バック・トゥ・ザ・フューチャー 〜未来から逆算するお寺のこれからの方向性〜(松本紹圭)

バック・トゥ・ザ・フューチャー 〜未来から逆算するお寺のこれからの方向性〜(松本紹圭)
昨年、ついにその日がやってきた。

2015年10月21日。

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』で主人公のマーティがタイムトラベルをして行き着いた未来のその日だ。

1989年に描かれた、25年後の未来の世界。

いったい何が現実になったのだろうか? 大画面の薄型テレビ、ビデオ通話、タブレット型PC、メガネ型PC、3Dホログラフ、ホバーボード・・・ 映画公開当時、「ほんとうにこんなことが現実になるんだろうか」とワクワクしながら見ていた未来の世界が、今かなりの部分、たしかに現実になっている。わたしが子ども心を失ったのだろうか、さほどワクワクすることもなく、淡々と、しかし着実に、世界が変化していることを感じる。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズでは、全編を通じて、未来を知り、過去を知る一部の登場人物たちが奮闘する一方で、その時代のみを知る大多数の人々はただ彼らの日々を疑いなく受け入れて過ごしている。「未来を知りすぎてはろくなことにならん」と繰り返し語られるように、知らないほうが幸せに生きられる事実というのもあるのだろう。映画と違ってタイムマシーンの発明がまだ実現化されていないことは、人類にとって僥倖なのかもしれない。

しかし、わざわざタイムマシーンに乗らなくとも、ある程度の精度で見通せる未来もある。たとえば、今から50年後の日本。人口は現在の3分の2になる。家族の構成人数もさらに減少する。経済格差は広がり、"豊かな国ニッポン"は遠い昔の失われた幻想となる。かろうじて保たれていたかつての伝統的な慣習や生活文化は見る影もない。存続基盤を失った神社仏閣は日本の風景からすっかり姿を消し、「○○神社跡」「○○寺跡」の小さな石碑が土地の片隅に申し訳程度に残されるだけとなるかもしれない。

ときどき、質問されることがある。
「なぜ、未来の住職塾を始めようと思ったのですか?」
「なぜ、それを続けているのですか?」
その答えは結局、なぜ自分がお寺というものにこんなにこだわっているのか、その裏返しであるように思う。

生きるということは、縁に生きるということだ。
同時代を生きる良き仲間とともに、前の世代から受け継いできた大切なものを、次の世代へ確かに渡すことを大事にしたい。
もちろん、前の世代から受け継ぐものは良いものばかりではない。負の遺産は、できれば自分たちの代で断ち切りたいものだ。
受け継ぎたい大切なものの中でも特に、一度失われてしまうと二度と取り返しのつかない種類のものは、慎重に丁寧に扱うべきだと思う。
自然環境など、そういうものはいくつかあるが、わたしが自分の縁の中でどうしても大切にしたいと思うのは、お寺や神社だ。
歴史ある伽藍や神殿をモノとして残すことも大切だと思うし、それ以上に、そこに何百年も重ねられてきた数え切れない人々の「合掌」「祈り」の心の連続性は、一度断ち切られてしまうと二度とは戻らない。
縁あって坊さんになった自分が主体的に関われる「お寺」というフィールドで、日本の精神文化の場を未来の世代へつなぐことに貢献したいというのが、未来の住職塾を続ける根本的な理由だと思う。

思うに、日本の風景からお寺や神社の姿が失われることは、僧侶や神職だけの問題では決してない。お寺や神社の危機は、社会問題であると言って良い。しかし、外からその実態が見えなければ、社会の側も問題として認識しようがない。難しい時代にお寺を守り次世代へつなぐために、お寺が抱える課題を広く社会で共有できるようにすることも、未来の住職塾の役割だと思う。

お寺であれ企業であれ、あらゆる組織のリーダーは、未来を見据え、時には大胆な決断をしなければならないことがある。しかし、お寺に限らず日本社会は全体に「ゆでガエル」状態に陥っているようにも感じる。昨今のニュースでは、「モノづくり大国」「おもてなしの国」など、現実の立ち位置を確かめることなくかつての栄光にアイデンティティを求め、時代遅れの施策を繰り返すうちに病状が悪化し手遅れになる事態が、一流の人材が集まっているはずの大企業などにも蔓延しているようだ。釜の温度が少しずつ上がっているのに気づかずに、飛び出す機を逸して茹で上がって死んでしまうのは、「ゆでガエル」に他ならない。

お寺にしても、檀家の数が毎年30%減るということになれば、否応なしにお寺のあり方を根本的に検討するのだろうけれど、年率3%〜5%程度の減少だと「まだ自分の代はしばらく大丈夫」と思考停止してしまい、行動につながらない。しかし、たった数パーセントの変化も、数年重なると大きな変化になることは、手もとで計算すればすぐにわかることだ。先日、中外日報に寄稿した「伝統仏教寺院の世代交代 ― 2030年のシナリオから見えるもの」という記事にも書いたが、お寺関係者の未来への想像力の欠如は、伝統仏教界の抱える大きな課題だと思う。

もし、あなたが『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の中の、未来や過去を知る一部の登場人物「以外」の人たちのように、どうしても未来をイメージできず危機感が持てないと悩むならば、せめてタイムマシーンに乗ったつもりになってみてはどうだろうか。想像してみてほしい。今から50年後、ほんの一握りの観光寺院を除いて、ほとんどのお寺が消滅した日本の風景を。あなたの大切にしているお寺も、50年のうちに失われてしまい、残るはかつてお寺がその土地にあったことを示す小さな石碑だけになってしまった。すでに自分はこの世にいないが、自分の存在も、お寺の存在も、子孫にはほとんど忘れられてしまっている。。。という未来を見(たつもりになっ)て、そこで、バック・トゥ・ザ・プレゼント。現在に戻ってきてみれば、どうだろう。2016年の今、状況が厳しくなっているとはいえ、まだお寺の伽藍はなんとか維持されているし、そこに息づく人々の存在もある。すべてが失われた未来に比べれば、まだまだ材料はたくさんある。来たるべき未来を少しはマシなものにするために、今からでもできることはたくさんあるんじゃないだろうか?

一歩踏み出すには、仲間の存在が大きな助けになる。

未来の住職塾で、お待ちしています。

松本紹圭 (まつもと しょうけい)
>>プロフィールを読む 1979年北海道生まれ。本名、圭介。浄土真宗本願寺派光明寺僧侶。一般社団法人お寺の未来理事。東京大学文学部哲学科卒業。超宗派仏教徒のウェブサイト『彼岸寺』(higan.net)を設立し、お寺カフェ『神谷町オープンテラス』を運営。Indian School of BusinessでMBA取得。2012年、若手住職向けにお寺の経営を指南する「未来の住職塾」を開講。2013年、世界経済フォーラム(ダボス会議)のYoung Global Leaderに選出される。著書多数。近著に『お寺の教科書-未来の住職塾が開く、これからのお寺の100年-』(徳間書店)。