第12回:食べ過ぎはなぜ後ろめたいのか

第12回:食べ過ぎはなぜ後ろめたいのか (この写真はシェーキーズのピザではありません)

辻村:今日はね(本稿執筆当時)、800円台でピザが食べ放題だというんで、昼ご飯にシェーキーズでピザを20切れくらい食べたんですよ。

池口:ビッグマック3個に続き、ピザ20切れとは、ひどい食生活ですね。いつか必ず与果されますよ。

辻村:いやー、食べ過ぎないって心に誓ったんですけどね。。。自分自身で決めた「不過食戒」守れずでした。。。

池口:その戒、新しいね(笑)それって「不過中食戒(正午から日の出まで、固形物を口にしない)」を、ダイエット用にアレンジしたというか。創作した戒とはいえ、破ったらやっぱり後ろめたい気持ちになるでしょう?

辻村:やっぱりなんか自分に負けた気がしますよね(笑)なんでしょうね、この感じ?戒を破ろうとするときには、胸のあたりがうずきますね。

池口:戒律というのは、師匠から伝えてもらうものなので厳密には自作していいものではないのですけどね。ただ、仏教では戒律を授けてもらったときに、「律儀(りつぎ)」(中国・日本では「戒体」)というのが備わるとされるのですが、その感覚を辻村さんは味わっているのでしょう。説一切有部の説によれば、「悪戒の相続を遮防し、抑制するのが律儀である」(舟橋 1987:  119)と。この「律儀」は目に見えないけれど、実在のもの、すなわち「無表」として存在していて、破戒的な行動に対する抑止力として働くと考えられています。

辻村:ピザを10切れも食べれば十分満腹になるんですが、おいしい上に、悲しいかな元を取ろうと必死になってピザを食べようとすると、もう一人の自分が「もうやめとけ!」って言ってくる。「不過食戒」のリミッターが外れないように、目に見えない心の警報機が作動するわけですね。
まぁ、僕の場合はニセものの戒体なんでこんな感じですが(笑)受戒している池口さんはどうですか?本物の戒体について何か実感あります?

池口:ありますよ。小さい頃からお寺で育ったせいもあるんでしょうが、修行中に戒を授けてもらった日から、猛烈に良心の呵責に苛まれながら生きるようになったということはないですけどね(笑)ただ、TシャツにGパン履いているときと、袈裟姿の時とでは、意識のピリッと感はだいぶ違うかなぁ。そういう意味では、戒体っていうのにしばられながら、お坊さんやっているんだと思います。本来は、戒体っていうのは、どんな服装の時も影響を及ぼしているはずですが、そこはまぁ。。。

辻村:受戒に限らず、入学式や結婚式のような通過儀礼を受けるときは、やはり身が引き締まる思いがするし、記憶に強く残りますよね。そうした体験自体は、目に見える物質として残ることはありませんが、脳内の電気信号という物質として残り、その後の行為に影響を及ぼしているのかもしれません。そういった意味では、物質だけど見えない「無表」はありえるのかなぁ。

池口:この脳内の電気信号はいつまで続くのか。『阿毘達磨倶舎論』には、戒体を捨することになる理由が5つ挙げられています。そのうちの1つは「誓受と矛盾した表が起るから」(舟橋 1987:  222)です。誓約したことと食い違う行いを起こしたとき、というわけです。先の例で言えば、辻村さんがピザを食べ過ぎたことがこれに当たります。あるいは、「依身を捨するから」(舟橋 1987:  222)という理由もあります。つまり、死ぬときです。戒体が物質的存在である以上は、死とともに失うわけですね。
しかし、戒体を捨てる特別な理由がなければ、この世に生きている間中、戒体は実在して人生に寄り添っていくことになります。このような説は、さすがに疑わしく思えますが、いちど戒を受けた以上は、リアリティのあるものとして、重たく受け止めていくべきですよね。それはたぶん、自作した戒にしてもしかりです。辻村さんの「不過食戒」はまだまだリアルなものになりえていないというか...

辻村:むぅ。。。ほんとうに体調を崩すまで食べてみるのも一つの手ですかね(笑)


<参考文献>
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スートラ1980 (すーとら1980)
>>プロフィールを読む 「フリースタイルな僧侶たち」の池口龍法(代表)と辻村優英で構成される。現代社会の日常的視点から経典を読む「経典をナナメから読む会」を2011年12月より毎月主催している。