テリ村の泉

テリ村の泉


先日、西ネパールのムスタン郡にあるテリという村に行って来ました。交通の要衝であるカクベニ村から少し奥に入った辺りにある小さな集落です。その村のはずれにある小さな寺にしばらく滞在させてもらっていました。この写真の左手の高台の上にあるのがその寺です。このお寺が村からすぐに歩いていける距離にあるのをご覧いただくと、人里から完全に隔絶されたタイプの修行場ではないことが分かると思います。大寺院組織に属することはなく、村人のために祭祀を行ったり、薬を作って処方したりするような昔ながらの密教行者の住むお寺です。


テリ村では、山の中腹にある小さな泉から村に流れてくる水で灌漑農業を行っています。村人たちは、その収穫に感謝する祭りの一つとして、泉にすむ龍神や地主神(じぬしがみ)に引き続き恵みを乞うために祈りを捧げる儀礼を行っています。法要を行う日の朝、ラマは馬の背に法具や供物をくくりつけて、村人と一緒に山の中腹にある泉に向かいます。目的地に着くと一同は、石を積んで祭壇を組んだり、薪を集めて山の神に捧げるお香を焚く支度を始めます。僕も一緒に薪を拾いしながら、日本の茶道の野点というのも元々はこんな趣だったのではないかな?などと想像していました。


祭壇にはカタと呼ばれる白い儀礼用の布をかけ、そこに米を使って八葉の蓮の花を描き、その上に真鍮の盆を載せてマンダラの土台とします。その上に龍神や地主神、そして蛇や蛙、イモリなどの水辺にすむ生き物たちを象った麦焦がしの人形を配置していきます。ラマは儀軌書にある詞章を暗誦しながら、そこに日本のお花祭りのような要領で、ひしゃくで甘露をかけて供養するのです。甘露は甘茶ではなく、三つの甘いもの(黒糖・砂糖・蜂蜜)と三つ白いもの(牛乳・バター・ヨーグルト)を混ぜたものに、様々な穀物や薬草を加えて作ります。供養を終えると、泉のわき出る口に建てられた仏塔の根元に、この供物を埋めて回向とします。


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このチベット語で「チャプトル」と呼ばれる儀式は、人間が自然から一方的に利益を享受するだけでは負債が発生してしまうので、返礼を行わなければならないという考え方に立って行われる自然神の供養であり、先日護国寺でダライ・ラマ法王とチベット人僧侶達の執り行った大震災の追悼法要でも詠まれた大地母神の供養文と同じ系列に属するものです(サンガ・ジャパン vol.6 の拙稿「ダライ・ラマの慈悲とチベットの大地母神」を参照)。このような儀式は、日本の施餓鬼会や中国や韓国で行われている水陸斎(すいりくさい)などと共通の起源を持つのですが、チベットではグル・パドマサンバヴァが埋蔵した教え(テルマ)として独自の発展を遂げました。村人たちにとっては自然を司っている神々や餓鬼たちにその季節の収穫を感謝し返礼をすることで、次の季節にもきれいな水や収穫をもたらしてくれるように祈る儀式なのですが、それと同時に、密教行者にとっては本尊となった自らの身口意の三密を甘露によって浄め龍神や地母神の加持力によって息災と増益を成就するという密教の修行法でもあるのです。このような密教の息災法や増益法などの加持祈祷は、決して民衆の世俗的な利益の為だけに行われるのではなく、密教行者の内的な体験と繋がっているものだということは忘れてはならない点だと思います。


この日、気になったことが一つありました。この頃は水が昔のように生のまま飲むことが出来なくなってしまった。それは時代が悪いのだと村人たちが話しているのを耳にしたのです。水の流れをよく見ると、確かに水質が富栄養化していて植物性プランクトンによる汚れが目立ちました。別の日に水の湧き出しているところからさらに奥のほうまで登ってみたのですが、雪解け水が流れ込んでいる水源のすぐ近くの一帯でも家畜の放牧を行っている様子が伺われました。しかも放牧や山仕事をする人々が捨てていったであろう調理油のプラスチックの瓶やインスタントラーメンのビニール袋などが捨ててあるのがあちこちで目に付いたのです。もちろん、そのような人工的な要因だけが水質の悪化の原因かどうかは素人目では分からないのですが、村人たちが水源地を汚すことについてわりと無頓着というか、自然の浄化力や生産力をナイーブに過大評価してしまっているように感じられました。


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ここで直面しているのは、伝統的な共同体で行われる呪術的な宗教儀礼の現代社会における有用性についての問題だといえます。龍神に甘露を捧げて祈るという儀式が、村人たちと自然との協調関係を作り上げるために重要な役割を果たしてきたのは確かです。しかし、それだけで村を潤す水をきれいに保つことができるのかというと、もはや必ずしもそうとは言えないほどに現代の人間の営みと自然との関係は緊迫したところまで来てしまっています。ただ自然神を供養するという呪術の領域に留まっているのではなく、その教訓を日常的な世界での行動に反映させていかなくてはならないのではないか。つまり、こうしてせっかく折りに触れて龍神様に供物をお捧げしているのだから、それを無駄にしてはならない。水源の周りで沢山の家畜を放牧したりゴミを捨てたりして水を汚すのは止めよう。そのような実践的な考え方も同時に持ち合わせる必要があるのではないのだろうか。そうでなくては、その儀礼は形骸化の一途を辿ってしまうだろう。ヒマラヤの山村の人々の営みが、押し寄せるグローバリゼーションの波にさらされて変化しつつある様子を目の当たりにしながら、そのように考えさせられたのです。


その考えには、もちろん日本の原発事故のことをずっと案じていたことが大きく影響していると思います。この時、ムスタン地方に滞在していても、日本にいる愛しい人々のことを一瞬たりとも忘れることはありませんでした。自然神に甘露を捧げるような呪術的な儀礼を行ったところで、それだけでは原子炉の中で融け出した燃料を冷却することも、東日本一帯に降りそそいでしまった放射性物質の微粒子を取り除くことも出来ません。また、瞑想によって現象世界が空であるということを体験的に理解したからといって、汚染された食物を口にした子供たちの低線量の長期被曝を防ぐことはもちろん、その不安を取り除くことすら出来ません。現在の日本で真っ先に必要とされているのは、現実に起こっている問題を解決するために具体的な方策を講じることなのです。ですから、いま日本が大きな危機を迎えているのに、自分だけはヒマラヤで宗教儀礼の研究をしていていいのか?という悩みを抱かずにはいられませんでした。


しかしその一方で、ヒマラヤの密教行者たちが伝えている儀礼や神秘思想が現代に生きている我々にとっても真に実効性のあるものだという直感的な確信が自分の中にあることにも気がつきます。僕がこれまで学んできた、古代のチベット人たちが初めて仏教の因果や慈悲の教えを受け入れはじめた時代に編み出された教えというものが、現代人にとっては逆に失われた野性を再び取り戻すための大きな手がかりとなってくるのだという実感があるからです。ですから、その中で行われているレヴィ=ストロースが「野性の科学」と名付けたような古代から呪術の領域で行われてきた象徴操作が、自然と向かい合わせになって行う内省と、現実世界での具体的な実践を結びつけるための媒介としての役割を果たしてきたのだということを明らかにしていくことが、今の僕にできることなのではないかと思うのです。



佐藤剛裕 (さとう ごうゆう)
>>プロフィールを読む 文化人類学者。1973年生まれ。中央大学大学院総合政策研究科修士課程修了。ネパール国立トリブバン大学ネパール・アジア学センター客員研究員。現在ネパールにて仏教寺院組織に属さない民間宗教文化の調査を行っている。