「いま、ここ」に生きる〜『ぐるんぱのようちえん』より〜

「いま、ここ」に生きる〜『ぐるんぱのようちえん』より〜

 ゾウのぐるんぱは、一人ぼっちで寂しくくらしていました。働きもせず、身体も洗わず、いつもめそめそ泣いてばかり。そんなぐるんぱを見かねてジャングルの仲間たちは会議を開き、ぐるんぱを働きに出すことに決めました。泣き虫ぐるんぱの性根をたたき直そうというわけです。


 みんなに見送られて元気にジャングルを出発したぐるんぱは、いろいろな仕事を転々とします。ビスケット作りに始まり、お皿作りに靴作り、ピアノやスポーツカーまで作ります。


 ところが、ぐるんぱは行く先々で失敗ばかり。まじめに仕事に取り組むのですが、すべてが空回りしてしまいます。何を作ってもゾウのサイズで、人間には大きすぎたのです。


 「もうけっこう」と追い出されるたびに、しょんぼりと落ち込むぐるんぱ。最後には自分が作ったものすべてを抱えて、行くあてもなくとぼとぼと彷徨います。


 そのとき、ぐるんぱにある母親が声をかけます。12人の子どもを抱えたこの母親は、家事の間の遊び相手をぐるんぱに頼んだのです。


 ぐるんぱが、さっそく自作のピアノを弾いて歌いだすと、あちらこちらから子どもたちが集まってきました。寂しい思いをしていた子どもたちは、ぐるんぱの歌で楽しいひとときを過ごすことができたのです。


 そして、ぐるんぱは幼稚園を開きました。誰も使えなかった靴やスポーツカーは遊具になり、お皿はプールになりました。大きなビスケットのおかげで、こどもたちはおやつが食べられました。こどもたちの笑顔があふれる幼稚園に、ぐるんぱは自分の居場所を見いだしたのです。


 この絵本が私たちに語りかけるものはなんでしょうか?


 仏教は「一切皆苦」、つまりこの世のあらゆることは苦しみである、と説きます。そして苦しみの原因は、私たちが執着することにあると教えます。私たちは人生のなかで、人間関係やモノや出来事など、じつに多くのものに執着しているのです。


 けれども、私たちを縛っているのは、そうした外のものばかりではありません。私たちは誰しも、多かれ少なかれ自分自身の過去を悔やみ、将来に不安を抱きます。そして、過去や未来に思い悩むうちに、果てしなく苦しみの渦のなかに囚われていきます。


 このような苦しみからどのように抜け出したらよいのでしょうか?私たちは、そのヒントをぐるんぱのなかに見つけることができるように思います。


 この作品は単なるサクセスストーリーではありません。むしろ、ぐるんぱが幼稚園という居場所を見つけるまでのプロセスを味わいたい絵本です。


 ぐるんぱは、なにをしても失敗続きでした。何度も何度も職場を追われ、そのたびにしょんぼりと落ち込みました。それでも、ぐるんぱは次の場所へと歩み続けました。うなだれた暗い表情のあとには、いつも一所懸命な明るいぐるんぱが描かれています。


 ぐるんぱは、いつでも「いま、ここ」の瞬間に生きていたのではないでしょうか。たとえ辛い状況に陥って心が塞いだとしても、そのつど状況を受け入れて前に進みました。さまざまな出会いのなかを、ただひたむきに歩んでいったのです。


 過去は記憶にすぎず、未来は想像にすぎません。過去を悔やんでも変えることはできませんし、保証された未来などありえません。どちらも現在は存在しない、私たちの目を曇らせるもやのようなものです。私たちが確かに生きているのは、刻一刻と移り変わる「いま、ここ」だけなのです。


 人生は、思い通りにならないことのほうが多いでしょう。失敗ばかりが続けば、ミスの原因を探して過去を悔やみ、将来を悲観して苦しい気持ちになるでしょう。それは自然なことです。


 けれども、そんなときこそ、「いま、ここ」を歩み続けたぐるんぱの姿に学びたいと思うのです。自分自身も周りの状況も、川の流れのように変わり続けます。一瞬一瞬の状況に集中してみましょう。自分は今どこに立っているのか。自分の周りに今あるものはなにか。自分が今するべきことはなにか。そうしたことを見つめ続けるなかで、苦しみはやわらぎ、前に進む力がわいてくることでしょう。


 悲しい顔のぐるんぱも、笑顔のぐるんぱも、鏡にうつった私たちそのものです。笑顔のぐるんぱに、ひとあしひとあし近づきたいものです。


ぐるんぱのようちえん(こどものとも絵本)ぐるんぱのようちえん(こどものとも絵本)
西内 ミナミ,堀内 誠一

福音館書店
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清水智樹 (しみず ともき)
>>プロフィールを読む 1975年愛知県生まれ。博士(文学)。オープンサイエンス合同会社代表社員・編集長。本業のかたわら、優れた絵本を紹介するウェブサイト「絵本らぼ」( https://www.facebook.com/EhonLabo )を運営している。