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    <title>坊主めくり〜現代名僧図鑑〜</title>
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    <title>『お坊さんはじめました』新章突入／彼岸寺 創設者 松本圭介さん(3/3)</title>
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    <published>2011-11-03T09:24:12Z</published>
    <updated>2011-11-03T13:03:52Z</updated>

    <summary>『彼岸寺』創設者、松本圭介さんインタビュー最終回です。松本さんは最初の著書『お坊さんはじめました』を書いた当時、「何ができるんだろう？」「何でもやってみよう」とぐいぐい行動しておられました。この本を読んで元気づけられた若いお坊さんも多かったのではないでしょうか？ あれから6年が経った今、インドでのMBA留学を経て帰国された松本さんに、「次は何をするんだろう？...</summary>
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        <name>杉本恭子</name>
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        ]]>
        <![CDATA[<p>『彼岸寺』創設者、松本圭介さんインタビュー最終回です。<br />松本さんは最初の著書『お坊さんはじめました』を書いた当時、「何ができるんだろう？」「何でもやってみよう」とぐいぐい行動しておられました。この本を読んで元気づけられた若いお坊さんも多かったのではないでしょうか？ あれから6年が経った今、インドでのMBA留学を経て帰国された松本さんに、「次は何をするんだろう？」と熱い注目が集まっています。まさに「『お坊さんはじめました』新章突入」のときがやってきたからです。<br /><br />お寺、そして仏教界がにぎわい活気づいていくためには、やはりその担い手であるお坊さんのパワーが必須です。それも、専門性の異なる個性的なお坊さんたちが活躍する多様性があってこそ、お寺にダイナミズムが生まれエネルギーが循環していくのではないかと松本さんは言います。そのお手伝いをするためにできることは何か？　その問いへの答えのひとつが、松本さんが準備している『未来の住職塾』なのだと思います。<br /><br />今回は、その『未来の住職塾』、松本さんが「30年後にこうなったらいいな」と思う仏教界についてお話を伺いました。恒例の『坊主めくりアンケート』もあります。最後までお楽しみください（<a href="www.higan.net/bouzu/2011/10/matsumoto01.html">第一回</a>、<a href="www.higan.net/bouzu/2011/10/matsumoto02.html">第二回</a>）。<br /> </p>]]>
        <![CDATA[<h3>『未来の住職塾』でお坊さんをサポート</h3><b>――以前、日本のお寺の住職は宗教者とお寺の経営者を両立するのが難しいと書かれていましたね。</b><br />そうですね。たとえば、台湾は禅宗の尼僧さんが多いんですけど、自給自足の生活でけっこうちゃんとした修行生活を送られています。宗教的な核があって、周りに信者さんたちがいて組織的運営を担うというかたちで比較的上手にまわっています。<br /><br />日本のお寺は、ひとりの住職が引き受けているものが多すぎると思います。宗教者と経営者は、ある程度のレベルまでは共存できると思うし、普通のお寺の住職は共存させながらなるべく高いところまで目指すべきだと思います。でも、その先になると専門性を持って分かれていかざるを得ないんじゃないかな。宗教性の方向で専門化しているのは、たとえば小池龍之介さんだったりするんだと思います。<br /><br />同じお坊さんでも、本人の特性はそれぞれに全然違うしひとくくりするには限界があるんですよね。専門性を持つお坊さんがたくさん出てくることによって、全体のダイナミズムが生まれてきて仏教界が活性化されるのではと思います。<br /><br /><b>――著書で触れられていた『住職の学校』は、宗教者と経営者という面を共存させながらレベルアップするためのアイデアになりますか？</b><br />一般的に、宗門での教育は宗教的な部分だけで、お寺をどう運営するかということについては教えてくれないんですね。だから、マネジメントの力を上げて、宗教者と経営者という二つの側面のバランスを取りながら総合的なレベルアップを目指すためのものですね。<br /><br />また、お寺という非営利法人が活気を持ってまわっていくためには、宗教者としての魅力がないとうまくいかないと思うんです。ある程度、宗教者としてちゃんとしていることが、お寺を運営するうえでも重要なんだということを、お寺の外側からの位置づけられる目線を持っていることも大切で。そういうこともあって、『住職の学校』をやりたいなと思っています。<br /><br /><b>――具体的な開講予定は決まっていますか？</b><br />『未来の住職塾』という名前で、11月からまずは単発のセミナーを企画しています。本格的なスタートは2012年春からになる予定です。半年×2回、1年間で卒業という形で、講義と併せて具体的な企画を実践してもらう場を設けることを考えています（『未来の住職塾』に興味のある方は、info@higan.net 宛にメールにてお問い合わせください）。<br /><br /><h3>これからのこと、30年後のお寺のミライ</h3><img alt="光明寺　テラスから境内墓地、東京タワーを望む" src="http://www.higan.net/bouzu/images/matsumoto/komyoji_01.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" height="225" width="300" /><b>――今後の活動は、『彼岸寺』を中心に展開していかれるのでしょうか。</b><br />『彼岸寺』というよりは、IBA（Inter-Buddhist Association）としてですね。IBAの名前はまだあまり表に出していませんが、私と青江、松下、星覚の4人を理事として3、4年前に公益法人を設立しました。『彼岸寺』などの活動をもっと大きく展開していくため、法人的な立場の整備も必要だと思ったんです。他には、『暗闇ごはん』やiPhoneアプリ『雲堂』などがあって、今後もいろんな活発な動きが出てくるでしょうし、私はマネジメントを勉強してきたし事務方を担いたいなと思います。もうひとつは、これから始める『未来の住職塾』などを通じて、やる気のある若い人たちにも仲間を広げて共有していきたいですね。<br /><br /><b>――30年後、仏教界がこうなっていたらいいなというデザインはありますか？</b><br />仏教を信じるというか「やる」ということがすごく身近になっていてほしいです。かなり突っ込んでやりたい人がお寺で自由にそういうポジジョンを見つけられるようになってほしいし、軽くやりたい人が気軽に出入りできるようにもなっていてほしい。お寺との関わりを通じて、みんなが仏教から「私の仏教」を取り出してモノにしてもらえるようになっていればいいかなと思います。そうなれば自ずと、お寺という場の価値をみんなが認めるはずですし、良いサイクルができているんじゃないかと思いますね。<br /><br /><b>――仏教を「やる」というのは？</b><br />人それぞれだと思うし、宗派もいろいろあるから一概には言えませんが、仏教によってこころが成長し、その変化が行動にも表れてくることではないでしょうか。お坊さんになってもいいし、在家の信者として、実践者として関わっていくのもいいと思いますし。縁ある人が縁に従って自由に仏道に出入りできるようになっていればいいなと思います。<br /><br />そのためにも、お坊さん対個人の関係性を結ぶ人たちの輪を広げていきたい。光明寺では昔の「講」という考え方を取り入れたいと考えています。檀家ではなくても、その人が気に入ったら個人でお寺のメンバーになっていろんな活動に関われる。メンバーになったから何をしなければいけないというわけではなく、ゆるーい感じで多少の自覚が持てる仲間の輪ですよね。光明寺の場合だと、『誰そ彼』を中心にやる人もいれば、ヨガをやっている人もいて。みんなが集まってやるお餅つきみたいな年中行事もあったりして、個人とお寺の関わりの在り方をひとつのカタチとして定義する仕組みを作ろうかなと思っています。<br /><br /><b>――そんな未来が来るといいなあ！ これからもどうぞよろしくお願いします。ありがとうございました。</b><br />（完）<br /><br />

<div style=" margin: 15px 0px 15px 0px; padding: 10px; border: 1px solid #AED7D7;background-color: #F5F5F5;"><div style="text-align: center;"><h4>坊主めくりアンケート</h4></div>
<hr color="#AED7D7" size="1px" width="100%">

<p><strong>1）好きな音楽（ミュージシャン）を教えてください。特定のアルバムなどがあれば、そのタイトルもお願いします。</strong></p>

<p>『誰そ彼』をやっているので「音楽好きなんですね」と言われますが、ぜんぜんです。『誰そ彼』スタッフから「これいいよ」と勧められて聞く、受動リスナーです。みなさんいい音楽、教えてください！ <br /><br /></p>

<p><strong>2）好きな映画があれば教えてください。特に好きなシーンなどがあれば、かんたんな説明をお願いします。</strong></p>

<p>『ROVO（ラジニカーントのロボット）』。インドで観ましたが、最近、東京国際映画祭に招待されたみたいです。まったく深みのないマトリックス、という感じです（笑）。ロボットの肌が焼けこげて出て来た骨格のまぬけな表情がいいです。<br /><br /></p>

<p><strong>3）影響を受けたと思われる本、好きな本があれば教えてください。</strong></p>

<p>最近だと"The how of happiness"という心理学の本が、幸せの秘訣を科学的に説いていて、面白いです。あとは、ドラッカーの非営利法人経営関連の本ですね。おそろしくためになります。<br /><br /></p>

<p><strong>4）好きなスポーツはありますか？　またスポーツされることはありますか？</strong></p>

<p>スポーツ、あまりしないんですよね。身体がなまっちゃうので、なるべく境内や墓地の掃除を気合いを入れてやるようにしています。</p>

<p><strong>5）好きな料理・食べ物はなんですか？</strong></p>

<p>旅行などでその土地の料理を堪能するのが大好きです。エスニックなものも好きですね。</p>

<p><strong><br />6）趣味・特技があれば教えてください。</strong></p>

<p>残念ながら、まったくありません。</p>

<p><strong><br />7）苦手だなぁと思われることはなんですか？</strong></p>

<p>空気を読むこと</p>

<p><strong><br />8）旅行してみたい場所、国があれば教えてください。</strong></p>

<p>ブータン</p>

<p><strong><br />9）子供のころの夢、なりたかった職業があれば教えてください。</strong></p>

<p>いつか、お坊さん</p>

<p><strong><br />10）尊敬している人がいれば教えてください。</strong></p>

<p>たくさんいます！</p>

<p><strong><br />11）学生時代のクラブ・サークル活動では何をされていましたか？</strong></p>

<p>音楽イベントをやるサークルとか、学生向けのウェブコミュニティを作るサークルとか、いろいろです。</p>

<p><strong><br />12）アルバイトされたことはありますか？　あればその内容も教えてください。</strong></p>

<p>フランス料理屋さんの皿洗い。フリーのウェブデザイナー。衆議院議員事務所スタッフ。</p>

<p><strong>13）（お坊さんなのに）どうしてもやめられないことがあればこっそり教えてください。</strong></p>

<p>いつまで続くか分かりませんが、３年ほど酒やめてます。でも、ベジタリアンにまではまだ行けてません。</p>

<p><strong><br />14）休みの日はありますか？　もしあれば、休みの日はどんな風に過ごされていますか？</strong></p>

<p>ほとんどありません。休みの日は家族と過ごします。<br /></p>

<p><strong><br />15）1ヶ月以上の長いお休みが取れたら何をしたいですか？</strong></p>

<p>家族で旅行に行きます。つい、またインドに行ってしまいそうです。</p>

<p><strong><br />16）座右の銘にしている言葉があれば教えてください。</strong></p>

<p>諸悪莫作・衆善奉行・自浄其意・是諸仏教</p>

<p><strong><br />17）前世では何をしていたと思われますか？　また生まれ変わったら何になりたいですか？</strong></p>

<p>うーん、考えたこともなかったです！</p>

<p><strong><br />18）他のお坊さんに聞いてみたい質問があれば教えてください。（次のインタビューで聞いてみます）</strong></p>

<p>「あなたの理想のお寺はどんなお寺ですか？」</p>

<p><strong><br />19）前のお坊さんからの質問です。「あなたが生きていこうとするのはなぜですか？」</strong></p>

<p>今日も一日、生きて行こうという元気が、まわりの人のおかげで不思議と湧いてくるからです。</p></div><br />

<p><br /></p><h3>プロフィール</h3><b>松本圭介／まつもとけいすけ</b><br />1979年北海道生まれ。浄土真宗本願寺派僧侶、布教使。東京大学文学部哲学科卒業。2004年、超宗派仏教徒のウェブサイト『彼岸寺』を設立し、お寺の音楽会『誰そ彼』、お寺カフェ『神谷町オープンテラス』を運営。ブルータス「真似のできない仕事術」、Tokyo<br />Source<br />
「東京発、未来を面白くするクリエイター、31人」に取り上げられるなど、仏教界のトップランナーとして注目される。2010年、南インドのIndian<br />
 School of <br />
BusinessへMBA留学。今春卒業し、現在は東京光明寺に活動の拠点を置く。著書に『おぼうさん、はじめました。』『"こころの静寂"を手に入れる<br />
37の方法』 『お坊さん革命』など。<br /><a href="http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=32&amp;blog_id=66" target="_blank">http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=32&amp;blog_id=66</a><br />twitter: <a href="http://twitter.com/#%21/0tera" target="_blank">http://twitter.com/#!/0tera</a><br />Everything But Nirvana（英語版彼岸寺での連載） <a href="http://english.higan.net/" target="_blank">http://english.higan.net</a><br /><br /><br /><b>光明寺</b><br /><a href="http://www.komyo.net/" target="_blank">http://www.komyo.net/</a><br />浄<br />
土真宗本願寺派 梅上山 <br />
光明寺。1212年創建。かつての山号は真色山常楽寺。創建当時は天台宗だったが、関東滞在中の親鸞聖人の教化をご縁に浄土真宗に宗旨を改めた。室町時<br />
代、 <br />
疫病の流行に際し、常楽寺の本尊・阿弥陀如来像が光明を放って人々を救ったと信じられたことから、常楽寺を改め「光明寺」と称する。さらに、江戸時代には<br />
徳川家康が境内の梅を喜んだ故事に因み、三代将軍・家光から「梅上山」の山号を贈られて山号も改称した。現在は、東京・神谷町、千葉の君津、埼玉の草加に<br />
お寺を構え、昔からのご門徒（お檀家）のみならず、あらゆる有縁の方々に「わたしとお寺の新しい関係」を結んでほしいと願い、その機会を作るべく積極的な<br />
動きを見せている。<br /><br /><b>神谷町オープンテラス</b><br /><a href="http://www.komyo.net/kot/" target="_blank">http://www.komyo.net/kot/</a><br />光<br />
明寺境内に開かれたオープンスペース。東京メトロ日比谷線 <br />
神谷町駅前から徒歩1分、オフィスビルに囲まれた立地を活かして、周辺で働く人々や地域住民に憩いの場を提供している。飲食物の持ち込みは自由、ランチタ<br />
イムや休憩に立ち寄ってみたい。境内に入って目の前にある大きな階段を上がって左側、2階部分にテーブルとイス（一部はソファ）が用意されている。お墓の<br />
向こうに見える東京タワーがある意味絶景。ひとやすみの前後には、ありがとうの気持ちを込めて本堂の阿弥陀さまにもお参りしよう。水・金は木原店長による<br />
おもてなしもあり（要予約）。<br /><br />オープン時間：平日9:00-17:00<br />※土日祝日はお寺の行事（ご法事）のためご利用をお控えください。<br />※曜日に関わらず、春彼岸（3月17日?24日）、永代経（4月15日）、お盆（7月）、秋彼岸（9月20日?26日）、報恩講（10月15日）の時期はご利用をお控えください。<br />※平日でもご法事やご葬儀などお寺に都合により臨時クローズあり<br />※「おもてなし」予約、オープン予定の詳細はウェブサイトで確認を。<br /><br /><b>お寺の音楽会　誰そ彼</b><br /><a href="http://www.komyo.net/">http://www.taso.jp</a><br />音<br />
楽好きの僧侶と僧侶ではない音楽好き達が開催するライブイベント。「本堂で音楽を聴いてみよう」という軽い気持ちから始まった、言わば"お坊さんのホーム<br />
パーティー"。ふだんは光明寺で開かれるが、静岡・伊東のお寺での『お寺と温泉ライブ あじさいさい』、築地本願寺『本願寺LIVE <br />
他力本願でいこう』などにも協力している。<p></p>]]>
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    <title>『お坊さんはじめました』新章突入／彼岸寺 創設者 松本圭介さん(2/3)</title>
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    <published>2011-10-27T05:00:00Z</published>
    <updated>2011-11-03T13:14:30Z</updated>

    <summary>『彼岸寺』創設者 松本圭介さんインタビュー第二回です。2004年に『彼岸寺』を立ち上げた松本さんは、MBA留学の準備を始める2009年頃までの間、すごくアクティブに活動されていました。『彼岸寺』の運営をしながら、光明寺では『神谷町オープンテラス』を開き、音楽イベント『誰そ彼』をスタートし、築地本願寺で2000人を動員するフリーライブ『他力本願でいこう！』を実...</summary>
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        <name>杉本恭子</name>
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        ]]>
        <![CDATA[『彼岸寺』創設者 松本圭介さんインタビュー第二回です。<br />2004年に『彼岸寺』を立ち上げた松本さんは、MBA留学の準備を始める2009年頃までの間、すごくアクティブに活動されていました。『彼岸寺』の運営をしながら、光明寺では『神谷町オープンテラス』を開き、音楽イベント『誰そ彼』をスタートし、築地本願寺で2000人を動員するフリーライブ『他力本願でいこう！』を実現。2005年には、初の著書『お坊さんはじめました』を出しておられます。この本を読むと、当時の松本さんが考え続け、動き続けた熱量の大きさが伝わってくるようです。<br /><br />そして、2010年――松本さんは、ビジネススクールで学ぶためにインドへ留学されました。インドで松本さんが考えていたことはどんなことだったのでしょうか。かなりじっくりとお話を伺いました（<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/10/matsumoto01.html">前回のインタビューはこちら</a>）。<br /> ]]>
        <![CDATA[<h3>「どんなお坊さんになろう？」とMBA留学</h3><b>――振り返ってみると、お坊さんになってからインドへMBA留学するまでは"実験期間"みたいな感じでしょうか。</b><br />そうですね（笑）。実験期間だったし、自分自身もお坊さんになってみたはいいけど、どういうお坊さんになったらいいのかわかんなかった時期でもありますよね。<br /><br /><img alt="2005年当時の『彼岸寺』" src="http://www.higan.net/bouzu/images/matsumoto/higanji_2005.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" height="206" width="280" /><b>――大学3年生のときに、「就職する前にいろんな業界を見よう」と行動していたのと似ていますか？</b><br />似ていますね。おかげさまで、お坊さんとして4、5年あれこれ自由にやらせていただく中で、仏教業界をひとまわりできた気がしました。ひとつのお寺としてもいろいろやったし、本山職員として組織のなかに身を置くことで見えてきたこともあったので。でも、そういった経験を踏まえて、お寺の経営や運営、マネジメントを良くしていくにはどうすればいいんだろう？　ということをズバリ学べるところはないんですね。結局、いろんな人に相談してビジネススクールが一番学びたいことに近いし、やるなら海外のほうが修行になっていいと考えました。でも、アメリカじゃないよなと思って。インドが好きだし、インドのビジネススクールもレベルが上がってきているので、最終的にハイデラバードのIndian School of Businessに行くことにしたわけです。<br /><br /><b>――松本さんがMBA留学をすると聞いたときは「今からどうして？」と驚きました。プロデューサー的な立ち位置の方というイメージがあったし、マネジメントや経営の方に向かわれたのは意外に思われて。<br /></b>そうですか？　プロデュースをするにしても、それ自体を大きな絵柄のなかに位置付けながらやっていきたいし、ちょっと頭を整理したかったというのはありますね。<br /><br /><b>――インドから帰国された後、『彼岸寺』で「お坊さんとして日常のことを一つひとつていねいに大切にしようと思うようになった」と書かれていましたね。どういった心境の変化があったのでしょう。</b><br />インド留学中に振り返ってみて、プロのお坊さんとしての自覚がまだまだ足りないなと思ったんですね。仏教界は、変化の少ない昔ながらの業界ですし、そこにイノベーションを持ちこもうすると、人一倍、二倍一生懸命働かないとできないです。新しいことをやろうという人が外から入ってくれば、自然な感情として「なんなんだこいつは？」という反発もあるでしょうから。自分の行動やアイデアにはどういう意図やビジョンがあるのか、お寺文化の歴史的な背景も踏まえていることも説明して、どれくらい本気なのか姿勢でも示していかなきゃいい仕事ができないと思うんですね。<br /><br />お寺で新しいことをやろうと思ったら、普通にやるべきことをより一層ちゃんとやれていないとちゃんと評価してもらえません。「イノベーションとか言っても基本ができてないじゃないか」と言われてしまうと話がはじまらない。だからこそ、今までやってきたことを一つひとつていねいにやりながら、なおかつ新しいことに取り組まないといけないなと思います。<br /><br /><h3>仏教を「受け取る側」の目線で見ると？</h3><b>――ビジネススクールで学んだことで、松本さんが身を投じた日本の仏教界への考えが整理されたのでしょうか。</b><br />整理もされましたし、そのなかで自分は何をやっていくのかがずいぶんクリアになりましたよね。ビジネススクールではマーケティングとストラテジー（戦略論）を専攻しました。今までは、漠然と「お寺は仏教を広めていく場所だろう」と思っていたのですが、「お寺はどういう価値をご縁ある人に届けていくのか」と顧客目線にシフトしました。<br /><br /><img alt="幼い日の松本圭介さん" src="http://www.higan.net/bouzu/images/matsumoto/matsukei01.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" height="350" width="242" /><b>――伝える側の目線から、受け取る側の目線に。</b><br />そう、受け取る側の目線を基本にしなくちゃいけないと身にしみて思いました。「仏教を伝えるためにお寺がある」のではなく、「仏教から取り出されるであろう価値を提供するためにお寺がある」んですね。仏教自体が提供すべき"商品"ではなく、仏教をツールとして"どう使うか"。そして、お坊さんの役割は「仏教から価値を取り出してご縁ある方々にお渡しする」ことなんです。<br /><br />私は、仏教から取り出される価値（バリュー）は「心の安心」「心の豊かさ」「心の成長」の三つが重要なところかなと思っています。そういう風に考えるようになったのは、私にとっては大きな転換でした。<br /><br />それまで、私のなかでもやもやしていたのは、仏教思想の魅力とお寺が日常やっていることがいまいちつながらないことでした。しかも、浄土真宗では先祖供養を教義上にどう位置付けたらいいかわからない。でも、バリューということに目を向けると非常にスッキリします。お寺にやってくる門徒さんやお檀家さんは、全員が仏教そのものを求めて来るわけではなくて、大きく言えばこの三つのバリューのようなところだと思うんですよ。<br /><br />たとえば、先祖供養も「安心」を提供するひとつの方法だと思います。一番近しい家族を亡くされて、死者と新しい関係性を結んでいかなければいけないときに、重要な場を提供して安心を与えていると思いますし。ドグマの方から考えるとよくわからないところが、受け取る側の目線から徹底的に考えると全然別な意味づけが出てきます。<br /><b><br />――「心の安心」「心の豊かさ」「心の成長」の三つのバリューはどのようにして見いだされたんですか？</b><br />昔からあるご法事、お葬式、ご祈祷や、今だったらライブやヨガ、カフェなど、お寺がやってきた活動をとにかく書きだして、眺めながらあれこれ分類したりしました。また、歴史的にも遡って考えていくと、この三つに収まるかなというのが出てきたんですね。<br /><br /><b>――こういう言い方が良いかどうかわかりませんが、お寺をひとつのサービス業と捉えるということでしょうか。</b><br /><br />ある意味そうだと思います。ご法事は英語では「Buddhist memorial service」ですからね。ただ、お寺はビジネスと違って、経済社会の枠組みにありながらも、依って立つ価値の基盤は人の心です。お金儲けが目的ではありませんし、提供する側にも覚悟が必要です。お寺が生み出す価値の源泉は仏教ですから、お坊さんがどこまで宗教者としての自覚を持って行動できるのか突き詰めないと、価値あるものの提供はできません。お寺が伝えるバリューが、受け取る人の人生にとって重要なものであるなら、お寺を支えようという動きも自然と生まれてくると思います。<br /><br /><h3>仏教は長くつきあうほど価値が引き出せる</h3><img alt="神谷町 光明寺にてMacに向かう松本圭介さん" src="http://www.higan.net/bouzu/images/matsumoto/matsukei02.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" height="212" width="300" /><b>――これらのバリューがお寺で提供されることと、社会のなかでビジネスベースで提供されることの大きな違いはなんですか？</b><br />ひとつは、仏教的な価値観にのっとってやっているので、お坊さんなり、在家の人なりがお寺に関わる動機の源泉がグリード（貪欲さ）であってはいけない。建前じゃなくて、本当に本当にですね。そうじゃないと、「人の心を支える」お寺としての本質的なサービスが出せないでしょう。だからこそビジネスベースではできないんです。仕組みではなく動機の問題です。<br /><br />もうひとつは、ビジネスは短期ですぐに回収しちゃおうとするからです。仏教から最も多くの価値を取り出す方法のひとつは、長くつきあうことだと思うんですね。一瞬かじっただけで全部取り出せるかと言うと全然そんなことはなくて、人生を通じて照らし合わせながらやっていってはじめて「なるほど、そうだったのか。前に読んだときには全然ここは引っかからなかったけど今やっとわかったような気がするな」ということがあるじゃないですか？　そういう喜びを長いスパンで提供していくのが大切だよなと思っていますね。しかも、心の問題は長い時間つきあわないといけないし、担当者がどんどん変わるのではなく、願わくばひとりの人がずっと寄り添って信頼関係を作っていくほうが良いですしね。<br /><br />今、ほとんどのお寺がやっているのは「安心」の部分、しかも家族と言う単位での顧客に対してのことです。「豊かさ」「心の成長」という部分に力を入れていこうとすると、仏教の本質的な部分、真骨頂の部分にどんどん入っていくと思います。そこでの顧客単位は個人になるでしょうし、これからはお寺対家族という関係性から、お坊さん対個人という一対一の関係性をもっと強化していなかければいけないという意識もあります。<br /><br />そういえば、以前どこかで檀家制度批判をしていると書かれたような気がするんですけど、していないんですね（笑）。いや、批判する部分もあるんですけど、決して否定はしていません。むしろ、すごく大事なんですよ。<br /><br /><b>――長いスパンでおつきあいしていくという意味では。</b><br />そう、長いスパンでのお付き合い、しかも家族という安心の基盤を提供するすごく重要な切り口からお付き合いするものですので、檀家制度は大事なんです。ただ、家族という枠組みそのものが揺らいできてますから、お坊さん対個人という新しい関係性を開拓していく必要もあるだろうと思います。私自身の方向性としては、自分が勉強してきたことを活かしてライフコーチングやビジネスコーチングをやってみたいです。<br /><br /><b>――お寺でお坊さんに仕事の悩みを相談するって新しいですね。インドでいろいろ考えて、これからしばらくはやりたいことがバーンと見えている感じですか？<br /></b>そうですね。留学前よりもかなり頭はすっきりしています。課題がはっきりしてきた分、やらなきゃいけないことの数が多いので、それなりに大変ですけど。<br /><br /><b>――お坊さんになって約5年間の試行錯誤、MBA留学を経てのこれからはいわばお坊さん第二期というか......</b><br /><br />そうですね。『お坊さんはじめました』新章突入！　みたいな感じですね（笑）。<br /><br />（<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/11/matsumoto03.html">→「松本さんがこれからやろうとしていること」の話へと続きます</a>）<br /><br /><h3>プロフィール</h3><b>松本圭介／まつもとけいすけ</b><br />1979年北海道生まれ。浄土真宗本願寺派僧侶、布教使。東京大学文学部哲学科卒業。2004年、超宗派仏教徒のウェブサイト『彼岸寺』を設立し、お寺の音楽会『誰そ彼』、お寺カフェ『神谷町オープンテラス』を運営。ブルータス「真似のできない仕事術」、Tokyo<br />Source
「東京発、未来を面白くするクリエイター、31人」に取り上げられるなど、仏教界のトップランナーとして注目される。2010年、南インドのIndian
 School of 
BusinessへMBA留学。今春卒業し、現在は東京光明寺に活動の拠点を置く。著書に『おぼうさん、はじめました。』『"こころの静寂"を手に入れる
37の方法』 『お坊さん革命』など。<br /><a href="http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=32&amp;blog_id=66" target="_blank">http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=32&amp;blog_id=66</a><br />twitter: <a href="http://twitter.com/#%21/0tera" target="_blank">http://twitter.com/#!/0tera</a><br />Everything But Nirvana（英語版彼岸寺での連載） <a href="http://english.higan.net/" target="_blank">http://english.higan.net</a><br /><br /><br /><b>光明寺</b><br /><a href="http://www.komyo.net/" target="_blank">http://www.komyo.net/</a><br />浄
土真宗本願寺派 梅上山 
光明寺。1212年創建。かつての山号は真色山常楽寺。創建当時は天台宗だったが、関東滞在中の親鸞聖人の教化をご縁に浄土真宗に宗旨を改めた。室町時
代、 
疫病の流行に際し、常楽寺の本尊・阿弥陀如来像が光明を放って人々を救ったと信じられたことから、常楽寺を改め「光明寺」と称する。さらに、江戸時代には
徳川家康が境内の梅を喜んだ故事に因み、三代将軍・家光から「梅上山」の山号を贈られて山号も改称した。現在は、東京・神谷町、千葉の君津、埼玉の草加に
お寺を構え、昔からのご門徒（お檀家）のみならず、あらゆる有縁の方々に「わたしとお寺の新しい関係」を結んでほしいと願い、その機会を作るべく積極的な
動きを見せている。<br /><br /><b>神谷町オープンテラス</b><br /><a href="http://www.komyo.net/kot/" target="_blank">http://www.komyo.net/kot/</a><br />光
明寺境内に開かれたオープンスペース。東京メトロ日比谷線 
神谷町駅前から徒歩1分、オフィスビルに囲まれた立地を活かして、周辺で働く人々や地域住民に憩いの場を提供している。飲食物の持ち込みは自由、ランチタ
イムや休憩に立ち寄ってみたい。境内に入って目の前にある大きな階段を上がって左側、2階部分にテーブルとイス（一部はソファ）が用意されている。お墓の
向こうに見える東京タワーがある意味絶景。ひとやすみの前後には、ありがとうの気持ちを込めて本堂の阿弥陀さまにもお参りしよう。水・金は木原店長による
おもてなしもあり（要予約）。<br /><br />オープン時間：平日9:00-17:00<br />※土日祝日はお寺の行事（ご法事）のためご利用をお控えください。<br />※曜日に関わらず、春彼岸（3月17日?24日）、永代経（4月15日）、お盆（7月）、秋彼岸（9月20日?26日）、報恩講（10月15日）の時期はご利用をお控えください。<br />※平日でもご法事やご葬儀などお寺に都合により臨時クローズあり<br />※「おもてなし」予約、オープン予定の詳細はウェブサイトで確認を。<br /><br /><b>お寺の音楽会　誰そ彼</b><br /><a href="http://www.komyo.net/">http://www.taso.jp</a><br />音
楽好きの僧侶と僧侶ではない音楽好き達が開催するライブイベント。「本堂で音楽を聴いてみよう」という軽い気持ちから始まった、言わば"お坊さんのホーム
パーティー"。ふだんは光明寺で開かれるが、静岡・伊東のお寺での『お寺と温泉ライブ あじさいさい』、築地本願寺『本願寺LIVE 
他力本願でいこう』などにも協力している。<br /><br />]]>
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    <title>『お坊さんはじめました』新章突入／彼岸寺 創設者 松本圭介さん(1/3)</title>
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    <published>2011-10-18T13:38:29Z</published>
    <updated>2011-11-03T13:15:33Z</updated>

    <summary>7年前、まだ立ちあげ間もない『彼岸寺』を友人から教えてもらい興味深く読んでいました。日本に上陸したばかりの『MovableType』でお坊さんがブログを書いていることに驚いたし、各種コンテンツもいい意味でお坊さんのイメージを裏切っていて。余談ですが、今回のインタビューのために光明寺に行くと、そこはかつて私が勤めていた会社の真向かい。「えっ、ここだったの？」と...</summary>
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        <name>杉本恭子</name>
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        <![CDATA[<p>7年前、まだ立ちあげ間もない『彼岸寺』を友人から教えてもらい興味深く読んでいました。日本に上陸したばかりの『MovableType』でお坊さんがブログを書いていることに驚いたし、各種コンテンツもいい意味でお坊さんのイメージを裏切っていて。余談ですが、今回のインタビューのために光明寺に行くと、そこはかつて私が勤めていた会社の真向かい。「えっ、ここだったの？」とビックリしました。<br /><br />実は、『坊主めくり』の企画を『彼岸寺』に持ち込んだのは、当時の『彼岸寺』を読んでいたから。「いよいよこの人のお話を聴く日が来ちゃったか」と思うとホント感慨深かったです。インタビューでは、改めて『坊主めくり』的に聴く「お坊さんになった理由」、インドのビジネススクールでのお話、そしてMBAホルダーとなった松本さんが今後どんなことをしようと思っているのか、などを中心にお話いただきました。全3回みっちり聴かせていただきましたので、ぜひぜひ最後までお読みください。</p><p>※タイトル画像は、松本さんが高校三年生のとき。大学受験の勉強中の写真です。<br /></p><div><br /></div><p></p>]]>
        <![CDATA[<h3>いつかはお坊さんになりたいな</h3><b><br />――小さい頃からお祖父さんのお寺で遊び、そこで仏教に触れておられたそうですね。でも、大学では西洋哲学科のほうに？</b><br />その頃、ニーチェが好きだったんです。「神は死んだ」とか言っちゃっているのが、面白かったんですね。ただ、西洋哲学科に進んでも、仏教に関係する講義を何かしらとっていました。小さい頃からこと人生の問いに関しては、もうやっぱり仏教なんだろうなっていう直感は持っていて。だから、リタイア後とか、漠然と遠い未来のいつかにはお坊さんになりたいなという気持ちはずっとありました。<br /><br />でも、大学卒業後はふつうに就職しようと考えていて。自分の好きな業界はどこかな？ と確かめたくて、ウェブ・インターネット関係の仕事をしたり、広告代理店の企画の手伝いをしてみたり、いろんな世界を見ていました。あと、政治の世界も絶対に見たかったので、衆院議員の事務所で約2年間ウェブサイトを作る仕事もしましたね。<br /><br /><b>――ずいぶんいろんな業界を見てみたんですね。</b><br />いろいろ見ましたが、どの業界でも「いいな、面白いな。やりがいありそうだな」と思いながらも、どこかでふっきれないものがあったんだと思うんですよね。一方で、"自分のやりたいこと"を見ると、実は腹のなかでほぼ決まっているのは「いつかお坊さんになりたい」ということなんです。じゃあ、そこが決まっているんだったら、先延ばしにしないでやっちゃったほうがいいんじゃないか、と。<br /><br /><img alt="2004年当時の『彼岸寺』" src="http://www.higan.net/bouzu/images/matsumoto/higanji_2004.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" height="176" width="280" /><b>――「いつかなりたい」から「今やろう」になったのはどうしてでしょう？</b><br />自分が仏教に感じている魅力と、小さい頃から見てきたお寺の暮らしの間にはギャップを感じていたんです。せっかくこんなにいい教えなのに、もっとたくさんやれることがあるんじゃないかと。今でこそ、若いお坊さんの間でいろんな新しい動きが出てきていますけど、そういうのもほとんどなかった時だったので、やっぱり誰かがやらなきゃいけないんじゃないかなっていう勝手な使命感を持って飛び込んでみました。<br /><br />そういえば大学４年の春頃、すでに銀行に就職が決まった仲のいい同級生と、この先どうしようかなぁみたいなことを相談しながら根津神社を散歩していたんですよ。そのときに彼から、「そんなにお寺が好きならすぐにお坊さんになっちゃえば？」と言われて、決心がついたんです。今思えば、神社で決心したんですね（笑）。<br /><br />あと、これまた同級生の小池龍之介さんの存在もやはり大きかったですね。語学のクラスが同じだったこともあり、学生時代はけっこう親しくしてさせていただいてました。彼のおかげで思想・宗教への興味を広げることができましたし、宗教の分野で将来やってみたいことなど語り合って、大いに刺激を受けました。<br /><br /><h3>"仏教業界入り"を決意したホントの理由</h3><br /><b>――松本さんが仏教に感じていた魅力はどういうところだったんでしょう。</b><br />いろんな思想哲学がいろんなものの見方をしますけれど、仏教はまず出発点がリアルな人生で、「生きる」っていうところにしっかり目を向けて余計なことを考えないというか。「どうやってこの苦しみを克服するのか」と、問題設定がすごく明確だし正しいなって思ったわけですよ。それを解決しようとする道筋も、きわめて理路整然とプラクティカルですごいなって。<br /><br />一方で、お寺を見てみると先祖供養ばかり。意味もわからず音楽みたいにお経を読んでいるんですよ。お坊さんになる前には「これって何の意味があるんだろう？」と思っていました。<br /><br /><b>――自分の生き方の指針として仏教に惹かれる気持ちと、仏教というコンテンツの持つ魅力とお寺での発信形態のギャップを埋めたいという気持ち。ふたつの気持ちは、最初から同時にあったのでしょうか。</b><br />仏教ってすごく個人的なものじゃないですか。やればやるほどに。仏教徒として、自分と仏教としっかり向き合っていく方向性においては僧侶か僧侶でないかなんて関係ないし、特に浄土真宗の場合はお坊さんにならなくったっていいと思うんです。ただ、仏教というすごくいいものの魅力をイマイチうまく伝えられていないように見える仏教界は、誰かがなかに入ってやっていかないと変わっていかないんじゃないかっていう気持ちが強くありました。浄土真宗本願寺派で得度するご縁をいただいたのは、社会のなかでのプレゼンスが大きい宗派で先陣を切ってやっていくという面からもありがたいことでした。<br /><br /><b>――つまり、個人として仏教を選ぶだけならお坊さんにならなかった。松本さんの場合は、出家というのか、仏教界入りというのか......。</b><br />「仏教業界」入り、ですね（笑）。本にも書きましたけど、日本の仏教界の風通しを良くして、仏教の魅力をきちんと外に向けて広げていくような仕事に携わるには、お坊さんという立場がないと何も始まらないんです。残念ながら、日本の仏教界には、在家の人が積極的にお寺の運営に関わる余地がほとんどない。だから、お坊さんになったんですね。<br /><br /><b>――在家からお坊さんになる人は、仏教の世界に理想を描く傾向があると言いますが。</b><br />私はほとんどそういうことはなかったんじゃないかな。跡継ぎではないけれど住職の孫だったので、お寺というのがどんなものかだいたいわかっていましたし。最初からそんなに期待もしていませんでしたから（笑）。だからこそ、みんなが期待できるようなところ、みんなの期待に答えられるようなところに、お寺を変えていきたかったわけです。<br /><br /><h3>お坊さんデビュー後は試行錯誤でGO！</h3><img alt="光明寺境内にある神谷町オープンテラス" src="http://www.higan.net/bouzu/images/matsumoto/komyoji_terrace01.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" height="210" width="280" /><b>――お坊さんになろうとしたときは、仏教界にコミットするお坊さんを目指していた？</b><br />お坊さんになる動機としてさっき話していたことを裏側から言うと、世にあふれる怪しげな新宗教関系の本とかがすごくいやで、「なんだこれ？」っていうのがあって。明らかに仏教とかけ離れたものも仏教の看板を掲げていたりして、これ放っておいていいのかなと。<br /><br />お坊さんたち、やられっぱなしでいいんですか？<br />と。くやしいじゃないですか、せっかくいいもの持ってるのに。それぞれの宗教がいろんなことを主張するのはどうしようもないとしても、せめて伝統仏教が自分たちが持っているものの価値をしっかりと伝えていかなければ、本来なら良い仏縁を持てるはずだった人も、他所へ行ってしまいます。伝統仏教にはそういう社会的責任もあるんじゃないかと思いました。だけど、具体的にどうすればいいんだろうっていうところはまだ見えていなくて。最初のうちは試行錯誤しながら手当たり次第にっていうことですよね。<br /><br /><b>――その試行錯誤のなかに『彼岸寺』もあったわけですね。当時のブログは、お坊さんになるという体験をシェアするというか、そういう気持ちがあったのかなあと。</b><br />生まれつき、マーケッターなんですかね（笑）。ブログで外からの目線で見る仏教界をシェアしたいっていうのは。<br /><br /><b>――今、「マーケッター」という言葉が出たということは、「みんなはどう思うの？」と問いかける気持ちもあったのかな？</b><br />それはそうですよね、もちろん。外から見てわからなかったのは、お坊さんの価値観ってどういうものなのか、何を軸に生きているのかということでした。当然、仏教なんだろうけれども、もう少し生活レベルで「お坊さんは何を考えているのか」をあらわにして目に見えるかたちで共有したかったんです。やっぱり、価値観のわからない人とは何も一緒にできないじゃないですか。お坊さんが大事にしていることを伝えることから、共通点が見えてくると思ったのでそこを意識していたんですよ。<br /><br /><b>――お坊さんってこんな感じだけどどう思う？ お寺ってこんな場所だけど来てみたらどう思う？ と問いかけるなかで、『神谷町オープンテラス』や『誰そ彼』のようなイベントをしていたのは、マーケティング的な意味もあったのでしょうか。</b><br />そうですね。ただ、そのマーケティングは、まずこっちから材料を投げ出してしまって、「受け取り方はご自由にどうぞ」という実験的なもので。何かしら引っかかるものがあれば良くも悪くも反応が返ってくるでしょうし、そのなかでダイナミズムも生まれてくるだろうなと思っていました。<br /><br />だから、たとえば『神谷町オープンテラス』や『誰そ彼』も、「まずやってみよう」というところでしたよね。先に綿密なプランを立ててそれを正確に実行しようというよりは、スタッフやお客さんが楽しんで充実感を持ってやれるのか、そこが場としてどういう雰囲気を持つようになって行くのかが重要でした。人と人とのことですし、スタッフも一人ひとり違えば組み合わせもそれぞれなので、まずは動きながら展開を見ていくしかないなと思っていました。<br /><br /><b>――「お寺でイベントをやりたい」ということが最終目標ではなく、「お寺に注目が集まると何が起きるのか」を見ようとされていたのかなと思うのですが。</b><br />そうですね。やる内容自体にはそんなにこだわりはなくて。『神谷町オープンテラス』なんて極端に言えば場所に名前をつけただけですから。どこのお寺にもスペースがあるわけですけども、そこに"お寺カフェ"というコンセプトで『神谷町オープンテラス』という名前をつけた。すると、まったく同じものなのに、人々の受け取り方が変わってくるわけですよね。お寺で過ごすということが、「お寺詣り」から「カフェに行く感じでお寺で過ごせばいいんだ」と、急に身近な生活様式に引き寄せられた。意識のなかのフレームをちょっと切り替えたっていうだけなんです。（<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/10/matsumoto02.html">→「インドにMBA留学をしてからのお話」につづく</a>）<br /><br /><h3>プロフィール</h3><b>松本圭介／まつもとけいすけ</b><br />1979年北海道生まれ。浄土真宗本願寺派僧侶、布教使。東京大学文学部哲学科卒業。2004年、超宗派仏教徒のウェブサイト『彼岸寺』を設立し、お寺の音楽会『誰そ彼』、お寺カフェ『神谷町オープンテラス』を運営。ブルータス「真似のできない仕事術」、Tokyo<br />Source「東京発、未来を面白くするクリエイター、31人」に取り上げられるなど、仏教界のトップランナーとして注目される。2010年、南インドのIndian School of BusinessへMBA留学。今春卒業し、現在は東京光明寺に活動の拠点を置く。著書に『おぼうさん、はじめました。』『"こころの静寂"を手に入れる37の方法』 『お坊さん革命』など。<br /><a href="http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=32&amp;blog_id=66" target="_blank">http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=32&amp;blog_id=66</a><br />twitter: <a href="http://twitter.com/#%21/0tera" target="_blank">http://twitter.com/#!/0tera</a><br />Everything But Nirvana（英語版彼岸寺での連載） <a href="http://english.higan.net/" target="_blank">http://english.higan.net</a><br /><br /><br /><b>光明寺</b><br /><a href="http://www.komyo.net/" target="_blank">http://www.komyo.net/</a><br />浄土真宗本願寺派 梅上山 光明寺。1212年創建。かつての山号は真色山常楽寺。創建当時は天台宗だったが、関東滞在中の親鸞聖人の教化をご縁に浄土真宗に宗旨を改めた。室町時代、 疫病の流行に際し、常楽寺の本尊・阿弥陀如来像が光明を放って人々を救ったと信じられたことから、常楽寺を改め「光明寺」と称する。さらに、江戸時代には徳川家康が境内の梅を喜んだ故事に因み、三代将軍・家光から「梅上山」の山号を贈られて山号も改称した。現在は、東京・神谷町、千葉の君津、埼玉の草加にお寺を構え、昔からのご門徒（お檀家）のみならず、あらゆる有縁の方々に「わたしとお寺の新しい関係」を結んでほしいと願い、その機会を作るべく積極的な動きを見せている。<br /><br /><b>神谷町オープンテラス</b><br /><a href="http://www.komyo.net/kot/" target="_blank">http://www.komyo.net/kot/</a><br />光明寺境内に開かれたオープンスペース。東京メトロ日比谷線 神谷町駅前から徒歩1分、オフィスビルに囲まれた立地を活かして、周辺で働く人々や地域住民に憩いの場を提供している。飲食物の持ち込みは自由、ランチタイムや休憩に立ち寄ってみたい。境内に入って目の前にある大きな階段を上がって左側、2階部分にテーブルとイス（一部はソファ）が用意されている。お墓の向こうに見える東京タワーがある意味絶景。ひとやすみの前後には、ありがとうの気持ちを込めて本堂の阿弥陀さまにもお参りしよう。水・金は木原店長によるおもてなしもあり（要予約）。<br /><br />オープン時間：平日9:00-17:00<br />※土日祝日はお寺の行事（ご法事）のためご利用をお控えください。<br />※曜日に関わらず、春彼岸（3月17日?24日）、永代経（4月15日）、お盆（7月）、秋彼岸（9月20日?26日）、報恩講（10月15日）の時期はご利用をお控えください。<br />※平日でもご法事やご葬儀などお寺に都合により臨時クローズあり<br />※「おもてなし」予約、オープン予定の詳細はウェブサイトで確認を。<br /><br /><b>お寺の音楽会　誰そ彼</b><br /><a href="http://www.komyo.net/">http://www.taso.jp</a><br />音楽好きの僧侶と僧侶ではない音楽好き達が開催するライブイベント。「本堂で音楽を聴いてみよう」という軽い気持ちから始まった、言わば"お坊さんのホームパーティー"。ふだんは光明寺で開かれるが、静岡・伊東のお寺での『お寺と温泉ライブ あじさいさい』、築地本願寺『本願寺LIVE 他力本願でいこう』などにも協力している。<br /><br /><br />]]>
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    <title>ポストモダンかつ文学的なお坊さん／『彼岸寺』編集長 松下弓月さん（3/3）</title>
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    <published>2011-10-08T11:21:00Z</published>
    <updated>2011-10-19T02:51:30Z</updated>

    <summary>『彼岸寺』編集長　松下弓月さんインタビュー最終回です。お坊さんになり、仏教によって「生きる文脈」を変えた弓月さんは、今はご自身のお寺の仕事をしながら『彼岸寺』の運営に力を注いでおられます。弓月さんが『彼岸寺』にエネルギーを傾けるのはどうしてでしょうか？　また、ブログメディアとして出発した『彼岸寺』を、これからどんな場にしていきたいと構想されているのでしょう。...</summary>
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        <name>杉本恭子</name>
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        <![CDATA[<p>『彼岸寺』編集長　松下弓月さんインタビュー最終回です。<br />お坊さんになり、仏教によって「生きる文脈」を変えた弓月さんは、今はご自身のお寺の仕事をしながら『彼岸寺』の運営に力を注いでおられます。弓月さんが『彼岸寺』にエネルギーを傾けるのはどうしてでしょうか？　また、ブログメディアとして出発した『彼岸寺』を、これからどんな場にしていきたいと構想されているのでしょう。改めて、お話を伺っています。<br /><br />「どうして自分の問題をシェアする方向に向かったのか」を質問したとき、弓月さんは大学の講義である先生に言われた「NO FOOL QUESTION」という言葉をあげています。弓月さんがオープンに自分の問題や疑問を語られるのは、「誰かが疑問に思うことなら他にも必ず役に立つことがある」という考えがベースにあるからなのだと思います。そして、この考え方はアクションを起こす勇気をくれるものだなあと思うのです。<br /><br />弓月さんのインタビューからは、「こんな風に考えてみるといいのかも」というヒントが見つかると思います。ぜひ、最初からお読みください（<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/09/yuzuki01.html">第一回</a>、<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/09/yuzuki02.html">第二回</a>）。最終回は恒例の『坊主めくりアンケート』もありますよ。<br /> </p>]]>
        <![CDATA[<h3>自分の問題をシェアする意味</h3><img alt="白川密成さんと一緒に。" src="http://www.higan.net/bouzu/images/yuzuki/yuzuki07.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" height="210" width="280" /><b>――弓月さんは、ご自身のお寺の仕事をしながらも、かなりの時間とエネルギーを『彼岸寺』に使っておられますよね。お寺の仕事もあるのに、『彼岸寺』にそこまで力を注ぐのはなぜですか？</b><br />ごく個人的な理由からです。お坊さんになってこの苦しみを解決したいと思ったときに、その方法を学び実践する場所がないと感じましたし、自分がそう感じるならきっと他の人も感じているように思うんですよ。私と同じように、仏教のことをやりたいけれどもできないと感じている人や、意識はしていなくても潜在的にそういうニーズを持っている人も少なくないと思います。お坊さんかお坊さんでないかに限らず、仏教によって何か良い方へ向かう経験をしてきた人たちとはニーズを共有できると思うんですよね。<br /><br />自分がこんなに苦しくて苦しくてしょうがないと思っていたので、そういう気持ちでいる人は少しでも少なくなってほしいですし、「今まで感じてきた苦しみは無駄ではなかったのかな」と思ってもらえるなら、私が経験してきた苦しみも意味あることになると思うので。<br /><br /><b>――自分の問題を解決しようと思うと同時に、きっと他にも同じ思いをしている人がいるかもしれないからアクションを起こして共有しようとする。そういった考え方は、どういうところから出てくるのでしょう？</b><br />大学の講義で、質問を呼びかけられることがありますよね。「こんな質問をしたら迷惑かな」「バカだと思われるんじゃないかな」って感覚があると思うんですけど、ある先生が「誰かが疑問に思うことなら他にも必ず役に立つ人がいるから、躊躇しないで何でも質問しなさい」と言ってくれて。「NO FOOL QUESTION」って言ってたと思うんですけど、それがこういう風に考える原点かなと思います。<br /><br />自分は特殊な人間じゃなくてごく普通の人間だし、困ったなあと思うことがあれば同じように困っている人がいる。その問題解決は、重要性が高いと思った人がやればいいと思うんですね。<br /><br /><b>――少しふしぎに思うのですが、弓月さんは「この社会にいる居心地の悪さ」に苦しさを感じておられたのに、社会に刃を向けたり背を向けることはなかったんですね。お坊さんになってからは、むしろ自分の問題を社会でシェアする方向に向かってさえいるというか。</b><br />うーん。あまり人を憎んだりはしないんです。疲れるじゃないですか？　それに、ひとりの人の経験や苦しみは、ある時代の社会のなかで生まれてくるものであっても、その背景には何百年にもわたる歴史がありいろんな人が関わってきた結果、誰が悪いわけでもなく生じていることなんですよね。そう考えると、「社会が悪い」と言うときの「"社会"ってなに？」という話だと思うんです。<br /><br />抽象的な"社会"とか、具体的な個人でもいいですけれども、そこに苦しみの原因があると考えるのは、むしろ問題解決されない方向に自分を追い込んでいくように感じるんです。それに、「こんなにつらいのは世の中のせいだ」というベクトルは、ありがちゆえにホントに本人がそう思っているのかな？　本人を含めてそう思わされているだけじゃなんじゃないかって感じますね。自分の苦しみを捉えるうえでは、自分を縛らない物差しで測る方向に持って行った方がいいと思います。<br /><br /><h3>お坊さんとして『彼岸寺』でやりたいこと</h3><img alt="『坊主デイズ☆ナイト』vol.3 で話す弓月さん" src="http://www.higan.net/bouzu/images/yuzuki/yuzuki09.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" height="300" width="199" /><b>――ところで、弓月さんと『彼岸寺』の出会いはどんな風だったんですか？</b><br />修行に入る前に、ネットでいろいろ情報を集めているときに松本のブログを見つけて。「こんな風に情報発信している同世代の僧侶がいる」と驚いたのが最初です。実際会ったのは、修行後にライブイベント『誰そ彼』に行ったときでした。松本が仲間のお坊さんと一緒にお経を読んでいたんですが、その方が赤と黒のチェックのパンクファッションで、あまりにお坊さんのイメージからかけ離れていて衝撃を受けました。<br /><br />その後、大学院の最後のほうに「本を作るような仕事がしたい」と編集学校に通ったことがあって、卒業制作のテーマに『彼岸寺』取材を選んで松本にインタビューをしました。ひととおり話を聴いた後、タクシーで一緒に帰っていたら神谷町のあたりで「あそこにビールのおいしいお店が」と松本が言って。閉店まで飲んでいたら、終電がなくなったので泊めてもらって、よく覚えていないんですけど気がついたら「何かやりましょう」っていう話になっていました。<br /><br /><b>――実際会ってみた</b><b>松本さんの</b><b>印象はどうでしたか。</b><br />本は読んでいましたが......どうだったんだろう？　今とあまり変わらないのかなと思いますけど、私が会ってきた人間のなかでは「すごいな」と思った人でしたね。当時の松本はお酒を飲んでいたので「すごい飲むなあ」とかかもしれないけど（笑）。年齢はほとんど変わらないのに、自分と比べると地に足をつけて考えていることを形にしているし、人も動かしているし。自分が持っていないものを、たくさんたくさん持っているなという感じでしたね。人として、尊敬できるなあと思いました。<br /><br /><b>――今年はじめに『彼岸寺』は大きなリニューアルをして、弓月さんは編集長という立場になられました。今後の彼岸寺はどういった方向に向かうのでしょうか。</b><br />仏教を学び実践するうえで、師となる人を探すことができる「仏教人データベース」を主エンジンとしてドライブさせていきたいと思います。そもそも、私にとっては『彼岸寺』は布施のひとつです。お坊さんは、法を説いて「法施」をして、法を説かれた人は「財施」や肉体労働で「身施」をするんですけれども、私にとっては『彼岸寺』での活動は「身施」だと思っていて。法を説いてくれた人たちに、その人たちの活動を支えるために少しでも自分ができることを返したいですね。<br /><br />お布施は「六波羅蜜」のひとつですからね！ 仏教の教えとして説かれていることは、自分なりに捉え直して実践して行くのは大切なことです。「こういう風にしなさい」といわれていることはやらないといけないと思います。<br /><br /><b>――個人的には、どんなお坊さんでありたいと思いますか？</b><br />お坊さんって、方法論を持っている人だと思います。「こういうことで困っています」と言われたときに、「こうしてみたらどうでしょうか」と考える思想的背景と、具体的な実践方法があって「一緒にやってみましょう」というところまで全部提供できる人になりたいです。話すことによって、今までの自分自身の在り方を振り返って考えたり、変えるきっかけを作れるような思考のツールを提供したいですね。<br /><br /><b>――それには、たくさん引き出しが必要そうですね。</b><br />そうですよね。死ぬまでにはそうなりたいと思います。<br /><br /><b>――ありがとうございました！これからもよろしくお願いします。</b><br /><br /><br /><br />

<div style=" margin: 15px 0px 15px 0px; padding: 10px; border: 1px solid #AED7D7;background-color: #F5F5F5;"><div style="text-align: center;"><h4>坊主めくりアンケート</h4></div>
<hr color="#AED7D7" size="1px" width="100%">

<p><strong>1）好きな音楽（ミュージシャン）を教えてください。特定のアルバムなどがあれば、そのタイトルもお願いします。</strong></p>

<p>小沢健二です。どれも好きですがアルバムで言うなら『Life』、曲で言うなら「天使たちのシーン」が好きです。ひふみよライブは最高だったので、ニューアルバムリリースが待ち遠しいです（あるのか？）。 <br /><br /></p>

<p><strong>2）好きな映画があれば教えてください。特に好きなシーンなどがあれば、かんたんな説明をお願いします。</strong></p>

<pティム・バートンの『ビッグ・フィッシュ』のラストシーンが好きです。この映画はホラ話ばかりしているお父さんと、本当のことを話して欲しいと思ううちにいつしか父親を嫌うようになってしまった息子の話です。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、最後に息子があれほど嫌っていた父親から「物語る」ということを引き継いでいこうとするシーンが素晴らしいです。<br /><br /><p></p>

<p><strong>3）影響を受けたと思われる本、好きな本があれば教えてください。</strong></p>

<p>鶴見済『人格改造マニュアル』です。発売当時に読み衝撃を受けました。<br /><br /></p>

<p><strong>4）好きなスポーツはありますか？　またスポーツされることはありますか？</strong></p>

<p>サッカー観戦です。あまりスポーツはしませんが、自転車に乗るのが好きです。 <br="" /></br=""></p>

<p><strong>5）好きな料理・食べ物はなんですか？</strong></p>

<p>皿うどんともつ煮です。三軒茶屋にある「長崎」というお店は両方食べれて最高です。<br /></p>

<p><strong><br />6）趣味・特技があれば教えてください。</strong></p>

<p>小説、ゲーム、語りなどメディアはなんであれ、物語に触れることが好きです。最近は映画が特に好きで毎日のように観ています。</p>

<p><strong><br />7）苦手だなぁと思われることはなんですか？</strong></p>

<p>色々ありますが、人とのコミュニケーションが苦手です。</p>

<p><strong><br />8）旅行してみたい場所、国があれば教えてください。</strong></p>

<p>良い温泉・映画館・書店・カフェがあるところならどこでも行きたいです。</p>

<p><strong><br />9）子供のころの夢、なりたかった職業があれば教えてください。</strong></p>

<p>研究者、作家、編集者などテクストに関する仕事です。</p>

<p><strong><br />10）尊敬している人がいれば教えてください。</strong></p>

<p>スティーブ・ジョブズです。細部へのこだわりと物事を動かしていく力に憧れます。</p>

<p><strong><br />11）学生時代のクラブ・サークル活動では何をされていましたか？</strong></p>

<p>YMCAで子どもをキャンプに連れて行くボランティアをしていました。</p>

<p><strong><br />12）アルバイトされたことはありますか？　あればその内容も教えてください。</strong></p>

<p>郵便配達、家のゴミ掃除、大学の授業補佐とかやりました。</p>

<p><strong>13）（お坊さんなのに）どうしてもやめられないことがあればこっそり教えてください。</strong></p>

<p>人間であること。</p>

<p><strong><br />14）休みの日はありますか？　もしあれば、休みの日はどんな風に過ごされていますか？</strong></p>

<p>週に一日は家族と過ごすようにしています。<br /></p>

<p><strong><br />15）1ヶ月以上の長いお休みが取れたら何をしたいですか？</strong></p>

<p>2?3日は映画を観て、あとはリトリートに行ったりしたいです。</p>

<p><strong><br />16）座右の銘にしている言葉があれば教えてください。</strong></p>

<p>「GODISNOWHERE」。昔、単語と単語のあいだにスペースを入れる習慣がなかったころの聖書の言葉です。読み手によって「God is now here」とも「God is nowhere」とも読めます。<br /></p>

<p><strong><br />17）前世では何をしていたと思われますか？　また生まれ変わったら何になりたいですか？</strong></p>

<p>前世にはあまり興味が持てません。できれば今生で終えたいですが、生まれ変わざるを得なさそうなのでどうなるかはともかく善業をなるべくたくさん積んでおきたいです。</p>

<p><strong><br />18）他のお坊さんに聞いてみたい質問があれば教えてください。（次のインタビューで聞いてみます）</strong></p>

<p>「あなたが生きていこうとするのはなぜですか？」</p>

<p><strong><br />19）前のお坊さんからの質問です。「お坊さんと普通の人の違いは何ですか？」</strong></p>

<p>「お坊さんである」ことです。</p></pティム・バートンの『ビッグ・フィッシュ』のラストシーンが好きです。この映画はホラ話ばかりしているお父さんと、本当のことを話して欲しいと思ううちにいつしか父親を嫌うようになってしまった息子の話です。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、最後に息子があれほど嫌っていた父親から「物語る」ということを引き継いでいこうとするシーンが素晴らしいです。<br /></div><br /><h3>プロフィール</h3><div><b>松下弓月／まつしたゆづき</b><br /></div><div>1980年神奈川県生まれ。東寺真言宗 福生山宝善院副住職。国際基督教大学（ICU）教養学部人文科学科卒（教養学士）、青山学院大学大学院文学研究科英米文学専攻博士前期課程修了（文学修士）。現在は『彼岸寺』編集長をつとめる。</div><br /><b>福生山宝善院</b><br /> 
東寺真言宗。建久三年（1192年）、鎌倉八幡宮寺（今の鎌倉八幡宮）に下向した京都・東寺の学問僧によって開山される。京都より請来された本尊不動明王
は、鎌倉八幡宮の大銀杏の下で暗殺された鎌倉三代将軍・源実朝公の妻・坊門信子（僧名：本覚尼）の念持仏と伝えられる。江戸時代には東海道五十三次平塚本
陣の菩提寺として栄えた。昭和20年7月16日の平塚大空襲で全焼するが、戦前までこの地方最大のお祭りは境内にある須賀神社の「午頭天皇の宮」で大いに
賑わった。<br />]]>
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    <title>ポストモダンかつ文学的なお坊さん／『彼岸寺』編集長 松下弓月さん（2/3）</title>
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    <published>2011-09-27T09:35:59Z</published>
    <updated>2011-10-08T12:07:20Z</updated>

    <summary>「掲載用に、昔の写真を何枚かお願いします」――『坊主めくり』では、お坊さんになる以前のお話をうかがうことが多いので、インタビュイーに過去の写真提供をお願いすることがあります。幼き日の得度のお写真などはほほえましい限りですが、出家・剃髪直前のお姿には驚きを禁じ得ないことがあります。剃髪と衣というスタイルの変化、そしてお坊さん生活はこうも人を変えるのかとビックリ...</summary>
    <author>
        <name>杉本恭子</name>
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        <![CDATA[<p>「掲載用に、昔の写真を何枚かお願いします」――『坊主めくり』では、お坊さんになる以前のお話をうかがうことが多いので、インタビュイーに過去の写真提供をお願いすることがあります。幼き日の得度のお写真などはほほえましい限りですが、出家・剃髪直前のお姿には驚きを禁じ得ないことがあります。剃髪と衣というスタイルの変化、そしてお坊さん生活はこうも人を変えるのかとビックリするんですよね。<br /><br />でも、今回のタイトル画像に使わせていただいた弓月さん写真は、はっきり言って史上最大のショック。誰だって、これを見たら「昔のアイドル？」と目を疑いますよね（愛と青春のナントカみたいなレコードのジャケットみたい！）。というか、インタビュー記事の前文なのに、写真のことばかりにかまけてスミマセン。ひとり抱えていたこの衝撃を、誰かと分かち合いたかったんです...（ふー）。<br /><br />さて、彼岸寺編集長・松下弓月さんインタビュー第2回は、修行時代に初めて向き合った仏教とどんなふうにつきあい、自らの"文脈"にしていったのかというプロセスの部分をうかがっています。第1回をまだ読んでいない方は、ぜひ最初からご覧いただければと思います（<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/09/yuzuki01.html">第1回はこちら</a>）。<br /></p><p><br /></p><p><br /></p>]]>
        <![CDATA[<h3>仏教が目の前に迫ってきた！</h3><img alt="護摩を焚く　松下弓月さん" src="http://www.higan.net/bouzu/images/yuzuki/yuzuki05.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" height="315" width="200" /><b>――修行に行くことで、それまで感じてきた苦しみが軽減され、そこで仏教に出会われた。</b><br />そうですね。修行中は、仏教がそこまで自分に染み込んできたかというとよくわからなかったです。ただ、とにかく毎日のなかで明確に目標が定められていて、まったく新しい考えとして仏教が目の前に迫ってきました。それをどう受け止めるのかをずっと考えるという状況が生まれてきて。自分がいやだと思っていたものに「付き合わされていた」状況から、目の前に現れた新しいものを「どう受け止めようか」というふうに心の動きに変わったのが良かったし、楽になったんじゃないかな。<br /><br />それで、仏教には苦しみと向き合うための方法が何かあるのかもしれないと感じて、修行後に『彼岸寺』の活動に関わったり、本を読んだりいろんな人の講演を聴きながら、その方法を探しはじめました。しばらく模索した後、仏教に関わってきた人たちの経験と、自分の抱えてきた経験に重なるものがあるとわかってきて、仏教には苦しみを解体する方法があると確信するようになったんだと思います。<br /><br /><b>――自分と仏教のリンクが深まるそのきっかけとなった仏教者には、どんな方がいらっしゃいますか？</b><br />南直哉さんとダライ・ラマ法王のおふたりかな。南さんに関しては、ご自身が仏教に向かわれた原因とその過程で経験されたことと、自分の経験に重なる部分があると感じたので、私も仏教から何か得られるかもしれないと思いました。<br /><br />ダライ・ラマ法王については、それとはまた別な感じですね。亡命して50年間一度も自分の国に帰れず、何百万人もの同胞を殺され、お寺は壊され文化を根こそぎやられてしまっても、平和的な対話を続けていくというスタンスを変えておられない。あまりにも大きい存在だし、自分には絶対にできないだろうなと思うけれど、人間にはそういうことも可能なんだなと感じるので。ダライ・ラマ法王のような在り方を可能にする仏教は、自分にとっても心の働きや活動をするうえで糧になる部分があるかもしれないと感じました。<br /><br /><h3>仏教には"方法論"がある</h3><img alt="護摩を焚く　松下弓月さん" src="http://www.higan.net/bouzu/images/yuzuki/yuzuki06.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" height="318" width="200" /><b>――「仏教には苦しみを解体する方法がある」とおっしゃっていますが、その方法論について話していただけますか。</b><br />たとえば、お釈迦さまが悟りを開いたプロセスを説明し、苦しみをなくしていく方法論を教える「四聖諦」という教えがあります。「四聖諦」では、自分の苦しんでいることの原因や過程をひとつずつほどいていけば、いずれ自分が今感じている苦しみも消えていくと説かれています。こんな風に、方法論をきっちり説く宗教はほかにはあまりないんじゃないかな。<br /><br /><b>――その考え方に触れたときは「なるほど！」と思われたんですか？</b><br />思いません（笑）。最初は修行中に講義で聞いただけなので、教義の説明として頭に入っただけでした。最初に読んで、後にも読んで、その後にも読んで、何度も読んで触れてきたなかで、やっとそれが単なる文字ではなくて体験としてイメージできるようになってきました。<br /><br /><b>――弓月さんは、ご自身と仏教をリンクさせるきっかけとして、他の仏教者との出会いをあげておられました。イメージを膨らませるうえでは、他の人がどういう風に仏教と向き合っているかを知ることが手がかりになるでしょうか。</b><br />ただ、人の経験を見ているだけでは手がかりにならないかもしれません。興味を感じたら、そこから先は自分自身で歩いてみないことには血や肉になりませんから。人から聴いて、何か自分に合うと感じるものがあるなら、自分で探していくしかないと思います。仏教について教えてもらうといっても、答えを教えてもらえるわけではないので。<br /><br />他の人の仏教の方法論や考え方のフレームに触れて、自分なりにそれがどういうことなのかを考えて、自分にとってどういう意味があるのかを捉えなおしたうえで実践してみる。さらに、実践して感じたことをもう一度フィードバックする。仏教語で「聞思修（もんししゅう）」と言いますけれど、この繰り返しのなかでしか、自分にとってどういうものが仏教なのかというものは出てこないと思います。<br /><br /><b>――仏教を"実践する"方法として、具体的にはどんな方法に興味を持っておられるんですか？</b><br />瞑想ですね。瞑想は、呼吸を観察することからはじめて、自分のなかで生じている感覚の流れを見ていきます。「足が痛い」という感覚があれば、「そこに痛みがあるんだ」とひとつ距離をとって観察し、足が痛いという「"苦しみ"に呑みこまれずにいられる自分」というステージに出るという方向に行くようです。自己流でやるのは難しいものなので、良い師を見つけて学びに行きたいのですが。<br /><br />自分自身が「学びたいことを学べる師を探したい」という必要を感じているので、同じ必要を感じる他の人にも役立つ仕組みを作れないかなと考えて、『彼岸寺』のリニューアルで『仏教人』というデータベースを作りました。それぞれが師となる人を見つけるには、まずはどんな人がいるのかという情報が伝わっていないと出会うこともできませんから。<br /><br /><br /><p></p>

<h3>プロフィール</h3><div><b>松下弓月／まつしたゆづき</b><br /></div><div>1980年神奈川県生まれ。東寺真言宗 福生山宝善院副住職。国際基督教大学（ICU）教養学部人文科学科卒（教養学士）、青山学院大学大学院文学研究科英米文学専攻博士前期課程修了（文学修士）。現在は『彼岸寺』編集長をつとめる。</div><br /><b>福生山宝善院</b><br /> 
東寺真言宗。建久三年（1192年）、鎌倉八幡宮寺（今の鎌倉八幡宮）に下向した京都・東寺の学問僧によって開山される。京都より請来された本尊不動明王
は、鎌倉八幡宮の大銀杏の下で暗殺された鎌倉三代将軍・源実朝公の妻・坊門信子（僧名：本覚尼）の念持仏と伝えられる。江戸時代には東海道五十三次平塚本
陣の菩提寺として栄えた。昭和20年7月16日の平塚大空襲で全焼するが、戦前までこの地方最大のお祭りは境内にある須賀神社の「午頭天皇の宮」で大いに
賑わった。<br /><br />]]>
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    <title>ポストモダンかつ文学的なお坊さん／『彼岸寺』編集長 松下弓月さん（1/3）</title>
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    <published>2011-09-20T14:20:11Z</published>
    <updated>2011-09-27T10:26:45Z</updated>

    <summary>今回の『坊主めくり』は、『彼岸寺』編集長・松下弓月さんインタビューです。弓月さんは、『坊主めくり』の企画を持ち込んだときからずっとお世話になっていて、私にとっては一番身近なお坊さん。近しい人へのインタビューは、親しいからこそ聴けることもあれば、「知っている」と思いこんでうっかり聞きそびれそうになることもあって、いつもとはまた違った緊張感がありました。弓月さん...</summary>
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        <![CDATA[今回の『坊主めくり』は、『彼岸寺』編集長・松下弓月さんインタビューです。弓月さんは、『坊主めくり』の企画を持ち込んだときからずっとお世話になっていて、私にとっては一番身近なお坊さん。近しい人へのインタビューは、親しいからこそ聴けることもあれば、「知っている」と思いこんでうっかり聞きそびれそうになることもあって、いつもとはまた違った緊張感がありました。<br /><br />弓月さんは、文学研究者を目指しておられたこともあり、仏教の語り口にもどこか文学的な香りが......。そのあたりの弓月さんらしい感じと、愛らしすぎる子ども時代など衝撃的（？）な写真も併せて楽しんで読んでいただければと思います！　全3回ロングインタビュー、第1回は出家の理由とお坊さんになることで起きた変化についてじっくり伺っています。<br /> ]]>
        <![CDATA[<h3>仏教が生きる"文脈"を変えた</h3><img alt="愛くるしい赤ちゃん時代の松下弓月さん" src="http://www.higan.net/bouzu/images/yuzuki/yuzuki01.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" height="189" width="280" /><b>――弓月さんがお坊さんになって今年で7年。お坊さんになって良かったと思うことはなんですか？</b><br />依って立つ位置を変えられたことですね。それまでは、自分で選択したわけでもないのにこの社会に生まれて生きていることが、自分にとっては居心地の良いものではなかったので、なるべく社会の端の方へ行こうとしていたんです。お坊さんになることで、形としてだけでも外に出ることができましたし、今はどこにいても自分は社会の論理とは違うところにいられるというか、膜のようなものを張って別の空気を吸っているという感覚があります。<br /><b><br />――自分の周りに膜を張っている感覚。もう少しくわしく教えていただけますか？</b><br />カート･ヴォネガットの『タイタンの妖女』という小説で、ラムフォードは宇宙船で"時間等曲率漏斗"というブラックホール的な何かに飛び込んだら、あらゆるところに存在するとともに特定の場所で実在化するという存在のしかたになってしまいますが、そういう感覚でしょうか。「ここにいてもここにいない」みたいな、異次元ワープしたような感じ（笑）。<br /><br />他の言い方をすると、たとえば東海道線と横須賀線は、たまたま同じ場所で並走することはあるけれども、向かっていく方向は違っていますよね。お坊さんになることで、同じことをしていても、その行為を位置づける文脈が変わったんだと思います。ものごとを考えるときに重要なのは、どの文脈に依って立つかということで、お坊さんになることでで生きる文脈を仏教に置いたということでしょうか。<br /><br /><img alt="幼少時代の松下弓月さん" src="http://www.higan.net/bouzu/images/yuzuki/yuzuki03.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" height="191" width="280" /><b>――お坊さんになることによって、同じ社会に生きていても向かう方向が違う存在になったということでしょうか。</b><br />そうです。とにかく文脈なんですね。今、自分がいる文脈をどう見いだすのかがすごく重要なんです。それまではこの社会の考え方で解釈するしかなかったのが、お坊さんになることで物事をぜんぜん違う文脈で解釈できるようになったというか。"誤読をする自由"って、文学研究の面白いところじゃないですか。特定のテキストを、心理学的に読んだり歴史学的に読んだりといろんな文脈で読み解くことができますよね。同じように、自分が生きていること自体も、どの文脈に置いて読みこむかというのは、自分自身で変えられることなので。<br /><br /><b>――文学研究者的な部分もすごく残っていますね。「読む」という言葉がたくさん出てきます（笑）。</b><br />そうそう（笑）。方法論としてはすごく残っているし、ポストモダンが好きだったので、観察者によって全然違う世界が立ちあがってくるというのは好きなんです。そういう部分は、お坊さんになっても変わっていないです。<br /><br /><br /><h3>「もう限界」と出家をして</h3><b>――弓月さんは、お寺生まれだけど「お寺を継ぐ」ために出家したわけではないそうですね。「お坊さんになろう」という考えが起きたときのことを覚えていますか？</b><br />23歳の時、大学院1年目の年末頃のことでした。具体的に理由があったわけではなくて、ただ本当に限界で社会から長期的に離れたかったんだろうと思います。たぶん、アジアに放浪旅行に行く人とたいして変わらない。ふと思い立ってという感じですかね。私の場合は、海外旅行に行くのは好きではなかったし、他には何も選択肢を思いつかなかったんです。<br /><br /><b>――修行についての予備知識は、一年間行くということくらい？</b><br />ほとんど事前情報はないですし、あまり教えてもらえないので。1年間行くということ、あまり外には出られないらしいという情報くらいしかありませんでしたね。<br /><b><br /></b><img alt="松下弓月さん 東寺での修行時代" src="http://www.higan.net/bouzu/images/yuzuki/yuzuki04.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" height="177" width="280" /><b>――修行に行くと決めたときに「限界だった」というのは、さきほどお話されていた「社会のなかにいる居心地の悪さ」が飽和してきたということでしょうか。</b><br />ただ存在していること自体がいやで何もしたくない。どうにか自分の存在を薄めてできることなら完全に消し去りたいという感覚が、子どもの頃からずーっとあったんです。この世界で生きることに対して、積極的に何かやりたいと思えなかったし、自分が自分であることが苦しかった。でも、どうにもできませんから、とりあえず一時的に気を紛らわせるか、死ぬことを考えるほかないのかなと思っていて。<br /><br /><b>――具体的に、死ぬことを考えたこともありましたか。</b><br />どうなんだろうなあ。鶴見渉の『完全自殺マニュアル』は高校生のころに読みましたし、自殺にはいろんな方法があるということは知っていましたから、実行するという選択肢もあったのにしなかったのは何でだろうなあ？　今覚えているのは、家族に迷惑がかかるということを思っていたなということでしょうか。<br /><br />映画『キューブ』みたいに、「自分」という四角四面な部屋に閉じ込められていて出る方法が全然ない。とにかくそこにいるのが苦しいのに、出る方法がないというのが当時の感情に近いのかな。そして、キューブの外側には社会があってどんどん押し込めてくるので、空間が狭まり圧迫されて苦しいというイメージです。修行に行くことによって、キューブの置かれている場所が変わる――つまり自分を置く文脈が変わったことによって、その圧迫感がなくなって苦しみが軽減されたんだと思います（<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/09/yuzuki02.html">第2回につづく</a>）。<br /><br /><h3>プロフィール</h3><div><b>松下弓月／まつしたゆづき</b><br /></div><div>1980年神奈川県生まれ。東寺真言宗 福生山宝善院副住職。国際基督教大学（ICU）教養学部人文科学科卒（教養学士）、青山学院大学大学院文学研究科英米文学専攻博士前期課程修了（文学修士）。現在は『彼岸寺』編集長をつとめる。</div><br /><b>福生山宝善院</b><br /> 
東寺真言宗。建久三年（1192年）、鎌倉八幡宮寺（今の鎌倉八幡宮）に下向した京都・東寺の学問僧によって開山される。京都より請来された本尊不動明王
は、鎌倉八幡宮の大銀杏の下で暗殺された鎌倉三代将軍・源実朝公の妻・坊門信子（僧名：本覚尼）の念持仏と伝えられる。江戸時代には東海道五十三次平塚本
陣の菩提寺として栄えた。昭和20年7月16日の平塚大空襲で全焼するが、戦前までこの地方最大のお祭りは境内にある須賀神社の「午頭天皇の宮」で大いに
賑わった。<br /><br /><br /><br />]]>
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    <title>俳優への道はなぜ雲水に通じたのか？――樋口星覚さん(3/3)</title>
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    <published>2011-08-19T00:10:00Z</published>
    <updated>2011-09-20T15:32:03Z</updated>

    <summary>彼岸寺のお坊さん・樋口星覚さんインタビュー第3回です。インタビューをしたのは、星覚さんがベルリンに発つ直前のこと。自然と話題はベルリンへ行く理由にも及びました。星覚さんがやりたいのは「禅を伝える」ということ。どんな人にも伝えられる禅の伝えかたとはどんなものだろう？　いまも、星覚さんは海の向こうで模索しているのだと思います。そして、星覚さんと彼岸寺の出会い、他...</summary>
    <author>
        <name>杉本恭子</name>
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        <![CDATA[彼岸寺のお坊さん・樋口星覚さんインタビュー第3回です。インタビューをしたのは、星覚さんがベルリンに発つ直前のこと。自然と話題はベルリンへ行く理由にも及びました。星覚さんがやりたいのは「禅を伝える」ということ。どんな人にも伝えられる禅の伝えかたとはどんなものだろう？　いまも、星覚さんは海の向こうで模索しているのだと思います。そして、星覚さんと彼岸寺の出会い、他のメンバーに感じていることについてもお話を伺っています（前回までのインタビューはこちら。<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/08/seigaku02.html">第1回</a>、<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/08/seigaku01.html">第2回</a>）。<br /> <div><br /></div>]]>
        <![CDATA[<h3>なぜ、星覚さんはベルリンで禅修行することになったのか？</h3>

<img alt="樋口星覚さん" src="http://www.higan.net/bouzu/images/seigaku/seigaku15.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" width="200" height="300" /><strong>――海外で禅を学びたいと思うようになったのはどうしてですか？</strong><br />永平寺で学んだことを伝えたいという気持ちはすごく強いんですけど、表現方法がわからない。俳優の道はそのひとつだと思うけれど、10年や20年でなんとかなる道ではないし。自分自身で納得のいく伝えかたをまだまだ学ぶ必要があります。<br /><br />海外では、禅やチベット仏教を、ヨガとか整体、生き方の哲学みたいに捉えているところがあって、わりと若い人が積極的に参加していたりする。お寺で、ご住職に禅を学ぶという感じじゃないんです。

まず、禅の考え方があって「やってみよう」というコミュニティができて、それが広がっていくという形で。NYにしてもベルリンにしても、坐禅する人たちがどんなところに魅力を感じて、どこに共感して人が集まってくるのか。自分の目で見ることができたら、考え方を伝えるヒントになるんじゃないかと思います。

<br /><br />渡欧にあたっては、横浜・善光寺さんに応援していただいて『横浜善光寺留学僧育英会』から1年間の奨学金をいただくことになりました。ひとまずベルリンを拠点に、ニューヨークにも行ってみたいと思っています。ニューヨークには禅の道場がたくさんあるようなので。<br /><br />&nbsp;<strong>――帰国後は、伝えることに本格的に取り組み、ゆくゆくはサンガのような形を作れたらいいなと思っていますか？<br /></strong>&nbsp;たぶん、それを目標にするっていうことはないですね。帰国するかどうかもわからないですから。ただ、一緒に坐禅する仲間が増えてくれたらいいなと思います。向こうに行けばそこにいる人と一緒に勉強をするつもりです。また、何かのきっかけで「ポルトガルがアツい！」と思えば、行ってしまうかもしれませんし。

<br /><br /><strong>――先行きを決めずにベルリンに行くことに不安はないんですか？</strong>
<br />不安ですよ、そりゃ。めちゃめちゃ不安ですよ。特に家族がいるとね。でも、どんなことをしていても不安はあると思うんです。たとえば、地震が起きて原発事故が起きたら、今までの仕事が全部なくなるという可能性もあるわけですよね。安全に、安全にと地歩を固めるよりも、今やるべき生活をしていれば不思議となんとかなるんじゃないかと信じてやってる感じです。<br /><br /><h3>彼岸寺の活動はベルリンでも続けます</h3>

<img alt="樋口星覚さん　ベルリン出発前、東京にて。" src="http://www.higan.net/bouzu/images/seigaku/seigaku14.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" width="280" height="210" /><strong>――星覚さんと彼岸寺の出会いはどんなふうに？</strong>
<br />『禅の旅』に来てくれた和尚さんの友達と一緒に彼岸寺のイベントに行ったら、気が合って一緒にやることになったんじゃないかな。圭介くん（松本）の本のなかに、車のお葬式をする話がありましたけど、あの車の持ち主がアイスホッケー部の後輩だったんですよ。僕もその車で一緒にドライブしていたからすごいご縁だなあと思いました。<br /><br />あと、弓月（松下）は僕の親友と幼なじみで。弓月は幼なじみから「俳優で禅の修行に行ったへんなヤツがいる」と聴かされていたらしく、僕と会ったときに「永平寺出身なら、こういう人がいませんでしたか？」と質問してきて、「あ、それは僕です」って（笑）。弓月は、お坊さんの友達というよりも、普通の友達という感じですね。

<br /><br /><strong>――弓月さんが星覚さんの話をするとき、いつも愛情がにじんでいるなあと思っていました（笑）。</strong>
<br />弓月にはお世話になってばかりで。こないだも、共通の友達と一緒にうちの実家にまでお説教しに来てくれて。「社会に出るということは」「結婚するということは」「子どもを育てるということは」といろいろ的確なアドバイスをくれました。彼は若いうちから結婚をして子どもを育てながらやりたいことをやっているから。友達であることは別にしても尊敬しています。

<br /><br /><strong>――そうなんですね。ベルリンに行っている間も、連載の更新など彼岸寺の活動は続けられますか？</strong><br />&nbsp;続けますよ。「ニューヨーク雲水日記」とタイトルをつけたら、行く前から渡航先が変わってしまったし、もうタイトルには地名を入れない方がいいかもしれませんね。<br /><br />&nbsp;<strong>――新しいタイトル、一緒に考えましょうか。ベルリンでどんなことを経験されるのか、連載や『日々是好日』で読ませていただくのを楽しみにしています！</strong><br /><br />

<div style=" margin: 15px 0px 15px 0px; padding: 10px; border: 1px solid #AED7D7;background-color: #F5F5F5;"><div style="text-align: center;"><h4>坊主めくりアンケート</h4></div>
<hr width="100%" size="1px" color="#AED7D7">

<p><strong>1）好きな音楽（ミュージシャン）を教えてください。特定のアルバムなどがあれば、そのタイトルもお願いします。</strong></p>

<p>坂本龍一さん（tokyo 042909） <br />Azumiさん（Balcony）<br />&nbsp;強（カーテンコール） <br /><br /></p>

<p><strong>2）好きな映画があれば教えてください。特に好きなシーンなどがあれば、かんたんな説明をお願いします。</strong></p>

<p>もののけ姫 <br /><br /></p>

<p><strong>3）影響を受けたと思われる本、好きな本があれば教えてください。</strong></p>

<p>海・呼吸・古代形象―生命記憶と回想（三木成夫）<br />正法眼蔵（道元禅師）<br />情緒と創造（岡潔）<br /><br /></p>

<p><strong>4）好きなスポーツはありますか？　またスポーツされることはありますか？</strong></p>

<p>格闘技　あります <br="" /></br=""></p>

<p><strong>5）好きな料理・食べ物はなんですか？</strong></p>

ごはん<br />

<p><strong><br />6）趣味・特技があれば教えてください。</strong></p>

<p>スケッチ</p>

<p><strong><br />7）苦手だなぁと思われることはなんですか？</strong></p>

<p>勇気を出すこと</p>

<p><strong><br />8）旅行してみたい場所、国があれば教えてください。</strong></p>

<p>地球</p>

<p><strong><br />9）子供のころの夢、なりたかった職業があれば教えてください。</strong></p>

<p>ケーキ屋さん</p>

<p><strong><br />10）尊敬している人がいれば教えてください。</strong></p>

<p>宏樹さん、晃輝、妻</p>

<p><strong><br />11）学生時代のクラブ・サークル活動では何をされていましたか？</strong></p>

<p>アイスホッケー</p>

<p><strong><br />12）アルバイトされたことはありますか？　あればその内容も教えてください。</strong></p>



<p>ホスト　歌舞伎町でお酒を飲む&nbsp;<strong></strong></p><p><strong>13）（お坊さんなのに）どうしてもやめられないことがあればこっそり教えてください。</strong></p>

<p>facebook</p>

<p><strong><br />14）休みの日はありますか？　もしあれば、休みの日はどんな風に過ごされていますか？</strong></p>

<p>四九日　一日中寝ていられる<br /></p>

<p><strong><br />15）1ヶ月以上の長いお休みが取れたら何をしたいですか？</strong></p>

<p>その間の四九日はさらに一時間長く寝る</p>

<p><strong><br />16）座右の銘にしている言葉があれば教えてください。</strong></p>

<p>潜行密用は愚の如く魯の如し <br /></p>

<p><strong><br />17）前世では何をしていたと思われますか？　また生まれ変わったら何になりたいですか？</strong></p>

<p>龍</p>

<p><strong><br />18）他のお坊さんに聞いてみたい質問があれば教えてください。（次のインタビューで聞いてみます）</strong></p>

<p>「お坊さんと普通の人の違いは何ですか？」</p>

<p><strong><br />19）前のお坊さんからの質問です。「自分の死を明確に意識して生きていますか？　もしそうならばそれは日常にどのように影響しているのでしょうか？」</strong></p>

<p>意識していません。</p></div><br />

<h3>プロフィール</h3><b>樋口星覚／ひぐちせいがく</b><br />シンガポールに生まれ、幼少時代をポーランド・イギリス・鳥取県で過ご
す。慶應義塾大学法学部を卒業後、大本山永平寺で雲水（禅の修行僧）として修行を積 
む。中国南普陀寺、アメリカ好人庵、ポーランド法楽寺、ドイツ普門寺、寂光寺など多くの海外禅道場へも参禅し、現在ベルリンを中心に活動中。 
都市生活で実践する雲水のライフスタイルを提案するウェブカフェ、雲水喫茶を主催している。<br /><a href="http://www.higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=25&amp;blog_id=58">http://www.higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=25&amp;blog_id=58</a><br /><br /><b>雲水喫茶</b>　<a href="http://www.unsui.net/">http://www.unsui.net/</a>]]>
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    <title>俳優への道はなぜ雲水に通じたのか？――樋口星覚さん(2/3)</title>
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    <published>2011-08-11T04:16:13Z</published>
    <updated>2011-08-19T00:05:10Z</updated>

    <summary>彼岸寺のお坊さん・樋口星覚さんインタビュー第2回です。星覚さんは、娑婆に生きる雲水でありながらも、どこか浮世離れしたようなふんわりしたところのある人です。お話をしていても「うーん、そうかなあ」とほわほわっとしたお返事が宙に浮いているときもあるのですが、「胸を借ります！」みたいな気持ちでドーンと懐に飛び込んで質問をすると、ゴーンと力強く響くような返事が返ってく...</summary>
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        <name>杉本恭子</name>
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        <![CDATA[<p>彼岸寺のお坊さん・樋口星覚さんインタビュー第2回です。星覚さんは、娑婆に生きる雲水でありながらも、どこか浮世離れしたようなふんわりしたところのある人です。お話をしていても「うーん、そうかなあ」とほわほわっとしたお返事が宙に浮いているときもあるのですが、「胸を借ります！」みたいな気持ちでドーンと懐に飛び込んで質問をすると、ゴーンと力強く響くような返事が返ってくるんですよね。今回の記事の後半では「何のために坐禅するんですか？」なんて、禅僧に対してやや不躾とも言える質問をぶつけてしまっていますが、それこそ全身でドーンと応えていただいて、「いつか、星覚さんに坐禅を指導していただきたい.....」.という気持ちだけが残りました。明確な答えはない、でも伝わってくる。そんな感じのやりとりだったなあと思います（<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/08/seigaku01.html">前回のインタビューはこちら</a>）。</p><div><br /></div><p></p>]]>
        <![CDATA[<h3>なぜ、シャバに生きる雲水の道を選ぶのか</h3><br /><img alt="表現者としての星覚さん" src="http://www.higan.net/bouzu/images/seigaku/seigaku07.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" width="210" height="280" /><b>――永平寺から下りられたあと、どこかのお寺の住職になるという発想はゼロだったんですか？</b><br />全然ないですね。「お寺に入りませんか？」という縁談はちょくちょくいただきましたけど、僕みたいなのがそんな恐れ多くて。<br /><br /><b>――住職としてお寺に入ることには興味がない？</b><br />たぶん、そう簡単じゃないですね、お寺の住職さんになるというのは。自分が坐禅をしていて、それに共感してくれる人が集まって一緒に生活するようになって、「じゃあサンガが必要だ」「この家にしようか」とお寺ができていくのが自然なかたちだと思うんです。でも、そのプロセスなくいきなりお寺に入って、すでにあるコミュニティを保持しながら何とかするというのは、ちょっと在家出身の僕には難しいんじゃないかなと思います。<br /><br />今、葬式仏教っていう言葉は悪いイメージで使われることが多いですけど、とても立派だと思いますね。小さい頃からお檀家さんに育てられてその期待を一身に背負って永平寺に上がる。それだけでもね、普通の人ではできないことですよ。恋人とも離れて、自分が行きたいかどうか本当のところはわからないようなところで何年も修行してお寺に戻り、「良く帰ってきた」と喜んでくれるお檀家さんのために一生お坊さんをする。小さい頃からそう育てられてきて、自然の縁の流れで住職になっていくわけです。永平寺の修行仲間の葛藤や影の努力を見てきたから、「そこにお寺があるから」とポンと入るというのは、僕には難しい気がしました。<br /><b><br />――永平寺から下りるとき、お寺の御子息はお寺に帰っていかれる。星覚さんは「じゃあ！」と東京に（笑）。かなり異色ですよね。つまり、星覚さんはお坊さんという"職業"をしておられない。</b><br />まあ、あまりいないかもしれませんね。ごくたまに、法要でお経をよんでほしいと言われたり、ご縁があったときにはしますけれど。一般的なお坊さんに比べるとすごく少ないと思います。<br /><br /><b>――ありていに言うと、お布施で暮らしていないお坊さんは珍しいのではないでしょうか。ご住職ではなくても本山勤務、役僧をして暮らしておられる方もいれば、他の職業を主としていて「僧侶資格を持っているだけ」という方もいる。星覚さんは、「お坊さん」を軸に生きていながら収入とは結びつけていませんね。</b><br />どうなんでしょうね。そうか、だいたいお寺を持っている人が多いのかな。そう言われてみればそうですね。僕もお寺を持った方がいいかな？<br /><br /><b>――いやいや、そういうわけじゃないと思いますけど（笑）。</b><br /><br /><br /><h3>ラブワゴンならぬ禅ワゴン!?　のべ200人を永平寺へ案内した『禅の旅』</h3><br /><img alt="『禅の旅』のひとコマ。鐘をつく星覚さん" src="http://www.higan.net/bouzu/images/seigaku/seigaku12.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" width="280" height="186" /><b>――永平寺での坐禅体験をプロデュースする『禅の旅』をしておられましたね。どんな内容だったんですか？</b><br />永平寺から下山して1年ほど経ったときに、「永平寺で坐禅してみたい」と言う人が多いから、「しょうがないな。まとめて連れていくよ」と始めました。"禅ワゴン"という、ラブワゴンばりのワゴンで行くんですよ。10人乗りなので、最大9人が定員。ひとりひとりにちゃんと付いて体験してもらうには、それが限度かなと思いますしちょうどいい人数だったと思います。そしたら、やけに評判が高くて「私も行きたい！」「私も！」と言われるものだから、月一回くらいのペースで通算20回は行ったかな。<br /><br /><b>――すごい。のべ200人くらい連れて行ったんだ。</b><br />そうですね。永平寺のそばの天竜寺というお寺に泊めていただくんですけど、そこでは一般の人も禅僧と同じく"応量器（おうりょうき）"という、マトリョーシカみたいにお椀のなかにいろんなサイズのお椀が入っている食器を使って、作法通りに食事もさせていただけるんです。永平寺だと修行僧とともに生活はできないけれど、天竜寺なら本格的な修行体験ができる。でも、やはり永平寺にも行きたい人が多いので、朝は永平寺のお勤めに参加するというコースで旅をしていました。多い人は、4、5回リピートしていたり、「すごく日常の見方が変わった」「人生が変わった」と言ってくれたりして。一泊二日の旅なんですけどね。<br /><br /><img alt="ヨガスタジオでの坐禅指導" src="http://www.higan.net/bouzu/images/seigaku/seigaku10.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" width="280" height="210" /><b>――じゃあ、娑婆での雲水活動というのは、『禅の旅』とヨガスタジオでの坐禅指導がメインだったんですか？</b><br />永平寺では朝の坐禅のことを暁天坐禅（きょうてんざぜん）と言うんですけど、都内のヨガスタジオで坐禅をしてお経をあげて、お粥をいただく（行粥／ぎょうしゅく）までを体験してもらうクラスを毎朝開いていました。朝6時半集合、8時ごろ解散。早くしすぎると来れなくなるし、遅くすると会社に間に合わなくなるので、時間設定が難しかったです。<br /><br /><b>――平日朝の坐禅クラス。いわゆる朝活ですね。参加者は都内にお勤めの方たち？</b><br />はい。男女比は意外と同じくらいでした。ワークショップなどでは女性が多かったりしたのですが、暁天坐禅は男性もけっこう来てくれていました。僕としても男性に来てほしいなあと思っていたので、ちょうどよかったです。<br /><br /><br /><h3>何のために坐禅するのか？</h3><br /><b>――曹洞宗ではご本尊は釈迦牟尼仏ですよね。坐禅や作法、自分をどう磨くかという話と、仏さまを拝むという行為はどう接続するんですか？</b><br />お釈迦さまが伝えたことは脈々と今に伝わっているんだという接点です。毎朝のお勤めで、過去七仏（お釈迦さま以前の七仏の如来）、釈迦牟尼仏、大迦葉や摩訶迦葉などの釈迦十大弟子からずーっとお名前を読んでいって、道元さん以降の永平寺歴代貫主のお名前を読むんです。そこで、ダイレクトにお釈迦さまにつながっていることを確認しますよ。道元さんまでで57人、現在の猊下で第79世ですから約140人ですね。つながりは裏がとれているというか。師匠から教わる、先輩から教わる。その大本にいるのがお釈迦さまなんだという考え方だと僕は理解しています。<br /><br /><b>――坐禅をすることによって目指す到達点はあるのでしょうか。</b><br />僕は考えたことがないし、少なくとも永平寺では解脱とか悟るとか教わらないですね、まったく。何かを目指すというものではないんじゃないかな。<br /><br /><img alt="ベルリン出発直前、東京にて。" src="http://www.higan.net/bouzu/images/seigaku/seigaku13.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" width="280" height="210" /><b>――端的に言えば、何のために坐禅するのでしょう？</b><br />難しい質問だなあ。お父さんが日本語をしゃべっているから、気づいたら自分も日本語をしゃべっていたという感覚に近いんじゃないですかね。師匠が坐禅をしていたから、自分も坐禅をしている。特に意味はないですね。坐禅は、自分が大切にしたい生き方なんだというのが一番しっくりくるかな。後付けの理由ならいろいろありますよ。坐禅の時間を持つと頭も身体もすっきりするとか......でも、究極のところは、ご縁があった人がやっていたからマネをしてみたということです。やってみたことはありますか？　姿勢を整えるだけで......（姿勢を整えてとても気持ちのよい表情に）。<br /><br /><b>――えーと（笑）。たとえば、iPhoneアプリ『雲堂』で坐禅してみて「気持ちがいい」と感じるのは、禅の入り口としてはとても良いと思います。でも、その「気持ち良さ」だけが先行すると単なるボディ・エクササイズになってしまうのではないでしょうか。</b><br />どうなんでしょうね。道元さんは中国留学から帰国した後、「仏法とは何だ？」と問われて「眼横鼻直（目は横、鼻は縦）」と答えたそうです。誰にとってもあたりまえのことのなかに道元さんが言いたかったことがあって、それが伝わってみんなが幸せな生き方をできるのであれば、あるいは信仰や宗教的な部分が欠けたとしてもそれはそれでいいんじゃないかな。<br /><br />でもね、ちゃんと伝わったいうときには、信仰の部分が欠けて伝わることはまずあり得ないと思うんです。たとえ入り口が『雲堂』であったとしても、極めればいつか宗教的な境涯にたどり着くんじゃないかというヘンな確信みたいなものがあるかな。<br /><br /><b>――つまり、「なぜ星覚さんは坐禅するのか」という問いの答えは、自分で坐ってみることのなかにありそうですね。</b><br />いや、とにかく楽で楽しいんですよ。ホントに楽しいし、すごく魅力的な生き方が禅のなかにあるということは確信を持って言えます。みんなもそうすればいいのになあとは思うけれども、現代の多くの人たちが向かっている方向とはあまりに違うことはわかっているので。どう伝えるのか苦労しているのかなという気がします。最近は随分変わってきているとも感じますけれど。<br /><br /><b>――禅の魅力を伝える方法を模索するプロセスのなかに今回の渡欧があるんですね。</b><br />その通りです（<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/08/seigaku03.html">次回に続く</a>）。<br /><br /><br /><h3>プロフィール</h3><b>樋口星覚／ひぐちせいがく</b><br />シンガポールに生まれ、幼少時代をポーランド・イギリス・鳥取県で過ご
す。慶應義塾大学法学部を卒業後、大本山永平寺で雲水（禅の修行僧）として修行を積 
む。中国南普陀寺、アメリカ好人庵、ポーランド法楽寺、ドイツ普門寺、寂光寺など多くの海外禅道場へも参禅し、現在ベルリンを中心に活動中。 
都市生活で実践する雲水のライフスタイルを提案するウェブカフェ、雲水喫茶を主催している。<br /><a href="http://www.higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=25&amp;blog_id=58">http://www.higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=25&amp;blog_id=58</a><br /><br /><b>雲水喫茶</b>　<a href="http://www.unsui.net/">http://www.unsui.net/</a><br /><br />]]>
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    <title>俳優への道はなぜ雲水に通じたのか？――樋口星覚さん(1/3)</title>
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    <published>2011-08-01T09:18:19Z</published>
    <updated>2011-08-11T04:39:28Z</updated>

    <summary>彼岸寺のお坊さんめくり2人目は、現在ベルリンで禅修行をされている樋口星覚さんです。星覚さんとは、『Ustream』の生放送でお目にかかったり、メールのやりとりはしていたものの実際にお会いするのは初めて。でも、お会いしてすぐに、星覚さんの持つほんわかした雰囲気に包まれるのを感じて、心地よくお話を聴かせていただきました。今回もロングインタビューになりましたので、...</summary>
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        <name>杉本恭子</name>
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        <![CDATA[彼岸寺のお坊さんめくり2人目は、現在ベルリンで禅修行をされている樋口星覚さんです。星覚さんとは、『Ustream』の生放送でお目にかかったり、メールのやりとりはしていたものの実際にお会いするのは初めて。でも、お会いしてすぐに、星覚さんの持つほんわかした雰囲気に包まれるのを感じて、心地よくお話を聴かせていただきました。今回もロングインタビューになりましたので、3回に分けてお届けします。まずは、星覚さんがどうして出家したのか、そして永平寺での厳しい修行をどう受け止められたのかについて、お話をうかがっています。<br /><br /><br />]]>
        <![CDATA[<h3>アイスホッケー青年が俳優、そして雲水になった理由</h3><br /><img alt="樋口星覚さん?子ども時代の星覚さん" src="http://www.higan.net/bouzu/images/seigaku/seigaku04.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" width="280" height="187" /><b>――星覚さんは、大学では何学部だったんですか？</b><br />法学部政治学科。仏法の法じゃないですよ。法律の法、ダルマ学部じゃないです。<br /><br /><b>――ダルマ学部じゃなくて（笑）。雲水であり俳優でもあるという、現在の星覚さんの原点は学生時代にあるのかなと思っていて。大学では演劇部に？</b><br />いえ、けっこうガチの体育会系のアイスホッケー部でした。たまたま友達に「英語劇を一緒にやろう」と誘われて行ったら、そこに演出家の奈良橋陽子さんがいたんです。陽子さんの言うことがどえらい衝撃的だったので、これはちょっと生きる道を考えたほうがいいなと大きな転換点を迎えることになりました。まだ、19歳くらいだったんじゃないかな。<br /><br /><b>――ずいぶん本格的な英語劇だったんですね。奈良橋さんはどんな方ですか？</b><br />UPS（United Perfomer's Studio）という演劇事務所などを主宰していて、藤田朋子さんや別所哲也さんなどを発掘された方です。奈良橋陽子さんからは、オダギリジョーさんや菊池凛子さんも学ばれていたようですね。ニューヨークにあるアクターズ・スタジオの『メソッド演技法』を取り入れた演技指導をされています。<br /><br /><b>――星覚さんが、奈良橋さんに出会って受けた衝撃について教えてください。</b><br />初めて陽子さんのところに行ったときに、「部屋の隅からモノを取ってくる」という動作をしたんですね。それが、ごく普通の動作なのに、みんなに見られているときと見られていないときで全然動きが違うんです。見られていることを意識していると、心の動きが必ず身体に出る。緊張は癖になって身体に染み付いているんです。そのクセを取り去ることで自分の核となる心に触れることができるし、その核となる心をさらけ出すのが演技の芸術だという話をされました。<br /><br />演技というのは、他の人の前で演じる能力を高めるとか「付け加えて」いくものだと思っていたのに、「何もしない」ことが演技の要なんだと言われてこれは面白いなあと思ったわけですよ。<br /><br /><img alt="樋口星覚さん――演劇時代の1コマ" src="http://www.higan.net/bouzu/images/seigaku/seigaku06.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" width="280" height="157" /><b>――その面白さから演技に興味を持つようになったんですね。そこに仏教あるいは禅がクロスしたのはどういうわけだったんでしょう。</b><br />そのときは、禅のことはあまり知らなかったですね。映画『ラストサムライ』を陽子さんがやったとき、「侍」という字が「寺の人」と書くことに気がついたんです。「お寺には何かあるな」と思って調べていたら、道元さんの『正法眼蔵（しょうぼうげんぞう）』に出会いました。読んでみると、道元さんの言うことと陽子さんが教えている『メソッド演技法』にはすごい共通するものがある。アートと日本の禅は芯の部分で共通するものがあるんじゃないかと感じました。<br /><br />東京で大学生をしていると、「いかに所有するか」「富を得るか」「何を得るのか」と、「得る」ことばかりに目を向けてしまうけれど、「本当に生きる」というのはそういうことじゃないんじゃないかと。「本当に生きる」ことに迫るのが俳優や禅の道で、一生をかけて追求できるんじゃないかと思い始めたんです。<br /><br /><b>――その道を追求するには、NYのアクターズ・スタジオに行く可能性もあったと思うのですが、永平寺を選ばれたのはどうしてですか？</b><br />僕は、海外で生まれ育ったので日本が好きだったんです。日本の良さもすごくわかっていたし。学生時代にいろんな国に旅行をして、日本人として本当に身につけるべきなのは、英語や外交能力よりも自分たちの国の文化を深く知って「私たちにはこういう伝統がある」としっかり身体で表現できることじゃないかと考えていました。英語や外国文化を勉強するのはその後でいいんじゃないかなと強く感じていて。NYへ演技手法を学びに行くことも、芯の部分では同じなんだけれども、日本人として日本文化の核に触れられる場所で勉強したくて永平寺に上がりました。<br /><br /><b>――修行に行く前には、お寺やお坊さんとのご縁はあまりなかったということ？</b><br />ないですね。ただ、父が幼い頃に戦争を経験していて、一家でお寺に疎開していたことがあって。父のいとこに永平寺のお坊さんがいて、法事の時や親族で集まるときには会って仲良くしていたので、普通の人よりはご縁があったのかもしれない。僕が永平寺に上がるときには、その方に師僧になっていただきました。<br /><br /><br /><h3>永平寺の修行システムが760年続く理由</h3><br /><img alt="永平寺" src="http://www.higan.net/bouzu/images/seigaku/seigaku_03.jpeg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" width="280" height="186" /><b>――永平寺に行くぞ！ と決めた最初の段階はかなり直感的ですよね。修行に入ってからはタイヘンでしたか？</b><br />大変だったし、もう一回行けと言われたら行きたくない......でも、行きたくないけど行きたいような......部活みたいな感じですかね（笑）。体育会系の部活経験があったので耐えられた部分もあったのかもしれません。<br /><br /><b>――禅宗の僧堂はかなり体育会系で、警策（棒）がいくらでも折れると聞いたりしますけども......。</b><br />そうですねえ（笑）。外国人の人が入門すると「こんなのはおかしい！」とすぐに辞めてしまうこともあります。やはり、厳しい年功序列はかなり日本的というか。でも、その上下関係がいいところでもあるんです。最初のうちはわからないけれど、何年も経つと「これがいいんだ」とだんだんわかってきますよ。<br /><br /><b>――星覚さんご自身は上下関係の厳しさに理不尽さを覚えることはなかったんですか？</b><br />ありますよ。「絶対おかしいだろ」ってしょっちゅう思ってたんですけど、それでいいんだなって......。永平寺は、ひとつの大きな家族なんです。厳しい上下関係は、全然関係ない他人との間では成り立たないけど、本当にその人のことを家族のように思っているとわかった上であれば成り立つんです。むしろ、理屈で正しいことを言うよりも、「上の人の言ったことが絶対正しい」としたほうが、上も下もお互いに成長できるんだと気づいたときには「なるほど」と思いましたね。<br /><br /><b>――それは、下の人は目上の人を信頼して従い、上の人は責任を持って下の人を指導するというようなこと？</b><br />そうですね。永平寺ではどんな人でも偉くなるんです。どんなに能力がなくてもその役に就いたらやらなきゃいけないし、人間ってそこに就けばたいていの仕事ができちゃうんです。そうなると「自分の能力でこのポストに就いている」んじゃなくて、「みんながそこに就かせてくれているんだ」という心持ちになります。<br /><br />すると、「自分の能力を高めて見せつけよう」「発揮しよう」という考え方から、周りを見渡して「いかに全体の調和をうまくとるか」を考えて、みんなのために自分ができることを精一杯やるという考え方になってくる。永平寺は、それで760年まわっているんですよ。<br /><br /><b>――実力主義の正反対ですね。</b><br />そうなんですよ。僕は、大学を卒業するときは「実力主義じゃないとおかしい」と思っていたのですが、ある条件のもとではそうじゃないこともあるし、そっちのほうが人間が長持ちするというか、持続する社会もあるんだなあということに気がついて。僕は永平寺のシステムがすごい好きですね。<br /><br /><b>――永平寺のシステムを成立させる「ある条件」とはどんなものなのでしょう。</b><br />ひとことでいえば家族愛じゃないでしょうか。「これはご縁なんだ。こいつの面倒は最後まで見る」って思ってるんですよ、先輩は。<br /><br /><img alt="樋口星覚さん――坐禅風景" src="http://www.higan.net/bouzu/images/seigaku/seigaku09.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" width="280" height="187" /><b>――その時は理不尽に思えても、先輩はすごくちゃんと考えてくれているということ？</b><br />うーん。あんまりちゃんと考えていないことも（笑）。たとえば「カラスは白い」と言われたら「ハイッ！」と言って、その瞬間からカラスは白いと思って行動しなければいけない。でも、人間って間違えることもありますよね。で、永平寺では次の日に何もなかったような顔をして「カラスは黒い」と言えるんです。するとまた下の人は「ハイッ！」て言わなければいけない。<br /><br />で、もし能力主義や理屈が通る社会なら「カラスはこのような理由で白だ」と説明しなければいけないし、下の人もその理屈に納得して従いますよね。それだと、次の日に「カラスは黒」と言われたら「先輩、それは違うんじゃないですか？」ということになる。理屈で従わせていると、一度言ったことを覆すために別の理屈が必要になります。<br /><br />でも、上にいる人は全体が見えていますから、次の日に全然別なことを言ったとしても「そのときはそれが正しい」。また次の日も「そのときはそれが正しい」。そこに家族愛があれば、ちょっと間違えたり理屈が違っていても、総体としては理屈とは違う正しさのようなものが受け継がれていくんですね。みんながそれを理解していると、何パーセントか間違う部分があっても、全員が気づくようになるんですよ。先輩としても自分の間違いに気づいたら直すし、それでも従ってくれた下の人たちに責任を感じるから「次はもっとちゃんと判断しよう」と判断力も磨かれていきます。<br /><br /><b>――そして、最初は反発していた人も、その仕組みを理解して納得して行く。</b><br />しかも、自分が上の立場になると、実は従っているだけの方が楽だったんだと気づきます。やっぱり、最初は殴られたら「なんてヒドイ先輩だ」と思っていたんですけど、上になると殴るほうがむしろ親切だし、殴ったりガツンと言う方が難しいということもわかる。殴ると自分の手も痛いし、ガツンと言うにはまずは自分がきちんとやっていなくちゃいけない。「ハイッ！」て従っていたほうが楽だったんだなと思います。<br /><br />能力って、測り方がどこかで恣意的なものになるけれど、入山した年度という絶対的な尺度で年功序列にするのも昔ながらの智慧です。ネイティブ・アメリカンなんかもそうだったんじゃないかな。酋長の言うことは絶対に正しい。そこが崩れてみんなが勝手なことをしはじめると、いろいろ問題が起きてきちゃう（<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/08/seigaku02.html">次回につづく</a>）。<br /><br /><h3>プロフィール</h3><b>樋口星覚／ひぐちせいがく</b><br />シンガポールに生まれ、幼少時代をポーランド・イギリス・鳥取県で過ごす。慶應義塾大学法学部を卒業後、大本山永平寺で雲水（禅の修行僧）として修行を積 む。中国南普陀寺、アメリカ好人庵、ポーランド法楽寺、ドイツ普門寺、寂光寺など多くの海外禅道場へも参禅し、現在ベルリンを中心に活動中。 都市生活で実践する雲水のライフスタイルを提案するウェブカフェ、雲水喫茶を主催している。<br /><a href="http://www.higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=25&amp;blog_id=58">http://www.higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=25&amp;blog_id=58</a><br /><br /><b>雲水喫茶</b>　<a href="http://www.unsui.net/">http://www.unsui.net/</a><br /><br /><br /><div><br /></div>]]>
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    <title>料理という「ことば」で仏教を伝えるお坊さん／料理僧・青江覚峰さん（3/3）</title>
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    <published>2011-07-07T09:34:44Z</published>
    <updated>2011-08-01T09:49:51Z</updated>

    <summary>彼岸寺のお坊さん・KAKUさんこと青江覚峰さんインタビュー第3回です。前回から引き続き、料理僧として「料理という&quot;ことば&quot;を使って仏教を伝えること」についてお話を伺っています。&quot;料理&quot;やそのほかの何か、たとえば自分が得意とすることが&quot;ことば&quot;となるという考え方、そしてイメージを限定しないことによって「伝わる」可能性をひろげようとするやり方。KAKUさんは『暗...</summary>
    <author>
        <name>杉本恭子</name>
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        ]]>
        <![CDATA[<p>彼岸寺のお坊さん・KAKUさんこと青江覚峰さんインタビュー第3回です。前回から引き続き、料理僧として「料理という"ことば"を使って仏教を伝えること」についてお話を伺っています。"料理"やそのほかの何か、たとえば自分が得意とすることが"ことば"となるという考え方、そしてイメージを限定しないことによって「伝わる」可能性をひろげようとするやり方。KAKUさんは『暗闇ごはん』にこめている思いを改めて聴かせていただきました。<br /><br />そして、今年7年目を迎える彼岸寺についてもお話を伺っています。KAKUさんにとっての彼岸寺とはいったいどんな場だったのか。そして、これからの彼岸寺に期待される役割とはどのようなものなのか。短いながらも、ぐっと深くそして鋭くお話いただきました。彼岸寺に関心を持っている人（お坊さんに限らず）には、特に読んでいただきたいと思います（前回までのインタビューはこちら：<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/06/kaku01.html">第1回</a>、<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/06/kaku02.html">第2回</a>）。<br />　<br /><br /></p>]]>
        <![CDATA[<h3>「僕が歩けば仏教になる」という覚悟</h3><img alt="法衣姿のKAKUさん。" src="http://www.higan.net/bouzu/2011/07/07/kaku_07.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" height="376" width="250" /><b>――『暗闇ごはん』を通じて気づいてもらうことは他にどんなことがあるのでしょう。</b><br />人が感じる「生きづらさ」はそれぞれに違っていると思います。恋人との関係かもしれないし、家族との問題、環境や社会での問題かもしれない。何をもって生きやすくなるか、何を大切だと思って捉えるかも人の数だけ違います。僕のほうでは『暗闇ごはん』で、何か気づいてもらえればいいなと思う仕掛けは用意しますが、「これに気づいてください」というものは持たないです。一番大切なのは、何かに気づいてもらってその人の人生がより豊かになってくれることなんです。<br /><br /><b>――いろいろなことに気づくきっかけが潜んでいそうですね。その場のご縁に向き合うことであったり、目の前のことにていねいに接することであったり。でも、KAKUさんは「どこが仏教」ということは言わないのですか。</b><br />そうですね。明確に言葉にすると、すでにその人が持っているイメージと仏教が結びついて固まってしまう。でも、僕は役に立つならば、それが仏教でもキリスト教でも、その他の何でもいいと思うんです。結局は、目の前にいる人がそれで幸せになること、より良く生きてくれること、それを通じて社会がより良い方向に行くことなのであって、仏教である必要はないんですよね。<br /><br />ただ、逆説的なことに、僕が話す言葉はそれこそすべて仏教なんです。僕はアメリカで丸裸になったときに仏教しかなかった。そして、帰国してから今まで仏教をベースに自分を作ってきた以上、たとえばここで「アイスココアがおいしいね」と言っても仏教なんです。僕は、浄土真宗でありながらも髪を剃って作務衣でうろうろしているのは、誰が見てもお坊さんだとわかる恰好をするためです。自分のやることなすことすべてはお坊さんとして見られているという覚悟で常に行動する。僕が歩いても仏教になるくらいの覚悟じゃないと、お坊さんをやっていられないんですね。<br /><b></b><br /><br /><br /><h3>彼岸寺はお坊さんのエンジン！</h3><span class="imgR"></span><span class="imgR"></span><img alt="笑顔がキレイに決まるKAKUさん" src="http://www.higan.net/bouzu/2011/07/07/kaku_06.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" height="210" width="280" /><b>――そろそろ、彼岸寺についてもお話を伺いたいと思います。スタートから7年目を迎えましたが、彼岸寺は今の仏教界でどういう存在だと思われますか？</b><br />わからないんですよね、それが（笑）。少なからず注目は浴びているけれど。「どう注目したらいいのかわからないなあ」という感じで見られている気がします。よくわからない人たちが、よくわからないことをしているというくらいでしょうけど。<br /><br /><b>――今の日本仏教において、彼岸寺が担っている役割はどういうものだと思われますか。</b><br />「仏教に興味がないけれども嫌いじゃない」という人たちを「好き」に一歩近づけることには、役立っていると思います。もうひとつは、具体的な一歩を踏み出すには至ってはいませんが、「お坊さんが仏教をやっていて食べていける」状態を作ることですね。今、ほとんどのお寺は経済的に難しい状態を抱えていて、お寺というハードウェアを保つためにOSであるところの仏教を犠牲にしてしまうことがあると思います。お寺としての収入が立ちゆかないから、副業でまかないながら空いた時間にお坊さんをする......ではなくて、お坊さんをしていて暮らしていける仕組みを考えるのは彼岸寺の仕事なのかなと思います。あと、今の彼岸寺に一番求められているのは後輩育成だと思います。彼岸寺を手伝いたいと手を挙げてくださっている人がたくさんいるのでお任せしていけたらいいですね。<br /><br /><b>――KAKUさんご自身としては、この7年間を振り返ってみてどうでしたか？</b><br />楽しかったですよ。彼岸寺があったおかげで、僕はより人間になれたなと思います。まだまだ半人前だけども、よりちゃんと社会のなかで生きていけるような人間になれたのは彼岸寺のおかげだと思っています。基本的に僕は何もしなかったらひきこもりバンザイになっていたと思うので（笑）。常に、人と触れ合って動いていないといけない状態に自分を保っておけるので助かっています。<br /><br /><b>――KAKUさんにとっての彼岸寺は社会との接点でありエンジンなんですね。そういう良さを感じておられるので、後輩育成をして彼岸寺をたくさんの人たちのエンジンにもしたいと思われるのでしょうか。</b><br />そうですね。結局、人は社会のなかでしか生きられませんから。人はひとり生まれて勝手に育っていくわけではなくて、家族や学校の先生、友達や近所の人がいて、いろんな積み重ねのなかで生きているわけですよね。今、僕の人生を切り取っても、もう杉本さんのいない人生はないわけですよ。杉本さんのご両親や学校の先生とは、僕はこれからもお会いすることはないかもしれないけれども、杉本さんのいない僕の人生がないのであれば、杉本さんの出会ってきた人たちの一人が欠けても今の僕は成り立たない。だから、いろんな人を大切に思えるし、知らない人でも絶対につながっていて知らないけれど知っていることになります。いろんなつながりが非常にリアルに感じられるようになってきました。<br /><br />そう思うと、今回の震災にしても、決して他人事ではなくなるんです。自分は「I」ではなく「We」の立場なんです。その「We」が徹底的に広がったものが阿弥陀如来という存在だと思うんですよ。世界＝自分＝「We」＝「I」というのが、阿弥陀如来の発想だと思います。僕には、その境地に達することはできないと思いますが、数字の1が2になり、4から6になるように増えていくつながりを実感しながら、活動に結びつけることを可能にしてくれたのが彼岸寺だったと思います。<br /><b><br />――今後の彼岸寺の展開そしてKAKUさんの活動が楽しみです。ありがとうございました！</b><br /><br />
<div style=" margin: 15px 0px 15px 0px; padding: 10px; border: 1px solid #AED7D7;background-color: #F5F5F5;"><div style="text-align: center;"><h4>坊主めくりアンケート</h4></div>
<hr color="#AED7D7" size="1px" width="100%">

<p><strong>1）好きな音楽（ミュージシャン）を教えてください。特定のアルバムなどがあれば、そのタイトルもお願いします。</strong></p>

<p>「人生」は伝説のバンド。<br /><br /></p>

<p><strong>2）好きな映画があれば教えてください。特に好きなシーンなどがあれば、かんたんな説明をお願いします。</strong></p>

<p>トイ・ストーリー１―３<br />
　You've Got a Friend in Me...<br /><br /></p>

<p><strong>3）影響を受けたと思われる本、好きな本があれば教えてください。</strong></p>

<p>『三国志』<br /><br /></p>

<p><strong>4）好きなスポーツはありますか？　またスポーツされることはありますか？</strong></p>

<p>インラインスケート（ストリート）
なんというか・・・<br />
　ガッとやって<br />
　ドンと来て<br />
　ジャッとやって<br />　
 メイクしたーーーー！って言うのが好きです。<br="" /></br=""></p>

<p><strong>5）好きな料理・食べ物はなんですか？</strong></p>

<p><font style="font-size: 1.25em;"><strong>出汁</strong></font><br /></p>

<p><strong><br />6）趣味・特技があれば教えてください。</strong></p>

<p>料理は大好きです。毎日やっても飽きません。<br />
特に出汁を取ることが得意で、一日中出汁につきっきりでも苦に思うことはありません</p>

<p><strong><br />7）苦手だなぁと思われることはなんですか？</strong></p>

<p>文章を書くこと。<br />誤字脱字をなくすｋと（※ママイキ）</p>

<p><strong><br />8）旅行してみたい場所、国があれば教えてください。</strong></p>

<p>深海。宇宙。音のない場所。</p>

<p><strong><br />9）子供のころの夢、なりたかった職業があれば教えてください。</strong></p>

<p>コックさん</p>

<p><strong><br />10）尊敬している人がいれば教えてください。</strong></p>

<p>阿佐田哲也氏</p>

<p><strong><br />11）学生時代のクラブ・サークル活動では何をされていましたか？</strong></p>

<p>インラインスケートサークル、ドリルバンド</p>

<p><strong><br />12）アルバイトされたことはありますか？　あればその内容も教えてください。</strong></p>

<p>図書館のPCルームの管理人として日夜プリンターの詰まりを直してました。<br />
変わったところではアメリカの高校でビジネスの授業の講師もやりました。</p>

<p><strong><br />13）（お坊さんなのに）どうしてもやめられないことがあればこっそり教えてください。</strong></p>

<p>子煩悩という煩悩から離れること</p>

<p><strong><br />14）休みの日はありますか？　もしあれば、休みの日はどんな風に過ごされていますか？</strong></p>

<p>お坊さんを休むことはないので、休みの日はないと思っています。結果論として「仕事らしいものを何もしなかった」日が休みなんですかね。だったら休みの日は「なにもしない」ですね。</p>

<p><strong><br />15）1ヶ月以上の長いお休みが取れたら何をしたいですか？</strong></p>

<p>僕が休んでもまわりは休むことがないでしょうので、僕もおそらく変わらない毎日を過ごすと思います。</p>

<p><strong><br />16）座右の銘にしている言葉があれば教えてください。</strong></p>

<p>Know myself, be myself.</p>

<p><strong><br />17）前世では何をしていたと思われますか？　また生まれ変わったら何になりたいですか？</strong></p>

<p>前世はごぼうだったんじゃないかな？　来世は大根になりたいです。</p>

<p><strong><br />18）他のお坊さんに聞いてみたい質問があれば教えてください。（次のインタビューで聞いてみます）</strong></p>

<p>「自分の死を明確に意識して生きていますか？　もしそうならばそれは日常にどのように影響しているのでしょうか？」</p>

<p><strong><br />19）前のお坊さんからの質問です。「自分が「お坊さん」になったと自覚したのはいつですか？また、何がきっかけでしたか？」</strong></p>

<p>7年ほど前。彼岸寺をスタートし、初めてメディアの取材を受けたとき。お坊さんとして世間から見られていることを意識し、責任を感じた瞬間でした。</p></div><br />
<br /><h3>プロフィール</h3><br /><b>青江覚峰／あおえ かくほう</b><br /><a href="http://www.higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=31&amp;blog_id=58">http://www.higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=31&amp;blog_id=58</a><br />浄
土真宗東本願寺派緑泉寺　住職。1977年東京生まれ。カリフォルニア州立大学よりMBA取得。超宗派の僧侶達が集うウェブサイト「彼岸寺」や、日本初・
お寺発のブラインドレストラン「暗闇ごはん」、等を運営する組織IBA代表理事。料理僧として料理、食育に取り組む。彼岸寺では「<a href="http://www.higan.net/hotokeryori/">KAKUさんの仏料理</a>」を連載中。<br /><br /><b>緑泉寺</b><br />http://www.ryokusenji.net/<br />元和元年豊臣家滅亡の年、江戸に下り本郷湯島に湯島山緑泉寺として建立。当時東本願寺派は江戸神田明神下に在りしも、明暦三年正月、世にいう振袖火事により類焼、当山ことごとくに帰す。後、東本願寺とともに浅草に遷ってから今日まで連綿と法燈を継ぐ。<br />元和元年より昭和五十五年今現在、実に三百六十五年を閲す。大正十二年九月一日の関東大震火災、昭和二十年三月十日の第二次世界戦争の劫火により、寺宝は申すに及ばず一屋余すところなく焼尽するも幸い、古くより伝来する阿弥陀如来像並びに記録系図等消失を免れる。<br />昭和二十四年、焼け跡に仮堂を建立、三十三年四月、本堂の竣工を見、三十六年十一月十二日、本堂落慶法要を厳修す。<br />こ
れより先、大正十二年九月一日の関東大震火災後、東本願寺とともに墓所を保谷市ひばりが丘の地に移し、現在に至る。当初建立の田無出張所は、五十余年の歳
月に漸く老朽したため、昭和五十四年四月、西松建設株式会社設立施行により支坊建設に着手、同年十二月完成、昭和五十五年十月十九日、支坊落慶法要を厳修
した。<br /><br /><div><br /></div>]]>
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    <title>料理という「ことば」で仏教を伝えるお坊さん／料理僧・青江覚峰さん（2/3）</title>
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    <published>2011-06-30T00:07:41Z</published>
    <updated>2011-07-07T10:34:18Z</updated>

    <summary>彼岸寺のお坊さん・KAKUさんこと青江覚峰さんインタビュー第2回です。お坊さんになるのが嫌でしかたなく、コンサルタントを目指してアメリカへMBA留学したKAKUさん。起業の夢をつかみかけていた矢先に、9.11同時多発テロを経験して大きな衝撃を受けることになります。そして、アメリカという異国で丸裸になり「自分は何なんだろう？」と問い続けることで、改めて発見した...</summary>
    <author>
        <name>杉本恭子</name>
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        <category term="体験" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="浄土真宗" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="暗闇ごはん" label="暗闇ごはん" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="青江覚峰" label="青江覚峰" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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        <![CDATA[
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        <![CDATA[彼岸寺のお坊さん・KAKUさんこと青江覚峰さんインタビュー第2回です。お坊さんになるのが嫌でしかたなく、コンサルタントを目指してアメリカへMBA留学したKAKUさん。起業の夢をつかみかけていた矢先に、9.11同時多発テロを経験して大きな衝撃を受けることになります。そして、アメリカという異国で丸裸になり「自分は何なんだろう？」と問い続けることで、改めて発見した「仏教」というバックボーンを確かめるために帰国を決意されました。<br /><br />遠く離れることで、あまりにも身近すぎて見えなくなっていたものを見直したり、確かめられることがあります。KAKUさんは、思い切り遠く離れようとしたからこそ、仏教と出会い直せたのかもしれないな、なんて考えながら原稿を書いていました。さて、今回は帰国後のKAKUさんがどのように仏教と再会しその面白さを発見していったのか、そして料理僧としての活動を始めるに至った経緯についてお話を伺っています（<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/06/kaku01.html">前回のインタビューはこちら</a>）。 ]]>
        <![CDATA[<h3>何これ？　仏教って面白い！――仏教ファンになる</h3><br /><img alt="カリフォルニア州立大学フレズノ校　卒業式で角帽姿のKAKUさん" src="http://www.higan.net/bouzu/2011/06/30/kaku_04.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" height="436" width="250" /><b>――それで帰国されて、改めて仏教を学びはじめることになったんですね。</b><br />ええ。本来、僕は浅草の本願寺で勉強すべきところだったんですけども、あえて築地本願寺の東京仏教学院※に（笑）。毎日2時間くらい早く行って図書館で時間を過ごしていたら、そこに仏教説話集という本がものすごくたくさん置いてあったんですよ。何気なくぺらぺらっとめくってみたらこれが非常に面白くて。こんなことを言うとすっごく怒られると思うけれど、古今東西人間が考えうる犯罪の目次録みたいなものなんですよ。<br />（※：浄土真宗は色々な派に分かれおり、浄土真宗東本願寺派である浅草の本願寺と、築地本願寺が所属している浄土真宗本願寺派は別のもの。KAKUさんのお寺は浅草の本願寺に所属する）<br /><br />「こんな悪い人が世の中にいましたけれど、道端の花を見て仏弟子になりました。実は、花は阿弥陀如来の生まれ変わったお姿だったのです」とか、だいたい同じようなオチなんですけども、前半に描かれる犯罪を犯すに至った背景の部分に、すごく人間臭さを感じました。なかでも、ナーガールジュナ（龍樹）の伝説なんて、宮廷中の美女を犯した後に愛欲が苦悩の原因だと悟り出家するという話なんです。龍樹菩薩ともあがめられる方のストーリーなのに、ですよ。<br /><br />普通は、聖人であればあるほど卑下できないはずなのに、「そこには深遠な思想があったから」などと言わずに、さらっと悪事を働いたことが書かれていることに驚いたし、また可能性も感じたんです。なんと正直で懐が深いというか、どういう判断を持ってこういう話が残されているんだろうか、と。そういうことがいろいろ積み重なって仏教のファンになったし、仏教で何かできたら面白いなあと思うようにもなったんですね。<br /><br /><br /><h3>料理という"ことば"で仏教を伝えてみたい</h3><br /><b>――KAKUさんは、"料理僧"として『暗闇ごはん』などの活動されています。お料理と仏教が重なってきたのはいつ頃からですか？</b><br />料理に関しては、アメリカ留学中に立ちあげた料理のサークル活動に原点があります。ひとりだと作れないおいしいものをみんなで作って食べようというサークルで、たとえばラーメンを作るとなると一か月かけて、1週目にはとんこつスープの取り方、2週目にはスープを使ってチャーシューを作る、3週目には麺を打つ......と本格的にやっていたわけです。<br /><br />ところが、なかなか食材が手に入らないから、うちの近くにある中華マーケットに行ってみると、牛タンなんかベロのままドンと置いてあるんですよ。牛なので、舌の表面にある味蕾というブツブツが1?2cmくらいもあってトゲトゲしていてすごく生々しい。でも、食べるってそういうことだよなと納得もして。その時は仏教とはまったく関係なくですが、「命を食べるということは、生々しく生きていたものを殺して食べるということだ」と気づかされました。<br /><br />それからは、食べるということにちゃんと向き合わないといけないなと思うようになって、いろんな人にそういったメッセージを発信していたんです。でも、お坊さんになってもすぐには、料理と仏教はつながりませんでした。僕のなかで、料理と仏教をつなげてくれたのは、句仏（くぶつ）上人という明治時代のお坊さんです。<br /><br /><img alt="『暗闇ごはん』でお話するKAKUさん　(c)みずたにひろこ" src="http://www.higan.net/bouzu/2011/06/30/kaku_05.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" height="425" width="280" /><b>――句仏上人とはどのようなお方ですか？</b><br />東本願寺の二十三代法主でいらっしゃった方で、「句をもって仏徳を賛嘆す」という活動をされていた方です。浄土真宗だと法話で仏教を伝えることが一番であって、場合によっては御文書や手紙なんですけども、句仏上人は俳句で仏教を伝えておられたんです。俳句で仏教を伝えるのがアリなら、僕の持っている"言語"は何だろうと思いました。英語と日本語はできるけれど、僕は言葉で話すのが非常に苦手です。だったら、料理という"言語"で仏教を伝えられないだろうかと、句仏上人の"句仏"という俳号に対して"料理僧"という名前をつけたんですね。今は、『暗闇ごはん』がメジャーになりましたが、それ以前にも料理で仏教を体感してもらうことをしたいと思っていろんなことをしていましたね。<br /><br /><b>――『暗闇ごはん』がメジャーになったのは、料理で仏教を伝える方法としてわかりやすかったからでしょうか。</b><br />『暗闇ごはん』では、お料理を食べてもらうときにうるさいことは何も言わないんです。アイマスクをつけて何を食べているのか判らない状態で料理を食べていただいた後、最後にアイマスクを外してもらって「今日召し上がっていただいたのはこちらですよ」と紹介してひとつだけ尋ねます。「こんなに一生懸命にごはんを食べたのは、最近いつされました？」と。それで、わかる人にはわかるメッセージになると思っています。<br /><br />「一生懸命ごはんを食べる」というのはそれ自体珍しいフレーズではありません。ただ、「農家さんが一生懸命作ってくれたお米や野菜だから、一生懸命に食べなさい」と言われながらも、そこに真剣に向き合う時間って意外とないんですよね。朝は、昨夜遅くまで仕事をしていたから1秒でも長く寝ていたいし、出勤時間に間に合うように急いでいてゆっくり朝食を食べられない。昼は仕事に追われて急いで済ましてしまう。夜は夜で、時間がたくさんあるから、家族や友人、恋人、職場の人たちと一緒に、コミュニケーションの潤滑油として食事をすることが多いです。<br /><br />コミュニケーションは食事の大切な要素ですが、やっぱりそれは自分と食事が向き合う時間ではありません。だから、暗闇という非日常的な空間で、何を食べさせられているのかわからない不安のなかで、「一生懸命ごはんを食べる」という経験を持って帰ってもらえれば、その気づきはその人の人生にとって絶対にプラスになると思うんですね。それを料理の面から気づいてもらうのが僕の仏料理だと思っているんです。そして、生きづらいと思っている人に対して、少しでも生きやすく生きてもらうための指標が仏教だと思うんです（<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/07/kaku03.html">次回へと続く</a>）。<br /><br /><div>※2枚目の写真：(c)みずたにひろこ<br /><br /><h3>プロフィール</h3><br /><b>青江覚峰／あおえ かくほう</b><br /><a href="http://www.higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=31&amp;blog_id=58">http://www.higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=31&amp;blog_id=58</a><br />浄
土真宗東本願寺派緑泉寺　住職。1977年東京生まれ。カリフォルニア州立大学よりMBA取得。超宗派の僧侶達が集うウェブサイト「彼岸寺」や、日本初・
お寺発のブラインドレストラン「暗闇ごはん」、等を運営する組織IBA代表理事。料理僧として料理、食育に取り組む。彼岸寺では「<a href="http://www.higan.net/hotokeryori/">KAKUさんの仏料理</a>」を連載中。<br /><br /><b>緑泉寺</b><br />http://www.ryokusenji.net/<br />元和元年豊臣家滅亡の年、江戸に下り本郷湯島に湯島山緑泉寺として建立。当時東本願寺派は江戸神田明神下に在りしも、明暦三年正月、世にいう振袖火事により類焼、当山ことごとくに帰す。後、東本願寺とともに浅草に遷ってから今日まで連綿と法燈を継ぐ。<br />元和元年より昭和五十五年今現在、実に三百六十五年を閲す。大正十二年九月一日の関東大震火災、昭和二十年三月十日の第二次世界戦争の劫火により、寺宝は申すに及ばず一屋余すところなく焼尽するも幸い、古くより伝来する阿弥陀如来像並びに記録系図等消失を免れる。<br />昭和二十四年、焼け跡に仮堂を建立、三十三年四月、本堂の竣工を見、三十六年十一月十二日、本堂落慶法要を厳修す。<br />こ
れより先、大正十二年九月一日の関東大震火災後、東本願寺とともに墓所を保谷市ひばりが丘の地に移し、現在に至る。当初建立の田無出張所は、五十余年の歳
月に漸く老朽したため、昭和五十四年四月、西松建設株式会社設立施行により支坊建設に着手、同年十二月完成、昭和五十五年十月十九日、支坊落慶法要を厳修
した。<br /><br /></div>]]>
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    <title>料理という「ことば」で仏教を伝えるお坊さん／料理僧・青江覚峰さん（1/3）</title>
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    <published>2011-06-24T02:30:00Z</published>
    <updated>2011-07-02T23:41:29Z</updated>

    <summary>『坊主めくり』をスタートして3年目、いよいよ彼岸寺のお坊さんたちをめくる時が来ました！　一人目は、料理僧として『暗闇ごはん』などのイベントを通じて仏教を伝える、KAKUさんこと青江覚峰さん。私にとっては、『坊主めくり』の企画を彼岸寺に持ち込んだときに最初にお会いしてお話したお坊さんでした。あの頃はまだ、お坊さんと話すことに慣れていなくて、緊張しながら浅草のお...</summary>
    <author>
        <name>杉本恭子</name>
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        <![CDATA[『坊主めくり』をスタートして3年目、いよいよ彼岸寺のお坊さんたちをめくる時が来ました！　一人目は、料理僧として『暗闇ごはん』などのイベントを通じて仏教を伝える、KAKUさんこと青江覚峰さん。私にとっては、『坊主めくり』の企画を彼岸寺に持ち込んだときに最初にお会いしてお話したお坊さんでした。あの頃はまだ、お坊さんと話すことに慣れていなくて、緊張しながら浅草のお寺の門前に立ったのをよく覚えています。<br /><br />とはいえ、KAKUさんとじっくり向き合ってお話を聴かせていただくのは初めてのこと。彼岸寺の活動を通して見聴きしていたKAKUさんの断片的なイメージが、ひとつひとつ生身のKAKUさんに結びついていって「ああ、それでKAKUさんはこういう活動を」「だからこんな風に言っていたのか」と腑に落ちるようなことがたくさんありました。おそらく、彼岸寺読者のみなさんにとっても、改めてKAKUさんを知っていただけるインタビューだと思います。今週から全3回でお届けしますのでどうぞお楽しみに！<br /><br />]]>
        <![CDATA[<h3>初めての剃髪がトラウマに......</h3><br /><img alt="ｋAKUさん―小学校のアルバムより" src="http://www.higan.net/bouzu/2011/06/24/kaku_01.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" height="244" width="200" /><b>――青江さんは浅草のお寺（緑泉寺）で生まれられたんですか？</b><br />はい。兄弟がいないので、小さいころから跡継ぎとして望まれていました。それがもう嫌で嫌で。でも、小学生のころはわけがわかんなかったし、ふつうにお寺を
継ぐことを受け入れていたように思います。それこそ、大人が話しているのを聴いて言葉を覚えるのと同じように、お経や作法を覚えて育ちましたから、得度するときにも特別な勉強はまったくしなかったです。いつも詠んでいるお経の名前を「これは正信偈っていうんだよ」と覚えたくらい。「いただきます」っていうのは「合掌」って言うんだよと教わったような感じですよね。<br /><br /><b>――そんなにもお寺の生活になじんでおられたのに、「お寺を継ぐのはいやだ」と思いはじめたのはどうしてだったのでしょう。</b><br />小学校6年生の夏休みに得度をして坊主頭にしたら、新学期にみんなにやいのやいの言われてすごく傷ついたのがトラウマになってしまって。「継いでやるものか」というのが始まったのもその時からです。僕、それからずっと中学校、高校、大学の途中までロン毛だったんですよ。とにかく視界のなかに前髪が見えないと落ち着かなくなってしまったくらいです。<br /><br /><b>――お坊さんにはならないつもりで大学まで進まれて。大学のときにアメリカに留学されていますよね。</b><br />はい。大学2年生のときに1年間の交換留学でアメリカに。日本の大学はあまり勉強しないけれど、アメリカの大学は違います。留学を機に学ぶことへの姿勢が変わって、大学3、4年生では人生で初めてというくらい勉強をしました。さらに卒業後はアメリカの大学院を受験してふたたび留学をしたんです。<br /><br /><br /><h3>MBA留学――お坊さんから遠く離れて</h3><b>――アメリカの大学院、しかもMBA（経営学修士／Master of Business Administration）をとりたいと思ったのはどうしてですか？</b><br /><img alt="学生時代のKAKUさん" src="http://www.higan.net/bouzu/2011/06/24/kaku_02.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" height="174" width="280" />ひとつは、とにかくお坊さんとは正反対の生き方、いちばん距離のあるものになろう思ったから。当時の僕の考えでは、お坊さんは世間から遠ざかっていくイメージが強いけれど、経営コンサルタントは世間の中心にいて世の中を動かしている感じがあって、お坊さんとは対極にあると思っていたんですね。<br /><br />当時は、大学卒業後すぐにコンサルタントになる時代ではなく、またMBAを取得できる大学も国内にはなかったので、アメリカの経営学の大学院に留学しました。もうひとつ、アメリカに行った理由は、日本にいると親やお檀家さんが「帰っておいでよ」と気軽に遊びに来るだろうし、自分もまた里心がついて戻ってきてしまうのではと危惧したからです。アメリカまで行けば、言葉の壁もあるし、わざわざアメリカまで飛行機で来て空港から知らない町まで追いかけては来ないだろうと。<br /><br /><b>――MBAを取得した後は、アメリカで仕事をするつもりでいたんですか。</b><br />そうですね。僕の専門はアントレプレナーシップ（entrepreneurship、起業）だったので、ゼミがすごく実践的で。具体的なビジネスを企画して、先生の友人の銀行の人にプレゼンをすると、「これなら何万ドル融資するよ」と本当に融資されちゃうんです。僕らのチームはアロマテラピー関連のビジネスで融資を受けることになり、在学中にアメリカ人やシンガポール人たちと起業しました。僕は、ビザの関係で就労はできませんでしたが、アメリカで起業して仕事をするとはどういうことかを、非常にリアルかつ実践的に学んでいました。<br /><br /><b>――卒業後にその会社で仕事をする可能性もあったと思うのですが、そうせずに帰国されたのはどうしてでしょう。</b><br />僕がアメリカにいた2000年に、9.11同時多発テロ事件が起きたんです。東日本大震災後の日本でも同じように感じられている方がいらっしゃると思いますが、当時の僕は胸にぽっかり穴が空いてしまい、何をするべきかを考える拠りどころもなく茫然としていました。さらには、自分が拠りどころとして持っているはずの仏教がそこになかった。ずっと食わず嫌いをしていたから。<br /><br /><h3>アメリカ、そして9.11事件に問われたアイデンティティ</h3><b>――では、9.11以降に仏教を拠りどころにしようと思うようになった？</b><br /><img alt="カリフォルニア州立大学フレズノ校での卒業式" src="http://www.higan.net/bouzu/2011/06/24/kaku_03.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" height="210" width="300" />そうではないんです。そのときの僕は、なにか大きなものに身をゆだねることを望んで、翌年の夏休みにカリフォルニア州のヨセミテ国立公園でレンジャー（公園監視員）のアルバイトをしました。今回の震災もそうですが、自然にはどうしようもなく大きな力があります。ヨセミテでは、そのすさまじい力と共存する人間の非常に厳しい覚悟を目の当たりにしました。<br /><br />たとえば、カリフォルニアには夏にファイアシーズンがあって、必ずどこかで山火事がありひどいときには何か月も山が燃え続けます。でも、ヨセミテでは一切消そうとはしないんです。ところが、山にある5メートルほどの幅の道があると、そこで火事が食い止められることがあります。人間が道を作ることは自然を破壊すると同時に、自然を守る役に立つこともあるんですよね。一方で、車が通れるようにセコイヤの巨木の真ん中をくりぬくいて木を腐らせてしまうこともあって、これなんかは人間の仕業による自然破壊ですよね。<br /><br />ヨセミテで、「自然vs人間」という単純な構図ではなく、自然と共存できるやり方とそうでないやり方があることを知り、そのなかで人間はどういう風に考えて生きていくのかを間近に見て経験したことは、自分にとって大きな宝になったと思います。<br /><br /><b>――9.11の翌年にヨセミテに行くまで、テロの衝撃は長く続いていたのでしょうか。</b><br />アメリカ全国でですよね。僕は留学してからずっと、アメリカはどんな国なのかよくわからなかったんです。でも、9.11事件を経て「アメリカは星条旗を大切にする人たちの国なんだ」と納得しました。テロの後、半年くらいはすべての家や建物、お店、車、学校に国旗が掲げられていて、掲げていないのは僕ら留学生だけだったんです。<br /><br />アメリカは人種のるつぼと言われていて、カリフォルニアにはヒスパニック系、ベトナムから来たモン族の人も多いけれど、彼らも星条旗の半旗を掲げるのを見て、「ああ。こういうことなんだ」と思いました。僕は、気軽に星条旗を買ってきて「僕も」とする気持ちにはなれませんでした。やっぱり僕は日本人だし、いつかはちゃんと日本に帰って仏教を勉強するべきだろうという気持ちがくすぶりはじめたことを感じるようになったんですね。<br /><br /><b>――追いかけて来られないところまで逃げようとしたのに、逃げた先で仏教に直面したというか。</b><br />イメージとしてはこういう感じなんですよ。日本にいると、コアな部分に仏教があるとしてもいろんなものが付着してぶくぶくになっていて、どこに仏教があるのかわからなかったんです。でも、アメリカというまったく未知な国でいろんな文化に触れることで、あるいは「あなたの宗教は？」「信仰は？」「政治的信条は？」といろんな質問を受けることで自分がどんどん丸裸になっていくんですよね。そこで自分のなかに残っていたのは、自分が日本人であることと、バックボーンに仏教があるらしいということだけだったんです。<br /><br />でも、結局僕は食わず嫌いをしてきたので、ブラックボックスがあって中には仏教が入っていることはわかっているけれど箱の開け方はわからないような感じで。あるいは、仏教という本が手のなかにあるけれど文字の読み方はわからないというか。じゃあ、MBAが終わったら一度この箱の開け方、文字の読み方を学んでみようと思って帰国しました（<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/06/kaku02.html">第2回へつづく</a>）。<br /><br /><h3>プロフィール</h3><br /><b>青江覚峰／あおえ かくほう</b><br /><a href="http://www.higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=31&amp;blog_id=58">http://www.higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;id=31&amp;blog_id=58</a><br />浄
土真宗東本願寺派緑泉寺　住職。1977年東京生まれ。カリフォルニア州立大学よりMBA取得。超宗派の僧侶達が集うウェブサイト「彼岸寺」や、日本初・お寺発のブラインドレストラン「暗闇ごはん」、等を運営する組織IBA代表理事。料理僧として料理、食育に取り組む。彼岸寺では「<a href="http://www.higan.net/hotokeryori/">KAKUさんの仏料理</a>」を連載中。<br /><br /><b>緑泉寺</b><br />http://www.ryokusenji.net/<br />元和元年豊臣家滅亡の年、江戸に下り本郷湯島に湯島山緑泉寺として建立。当時東本願寺派は江戸神田明神下に在りしも、明暦三年正月、世にいう振袖火事により類焼、当山ことごとくに帰す。後、東本願寺とともに浅草に遷ってから今日まで連綿と法燈を継ぐ。<br />元和元年より昭和五十五年今現在、実に三百六十五年を閲す。大正十二年九月一日の関東大震火災、昭和二十年三月十日の第二次世界戦争の劫火により、寺宝は申すに及ばず一屋余すところなく焼尽するも幸い、古くより伝来する阿弥陀如来像並びに記録系図等消失を免れる。<br />昭和二十四年、焼け跡に仮堂を建立、三十三年四月、本堂の竣工を見、三十六年十一月十二日、本堂落慶法要を厳修す。<br />こ
れより先、大正十二年九月一日の関東大震火災後、東本願寺とともに墓所を保谷市ひばりが丘の地に移し、現在に至る。当初建立の田無出張所は、五十余年の歳月に漸く老朽したため、昭和五十四年四月、西松建設株式会社設立施行により支坊建設に着手、同年十二月完成、昭和五十五年十月十九日、支坊落慶法要を厳修した。<br /><br /><br />]]>
    </content>
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    <title>路上の人におむすびを／ひとさじの会 吉水岳彦さん(3/3)</title>
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    <published>2011-04-30T02:47:59Z</published>
    <updated>2011-05-16T11:44:23Z</updated>

    <summary>『路上の人におむすびを／ひとさじの会 吉水岳彦さん』インタビューの第3回（最終回）です。 「ひとさじの会」は2009年10月から「炊き出し」と「夜回り」を開始。毎月第1、第3月曜日の夜に炊き出しを行い、浅草エリアの路上生活者におむすびを配る活動を続けておられ、今では炊き出しには10人ほど、配りにいくときには数十人が集まるそうです。吉水さんとお話していて感じた...</summary>
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        <name>杉本恭子</name>
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    <category term="吉水岳彦" label="吉水岳彦" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="浄土宗" label="浄土宗" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[
        <img src="http://www.higan.net/bouzu/images/yoshimizu/yoshimizu_title3.jpg"  />
        ]]>
        <![CDATA[<p>『路上の人におむすびを／ひとさじの会 吉水岳彦さん』インタビューの第3回（最終回）です。<br />
「ひとさじの会」は2009年10月から「炊き出し」と「夜回り」を開始。毎月第1、第3月曜日の夜に炊き出しを行い、浅草エリアの路上生活者におむすびを配る活動を続けておられ、今では炊き出しには10人ほど、配りにいくときには数十人が集まるそうです。吉水さんとお話していて感じたのは、路上生活者に対して「してあげている」という上からの目線がまったくないこと。インタビューの間、「何かできるかな」と「何もできない」というふたつの思いをたびたび口にされていましたが、その揺れこそが力強い軸を育んでいるように思えてしかたありませんでした。吉水さんのプライベートがチラッと見えるアンケートも掲載しています。（<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/04/yoshimizu-1.html">第一回</a>、<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/04/yoshimizu-2.html">第二回はこちら</a>）</p>]]>
        <![CDATA[<h3>ひとさじの会について</h3><b><br /></b><img alt="ひとさじの会の活動―おむすびをバッグに入れて夜の街へ" src="http://www.higan.net/bouzu/images/yoshimizu/IMG_1764_R.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" width="280" height="210" /><b>――「結の墓」から始まって、原さんと吉水さんが主宰して「ひとさじの会」を立ち上げられていますね。「ひとさじの会」を立ち上げられた頃のお話を聴かせていただけますか。</b><br /><br />「ひとさじの会」を立ち上げる前、原さんも僕も毎週のように新宿や山谷、池袋で行われている日曜日の夜に炊き出しに参加させてもらったんです。それで、うちの近所の浅草あたりにも路上で寝ている人が多いから、何かさせていただけないかなと思うようになりました。<br />実際、パトロールに回っても「誰かを救う」なんてことは一度もありません。ただ「何もできないんだなぁ」と痛感させられることばかりです。たとえば、80代のおじいさんが路上にいたときに、屋根さえあれば幸せになれると思ったんですけど、「じゃあ、この人が一人でアパートで暮らせると思う？ 料理をしたことも、家賃や光熱費の支払いもしたことがないのに」と他の支援者に聞かれて、支援付きの宿が必要なんだなと考えさせられたこともあります。また、低栄養でお腹と背中がくっついて動けなくなって、救急車で運んでも「病気ではないから」と処置も入院もさせてあげられなくて......その日はカプセルホテルに一泊してもらうことになりましたが、この時も「本当に何もできない」と思いました。ただそこにいて、話を聴かせてもらうことしかできない。「おにぎりもらったって何にもならないよ」と言われたらそれまでかなと思いますね。<br /><br /><b>――ただ、話を聴かせてもらうことしかできない。</b><br /><br />ふだん、傘で突かれたりすることのあるおじさんたちから見れば、いきなり声をかけてくる人は怖いわけですよ。何人もの人に囲まれるとすごい恐怖を感じることもあります。おにぎりを持って行って「これどうぞ」と言えば、向こうも「この人は自分に危害を加える人じゃないんだな」とわかるので、話がしやすくなることもあると思うんです。ただ「話をしましょうよ」と言うよりは、何か持って行くのもひとつの関わり方なのかなと最近思ったんです。かつては自分自身に嘘をついて「今は忙しいから無理」とおじさんたちを見ないふりをしていました。でも今は、ほんの短い時間でも、おじさんたちと話ができたらいいなって思います。おじさんたちにとっては、あくまで一過性で来ただけだって思うだろうし、それで完全に心の壁が取り払われるわけではないんですけどね。ただ、それが何かのきっかけになり、良いご縁につながれば......。路上で生活されている方ご自身が、「この状況を脱したい」と願われたときに、それを支援してくれる団体へつなぐことができればいいなあと願うばかりです。<br /><br /><b>――『ひとさじの会』は隔週で活動されているので、同じ方に出会うこともありますよね。それはまた違う感じでお話ができるのでしょうか。</b><br /><br />あ、そうですね。「ああ、ひとさじさんかぁ」みたいな感じになります。僕らはその日に握った温かいおにぎりを持って行くので、すごく喜んでくださったりします。それを期待して行くのも違うと思いますが、おじさんたちは顔を覚えて安心していろいろ話してくれるのはうれしいです。新宿連絡会や山谷労働者福祉会館の方は、おじさんたちと一緒にご飯を作って一緒に同じ釜の飯を食うわけですよ。それができて初めて同じ目線での活動なのかなと思うんです。僕らはそこまでできないから、まだまだですね。<br /><br /><img alt="ひとさじの会の活動―炊きたてのごはんでおむすびを握る" src="http://www.higan.net/bouzu/images/yoshimizu/IMG_1752_R.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" width="280" height="210" /><b>――今は何人くらい集まっていらっしゃるんですか？</b><br /><br />その日によりけりですけど、炊事場は僕を入れて10人くらいはコンスタントに来てくださるようになりましたし、配るところからはまた人が増えて数十人になります。いつも、本堂でおにぎりをお供えして、手を合わせてお参りをしてからカバンにおにぎりを入れて浅草駅から歩いて行くんです。今は、支援者の人から「法話を聴いてみたい」と頼まれて、お話を聴いていただいて、その後にごはんを食べるというつながりも生まれています。ボランティアの方には、若い人が多いので、仏教のお話を改めて聴いてみたいと思われるようですね。<br /><br /><b>――吉水さんは、『ひとさじの会』のような活動が増えていけばいいと考えておられますか？</b><br /><br />可能な限り関わっていただければうれしいとは思いますけども、僕は別に『ひとさじの会』を大きくしたいわけではありません。宗派や地域の違いを超えていろんなところでそういう活動が起きてくると励みになりますし、楽しいんじゃないかなと思います。<br />滋賀や東北の青年部の先輩たちが「お米を集める活動をやるよ」と言ってくださって。『滋賀米一升運動』『東北米一升運動』が始まって、全国各地の『フードバンク』や『ひとさじの会』などに炊き出し用のお米を送ってくれています。お檀家さんに農家の多い地域では、仏供米と言ってお供えにいただきます。このお念仏の声をたくさん聴いたお米を食に困っている人がいるところに届けたり、都市部では災害用に備蓄しているアルファ米の期限が切れる前にフードバンクなどに送っていただいて活用してもらえたらいいと思うんです。そういう風に、良いつながりが生まれて行くことは僕らにとってすごくうれしいことなんです。<br /><br /><b>――なるほどです。家庭や各施設に備蓄しているアルファ米の期限が切れて買い替える前に、フードバンクや『ひとさじの会』に送るということからでも、支援を始めることができるわけですね。</b><br /><br />最初は、個人の方の備蓄されているお米を集める取りまとめを、お寺でできたらいいなとも考えてたんです。でも、このごろは、各地のフードバンクや渡して喜んでもらえる場所に渡してもらえればそれがいいと思うようになりました。必要とされている方に届くことが尊いことですし、そうなれば僕はすごく幸せです。<br />それから、僕は、葬儀・葬送をしっかり務めることも含めて、お寺の仕事はすごく大事なことだと思っています。路上の方たちがよく話してくれるんですよ。子どものときに、お寺でお菓子をもらってお坊さんがいつもいろんな話をしてくれたとか、いつも境内で遊んでいたとか、かつて良かった頃のことを思い返してくださるんです。それは改めて、過去のお坊さんたちがいろいろしてきて下さった日頃の宗教活動の恩恵を私たちが受けていると言えると思います。各寺院には、それぞれやれることがあって、日頃の法事や法話など一つひとつの行為がとても大切なものだと思います。決して全員が全員無理に社会活動をする必要はないでしょう。しかし、お坊さんとして、できるかぎり社会のさまざまな事象に関心を持ち、つらい思いをしている人があればその人に寄り添っていくことを、多くの方と一緒に心がけられればいいなあと、僕は思っています。<br /><br /><br /><div style=" margin: 15px 0px 15px 0px; padding: 10px; border: 1px solid #AED7D7;background-color: #F5F5F5;"><div style="text-align: center;"><h4>坊主めくりアンケート</h4></div>
<hr width="100%" size="1px" color="#AED7D7">

<p><strong>1）好きな音楽（ミュージシャン）を教えてください。特定のアルバムなどがあれば、そのタイトルもお願いします。</strong></p>

<p>好きなアーチストは、「ゆず」と「マイルス・デイビス」です。<br />
好きなアルバムは、フレディ・ハバード「sky dive」です。</p>

<p><strong>2）好きな映画があれば教えてください。特に好きなシーンなどがあれば、かんたんな説明をお願いします。</strong></p>

<p>好きな映画は、「解夏」と「雨に唄えば」です。</p>

<p><strong>3）影響を受けたと思われる本、好きな本があれば教えてください。</strong></p>

<p>法然上人『選択集』『四十八巻伝』他、関通上人『後世の土産』、渡邊海旭上人『壷月全集』<br />
諸戸素純上人『法然上人の現代的理解』、友松円諦上人『仏教の未来をひらく』、林田康順『〈私〉をみつめて?法然さまのやさしい教え?』、広井良典氏『ケアを問い直す―「深層の時間」と高齢化社会』等</p>

<p><strong>4）好きなスポーツはありますか？　またスポーツされることはありますか？</strong></p>

<p>好きなスポーツは、特にありません。昔はバドミントンとスキーをしていました。</p>

<p><strong>5）好きな料理・食べ物はなんですか？</strong></p>

<p>おからの炊いたん、にこごり、魚肉ソーセージ</p>

<p><strong>6）趣味・特技があれば教えてください。</strong></p>

<p>あてもなく旅にでることとバルーンアート</p>

<p><strong>7）苦手だなぁと思われることはなんですか？</strong></p>

<p>まじめな会議と会計業務</p>

<p><strong>8）旅行してみたい場所、国があれば教えてください。</strong></p>

<p>インド、チベット、ブータン、長崎、奄美大島、石垣島、西表島</p>

<p><strong>9）子供のころの夢、なりたかった職業があれば教えてください。</strong></p>

<p>子どもと遊ぶお坊さん</p>

<p><strong>10）尊敬している人がいれば教えてください。</strong></p>

<p>お釈迦さま、法然上人、聖光上人、厭求上人、関通上人、山下現有上人、渡邊海旭上人</p>

<p><strong>11）学生時代のクラブ・サークル活動では何をされていましたか？</strong></p>

<p>ジャズ研究会、ユースホステルサークル</p>

<p><strong>12）アルバイトされたことはありますか？　あればその内容も教えてください。</strong></p>

<p>スキー場のロッジの住み込みアルバイト、保険会社の事故の電話受付、写真屋さん、おすし屋さん、ケンタッキーフライドチキン、葬儀の補助及び葬儀の花屋（偶然、派遣のアルバイトで...）、ソーセージの実演販売などなど、いろいろご縁をいただきました。</p>

<p><strong>13）（お坊さんなのに）どうしてもやめられないことがあればこっそり教えてください。</strong></p>

<p>友達とお酒を飲むこと</p>

<p><strong>14）休みの日はありますか？　もしあれば、休みの日はどんな風に過ごされていますか？</strong></p>

<p>休みはほとんどありません。あれば、旅に出たいです。</p>

<p><strong>15）1ヶ月以上の長いお休みが取れたら何をしたいですか？</strong></p>

<p>可能なら、チベットやブータンへ旅に出たいです。もしくは、長い期間のお念佛の会を仲間としたいです。</p>

<p><strong>16）座右の銘にしている言葉があれば教えてください。</strong></p>

<p>我がふるる　すべてのものを　やわらかに　ふく春風の　こころもたなん</p>

<p><strong>17）前世では何をしていたと思われますか？　また生まれ変わったら何になりたいですか？</strong></p>

<p>前世はきっとマグロのような、水の中で生活する落ち着きのない生き物だった気がします。来世は極楽浄土の菩薩に生まれ変わりたいです。</p>

<p><strong>18）他のお坊さんに聞いてみたい質問があれば教えてください。（次のインタビューで聞いてみます）</strong></p>

<p>「自分が「お坊さん」になったと自覚したのはいつですか？また、何がきっかけでしたか？」</p>

<p><strong>19）前のお坊さんからの質問です。「今までの人生で一番笑った出来事は何ですか？」</strong></p>

<p>上野の鈴本演芸場で小さん師匠の落語を見たとき。落語でこんなに笑うとは、思いませんでした。知っているお話なのに、涙を流して笑いました。こんな話ができたら素敵ですね。</p></div><br /><h3>プロフィール</h3><b>吉水岳彦／よしみずがくげん</b><br />1978年東京生まれ。大正大学仏教学部浄土学コース卒業。同大学 <br />
大学院仏教学研究科 仏教学専攻浄土学 <br />
博士後期課程単位取得修了　博士（仏教学）。現在は光照院にて副住職および淑徳大学非常勤講師の肩書きを持つ。大学時代から子どもに関わる仕事を志し、全<br />
国仏教青年協議会の講座や研究会に参加していたが、ホームレス状況にある人や身寄りのない人の共同墓『結の墓』プロジェクトへの関わりから、ホームレス支<br />
援を行うことに。現在は、浅草エリアの路上生活者に月２回おにぎりを配る活動などをする「ひとさじの会」事務局長として活躍。<br /><br /><img alt="光照院　阿弥陀如来像" src="http://www.higan.net/bouzu/images/yoshimizu/koshoin_amidanyorai.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="240" height="320" /><b>浄土宗 瑞雲山無量寿寺 光照院</b><br />　<br />
創建は正保3年（1646）で、三代将軍徳川家光公の時代と伝えられる。浅草新寺町（現在の台東区松が谷）の専光寺2世住職であった静蓮社寂誉松屋上人の<br />
開山。開山当初の光照院の位置は不明だが、松屋上人によって、開創からわずか4年後の慶安3年（1650）に現在の地（台東区清川）へ移転している。この<br />
頃の山号は「摂取山」といったが、享保17年（1732）までに現在の瑞雲山に改めている。本尊の阿弥陀如来像は、かつて「火防せ如来（ひぶせにょら<br />
い）」といって信仰を集めた仏様で、戦争中も難を逃れ、今も静かに私たちの想いに耳を傾けてくださっている。元の本堂は第2次世界大戦で消失し、その後、<br />
建て替え中に台風で流されてしまった。そのため、現在の本堂は新たに立て直されたものである。お寺の塀は、檀信徒によって極楽浄土の様相が描かれ、通行の<br />
人の目を楽しませている。近年では、池波正太郎氏『鬼平犯科帳』第1巻１ページに登場することで知られる。<br /><br /><p></p>]]>
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    <title>路上の人におむすびを／ひとさじの会 吉水岳彦さん(2/3)</title>
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    <id>tag:www.higan.net,2011:/bouzu//63.5474</id>

    <published>2011-04-20T07:15:16Z</published>
    <updated>2011-05-16T11:48:04Z</updated>

    <summary>『路上の人におむすびを／ひとさじの会 吉水岳彦さん』インタビューの第2回です。吉水さんは、幼いころから「お父さんのように子どもと遊ぶ仕事をするお坊さんになりたい」と思っていたそうです。大学・大学院に進んでからは、ひきこもりをする若い人たちの電話相談に参加したり、高校で宗教の授業を担当することもあったそうですが、ある時ふしぎなご縁の重なりに導かれるようにして、...</summary>
    <author>
        <name>杉本恭子</name>
        <uri>http://higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=63&amp;id=27</uri>
    </author>
    
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        <![CDATA[
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        <![CDATA[<p>『路上の人におむすびを／ひとさじの会 吉水岳彦さん』インタビューの第2回です。<br />吉水さんは、幼いころから「お父さんのように子どもと遊ぶ仕事をするお坊さんになりたい」と思っていたそうです。大学・大学院に進んでからは、ひきこもりをする若い人たちの電話相談に参加したり、高校で宗教の授業を担当することもあったそうですが、ある時ふしぎなご縁の重なりに導かれるようにして、路上で生活する「おじさん」たちに関わることになります。<br />インタビューの前にお会いしたとき、吉水さんが言われた「出あう縁の違いが人生を変える」という言葉が心の底に深く落ちました。いつ誰に出会うか、どんな人と共に歩むか。「縁」って、人生を大きく動かすものなのに、ホントに自分ではままならないものなんだなぁと思います（よね？）。今回は、吉水さんが現在の「ひとさじの会」の活動をはじめるきっかけや、路上の人たちとの関わりのなかで思っておられることについてうかがっています。<br /><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<h3>「結の墓」――路上の人との不思議な縁</h3><meta http-equiv="Content-Type" content="text/html; charset=utf-8"><meta name="ProgId" content="Word.Document"><meta name="Generator" content="Microsoft Word 12"><meta name="Originator" content="Microsoft Word 12"><link rel="File-List" href="file:///C:%5CUsers%5Ckyks%5CAppData%5CLocal%5CTemp%5Cmsohtmlclip1%5C01%5Cclip_filelist.xml"><link rel="themeData" href="file:///C:%5CUsers%5Ckyks%5CAppData%5CLocal%5CTemp%5Cmsohtmlclip1%5C01%5Cclip_themedata.thmx"><link rel="colorSchemeMapping" href="file:///C:%5CUsers%5Ckyks%5CAppData%5CLocal%5CTemp%5Cmsohtmlclip1%5C01%5Cclip_colorschememapping.xml"><!--[if gte mso 9]><xml>
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--></style><img alt="『結の墓』開眼法要" src="http://www.higan.net/bouzu/images/yoshimizu/kaigen.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="250" height="178" /><b>――「結の墓」は、ホームレス状況にある人や身寄りのない人の共同墓だとうかがっています。子どもや若者の心の問題に取り組んでおられた吉水さんに、どうして「結の墓」のお話が持ち込まれたのでしょうか。</b><br />とても不思議なご縁が重なりで。もともとは「ひとさじの会」会長の原さんが、新宿中央公園の夏祭りで行われる、その年に亡くなったホームレスの方の追悼法要に呼ばれたことから、「NPO法人 自立生活サポートセンターもやい（以下、もやい）」とのご縁ができたんです。そのとき原さんは、みなさんが心から手を合わせている姿や、自分の唱えるお経を喜んでくださる様子にビックリしたそうです。<br />原さんとは大正大学で面識がありました。くわえて、全青協の神さんから「もやい」のことは聴いて知っていました。「結の墓」の話が持ち上がったときに、原さんは大正大学大学院の同級生の方で浄土宗総合研究所にお勤めの方に相談しました。相談されたご友人は「そういう相談なら吉水さんにしてみたら」と紹介してくださったのがきっかけで、月一回のお墓プロジェクトの相談に一緒に出るようになったんです。<br /><br /><b>――それまではホームレスの方との関わりは特にもっていらっしゃらなかった？</b><br /><br />僕のお寺は、いわゆる山谷と呼ばれたエリアに入っているんです。今は地名が変わっていますが、昔の住所は山谷一丁目。近くの商店街には寝ているおじさんたちがいて、子どもの時には「汚いし怖いからおじさんたちに触っちゃいけない」「怠けた人なのよ」と教わるんです。私自身は、大人になってこうしたご縁をいただいて初めて、実際はそうじゃないということがわかりました。<br />「結の墓」のプロジェクトが始まってから、いろんな炊き出しの現場やパトロールに参加しておじさんたちと会っていると、同じ人間だなと思うんです。心いたらず、間違えることはわたしもたくさんあり、同じだと思います。毎日一生懸命働き、仲間のことを大切にする良い方もいらっしゃいますし、一体何が違うのかなあって。<br /><br />私が出会ったおじさんで「もしお墓があってみんながそこに入るとわかっていたら、私はもっと幸せに生きていける。もっと一生懸命生きていけるんだ」と言ってくれた人がいて。そのおじさんは、いつもニコニコしていてすっごくすてきな人です。なりたくて路上生活者になったわけじゃないんです。子どものときに親を亡くして預けられて、厳しいなかで育ったけれどまじめに働いてこられた。しかし、他人にだまされたり、信じて頼るところがわからなくなって、気がつけばホームレス状態になっていたのだそうです。<br />おじさんたちのなかにはヤクザだった方もおられます。悪いことをするのは決してほめられたことではありません。しかし、良いご縁ばかりではないことがあります。本人だって悪いことをしなくてもすめばその方が良かったでしょう。誰しも幸せに生きたいものですし、良い縁にめぐまれて生活したいものです。でも、そうはなれなかったから、生きていくためにヤクザなったりももしているんだろうなと思うんですね。<br /><br /><b>――じゃあ、子どもの頃から身近にいた「おじさん」たちに違ったかたちで出会いなおすようなことでもあったんですね。</b><br /><br />1960年代に山谷では何度か暴動があったので、近隣にはおじさんたちを嫌がる方もいらっしゃいます。暴動で火炎ビンを投げられたこともあるので、今でも決して良くは思っていないんですよ。ところが、住職に「小さくてもいいので境内にお墓を作りたい」と相談したら、「良いんじゃないか。何十年も置いてある五輪塔（墓石）があるから使ってもらいなさい」と言ってくれて。<br /><br />実は、住職が若い時にはドヤ街でドヤ（簡易宿泊施設、ヤド→ドヤ）を経営しているお檀家さんがいて、ドヤで誰かが亡くなると連絡があったそうなんです。狭い部屋でお経をあげていると、みんな集まってきて「あいつはいいやつだったよな」と言いながらお念仏をして。ポケットの小銭をジャラジャラと金ダライに集めて「少ないけれどお布施です」と袋に入れて渡してくれて。欠けた茶碗に入ったキツイお酒を「飲んでいってくれ」って差し出されて、飲んで帰ってきたんだそうです。<br /><br />だから、暴動のときに学生が扇動して「やれ！」みたいなことがあっても、おじさんたちが「このお寺は仲間のお経をあげてくれているお寺だからやっちゃいけない」と言って、うちはなにも被害がなかったという話も初めて聴きましたね。<br /><br /><h3>縁の違いが人生を変える</h3><br /><img alt="こもれび荘での棚行" src="http://www.higan.net/bouzu/images/yoshimizu/komorebi.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0pt 0pt 20px 20px;" width="250" height="165" /><b>――以前、「出あう縁の違いだけで生きざまが変わる」というお話をされていたのがとても印象的でした。もし、縁の重なりでつらい状況に陥ってしまったときにも、良い方向に変えていくことはできるんでしょうか？</b><br /><br />たぶんそうだと思います。ただ、それにはきっかけが必要でしょうし、長くつらい状況にいた人は、まず自分を見てくれる人や信じられる相手が一人でも近くにいてくれるかどうかが重要ではないでしょうか。つらい思いをしているとき、同じような思いをした人と一緒にいると気持ちが通じ合うのは道理だと思うんです。それがたまたまヤクザということもあれば、自助グループのようなところと出会うかもしれない。いずれにしても、それなりに誰かを信じてみようという相手との出会いがなければ難しいかもしれないなと思います。<br /><br /><b>――信じてみようと思うきっかけになりたい、なろうと思うことも、お坊さんとしての吉水さんの目指すところなのでしょうか。</b><br /><br />うーん、そうかもしれません。そうなれたらうれしいですよね。でも、必ずしも自分ではなくても、お坊さんではなくても近くにいる人を信じてみようと思えたらいいでしょうね。<br /><br /><b>――お坊さんではなくても、信じてみようという誰かになれたり、縁を良い方向に動かすきっかけになれるかもしれない。そこでは、お坊さんであるかどうかが問われないのかもしれないと思います。また、ホームレス支援や青少年の相談など、社会活動をしておられる方は必ずしも宗教者というわけではないですよね。お坊さんが社会活動に関わるときには、布教や教化ということがセットであるべきだと考えられますか？</b><br /><br />ただ、僕を信頼して話を聴いてほしいと思っておられるだけなら仏さまのお話はしません。たとえば、普通に話をしていて突然「あなた、南無阿弥陀仏っていうのはね......」って言われても困りますよね。だから、無理に言葉で教え込もうとしたりはいたしません。でも、何も伝えないというわけでもありません。もし、相手の方が自然と聴きたいという気持ちになって「お浄土というところは本当にあるんですか？」と聞いてこられたら、僕は素直に自分の信仰を答えたらいいことだと思います。<br /><br />つらいとき、傷ついたときには、人は自分を守ろうとして心にいっぱい棘を生やすんですよ。誰も近づいて欲しくないという気持ちになることも......。時折、その棘を自分で抜かなければいけないと考えることもあるでしょう。でも、一度生えた心の棘はすぐに抜くことはできないんです。そんなときに、棘がある自分のことをくさすこともせずにただそばにいてもらえたら、気持ちって変わってくるものだと思うんです。お坊さんとして教えをしっかりと受け止めておられる方は、自然とそういった接しかたができるんじゃないでしょうか。そして、こうした接しかたは、社会活動を行う上で肝要な姿勢であり、宗教者としての教化ともいえると思うんです。<br /><br />......なんて、他人事のようにいっていますが、私も棘を生やしている一人です。でも、私の棘を抜いてくれるのは阿弥陀さまですから。トゲトゲしくなって「なんであんなことを言ったんだろう」「こんなつまんないことばかりでつらいなあ」と思ったりしたときに、阿弥陀さまは何も言わずに聴いてくれます。「なむあみだぶ、なむあみだぶ」って向き合うと、ただただ聴いてくださるんです。本当に如来さまとご縁のある身で良かったと思いますね。<br /><br /><b>――つらいときに、阿弥陀さまは「ただただ聴いてくださる」。吉水さんと阿弥陀さまはとてもいい関係なんですね。</b><br /><br />あはは（笑）。僕にとって阿弥陀さまは大切な拠りどころなんです。自分が倒れそうになったりふさぎこんでしまうときにいてくださるから。杖や柱のように、掴んだりして助かったりするものだから、自然にその名前が口をついて出てくるんだと思います（<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/04/yoshimizu-3.html">第3回につづく</a>）。<br /><br /><h3>プロフィール</h3><b>吉水岳彦／よしみずがくげん</b><br />1978年東京生まれ。大正大学仏教学部浄土学コース卒業。同大学 
大学院仏教学研究科 仏教学専攻浄土学 
博士後期課程単位取得修了　博士（仏教学）。現在は光照院にて副住職および淑徳大学非常勤講師の肩書きを持つ。大学時代から子どもに関わる仕事を志し、全
国仏教青年協議会の講座や研究会に参加していたが、ホームレス状況にある人や身寄りのない人の共同墓『結の墓』プロジェクトへの関わりから、ホームレス支
援を行うことに。現在は、浅草エリアの路上生活者に月２回おにぎりを配る活動などをする「ひとさじの会」事務局長として活躍。<br /><br /><img alt="光照院　阿弥陀如来像" src="http://www.higan.net/bouzu/images/yoshimizu/koshoin_amidanyorai.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="240" height="320" /><b>浄土宗 瑞雲山無量寿寺 光照院</b><br />　
創建は正保3年（1646）で、三代将軍徳川家光公の時代と伝えられる。浅草新寺町（現在の台東区松が谷）の専光寺2世住職であった静蓮社寂誉松屋上人の
開山。開山当初の光照院の位置は不明だが、松屋上人によって、開創からわずか4年後の慶安3年（1650）に現在の地（台東区清川）へ移転している。この
頃の山号は「摂取山」といったが、享保17年（1732）までに現在の瑞雲山に改めている。本尊の阿弥陀如来像は、かつて「火防せ如来（ひぶせにょら
い）」といって信仰を集めた仏様で、戦争中も難を逃れ、今も静かに私たちの想いに耳を傾けてくださっている。元の本堂は第2次世界大戦で消失し、その後、
建て替え中に台風で流されてしまった。そのため、現在の本堂は新たに立て直されたものである。お寺の塀は、檀信徒によって極楽浄土の様相が描かれ、通行の
人の目を楽しませている。近年では、池波正太郎氏『鬼平犯科帳』第1巻１ページに登場することで知られる。<br /><br />]]>
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    <title>路上の人におむすびを／ひとさじの会 吉水岳彦さん(1/3)</title>
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    <published>2011-04-12T05:00:00Z</published>
    <updated>2011-05-16T11:50:20Z</updated>

    <summary>※「坊主めくり」ひさしぶりの更新です。お待たせしました！吉水岳彦（がくげん）さんは、『ひとさじの会』（社会慈業委員会）を創設し、浅草周辺の路上生活者の人たちに炊き出しによる支援活動などをしておられるお坊さん。應典院の『コモンズフェスタ』で初めてお会いし、穏やかながらも芯のあるお話ぶりに私の&quot;お坊さんアンテナ&quot;がきれいに3本立ちまして、その場でインタビューを申...</summary>
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        <name>杉本恭子</name>
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        <![CDATA[<br />※「坊主めくり」ひさしぶりの更新です。お待たせしました！<br /><br />吉水岳彦（がくげん）さんは、『ひとさじの会』（社会慈業委員会）を創設し、浅草周辺の路上生活者の人たちに炊き出しによる支援活動などをしておられるお坊さん。應典院の『コモンズフェスタ』で初めてお会いし、穏やかながらも芯のあるお話ぶりに私の"お坊さんアンテナ"がきれいに3本立ちまして、その場でインタビューを申し込んでしまいました。<br /><br />残念ながら「写真はNG！」なのですが、とても柔和なお顔にややハスキーな声がとても印象的な方です。第一回は、「幼稚園のときにはお坊さんになろうと思っていた」という子どもの頃や大正大学でのユニークな学生生活のお話など、?『ひとさじの会』の吉水さん"の前史をお話いただいています。<br /><br /><div><br /></div>]]>
        <![CDATA[<h3>お父さんと「お風呂でお経」</h3><br /><b>――先日、應典院さんで「大学に行くつもりはなかったけれどお坊さんになることは決めていた」とおっしゃっていましたね。いつ頃、お坊さんになろうと思われたんですか？</b><br /><br />幼稚園の卒園アルバムの将来の夢欄に「おとうさん（お坊さん）のおてつだい」と書いていましたから、相当幼い頃だと思います。僕の場合は、住職が子ども会をやっていて、人形劇やパネルシアターをしてくれましたし、いつもお寺にいてくれるのがうれしくて。子どもながらに、子どもと遊ぶ仕事をするお坊さんになれたらいいなあと思っていました。<br /><br />お寺で育った人はみんなそうだと思うんですけども、御仏飯をいただくので毎朝お参りをしていましたし、お経はお風呂で教えてもらいました。だから、お坊さんになろうと思うこともとても自然なことでした。<br /><br /><b>――お父さんにお風呂でお経を教えていただいたんですか？</b><br /><br />はい。言葉をしゃべれるようになる3歳くらいのときには、父がお風呂に入るたびに教えてくれました。お念仏はもっと小さい頃からでしょうね。ただ、「お風呂に入るとお経」だと覚えているものですから、たまに温泉に行くとお経を読みはじめちゃって、父はとても困ったそうです。「おい、ここはいいんだよ」みたいな（笑）。<br /><br /><img alt="yoshimizu_01.jpg" src="http://www.higan.net/bouzu/images/yoshimizu/yoshimizu_01.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="178" height="250" /><b>――あはは、かわいいですね！ 吉水さんはきっと、「パパ、ママ、なむあみだぶつ」くらいの順番で言葉を覚えられたんですね。でも、一度もお寺を嫌だと思うことはなかったんですか？</b><br /><br />僕の場合は、お坊さんやお寺を否定するほど嫌なこともなかったですし、父も僕に高い理想を言わなかったので。ただ、お寺生まれの子ども特有の悩みというものはあって......。私たちはお寺生まれではあっても、ごく普通に義務教育を受けて他の人と同じように育ちます。チベットのように物心ついたときから寺院で修行生活を送るわけではありません。だから、日常で「お寺育ち」としての面を求められるとすごく困ることもあるわけですよ。時には心ないことを言われることもありますし。<br /><br />お寺のなかで育ってお坊さんになったとしても、「あ、お坊さんになるんだ」と踏ん切りをつけたのは、たぶんみんなそれぞれ違っていると思います。私は、とてもわかりやすく目標にできる住職の姿もあって、幼いうちから自然にお坊さんになりたいと思えて、とても幸せだったと思います。<br /><br /><b>――「心ないことを言われる」というのはどんなことですか？</b><br /><br />「人が死んだら儲かるんだろう」というようなことを思春期に言われるといやなんですよね。僕はけっこう鈍感だったので「ああ、そんなこともあるのかなぁ。どうなのかなぁ」と思っても忘れちゃったりしたんだと思うんですけど、敏感な友人たちはとてもつらかったと言っていました。<br /><br /><b>――「そんなこともあるのかなぁ」と思って忘れてしまえたのは、お寺やお坊さんにはいいことがたくさんあるとハッキリ思っていらっしゃったからでしょうか。</b><br /><br />そうですね。私のお寺は浅草の寺町にあるので、町会の餅つきをお寺でしたり、斜め向かいにある幼なじみのお寺の幼稚園に通ったりして育ったんですね。子ども会のサマーキャンプに行くと、お坊さんでもある友達のお父さんがゲームや踊りをしてくれて、食事前には「ほんとうに生きんがために今この食をいただきます。南無阿弥陀仏」とお唱えすることに何の違和感もありませんでした。<br /><br /><b>――じゃあ、近所のお友達も自然に「なむあみだぶつ」を唱えるような環境で。</b><br /><br />はい。僕らの世代の父親には、特に子どもたちの指導をするお坊さんが多かったんです。みんな大正大学の児童研究部というところの先輩・後輩の関係にあって、いろんな子ども会でゲームや人形劇をするのを楽しんでいましたから、私も自然に子どもに関わる仕事をするお坊さんになりたいと思ったんですね。<br /><br /><h3>宗派対抗運動会!? 大正大学の学生生活</h3><br /><b>――大正大学は、浄土宗の宗門大学なんですか？</b><br /><br />もともとは「宗教大学」という名前の浄土宗の学校だったのですが、天台宗、真言宗智山派、豊山派の方たちも一緒に勉強しようということになって、現在の大正大学になったんです。<br /><br /><b>――いろんな宗派の方が一緒にいらっしゃるのは刺激的な環境ですね。</b><br /><br />すっごく楽しかったですよ。僕たちのときは、「僧堂教育」といってお坊さんとしての生活をする寮で半年間過ごすことになっていて、そこで基本的な所作やお経の読み方を教えてもらうことになっていて。同時に、お寺で育った人特有の経験をしてきた友人たちと出会うので、とても仲良くなるんですね。<br /><br />寮の1階、入り口のところにはお釈迦様の像があり、右奥へ進むと各宗派の「法儀実習室」がありました。お釈迦様の前で一礼して階段を上ると、2階が真言宗、3階が天台宗、4階が浄土宗......たぶん一番浄土に近いから浄土宗が一番上だったのかもしれません（笑）。毎日「法儀実習」があって、朝のお勤めと掃除をしたら大学に行きます。ところが、寮を出るのが遅いとお釈迦様の前で正座して『般若心経』一巻を唱えないと出してもらえないんです。当時は「やらされた」感がありましたが、今はいい勉強をさせてもらったなあと思います。<br /><br />それから、ふだんは三宗四派で仲良くしているのですが、宗派対抗運動会になるとものすごい燃えるんですよ。「浄土勝つぞ！」みたいな感じで（笑）。<br /><br /><img alt="吉水岳彦さん／大正大学時代の学寮の仲間たちと" src="http://www.higan.net/bouzu/yoshimuzu_03.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0pt 0pt 20px 20px;" width="250" height="174" /><b>――すごい盛り上がりそう（笑）。お坊さん志望ではない学生の方は寮に入らないんですか？</b><br /><br />ええ。仏教学科でも仏教美術を学ぶ方などは別でした。ただ、月曜日だけは寮のある埼玉の校舎に一般の学生がやってきて授業を受けるので、みんなワクワクして待っていました。髪の毛もないのに、ちょっとかっこつけたりして（笑）。みんな18歳でしたから......懐かしいですね。<br /><br /><h3>手首に隠されていた無数の傷</h3><br /><b>――なんだかほほえましいエピソードですね。大学生の頃は、卒業後にはどんなお坊さんになりたいと思っていたんですか？</b><br /><br />大学時代の夢は、海外でお坊さんとして教えを伝える開教師でした。でも、卒業するときになって「伝える内容をどれだけ自分は勉強してきたのかな」と思ったんです。それで、親に無理を言って大学院に進みました。<br /><br />学部生のころは、子ども会や知恩院さんがやっている「お手つぎ子ども奉仕団」が本当に楽しくて。ちょっと旅に出たり、お酒を飲んで歩いたりしてちゃんと勉強しなかったんです。大学院では、いい仲間にめぐりあいました。「へべれけになっている俺は何なんだろう」と自問自答をしつつ、仲間と信仰について喧々諤々の議論をしたりするのも良い時間でした。でも、実際に社会で仏教を伝えるとなると、まだ何も伝えられない自分がいることに気づかされたんです。<br /><br /><b>――大学院のときには、すでに仏教を伝える活動をしておられたんですか。</b><br /><br />博士課程に入る前に「高校で話をしなさい」と声がかかって、3年間宗教の授業を担当しました。僕は、教職課程もとっていなかったので教育実習の経験もなくいきなり教壇に立ったんですよ。すると、初めての授業のときに、一番前に座っていた子の手首にはめられたリストバンドからたくさんのためらい傷が見えていて......すごくショックでした。でも、僕はその子に何も声をかけられなかったんです。僕は週に一回お話をする授業に来るだけで担任でもなくて、何もできないんだなあということだけを強く痛感しました。それで、全国青年教化協議会（以下、全青協）の「青少年電話相談入門講座」を受けに行ったりするようになって。<br /><br /><b>――その講座ではどんなことを学ばれたのでしょう。</b><br /><br />いろんな宗派のお坊さんと一緒に泊まり込みの研修会で講習を受けました。"尾木ママ"と呼ばれて有名になられた尾木直樹先生などが講義に来てくださって、思春期の子供の心の状況を聴かせていただいたりしましたね。大正大学の大学院を終えた後は、浄土宗総合研究所の嘱託研究員という肩書きをもらい、仏教福祉研究班にも顔を出していました。そしたら、シンポジウムかなにかで全青協主幹の神（じん）仁さんに再会して、「相談員が足りないから勉強しに来ない？」と言われて、ひきこもりの人たちの相談をする自助グループ「シンシア」にも参加するようになりました。論文を書くために「シンシア」や電話相談のほうをお休みさせていただこうと思っていた頃に、相談があったのが「結の墓」のお話だったんです（<a href="http://www.higan.net/bouzu/2011/04/yoshimizu-2.html">第2回へつづく</a>）。<br /><br /><h3>プロフィール</h3><b>吉水岳彦／よしみずがくげん</b><br />1978年東京生まれ。大正大学仏教学部浄土学コース卒業。同大学 大学院仏教学研究科 仏教学専攻浄土学 博士後期課程単位取得修了　博士（仏教学）。現在は光照院にて副住職および淑徳大学非常勤講師の肩書きを持つ。大学時代から子どもに関わる仕事を志し、全国仏教青年協議会の講座や研究会に参加していたが、ホームレス状況にある人や身寄りのない人の共同墓『結の墓』プロジェクトへの関わりから、ホームレス支援を行うことに。現在は、浅草エリアの路上生活者に月２回おにぎりを配る活動などをする「ひとさじの会」事務局長として活躍。<br /><br /><img alt="光照院　阿弥陀如来像" src="http://www.higan.net/bouzu/images/yoshimizu/koshoin_amidanyorai.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0pt 20px 20px 0pt;" width="240" height="320" /><b>浄土宗 瑞雲山無量寿寺 光照院</b><br />　創建は正保3年（1646）で、三代将軍徳川家光公の時代と伝えられる。浅草新寺町（現在の台東区松が谷）の専光寺2世住職であった静蓮社寂誉松屋上人の開山。開山当初の光照院の位置は不明だが、松屋上人によって、開創からわずか4年後の慶安3年（1650）に現在の地（台東区清川）へ移転している。この頃の山号は「摂取山」といったが、享保17年（1732）までに現在の瑞雲山に改めている。本尊の阿弥陀如来像は、かつて「火防せ如来（ひぶせにょらい）」といって信仰を集めた仏様で、戦争中も難を逃れ、今も静かに私たちの想いに耳を傾けてくださっている。元の本堂は第2次世界大戦で消失し、その後、建て替え中に台風で流されてしまった。そのため、現在の本堂は新たに立て直されたものである。お寺の塀は、檀信徒によって極楽浄土の様相が描かれ、通行の人の目を楽しませている。近年では、池波正太郎氏『鬼平犯科帳』第1巻１ページに登場することで知られる。<br /><br /><br />
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