命の不思議〜『根っこの子どもたち目をさます』より〜

命の不思議〜『根っこの子どもたち目をさます』より〜

 新緑が美しい季節ですね。暖かい季節の訪れと色とりどりの花に、心が浮き立ちます。今回は、そんな季節にぴったりな、100年前の美しい作品をご紹介します。


 冬の終わりも近いある日、ぐっすり眠る根っこの子どもたちを、土のお母さんが起こしにやってきました。春を迎えるしたくを始めなくてはなりません。


 根っこの女の子たちは、春に着る服を縫いはじめました。赤に黄色にオレンジ色にすみれ色などなど、できあがった柔らかい春色の衣装を見て、土のお母さんはにっこり喜びました。いっぽう、根っこの男の子たちも大忙しです。カブト虫やてんとう虫、ハチやバッタやほたるたちを起こして、体をきれいにして美しい春の色を塗ってあげるのです。


 やがて暖かい日の光が地面をあたため、木々の芽も大きく膨らみはじめたとき、春がやってきました。歌い踊る虫たちに続いて、根っこの子どもたちも坂をのぼって地面のうえに向かいます。坂の途中で根っこの子どもたちは花の子どもたちに変わり、手に手に自分の花を捧げ持って地上へと出ていきました。


 マツユキソウ、ヒナギク、スミレ、スイセンやサクラソウなど、花の子どもたちの長い長い春の行列は、野原や山々を越えて広がっていきました。こうして、虫たちも鳥たちも、誰もかれもが楽しく幸せな春に包まれたのです。



 この作品は、春の美しさと暖かさにあふれています。それと同時に、生命の不思議を私たちに気づかせてくれます。


 春がめぐってくるたびに咲く花のように、私たちもめぐる年月のなかを生きています。春を迎えるために根っこの子どもたちがしたくをしていたように、私たちの生も途切れることなく他者によって支えられています。当たり前のことのようですが、これ以上に不思議なことはありません。


 お釈迦さまが悟られた仏教の根本真理が「縁起」です。この縁起とは、どのような存在やできごとであっても、かならず何らかの原因があって起きる(または無くなる)という意味です。そして、大切なことは、その原因を私たちは数えあげることができないということです。たとえ心臓のひとつの鼓動であっても、無数の原因によって起きているのです。


 この真理を、私たちの命に引きよせて考えてみましょう。血のつながりを遡れば、私たちを生んだ両親に始まって、何万何十万という祖先たちがいます。また、家族・親戚・友人たちをはじめとして、私たちを起点に数えきれないほど多くのひとびとがつながりあい支え合っています。私たちが生きる環境やそこに生きる数限りない動植物たちも、私たちとさまざまなかたちでどこまでも結びついています。


 『華厳経』に見える「インドラのネット」の例えによれば、この宇宙にはインドラ神の網がくまなく張りめぐらされ、網目のひとつひとつに美しい宝石が結びつけられています。その宝石たちは無限に連なりあいながら、お互いを照らしあい輝きあっているというのです。


 言うまでもなく、この宝石のひとつひとつは、私たちそのものです。そして、このような数限りない連なりの真ん中に、私たちそれぞれの一瞬一瞬の生があるのです。


 もしひとつでも宝石の色が変われば、連動してすべての宝石の色がほんのわずかに変化します。そのように、どんな小さな変化でも、違う結果を産み出します。場合によっては、私たちの命そのものがなかった可能性さえあります。


 そう思うとき、いまここで私たちが生きていることの不思議さ、この世に生まれてきたことの尊さに心を打たれるのです。無数のきっかけによってこの広大な宇宙に生まれた一輪の花、そこで輝くひとつの宝石。それが私たちなのです。


 灰褐色の冬を越えて春がめぐってきたとき、私たちは誰しも、萌えいずる草木や花々の美しさと生命力に心打たれるものです。そんなとき、小さな命の芽生えに自分自身の姿を重ね、私たちを支え生かしているすべてのものに思いを馳せてみたいものです。

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清水智樹 (しみず ともき)
>>プロフィールを読む 1975年愛知県生まれ。博士(文学)。オープンサイエンス合同会社代表社員・編集長。本業のかたわら、優れた絵本を紹介するウェブサイト「絵本らぼ」( https://www.facebook.com/EhonLabo )を運営している。