唯一無二ではない仏様
2011年07月14日
毎日長女を幼稚園に送り届ける際、次女も一緒に連れて行くことがあります。朝ご飯の後、幼稚園の制服に着替え、わたしに髪型を整えてもらって張り切って出かけていく長女のことを、次女はとても羨ましく思っているようです。幼稚園から帰ると、長女はいろんな歌を歌ったり折り紙を折ったりダンスを踊ったりと楽しそうにしていて、次女にとってみれば、幼稚園はなんと素晴らしい場所なんだろう! という妄想がはち切れんばかりなのだと思います。昨日も、自転車の前と後ろに二人を乗せて幼稚園へ向かいました。幼稚園の門をくぐり玄関から園舎へ入ると、すぐ正面に大きなお地蔵様がいらっしゃいます。園児はまずそのお地蔵様と、その脇に置いてある「ペロちゃん」という犬の置物(実物大のセントバーナード!)に挨拶をしてから教室へ向かう決まりになっています。長女も元気よく挨拶をして、わたしを振り返ることなく小走りに廊下の先に消えていきました。
すると、次女もそれを追うように園舎の中に入って行ってしまったのです。お見送りのための人垣を縫って慌てて連れ戻し、外へ出ました。しかし次女はなおも中に入ろうと、珍しく駄々をこねています。そして、なんとかなだめて落ち着かせようとしたのですが、「○○ちゃんも、ののちゃんになんまんだぶしたかったんだもん」と言って譲らないのです。
あぁ、そうだったのか、と、強引に連れ出てしまったのをかわいそうに思いましたが、未就園児が用事もないのに幼稚園の中に入ってはいけないし、朝の大混雑の玄関ですったもんだするのも迷惑ですから、諦めてもらうより他にありません。次女はまだ幼稚園の中に入ってはいけないこと、そしてその理由を告げ、「代わりに、お外の大きいののちゃんのところに行こうよ」と誘ってみました。実は、玄関のすぐ外には、これまた大きな観音様がおいでなのです。
幸い、次女あっさり聞き分けてくれ、二人で観音様に手を合わせてから幼稚園をあとにしました。
ところで、長女の通う幼稚園のあるお寺のご本尊は観音様です。しかし、玄関にはなぜかお地蔵様。幼稚園に入園してすぐに経験した花祭りはお釈迦様の誕生日。うちのお寺のご本尊は阿弥陀如来。どれもおなじ仏様ですが、大人は、あるときは「仏様」と言ったり、またあるときは「お地蔵様」とか「阿弥陀さん」とか言ったりするものですから、子供達はちょっと不思議に思うこともあるようです。
幼稚園に通うようになったばかりの長女と、昨年こんな会話をしたことを思い出しました。
「なんまんだぶって、仏様の名前なんでしょ?」
「そうよ」
「幼稚園の仏様はね、観音様っていう名前なのに、呼ぶときは『なむかんぜおんぼさつ』って長いんだよ」
「『なんまんだぶ』も長い呼び方だよ。うちの仏様の名前は阿弥陀様だからね」
「でもねぇ、観音様の子供はお釈迦様なんだって。子供なのに様って言うんだよ」
「ん? 観音様の子供じゃなくて、観音様の子供時代ね※」
「それでねぇ、ペロちゃんはおじいさんなんだけど、『ちゃん』でいいんだよ」
「・・・」
仏様の呼び方についてちゃんと解説しようとすると、それはそれは遠大な話になりますし、子供にわかるように話せる自信もなかったので、そのときは適当に話しをまとめて流してしまったと記憶しています。でもいつか、もっと深く問い詰められるかもしれない。そのときに困らないように、子供にもわかりやすい仏様のストーリーを用意しておかなくては。よしよし、お坊さん(夫)にお願いしておこう。
※お釈迦様=観音様の子供時代というわけではありません。










