【ALSアイス・バケツ・チャレンジ】言わないほうがいいかもしれないけど、思い切って言う。

【ALSアイス・バケツ・チャレンジ】言わないほうがいいかもしれないけど、思い切って言う。
バケツに入った氷水を頭から浴びる件が色々言われてますね。
何もこのタイミングで何かを言うべき立場でもないんだけど、凄くムズムズするから自分なりの思いを書きました。かなり思い切って自分の思いを率直に書きましたので、読んでもらえたら嬉しいです。

(※参考URL 【ALSアイス・バケツ・チャレンジ】氷水かぶりが大流行となった理由 


お布施には三つあって、その三つが今回のチャレンジと似てるなって思った。

財施-ざいせ(100ドル払う)
身施-しんせ(氷水かぶるパフォーマンスを行う)
法施-ほっせ(難病ALS啓発のメッセージを発する)

財施はお金で払うやつ、身施は体での施し(お寺へ対してだとお掃除とか)、法施は仏教の教えを広める、説くということ。お布施にはこの三つがあって、お坊さんは主に身施と法施をするかわりにそのための財施を受け取る。
何かの理念や教えを広めるときに出来るアクションは昔も今も変わらないんだな。と思いつつ、色んな意見が出ているのを眺める。

(訂正:布施の三種類は財施 法施 身施と書きましたが正しくは財施 法施 無畏施でした。
無畏施とは、災難などに遭っている者を慰めてその恐怖心を除くこと。
身施は"無財の七施"のうちの1つであり、大智度論』や『仏説無量寿経』では伝統的に財施 法施 無畏施が説かれています。8/25追記)

世の中は多様なのでどんな行動にも一定数の反対意見は出る。
アクションが広まるに連れてこの反対意見は一定数増えていく。また、伝言ゲーム的に広がっていくアクションなので広がるほどに本来の意図とは違ったアクションも増える。で、そのちょっと違ったアクションを全体のように見せて「本義と違う」と叩く「そもそも参加していない外野」が出てくる。
そこからは不自然なくらいに空気が代わって「本義丸出し」でアクションは次の広まりを見せる。一見いい方向へ向かう。でも「本義丸出し」の"善"を突きつけられまくると空気が重いので祭りの興はそがれる。本義が重いから祭りになるように仕組みを作ったのに、結局外野の"善意"や"正義"に足を引っ張られて祭りは終わる。

外から眺める祭ほど羨ましい物はない。まして"海外の有名人"が広めたアクションだ。参加出来てる人が羨ましい。だけど"羨ましい"ほど発するに恥ずかしい文句はないから、正論みたいなもんを借りてきて叩く。


自分も含めて、人は何かを叩く時、否定する時、罵倒する時、決して遠いものを攻撃しない。
僕は他宗教やどっかの宗派の偉い人ではなく、同じ年代、同じ立場の人を叩く。占いや運命は信じないけど、たまたま誕生日が同じ人が居る。そいつとは色んな面で違うんだけど、同じ種類の理想を持っていて、同じ種類の現実の壁と戦っている。その格闘の結果がちょっと違うってだけで互いに大差は無い。だから嫌ってほど相手のことが分かってしまって、余計に叩く。他にも僕は好みに合わないクラブミュージックをダサいと罵る。基本カテゴリーが自分と同じものほど叩く。最近それを自分の弱さと認めることが出来るようになって人に打ち明けたら、誰もがそんなもんだと言われた。同族嫌悪は真理の1つかもと最近切に思う。

だから、誰かが何かを叩くのを見る時、それはその人が越えたい壁なんだろうと思うようになった。
例えば僕は以前24時間テレビを叩く意見を叩いた。募金額という明確な結果を生み出している以上、いくらか理念にケチが付けられたとしても評価すべきで、そこに潔白さを求めすぎるのはもはや危険なんじゃないか?という趣旨だ。それは僕自身が向源で結果と理念の壁と戦っていることの裏返しだ。動員数や規模の拡大という数字的な結果を出しながら、仏教の本質的な理念をどこまでキープし続けることが出来るのか、その壁とずっと戦っているから、24時間テレビを擁護した。僕はどこかで数字のためなら理念が犠牲になることもしょうがないと言ってしまいたいんだ。言えれば楽だ。でも理念を曲げたらお終いだから、ずっと考えてる。

何かに文句や悪口をいう時、それは自分のコンプレックスや弱みがさらけ出る。大嫌いなあいつは、多分あなたに凄く似てる。大好きなあの人はただあなたと違うというだけで、別に何かが優れているわけではないかもしれない。それが善であれ悪であれ正義であれ、何かを振りかざそうと振りかぶった時、がら空きになった自分の脇の弱さにも気付いて下さい。僕もあなたも、こんなにも弱い。だから振りかざす相手の弱さや過ちを叩くのではなく、違う形で助けてやれないか。
金払うか、体張るか、言葉で広めるか。お布施がそうであるように、助けるときのアクションなんてその三つくらいだから。

でも、どうか僕のことはこれからもしっかり叩いて下さい。褒められ、助けられてばかりだとこの細い道をあっさり踏み外すんで。ALS啓発のアクション始めた当人は若くして亡くなってしまったけど、彼も叩かれること覚悟で始めたはずです。何かを始めた以上、優しくしてなんて言うつもりはありません。ただ、何かを叩くときの一人一人の思いやりや覚悟として、読んでもらえればと思って書きました。 


今日の一曲

C O L L E A G U E S でTEARSです。
前回の投稿から三ヶ月以上空いていたのでオススメしたい曲が超貯まってまして、この曲はその中でも珠玉の一曲です。まず抜群の夏っぽさ、海へ向かうドライブで流れてきたら抜群だし、ビーチサイドで流れてきても最高、もうこの夏聴きまくってます。ただこのバンド、まだデビューしたばかりで世に出してる曲がコレと"PARENTS' HOUSE"の二曲だけ(そっちも雰囲気素晴らしい)。二曲とも異常に良いんで今後が楽しみです。ちなみに今回の写真はそんな僕の夏の沖縄旅行の思い出。娘の浮き輪は小さすぎて頭にはめるしかなかったっす。


友光雅臣 (ともみつ がしん)
>>プロフィールを読む 1983年生。大正大学卒。2008年天台宗比叡山での修行を終え、東京・常行寺の僧侶になる。2011年より音楽を軸とした仏教総合イベント『向源』2012年に対話イベント『お寺で対話する夜』神職と僧侶の勉強会『神仏和合』を開催。