原発について考える

原発について考える

こんにちは!

消しゴムはんこのお坊さんの麻田弘潤です。


今回は特に区切りの時期でもなんでもないのですが、原発事故の問題に触れてみたいと思います。

現在も変わらず収束が出来ていない東京電力福島第一原発の事故によって、未だ多くの方が生活の場を失い、避難生活を続けています。

今年の3月11日に「私たちは忘れない」と、あらためて誓われた方も多いと思いますが、11日以降もちゃんと思い出していますか?



僕は今、新潟に避難している方々とご縁があって、交流施設で消ゴムはんこのワークショップを開催したり、飲んだり、遊んだり、勉強会に来ていただいたりと、お付き合いさせてもらっています。

おかげで最初は「訛っているなー」と感じた福島弁も、今自然な感じで聞けるようになりました。

そんな感じでお付き合いさせてもらっている中で、事故以来あった出来事や想いをお聞きする機会が増えました。例えば・・・・


・事故直後は地震の被害による対応に追われ、正確な情報が入って来ないまま子どもと一緒に外に出たことで、よけいな被曝をさせてしまったという後悔の念と今後の病気への不安。

・母子避難という決断をしたために二重生活になり、金銭的な負担が大きい。

・避難先で福島から避難して来たことがわかったとたん、相手から無視された。

・避難先で「お金あるね」「いい車乗ってるね」「避難者のくせにピアスしてる」「福島に帰れ」などと言われる。また、車に傷をつけられるなどの嫌がらせを受ける。

・子どもが学校で「この子は毒を持っている」と言われる。

・地元からは「逃げた」と非難される。

・家族間の軋轢。


上記の話は、皆さんの思いのほんの一部でしかありません。

しかしながら、いくつか書き出しただけでも、その生活の困難さが伝わってきます。

なぜこんな大変な出来事が世間に伝わっていないのだろうと不思議に思うこともあります。



福島第一原発の事故前に、原発で大きな事故が起きる確率は、大隕石が地球に衝突するくらい稀なことだから、そんなこと考える必要がないと発言された教授がいました。

でも、実際どれくらいの事故が起きているのか調べてみると、国際原子力事象評価尺度レベル5(事業所外へリスクを伴う事故)以上のものが、1950年以降の60年間で8件あることがわかりました。


ちなみに大きなニュースとなった東海村の臨界事故はレベル4です。レベル4まで加えると16件になります。


これだけの頻度で原発は事故を起こしています。

確かに恐竜を絶滅させた大隕石のように、地球上の生物を一気に絶滅に追い込むような事故ではありません。

しかし、原発に「大隕石の衝突」という論理を持ち込むことで、事故を過小評価し、それが積み重なって、大きな事故が起き、それでも「みんなが騒ぐほどの被害なんて起きてないじゃないか」と真剣に向き合わないことで、地球を壊しかねない大きな事故を引き起こしてしまいました。


そんなわけで「大隕石の衝突の確率」と「原発事故の確率」は同列で語るべきものではないと思います。


先日、お寺から30キロ圏内にある柏崎刈羽原発に行ってきました。

そこでは職員の方が丁寧に現在行っている安全対策を説明してくださいました。

説明だけ聞くと、格納容器はとても分厚く見えるし、電源を喪失しても予備の電源が確保されてるし、最近は10mにもなる防潮堤も出来てるし、これだけやってるのだからすごく安全で、大事故なんて起きないのではないだろうか?なんて感じてしまいます。


しかし、現実に目を向けると事故は起き続けていますし、実際にその事故の影響を受けて苦しんでいる方が大勢います。

それなのに私たちは何か安心な要素を見つけては、その現実から目をそらし「大隕石の衝突の可能性」といった感覚に逃げ込んでしまうようです。


私たちがこれから原発の是非を考えるときは、今まで通りに安全性や経済性を見ていくだけでなく、現実に起きた事故や、それによって影響を受けている方々の存在に目を向けていくことが必要なのではないでしょうか。


麻田弘潤 (あさだ こうじゅん)
>>プロフィールを読む 消しゴムはんこのお坊さん麻田弘潤。消しゴムはんこ×仏教ユニット「諸行無常ズ」を結成し、「消しゴムはんこ法話ワークショップ」を全国各地で展開している。自坊では中越地震の被災体験から生まれたイベント「極楽パンチ」を開催する他、原発問題や部落差別問題にも取り組んでいる。