俳優への道はなぜ雲水に通じたのか?――樋口星覚さん(2/3)
2011年08月11日
彼岸寺のお坊さん・樋口星覚さんインタビュー第2回です。星覚さんは、娑婆に生きる雲水でありながらも、どこか浮世離れしたようなふんわりしたところのある人です。お話をしていても「うーん、そうかなあ」とほわほわっとしたお返事が宙に浮いているときもあるのですが、「胸を借ります!」みたいな気持ちでドーンと懐に飛び込んで質問をすると、ゴーンと力強く響くような返事が返ってくるんですよね。今回の記事の後半では「何のために坐禅するんですか?」なんて、禅僧に対してやや不躾とも言える質問をぶつけてしまっていますが、それこそ全身でドーンと応えていただいて、「いつか、星覚さんに坐禅を指導していただきたい.....」.という気持ちだけが残りました。明確な答えはない、でも伝わってくる。そんな感じのやりとりだったなあと思います(前回のインタビューはこちら)。
なぜ、シャバに生きる雲水の道を選ぶのか
――永平寺から下りられたあと、どこかのお寺の住職になるという発想はゼロだったんですか?全然ないですね。「お寺に入りませんか?」という縁談はちょくちょくいただきましたけど、僕みたいなのがそんな恐れ多くて。
――住職としてお寺に入ることには興味がない?
たぶん、そう簡単じゃないですね、お寺の住職さんになるというのは。自分が坐禅をしていて、それに共感してくれる人が集まって一緒に生活するようになって、「じゃあサンガが必要だ」「この家にしようか」とお寺ができていくのが自然なかたちだと思うんです。でも、そのプロセスなくいきなりお寺に入って、すでにあるコミュニティを保持しながら何とかするというのは、ちょっと在家出身の僕には難しいんじゃないかなと思います。
今、葬式仏教っていう言葉は悪いイメージで使われることが多いですけど、とても立派だと思いますね。小さい頃からお檀家さんに育てられてその期待を一身に背負って永平寺に上がる。それだけでもね、普通の人ではできないことですよ。恋人とも離れて、自分が行きたいかどうか本当のところはわからないようなところで何年も修行してお寺に戻り、「良く帰ってきた」と喜んでくれるお檀家さんのために一生お坊さんをする。小さい頃からそう育てられてきて、自然の縁の流れで住職になっていくわけです。永平寺の修行仲間の葛藤や影の努力を見てきたから、「そこにお寺があるから」とポンと入るというのは、僕には難しい気がしました。
――永平寺から下りるとき、お寺の御子息はお寺に帰っていかれる。星覚さんは「じゃあ!」と東京に(笑)。かなり異色ですよね。つまり、星覚さんはお坊さんという"職業"をしておられない。
まあ、あまりいないかもしれませんね。ごくたまに、法要でお経をよんでほしいと言われたり、ご縁があったときにはしますけれど。一般的なお坊さんに比べるとすごく少ないと思います。
――ありていに言うと、お布施で暮らしていないお坊さんは珍しいのではないでしょうか。ご住職ではなくても本山勤務、役僧をして暮らしておられる方もいれば、他の職業を主としていて「僧侶資格を持っているだけ」という方もいる。星覚さんは、「お坊さん」を軸に生きていながら収入とは結びつけていませんね。
どうなんでしょうね。そうか、だいたいお寺を持っている人が多いのかな。そう言われてみればそうですね。僕もお寺を持った方がいいかな?
――いやいや、そういうわけじゃないと思いますけど(笑)。
ラブワゴンならぬ禅ワゴン!? のべ200人を永平寺へ案内した『禅の旅』
――永平寺での坐禅体験をプロデュースする『禅の旅』をしておられましたね。どんな内容だったんですか?永平寺から下山して1年ほど経ったときに、「永平寺で坐禅してみたい」と言う人が多いから、「しょうがないな。まとめて連れていくよ」と始めました。"禅ワゴン"という、ラブワゴンばりのワゴンで行くんですよ。10人乗りなので、最大9人が定員。ひとりひとりにちゃんと付いて体験してもらうには、それが限度かなと思いますしちょうどいい人数だったと思います。そしたら、やけに評判が高くて「私も行きたい!」「私も!」と言われるものだから、月一回くらいのペースで通算20回は行ったかな。
――すごい。のべ200人くらい連れて行ったんだ。
そうですね。永平寺のそばの天竜寺というお寺に泊めていただくんですけど、そこでは一般の人も禅僧と同じく"応量器(おうりょうき)"という、マトリョーシカみたいにお椀のなかにいろんなサイズのお椀が入っている食器を使って、作法通りに食事もさせていただけるんです。永平寺だと修行僧とともに生活はできないけれど、天竜寺なら本格的な修行体験ができる。でも、やはり永平寺にも行きたい人が多いので、朝は永平寺のお勤めに参加するというコースで旅をしていました。多い人は、4、5回リピートしていたり、「すごく日常の見方が変わった」「人生が変わった」と言ってくれたりして。一泊二日の旅なんですけどね。
――じゃあ、娑婆での雲水活動というのは、『禅の旅』とヨガスタジオでの坐禅指導がメインだったんですか?永平寺では朝の坐禅のことを暁天坐禅(きょうてんざぜん)と言うんですけど、都内のヨガスタジオで坐禅をしてお経をあげて、お粥をいただく(行粥/ぎょうしゅく)までを体験してもらうクラスを毎朝開いていました。朝6時半集合、8時ごろ解散。早くしすぎると来れなくなるし、遅くすると会社に間に合わなくなるので、時間設定が難しかったです。
――平日朝の坐禅クラス。いわゆる朝活ですね。参加者は都内にお勤めの方たち?
はい。男女比は意外と同じくらいでした。ワークショップなどでは女性が多かったりしたのですが、暁天坐禅は男性もけっこう来てくれていました。僕としても男性に来てほしいなあと思っていたので、ちょうどよかったです。
何のために坐禅するのか?
――曹洞宗ではご本尊は釈迦牟尼仏ですよね。坐禅や作法、自分をどう磨くかという話と、仏さまを拝むという行為はどう接続するんですか?
お釈迦さまが伝えたことは脈々と今に伝わっているんだという接点です。毎朝のお勤めで、過去七仏(お釈迦さま以前の七仏の如来)、釈迦牟尼仏、大迦葉や摩訶迦葉などの釈迦十大弟子からずーっとお名前を読んでいって、道元さん以降の永平寺歴代貫主のお名前を読むんです。そこで、ダイレクトにお釈迦さまにつながっていることを確認しますよ。道元さんまでで57人、現在の猊下で第79世ですから約140人ですね。つながりは裏がとれているというか。師匠から教わる、先輩から教わる。その大本にいるのがお釈迦さまなんだという考え方だと僕は理解しています。
――坐禅をすることによって目指す到達点はあるのでしょうか。
僕は考えたことがないし、少なくとも永平寺では解脱とか悟るとか教わらないですね、まったく。何かを目指すというものではないんじゃないかな。
――端的に言えば、何のために坐禅するのでしょう?難しい質問だなあ。お父さんが日本語をしゃべっているから、気づいたら自分も日本語をしゃべっていたという感覚に近いんじゃないですかね。師匠が坐禅をしていたから、自分も坐禅をしている。特に意味はないですね。坐禅は、自分が大切にしたい生き方なんだというのが一番しっくりくるかな。後付けの理由ならいろいろありますよ。坐禅の時間を持つと頭も身体もすっきりするとか......でも、究極のところは、ご縁があった人がやっていたからマネをしてみたということです。やってみたことはありますか? 姿勢を整えるだけで......(姿勢を整えてとても気持ちのよい表情に)。
――えーと(笑)。たとえば、iPhoneアプリ『雲堂』で坐禅してみて「気持ちがいい」と感じるのは、禅の入り口としてはとても良いと思います。でも、その「気持ち良さ」だけが先行すると単なるボディ・エクササイズになってしまうのではないでしょうか。
どうなんでしょうね。道元さんは中国留学から帰国した後、「仏法とは何だ?」と問われて「眼横鼻直(目は横、鼻は縦)」と答えたそうです。誰にとってもあたりまえのことのなかに道元さんが言いたかったことがあって、それが伝わってみんなが幸せな生き方をできるのであれば、あるいは信仰や宗教的な部分が欠けたとしてもそれはそれでいいんじゃないかな。
でもね、ちゃんと伝わったいうときには、信仰の部分が欠けて伝わることはまずあり得ないと思うんです。たとえ入り口が『雲堂』であったとしても、極めればいつか宗教的な境涯にたどり着くんじゃないかというヘンな確信みたいなものがあるかな。
――つまり、「なぜ星覚さんは坐禅するのか」という問いの答えは、自分で坐ってみることのなかにありそうですね。
いや、とにかく楽で楽しいんですよ。ホントに楽しいし、すごく魅力的な生き方が禅のなかにあるということは確信を持って言えます。みんなもそうすればいいのになあとは思うけれども、現代の多くの人たちが向かっている方向とはあまりに違うことはわかっているので。どう伝えるのか苦労しているのかなという気がします。最近は随分変わってきているとも感じますけれど。
――禅の魅力を伝える方法を模索するプロセスのなかに今回の渡欧があるんですね。
その通りです(次回に続く)。
プロフィール
樋口星覚/ひぐちせいがくシンガポールに生まれ、幼少時代をポーランド・イギリス・鳥取県で過ご す。慶應義塾大学法学部を卒業後、大本山永平寺で雲水(禅の修行僧)として修行を積 む。中国南普陀寺、アメリカ好人庵、ポーランド法楽寺、ドイツ普門寺、寂光寺など多くの海外禅道場へも参禅し、現在ベルリンを中心に活動中。 都市生活で実践する雲水のライフスタイルを提案するウェブカフェ、雲水喫茶を主催している。
http://www.higan.net/apps/mt-cp.cgi?__mode=view&id=25&blog_id=58
雲水喫茶 http://www.unsui.net/

杉本恭子 (すぎもと きょうこ) >>プロフィールを読む 大阪生まれ東京経由京都在住のライター。同志社大学文学部社会学科新聞学専攻卒業。お寺取材を経験するうちに「お坊さん」に興味を持ちインタビューを始める。









