頂上からの景色を登山口に変えて。 向源開催のお礼

頂上からの景色を登山口に変えて。 向源開催のお礼
向源が終わりました。
一年かけて準備してきたのに、終わる時はたったの一日。
だけどその一日は本当に素晴らしい時間の連なりでした。

今年の来場者数は2000名
手伝ってくれたスタッフ、講師、僧侶、合わせて230名(全員ボランティア!!!)

用意したチケットは当日で予想以上に売れて、95%のチケットが売れて、2000名という大きなイベントでは有りながらも10名、30名、多くても70名といった単位で深い体験をしていただくことが出来ました。また、お坊さんと話そうというブースでは一人一人の想い、言葉をしっかりと交わすことが出来ました。
うして、大掛かりな"フェス"でありながらも対機説法(相手の心に応じて説くやり方)や解行双修(解-げ とは学問で、行-ぎょう は修行のこと、その二つをバランスよく学び、実践すること)といった仏教のベースをしっかりと盛り込み、世界に一つしか無いフェスを作り上げることが出来ました。

声明公演での最後の挨拶でも述べさせていただきましたが、これは何も僕が偉くなりたいから、拍手が欲しいから、テレビに出たいからやっているわけではありません。
100年、1000年に渡ってお坊さんや職人さん、作家さんの先輩たちが磨き上げ、丁寧に受け継いできた日本人の生き方、精神性が今"良くない"から失われていくのではなく、ただ"知られていない"というだけで失われていこうとしています。
僕はお坊さんになり、仏教に出会い、仏教が示す生き方って面白いな、いいものだなと感じました。だからその教えを受け継ぎ、しっかりと伝え、表現していくことで、今を生きる沢山の人の役に立ちたい。後世に残したいと感じました。そしてそれは何も仏教に限ったことではありませんでした。能楽も、いけばなも、書道も、和綴じの製本も、どれも"知ると"本当に素晴らしいものでした。だけどそれまでは"知らない"だけで、その存在に意味を感じていませんでした。

この情報化社会の中で、現代人が知っておくべきことなんて、言い出したらキリが有りません。だけど、100年、1000年かけて日本人が磨いてきたこの想いや技術を、同じようにキリが無いからって伝えることを諦めて、バトンを消してしまったら、それはとてつもない罪なんじゃないか、その先の日本は面白くないんじゃないか。

昨日僕は昼と夜の声明公演で合わせて600名以上の方から素晴らしい拍手を頂きました。それは"僕"へ向けてでは有りません。お坊さんが磨き上げ、絶やさず伝えてきたお経の響きや、所作振る舞い、向源で感じた多くの気付きに対する拍手です。僕は精一杯のお辞儀をしながら、やはり仏教は、日本文化はこれだけの拍手を頂くに足る物だった。皆さんの心に、伝えたい想いが伝わったという喜びを噛み締めました。やってきてよかった。今日を迎えることが出来てよかった。

そして顔を上げて、僕だけが見ることの出来たこの光景を胸に刻み付けながら、来年に向けて再びの覚悟と情熱を自分に対して計っています。


一年間かけて上り詰めた、あの素晴らしい頂上からの景色を、登山口に変えて。また次の頂上へ。


この一年間がそうであったように、この先の一年間も前人未到の挑戦です。地図もコンパスも無しに、頂上が見えない山を登る日々が始まります。どんどん膨らんでいく周りの期待が僕にのしかかります。行くも地獄、引くも地獄。頂上に登った瞬間の感動や爽快感も、その瞬間だけで、あれから二日が経った今、僕はこの登山口から一歩を踏み出す勇気がまだ全然湧いてこないでいます。


だけど僕は今年、一つ大きなことを学びました。
それは、登る山が高い時は、みんなと登ればいいということ。僕がこの山を登ると言ったとき、馬鹿にする人、足を引っ張る人、上から蹴落としてくる人も居ました。だけど、エベレストのシェルパのように、僕よりも重い荷物を持って前や後ろを歩いてくれる仲間が居ました。僕が歩けなくなったとき、頑張れじゃなくて、やめてもいいって言ってくれる人が居ました。失敗したってそばに居るって言ってくれる人が居ました。
修行は1人ではやってはいけない。それは一人でやっていると何かあった時に誰の助けも得られなくて、最悪の場合は死に至るからです。それになにより、行(ぎょう)は完全な一つの個体を作るために行うのではなく、どこまで行っても不完全な自分に気づくためにやるものです。僕はそれが凄く好きで、行は清々しい謙虚さを僕にもたらしてくれます。

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そう、これはもう"僕"の挑戦じゃない。みんなで登る山だ。だからみんなの伝えたい想いを結集して、リスペクトし合いながら登ればいいのかもしれない。それでもまだ正直言うと、僕には勇気と情熱が湧いてこないでいます。あと少し休んで、心と体のバランスを整えてから、足下をしっかり見つめ直そうと思います。

最後に、今年の向源を支えてくださったすべての理解者、サポーター、スタッフの皆様、本当にありがとうございます。そして僕を叩いてくださった方へも、嫌味でなく心から、ありがとうございます。皆さんが常に僕の情熱の量と想いの正しさを試してくれたおかげで、ここまで来ることが出来ました。
そして天台宗の30歳の僕に浄土宗の大本山を一日預けてくださった増上寺、そして浄土宗東京教区青年会の皆様。大変勇気あるご決断をしてくださり、そして全力でサポートをしてくださって本当にありがとうございます。"伝える"ために挑戦を恐れない勇気と情熱を絶やさないできたからこそ、私たち僧侶は現代においても皆様からの尊敬を頂戴することが出来ているのだと思います。これからもこのかけがえの無い伝統のもと、人々が少しでも今を幸せに、未来を信じて前向きに生きていけるよう、勇気と信心を持って挑戦を続けていきましょう。

とりあえず、もう少し休みます。それから、また皆さんに"伝える2ことをやらせていただければと思います。本当に、ありがとうございます。また会いましょう。

「向源 〜過去に学び、未来を信じ、今を生きる。〜」

クラウドファンディング実施中です!来年以降の継続開催のためにも是非ご支援ください!(〜5/17)

ハフィントンポスト日本語版でインタビューをしていただきました。
さすが、僕が書くよりもよっぽど上手に僕の想いを紹介してくださっています。是非。
世界最大級の寺社フェス「向源」とは? 若き僧侶・友光雅臣さんに聞く「未来のつくりかた」

今日の一曲
Ten Walls で Walking with Elephants (Original Mix)
スケールでかくて開放感のあるイントロから、内側へ内側へ響いてくるメロディ。この一ヶ月感異常な量のアウトプットをし続けてきたので、しばらくはまたインプットに入りたいな。心も体も、入れ物だなぁとか思う。いい曲。



友光雅臣 (ともみつ がしん)
>>プロフィールを読む 1983年生。大正大学卒。2008年天台宗比叡山での修行を終え、東京・常行寺の僧侶になる。2011年より音楽を軸とした仏教総合イベント『向源』2012年に対話イベント『お寺で対話する夜』神職と僧侶の勉強会『神仏和合』を開催。