大切にしたいことは何か。それを守るために大切にしなければいけないことは何か。
激動といわれるときこそ、清浄な心で、自分の軸をしっかりと見つめたいものです。

(写真は近所の交差点の歩道橋からの風景。子ども達のお気に入りだったこの歩道橋も、3月に撤去されました)


青江美智子 (あおえ みちこ)
>>プロフィールを読む 1976年生まれ。大学を卒業後、7年間のOL生活を経て青江覚峰と結婚、三姉妹の母となる。著書に「お寺に嫁いでしまった。」(扶桑社)。