消しゴムはんこで仏教を語る「諸行無常ズ」

消しゴムはんこで仏教を語る「諸行無常ズ」
こんにちは。消しゴムはんこのお坊さんの麻田弘潤です。
消ゴムはんこと仏教をコラボレーションしたユニット「諸行無常ズ」の消しゴムはんこ法話ワークショップが4月4日〜7日に鹿児島・福岡で開催されます。
また4月29日には、東京の増上寺を会場に開催される向源でもワークショップをやらせていただきます。

消しゴムはんこ作家の津久井智子さんと諸行無常ズを結成して1年が過ぎました。消しゴムはんこ作りを楽しみながら、仏教思想も学べるという世にも珍しいワークショップのツアーも今回で5回目です。なんと気づいたら20ヶ寺近くのお寺とご縁をいただいたことになります。

これだけの経験をさせていただいたおかげで、試行錯誤しながらやっているワークショップも少しずつバランスが良くなってきています。
お声がけいただいたお寺の皆さんやご参加下さった皆さん、ありがとうございます。

このユニットが動き出すためにはクリアしなくてはいけない課題が色々とありましたが、その分学びも多く、やって良かったなぁと思える活動となっています。

特に人に物事を伝えるための表現手段については考えさせられることが多いです。
例えば諸行無常ズの相方の津久井さんは同じ仏教徒なのですが、僕が浄土真宗なのに対して、津久井さんは天台宗(比叡山の林間塾に8歳から参加していた)なので、当たり前に使っていた用語や感覚が伝わらないことがあります。
僕は天台宗のことはほとんど知りませんし、同じように津久井さんも浄土真宗のことはあまり知りません。
まず、コンセプトを伝える段階から「ん〜よくわからない」と言われながら、どうやったら伝わるのか色々と考えながら話し合いました。

その結果辿り着いたことは、専門用語を使わず誰もが使っている言葉で表現するということです。当たり前と言えば当たり前なのですが、これがなかなか難しいのです。

仏教だけでなくあらゆる分野には専門用語が存在します。専門用語があることで、その分野に関わる人達のコミュニケーションは円滑に進みます。長い説明が無くても通じ合えるようになります。
ところがその用語に慣れて日常語のように使いこなすようになると、今度はその分野に関わらない人に対しても専門用語を使い出すようになり、コミュニケーションが上手くとれなくなってしまうことがあります。

専門用語はコミュニケーションを円滑にする役割がありますが、逆にコミュニケーションを妨げるものにもなるようです。

僕は諸行無常ズの活動の他、東電柏崎刈羽原発運転差止訴訟という裁判に原告として参加しています。
その原告やサポーターの中で結束やアピールするためにお揃いのタスキを作ろうという話しが上がったことがあります。結局この話しは立ち消えたのですが、このようなコミュニティの中でタスキを作るということと、専門用語でコミュニケーションを取ることはとても似ています。

運転差止訴訟への参加は個人単位での申込みのみ参加を受け付けています。それは一人一人の意志を大切にするということと、原発の問題が一定の団体だけが取り組む問題ではなく、みんなで考えなくてはならない問題であるからです。
そのためには、一緒に考えてくれる仲間をさらに拡げていかなくてはいけません。
でもタスキをつけるとどうなるでしょうか?

タスキや同じデザインのTシャツを身につけると仲間内の結束力は高まって盛り上がります。極楽寺で開催している極楽パンチというイベントも当日はスタッフみんなが同じTシャツを着ています。集合すると何だかワクワクしてテンションが上がります(僕はいつでもテンション低めに見られちゃいますが)。それと同時に来場いただいたお客様からは、スタッフなのかそうでないのかを判断する目印になっています。
このように仲間内でおそろいのものを身につけるということは、仲間内の結束を高める意味と、外部と内部に明確な境界線を引くという意味があります。
そのことを考えると、タスキをかけるということは、裁判の参加していない人と境界線を引く行為にもなります。このことは裁判を通じて一緒に考えてくれる仲間の輪を拡げていくという目標の足かせにもなりかねません。タスキを作って仲間で身につけるという行為は裁判の性格上、必要とは言えません。

それでは仏教ではどうでしょうか?仏教には長い歴史があります。その中で教えは体系化され、多くの仏教用語が生まれています。そのことで学びやすくなりましたし、僧侶間での共通認識も容易となり、全国どこへ行っても同じ宗派のお寺に行けば話が通じます。初めてのご縁の土地で見慣れた雰囲気の本堂に入って仏様にお参りさせていただくと、何ともいえない安心感があります。
しかし、それはあくまで浄土真宗というコミュニティ内の話であって、そこに入っていない人に取っては非常に敷居が高いものです。
見た目からして異空間、使う仏教用語も一般的になじみが無い言葉ばかりです。
私たち僧侶は気付かないうちに外部との太い境界線を引いてしまっているみたいです。

でも仏教は本来、境界線を失くす教えだと思います。仏教は男女の違いや生まれの違いを超えて、同じ尊い存在として生きるということを大切にしています。
そのことを考えると仏教を信仰するものは、信仰する人もしない人も垣根無く付き合っていかなくてはなりません。

ところがお寺の活動を見ると、どうしても外向きというよりも内々の活動の比重の方が多くなっている現状があります。門徒さんとの交流とそうでない方との交流が半々であったとしても何ら不思議は無いのですが、そんなお寺やお坊さんはほとんど見たことがありません。
僕はその原因の一端に仏教用語と独自のしきたりがあるのではないかと思っています。仏教用語があるおかげで共通認識がもて、勉強もしやすくはなりましたが、一方でそれは外部を遮断する境界線になっているのではないかと思います。

諸行無常ズでは、この境界線を思い切って取っ払ってしまおう!ということで、消しゴムはんこを彫ることで仏教を体感してもらおうという試みを続けています。はんこを彫りながら話す言葉には仏教用語がほとんど出てきません。日常に使う言葉ばかり使っています。
なんでいきなり消しゴムはんこまで飛ぶんだ??と疑問に思われるかもしれませんが、消しゴムはんこ自体にすごいコミュニケーション力があることと、消しゴムはんこを作っていく過程がとても仏教っぽいということに気付き、普通の言葉で消しゴムはんこを作る過程を補足するだけで、もしかしたらどんな手法よりもわかりやすくなるのかもしれない!と思いながらワークショップをやらせていただいています。
まだまだチャレンジ中で不十分なことも多いのですが、僕自身も楽しみながら取り組んでいます。

そんな諸行無常ズのワークショップまであと2ヶ月です。皆さんのご参加をお待ちしています。諸行無常ズのFacebookやTwitterもありますので、詳細はそちらをご確認下さい。


麻田弘潤 (あさだ こうじゅん)
>>プロフィールを読む 消しゴムはんこのお坊さん麻田弘潤。消しゴムはんこ×仏教ユニット「諸行無常ズ」を結成し、「消しゴムはんこ法話ワークショップ」を全国各地で展開している。自坊では中越地震の被災体験から生まれたイベント「極楽パンチ」を開催する他、原発問題や部落差別問題にも取り組んでいる。