2004年6月30日

::::::::寺入り娘より::::::::

 わたしは地方出身者なのでお盆といえば8月ですが、東京では7月がメインなんですね。数日前からお義母さまに「キリコドウロウ」なるものを出しておくようにいわれていたので、お昼ご飯を食べたあと、彼と一緒にお盆の飾りつけを始めました。

 それは、完成図(手書き!)の書かれた専用のダンボールに入っていました。どちらのお寺でもそうなのでしょうか、お寺の道具を触るときには必ず軍手をはめています。わたしも軍手をもらって組み立てをお手伝いしました。隣でお義父さまから組み立て順序を教わっている彼の様子を、見よう見真似でつくってみます。素材が紙と軽い木材なので、よくよく注意して触れないと壊してしまいそう。

 完成したキリコ燈楼(この期に及んでキリコの意味がわかりません・・・)を、やはり丁寧に持ち上げて設置します。赤と紫、黒、白でカラフルだし、形もひらひらの飾りがたくさんついてとても華やか。本堂なんかを見ても思うのですが、お寺の道具って朱や金がふんだんに使われて、とても豪華ですよね。「お寺」というと、質素で暗いイメージだったので、初めてお寺のお手伝いをしたときは、とても意外に思ったものでした。

 さて、この次にこの作業をするのは一年後。それまで手順を覚えていられる自信がまったくなかったので、ダンボールに書かれた完成図に、さらに組みたて順序を書き入れておきました。物の名前や儀式の手順なんかをしっかりと覚えておくことも、寺に嫁ぐ者の大切な役目なのだわと感じさせられた出来事でした。

::::::::寺継ぎ坊主より::::::::

 そろそろお盆も近づいてきたので、うちのお寺でもお盆のちょうちんを出してお盆を迎える準備をしました。

 お盆に飾るちょうちんのことを浄土真宗では切子灯篭(キリコドウロウ)と呼びますが、この形、なんだか面白い形なんです。日本の伝統的なものって、曲線美を前面に出したものが多いと思うのですが、これはずいぶん幾何学的というかなんとも面白い形だと思っていたので、住職に聞いてみました。すると

「あぁ、あれは逆さ吊りの人の姿をあらわしているんだよ」

なんて言われたから思わず絶句してしまったんですが、そういえばお盆はもともと
お釈迦様の弟子の目連が神通力(超能力)で亡き母の姿を見たところ、母親は、なんと餓鬼道(餓えに苦しむ世界)に落ちて苦しんでいたそうな。そこでお釈迦様に何とかして救いたいと尋ねると、「七月十五日に、過去七世の亡き先祖や父母たちのために、御馳走を作り、僧侶たちに与え、その飲食をもって、供養するように」と教えてくれました。教えの通りにすると、目連の母親は餓鬼道の苦をのがれ、無事成仏することができた。
という説話からはじまっていることを思い出し、あぁ、今目の前にあるのはお釈迦様のお弟子のお母さんが逆さ吊りになっている姿なんだ、なんて考えてちょっと奇妙な感覚に襲われました。お盆のたびに逆さ吊りを飾っていたなんて、ちょっとシュールですね。

 どうでしょう?お盆で親戚が集まってお酒なんかを飲んでいるときにこんな話をしたら、きっと盛り上がるんではないでしょうか?

2004年7月16日

::::::::寺入り娘より::::::::

 いつものようにお寺に行くと、彼が"お宝おこし"を半紙に包んでいました。春のお彼岸のときにもしていた作業なので察しがつきます。お盆やお彼岸で、いつもよりお客様が多くなるので、あらかじめお土産をたくさん用意しておくためです。お宝おこしは、白、ピンク、緑など6色があり、そのうち3つをセットにして一枚の半紙に包みます。

 ただ包むといっても、折り紙の教本のように包み方が決まっていて、きれいに仕上げるためにはコツも必要です。わたしは前回のお彼岸のときに初めて教わったのですが、最初はいくつ作っても形よくまとまらず、何回も彼にダメ出しをされてしまいました。彼は小学生のときにこの作業を始めてお手伝いしたそうですが、上手に折れないわたしを見て、「(自分の小学生時代が)懐かしいなぁ」なんて言っていました。年ばかりとっていても、寺に勤める者としては小学生以下か・・・って、ちょっぴり悔しく思いながらも、だんだんコツがつかめてくると、思ったより楽しい作業です。
 この時期は湿度が高いので、仕上がった包みは缶や大きなタッパーに入れて保管しておきます。何百も出来上がった様を見ると、家内作業ならではの達成感が感じられて、なんだか非常に満足。
 半紙に包んだお宝おこしなんて妙にレトロなお土産ですが、それを楽しみに来てくださるお客様も多く、嬉しいかぎりです。

::::::::寺継ぎ坊主より::::::::

 お盆が近づくとお寺は家内制手工場ならぬ寺内制手工場となります。門徒(お檀家)さんに配るお菓子を半紙に包み、しきびを手ごろな大きさに切って、お墓の花立に挿しやすいようにし、冷たい麦茶を用意します。この、お菓子も麦茶も20年以上まったく変わってないのが自慢なんです。昔ながらのものを昔ながらの手作業で作る。こういうのにこだわるってこと、好きです。私も一時期はアウトソーシングだ、コストダウンだ、経営効率化だと反発もしました。新しいものを取り入れて時代についていくことが現代人のリスクマネジメントだ、なんて本気で思ったりもしていました。
 でも、「去年と同じものだから安心」とか、「毎年楽しみにしています」なんていう声をもらったら、うれしくなっちゃうじゃない。だからここのところはもっぱら、同じ物だけど、去年よりきれいに、丁寧に包む、花を切りそろえる。そんなことしかできない自分にもどかしがる。というようなことをしています。
 レトロな重み、大事にするところはするし、新しいものは取り入れる。バランスが大事ですね。

2004年7月26日

::::::::寺入り娘より::::::::

 お盆が明けて一週間が経ちました。今年は土日をはさまないお盆だったため、前後の土日にも例年よりたくさんのお客様がありました。大変な猛暑の中、あるいは激しい夕立の中、寺に足を運んでくださるたくさんの方々には、本当に頭の下がる思いです。

 わたしは、いらっしゃった方をおもてなしするには、どんなふうにしたらいいのかしらと考えました。

 前回のトピックでもご紹介したとおり、わたしたちの寺ではお客様に麦茶やお菓子をお出ししています。もちろんその際には笑顔で丁寧に対応しますし、ひどい混雑でなければ向かい合って世間話などしたりもします。お盆中は猛暑ですので、少しでも涼しげな雰囲気を出そうと、庭にいくつもの風鈴をあしらったりもしました。また行事以外の時期にも、季節ごとの花や軸を飾ったりお墓の手入れをしたりと、お檀家さんたちにできるだけ気軽に快適にお寺での時間を過ごしていただけるように、いろいろな工夫をしています。そうすると、お寺の仕事もある種のサービス業と言ってもいいと思います。たしかにそういった心配りはとても大切だと思いますが、わたしはお義母さまが「寺はホテルやレストランとは違うのだから、サービスを履き違えてはいけない」と言ったことが心に残っています。

 寺に嫁ぐにあたって、お経も読めない、仏教についても何も知らないわたしには、寺でどんなことができるのかを考えるとき、そもそも寺の役割とはどんなことなのかという疑問に行き当たります。その疑問の解決はとても難しい気がします。それでも、彼の支えになりたい、早く寺の歯車になりたいという気持ちはとてもあります。このところ、毎日が精一杯の日々です・・・。


::::::::寺継ぎ坊主より::::::::

 お盆が始まりました(東京では7月13日から7月15日までがお盆の期間です)。この時期、私は都内の門徒(お檀家)さんの家を回るのが一番大きな仕事になります。暑いさなかに出歩くのはとてもつらいのですが、これがまた面白いんです。

 普通は、あまり人の家にあがることってないですよね。私も普段はあまり人の家にあがる機会はないです。でも、この時期は特別。いろんな家の仏間や居間にお邪魔してお経をあげます。普段あまり見ない他人のおうち、ついじっくりと見てしまいます。
 あぁ、この家はきれいにしているなとか、あぁ、家族の写真がいっぱい飾ってあって楽しそうだなとか、あまり失礼にならないようにこっそりと人の家を見ているのですが、やはりどうしても目がいってしまうのがお仏壇。

 割合きれいにしている家が多いんです。ものすごくきれいにしていてそれを自慢にする方もいます。しかし一方で、「うちのお仏壇や過去帖、汚くてすごいでしょう」と自慢をされる方もいます。
 きれいなのを自慢する人は「こんなにきれいに掃除したんだよ。」と自慢げに話す小学生のように、汚いのを誇らしげに話す人は「みてみて、英語の辞書にこんなにたくさん線を引いたんだよ。」と自慢げに話す中学生のように輝いているように思えます。

 きれいにしておくのも使い古すのも、両方とも「大事だから」。大事にしていることを誇りにしている人ってすごくステキです。

2004年10月12日

contents_totsugu_9.jpg喚鐘(かんしょう)と呼ばれる鐘の音が聞こえてくると結婚式が始まる合図になります。
カーン カーン カーン・・・ 皆さん結婚式が始まりますよー 本堂に集まってください。
そういう意味合いです。

喚鐘が鳴り終わると厳かな司会の声が響きます。
「これより、お二人の結婚式を始めます」

どきどき・・・生涯で一番自分が注目されるときです。否が応でも緊張感が高まります。
・・・といいたいところですが、実は気分はいつもの法事、葬儀と一緒でした。
葬式、結婚式。どちらも人生の大事な「式」という意味では一緒なんだなぁとぼんやり考えながら、本堂中央の新郎新婦席まで進みます。。。

新郎新婦が席に着くと、司婚(しこん)と呼ばれる、キリスト教式の結婚式で言う神父さんが入ってきます。

「先請弥陀入道場~」 伽陀(かだ)と呼ばれるお経にあわせて司婚者がゆっくりと入ってきます。そして、司婚者がお焼香をします。伽羅のいい香りがぽわーんとしてきます。普段なかなか使う機会のないとっておきのお香も、今日のこのときは惜しげもなく使わせていただきます。

司婚者がお焼香を終えると、表白(ひょうびゃく)が始まります。表白とは、式の趣旨を述べる朗読文のことです。口語で読まれるので一般の人でも聞き取りやすいのが特徴ですね。ここでは
「新たに夫婦の約を結び長(とこ)しえに偕老の契を誓う・・・」と司婚者がお話をされました。

表白に続いて司婚者が司婚の詞を読み上げます。
「新郎に告ぐ 自信教人信の金言を体得し・・・終生佛祖崇敬門徒教導に力を尽くせんことをここに誓うべし」と言われ。「はい」と答えます。
儀礼上「はい」と答えないことには進まないのですが、それにしても大層な誓いを立てたもんだ。普段なら「どこまでできるがわかりませんが、全力を尽くします」なんて逃げ道を打つところですが、そんなことはできません。改めて「誓い」というものの重さを考えさせられます。

「新婦に告ぐ 愛に伴うの敬を以ってよく坊守たるの本分を尽くすことを誓うべし」
「はい」と頷く新婦。これにて新夫婦が出来上がり。

そしていよいよお数珠の交換です。このお数珠の交換というのはチャペルでの結婚式のように夫婦間で何かを交換するのではなく、今まで使っていた古いお数珠と新しいお数珠を交換します。新婦のほうは今までお坊さんだったわけではないので、古いお数珠を持っていません。そこで、新婦に対してはお数珠の授与。でも、古いお数珠と新しいお数珠を交換する意味は何なのだろう?

後は雄蝶、雌蝶(親戚の中から男の子と女の子を選んでお酒を注いでもらう人)が新郎新婦固めの杯(三々九度)を行います。小杯を新郎・新婦・新郎と飲み、中杯を新婦・新郎・新婦と飲み、大杯をまた新郎・新婦・新郎と飲みます。まぁ、本当に気持ち程度のお酒しか入っていないから酔っ払う心配もないんですけれどもね。

新郎新婦が飲んだ後には親族そろって乾杯です。ここで新郎新婦、向き直って、ご本尊に背を向けます。こうすることで、本堂の右の方に新郎の親族、左の方に新婦の親族、ご本尊に近いところに新郎新婦、本堂の入り口のほうに仲人さん(私たちの場合は仲人を立てませんでしたが)と、みんなが輪になります。輪になったところで乾杯。再びお酒を飲みます。これにてめでたく結婚式が円上する。といった流れになりました。

普段なかなか目にすることのない仏式結婚式を紹介しました。いかがでしょうか。

2005年5月 9日

::::::::寺入り娘より::::::::

 お寺で毎日あげるお仏飯は、炊きたての白米と決まっています。
 わたしには、これがとても不思議でした。なぜ、パンやおかずではいけないのでしょうか。彼に訊ねると、これは伝統的な作業だし、自分たちが毎日食べるものをあげることが大事だからと答えました。朝食に毎日食べるのは、米と味噌汁。日本人は昔からずっとそうだから、お仏飯は炊き立ての白米と決まっているんだよ、と。

 ところがわたしの実家では、毎日の朝食はパンです。というか、主食は登場せず、おかずとコーヒーとフルーツだけ、ということもよくあります。そしておかずやフルーツは日によって内容が違いますから、毎日決まって口にするものといえば、お供えはコーヒー?

 お寺にとってお仏飯をあげるというのは、朝起きたら顔を洗うようなごくあたりまえの作業です。そういった日常習慣的な作業を、何十年、何百年と続けていくことに意味があるのだと言います。継続は力なり。まず続けることが大切ですから、お寺ではない一般の家庭では必ずしも炊きたての白米にこだわることはない、と彼は言います。お仏飯のためにわざわざ炊くのではなく、その日のお皿の中から何かをお供えすればいいのだそうです。
 しかし、そこはお寺。ご本尊にミルクティーやメンチカツや餃子なんていうものがあがっていたのでは、さすがに具合が悪い。そういうわけで、たとえ朝ごはんにパンが食べたくとも、たとえ朝食は食べたくなくとも、場合によってはわざわざ、ご飯を炊いてお供えするのです。

 そう考えると、なんだか混乱します。

 お仏飯をあげるのは仏様もお腹がすくから?
 得られた日常の糧として感謝を表すため?その代表が米?
 インドや中国の人はどうしてるの?
 それともお仏飯をあげるためにご飯を炊くの?それって本末転倒?

 お寺の人にとって、なんの疑問ももたないであろう当たり前のことが、わたしにはときどきひどく不思議に思えるのです。

::::::::寺継ぎ坊主より::::::::

 今日はじめて朝のお仏飯にドーナツをあげた。お仏飯に炊き立てのご飯以外のものをあげるのは初めてでした。

 毎朝お仏飯用にご飯を炊いているのだけれども、うちではあまったご飯はすべて冷凍して保存しています。最近、冷凍ご飯が大分幅を利かせてきたので、たまにはご飯を炊かないで朝を迎えてみようと思い、お仏飯を炊かないでいました。
 それでも何もご本尊にお供えしないでお経をあげるのは毎日の流れとしても具合が悪いので、何かあげるものはないかと思い、昨夜買っておいたドーナッツをお供えすることにした。
初めて白いご飯以外をお仏飯としてお供えしたとき、僕の心の中にはどうにも言いようのないいやな気持ちが現れました。
 なんと言ったらいいんだろうか?20歳を過ぎてはじめてタバコを吸ったときのような気持ち。決して悪いことをしているわけではない。正々堂々、やっていいことをしているはずなのに心の中にもやもやとたちこめるこのいやな感じは何なのだろうか?
 「こう言うもの」という古い慣習にとらわれて、そこから抜け出すのが怖いのか?それとも何か大事な価値観が崩壊していくのが怖いのか、どちらともいえない感覚なんだと思う。

 妻のミチコは、朝食はパンとコーヒーで育ったといいます。僕の朝食は日本にいる間ずっとご飯と味噌汁。パンはあまり好きじゃないし、コーヒーは飲めない体質です。朝食にご飯以外はあまり食べたくない。だからご飯以外のお仏飯をあげる、という発想も浮かんでこない。
 ふと思い出すのが、ものすごくネガティブに捉えていた「前例が無い」という言葉。僕は、ご飯以外をあげることが、自分が自信を持って「ものすごく良い」と思えない以上、やはり前例に従いたくなってしまう。日本人の朝ごはんはご飯と味噌汁というところからあまりはみだしたくない。こういう考えは時代遅れかな?

 そんな思いの中、今日始めてあげたご飯以外のお仏飯。僕の中ではいまだに何か悪いことをしたようで後ろめたく、落ち着かない気分でいっぱいですが、果たして仏様は喜んでくれたのでしょうか?

 日々家族だけが住むお寺で暮らしていると、他のお寺のことをぜんぜん知らないことに改めて気づく。ドーナツをお仏飯にしているお寺、あるのかな?海外のお寺ではどうなんだろう?こっそり教えてください。

2005年9月17日

PICT0293.jpg::::::::寺継ぎ坊主より::::::::

先日、お役所に提出した書類に物言いが付いた。
「何でだろう?」と思い、書面をよく見ると理由は二つ。
僕の実家であるお寺は法律上の正式名称が「緑泉寺」だということと、寺の正式な書類に押したハンコが「職泉寺住職印」だということだった。
まず一つ目の、正式名称が「緑泉寺」だということ。僕にはまったく問題が無いように見えたので電話をしてみると、こういう答えが返ってきた。
「普通は有限会社○○、や●●株式会社というように法人格を表す名称が入るんです。お寺さんだったら宗教法人△△とならないとおかしいでしょう?」
一瞬そういうものかとも思ったけれども、よく考えると納得できない。だって僕は今まで「宗教法人」と書いた記憶が一切無いから。今までずっと正式名称だと思っていた「緑泉寺」が違うなんてこと、信じられない。

そこで、法務局に足を運び登記謄本をもらってくる。いや、印紙を買うのだから購入する、というのが正しいのかな?
登記謄本(履歴事項全部証明書)をじっくり見てみると、「名称:緑泉寺」とだけ書いてある。謄本の中にはどこにも「宗教法人」の記述が無い。どういうことなんだろう?と聞いてみると、
「戦後すぐに登記をされた法人の場合は、表記が統一されていないためこのようなことがある場合もある」との話だった。
表記が統一されていないものに対して統一したフォーマットを求める。なんだか納得はできないがそういうものなのかな?

また、「住職印」が代表者の印とは認められない。という話にも面食らった。
会社の代表=代表取締役社長であるのと同じようにお寺の代表=住職という方程式が僕の仲で確立されていて、そこに物言いが付いたことにびっくりしてしまった。
これはお寺の常識であって、世間の常識ではないのだろうか?僕もいつの間にか世間の常識と外れた感覚におぼれて麻痺してしまったのだろうか?

*追記:他の法人と違い宗教法人に限っては、法人格を正式名称に入れる義務が無いということです。

::::::::寺入り娘より::::::::

あるとき、役所に提出する書類に寺の代表印が必要だったので、「緑泉寺住職印」という印面の実印を押して提出しました。数日後、その書類に対して「却下通知書」なるものが届きました。却下の理由は、押下された印面からは組織の代表権限が判断できないからというのもの。
わたしは結婚前の職場で代表者印を扱う仕事をしていた時期があり、役所に提出する書類もかなりの枚数を作成していたので、その通知書を見たときに、ピンとました。
印鑑を押してある書類をつき返された場合、原因はだいたい二つ。一つは印影自体が不鮮明で読み取れない場合。もう一つは、会社名が入っていない、代表者の役職名が入っていないなど、一見してどの組織のどういう権限者の印か判別できないという場合。今回のケースは後者にあたり、おそらく「住職印」というものが一般的な「社長印」「会長印」などと同格とは判断できない、ということだったのだと思います。まぁ、相手がお役所であればさもありなん、それでも印鑑証明をつけて再提出すれば済む話です。
ところがその旨を彼に伝えると、彼はびっくり仰天の様相。
会社でいうところの社長が、寺では住職にあたることなど一般常識、誰でも知ってることだろう!?と。
それを聞いて今度はわたしがびっくりです。それって常識なの!?

住職という言葉自体はよく聞きますし、寺に縁がなかった頃も、それがお坊さんやお寺の人を指すことは知っていました。けれど住職=寺の代表者であり、それが法的に会社の社長と同格などということは知らなかった、というか、そんなことは考えたことがありませんでした。

お寺以外の人に中には、「お前ら税金払ってないんだから(払ってますが)、一人前な顔するな」と言う人がいますし、お寺の人自身も「俺たちは法(法律)に従って生きるんじゃない、法(ダルマ)に従って生きてるんだ」なんて言うことがあります。
そんな環境にありながら、住職が寺の法的な代表者って一般常識だよ!と言われると、なんだか奇妙な気持ちになります。

また、同じように役所に出した書類に「宗教法人」の記述をしなかったために書類が通らなかったこともありました。正式な法人であれば、会社法人、もしくは社団法人や公益法人のように、法人格の種類を明らかにする記述が必ずあるはずだ、というのです。しかし緑泉寺は正真正銘、正式名称が緑泉寺。東京都、法務局に登記してある名称に法人格の記載がないのです。戦後まもなく登記された、即ち(少なくとも東京都内の)ほとんどの寺が、法人格の記載ないまま登記されているのです。しかもその根拠法令は存在しない。

嫁ぎ先であるお寺が特殊なものだと見られることが、わたしはとてもイヤでしたが、こうなってみると、社会の中で寺がいかに特殊なものだったかを思い知らされます。
でも、その特殊性が今でも継続しているかはわからないし、継続させるべきかもわからないし、ただ、このご時世で、せめて法律面くらい整備されていてもおかしくないのになぁと、もどかしい気持ちになりました。

2005年9月27日

PICT0105.jpg::::::::寺継ぎ坊主より::::::::

僕はお坊さんは暇なことが身の上だと思っています。お坊さんは基本的に自由に出歩くことはあまりできません。常に寺に居り、いつ来るかもしれないご門徒さん(お檀家さん)を待つ。だから家族全員そろって外出することはまずありません。それこそ家族の冠婚葬祭のときだけでしょうか。でも、寺に居さえすれば時間は自由にあります。
最近、なぜこんなに暇を与えられているかをよく考える。僕の場合、暇であるから、いつでも人が来たときにおもてなしができるし、暇であるから、おもてなしの用意をしておける。そしていつでも入れ替わり立ち代りいろんな人がやってくる。
つまりは与えられた暇をどのように使うか、というのが各々のお坊さんが考えていくことだと思う。お経を読むもよし、仏教説話を読みふけるもよし、書画などの芸術に力を入れるのもよし。ただひたすらに修行にいそしむもよし。
ところで、昨日までは秋のお彼岸。いろんな方が一度にお寺に足を運ぶ時期でした。でもこの時期は、お経に法話にと忙しく、お寺に足を運んでくださった一人一人にゆっくりと時間をとることも中々出来ない。お坊さんとして一番多くの人と会う機会を与えられる時期に、お坊さんの身の上を発揮できないことに矛盾を感じる。そんなことを考えながら、今年も秋のお彼岸が過ぎてしまいました。
また今日から料理を作ろう。

::::::::寺入り娘より::::::::

たしかにお坊さんは暇なほうがいい。あまりあちこち忙しく飛び回っていたり、日常の雑多なことに忙殺されていたのでは具合が悪い。あまり現実的なことに塗れていると、考え方や言動も俗っぽくなってしまうのかもしれない。思えば、アニメの「一休さん」や「日本むかし話」に登場するお坊さんも、素朴でいつものんびりしているし、あるいは、人里はなれて霞を食って生きているような世捨て人の雰囲気がある。いずれにしても、あまりご多忙な様子には見えない。
実際、わたしにとっていちばん身近なお坊さんであるKAKUも、友人の坊主松本も、お坊さんは暇でなくちゃ!という考えを持っている。まぁ、この二人は実際にはとても忙しく動き回っているけれど。
でも・・・と、わたしは思う。
たしかに常に余裕をもとうと心がけているおかげで、たくさんの人が気軽に訪ねてくれるし、ときにはちょっとした悩みを打ち明けてくれることもある。そんなときは、わたしたちも親身に話を聞くし、相手が同世代であれば他人事ではない相談もあったりして、いつだって真剣に向き合おうと努めている。でも、なんとなく会話がすれ違っていくような、お互いの思いが交わらないような、なんとも言えない違和感を感じてしまうことがある。そんなとき、わたしはこんなふうに思ってしまう。
「どうせお坊さんは人にこき使われることがないから」「どうせお坊さんはお金や職業で苦労することがないから」「どうせお坊さんはいつものんびりしていられるから」・・・普通の人の気持ちなんてわからないんだ、って思われてるんだろうな、と。
お坊さんに限ったことではないだろうけど、ことの大小によらず、人から頼られたら、相手と同じ視点で物事を見てしまってはいけないと思う。でも、相手に視点の違いを気づかせてもいけないと思う。
お坊さんは暇なほうがいい。本当にわたしもそう思うのです。でも、ほとんどの人が忙しく働き、それぞれの生活や責任に追い立てられて過ごしているこの世の中で、暇を旨としていたのでは、お坊さんはまたしても社会とすれ違ってしまうのではないかという恐れも、たしかに感じています。

2005年11月21日

honzon.jpg日々暮らしていて感じること。どうやら彼とわたしでは、ご本尊に対して抱いている思いが違うようです。
実はわたしは、ご本尊が家族の一員であるような印象を持っているのです。
うちの寺の本堂は3階にあるので、わたしの中では「いつも3階にいる人」という感覚なのです。おばあちゃんは2階で寝たきり、ご本尊は3階で立ってる、という感じ。ですから、毎日のお参りも、拝むというよりは顔を見せに行く感覚ですし、外出するときには「行ってきます、ただいま」という気持ちで本堂に寄ります。両手がふさがって合掌できないときは、せめてニコッと笑いかけていくようにしています。4月8日の花まつり(お釈迦様の誕生を祝う日・ご本尊はお釈迦様ではないのですが・・・)には、本堂でハッピーバースデーを歌ってみたりもしました。どうしたって人の形に惑わされるし、ご本尊のあのポーズ、手をあげて「やぁ!」と話しかけているような格好が、とても親しみやすく感じてしまうのです。

以前書いて反響の多かったお仏飯の話は、そんなところから出た疑問です。家族の一員なのだから、自分たちが食べるものをそのときどきでお供えすればいいじゃない。頑なに、昨日の分がまだ残っているご飯を、わざわざ炊き直してお供えしなくちゃいけないような、特別な存在ではないんじゃないのかな。

不謹慎、なのでしょうか。

ご本尊に対する思いは、即ち仏教への思いに通じます。
彼との結婚によって、突然そして当然のように仏教徒であるということになったわたしは、毎日の暮らしの中で本当にたくさんの、些細な疑問を抱えます。でも、生まれたときから寺の暮らし、仏教の教えに囲まれて生きてきた彼には、わたしの疑問はどれも当たり前すぎて、説明する言葉も持っていないのです。
彼と恋愛結婚して寺の人間となったわたしには、彼と同じ信心は、正直ありません、今のところ。
仏教を否定するつもりは全くないのです。むしろ、やはり日本人ですから、知らず知らずのうちに身についている教えもありますし、彼に接し寺で暮らすようになって、仏教への興味、彼の宗教への尊敬も生まれました。
けれど、もし寺を自営業に例えるなら、商売道具は仏教という精神。形のない、値段もつけられないそれを、家族として彼と同じ目線で守っていかなくてはいけない。それができるまでには、まだ時間がかかる。否、時間がたてば実現できるのかどうかも確信はない。
生粋の寺人間である彼とは決定的に何かが違う。まだ分かり合えないものがある。そんなふうに感じています。

2006年1月 5日

PICT0001000.JPG今回は、彼とわたしがまだ恋人同士だった頃、結婚前のお話です。
お坊さんとおつきあいするようになって最初に困ったことは、「休みが合わない」でした。わたしが結婚前に勤めていたのは金融機関で、休日は暦どおり、土日祝日が決まった休みです。一方、彼は仕事のある日が決まっているわけではなく、かといって決まった休みの日もありません。

けれど、どうしたって法事やお墓参りは土曜日曜に集中しますから、平日は比較的ひま、土日は夕方まで寺を空けられないという具合です。幸い、彼とわたしはお互いの家とわたしの職場がものすごく近所(三ヶ所で糸電話ができるくらい!)だったので、平日のわたしのアフター5や土日の夜には自由に会うことができました。で、なんと言っても二人の共通項は「食べること飲むことが大好き!」で、これまた食の好みもおもしろいように一致するので、お互いに行きつけの店を紹介しあったり、気になるお店をはしごしたりと、ひたすら食べ続け飲み続けのデートばかりでした。

好きな相手とひとつ食卓を囲んで、「これ、おいしいね」と会話が弾むのは楽しいことです。わたしも最初はそんなデートに満足していたのですが、あるときふと、自分たちが夜しか会っていないことに気がつきました。しかもいつでも酒気帯びデート。なんだかすごく不健全な気がして、今度はお休みの日に昼間のデートがしたいなぁと思うようになりました。そこで彼に提案すると、「じゃぁ、会社いつ休める?」と言います。わたしとしては、法事の入っていない土日に寺を抜けてもらって、映画か美術館めぐりでもしようかなと思っていたので困ってしまいました。彼が言うには、「俺の仕事は土日の2日間。君の仕事は平日の5日間。一日休むとしたら、君が一日休むほうが5分の一ですむから罪が少ない」というのです。その理屈に、なんだそりゃ!と突っ込みを入れたいところですが、彼はいたって大真面目。結局、平日のわたしのお昼休みに待ち合わせして一緒にランチをとったり、土日にもお墓参りが一段落したら陽が暮れる前に会ったりして、なんとか太陽の下でのデートを実現することができました。

他の人からすればきっと他愛もないことなのですが、まさかお坊さん相手に「休みが合わない」という悩みを抱えるとは思っていませんでした。結婚して24時間一緒にいる今になってみれば、かわいらしい悩みなんですけどね。

2006年1月30日

「お寺に嫁ぐということ」を始めてから、「わたしの彼もお坊さんです」、「わたしも在家からお寺に嫁ぎました」というコメントをよくいただきます。というか、わたしのコラムにつくコメントは9割以上がそんな女性からの投稿です。自分のことを棚に上げて思うのは、みんな一体どこでお坊さんと知り合っているんだろう!?ということ。わたし自身、生まれて初めて出会ったお坊さんがKAKUですから。

それはさておき。わたしは今でも、お寺に嫁ぐのは、やはりお寺のお嬢さん=お寺に生まれ育った女性がいいと思っています。そのほうが、嫁ぐほうも迎えるほうも、余計な苦労がないと思うのです。以前のコラムでもたびたび書いてきましたが、寺の習慣、仏教の考えた方について、わたしにはどうにも腑に落ちなかったりわけがわからなかったりすることがよくあります。そこで彼に相談すると、生まれながらの寺の人間である彼には、どれも当たり前すぎて説明する言葉を持っていないのです。そこを自分の納得が行くまで問い正すと、彼は自分を否定されたような気持ちになり、追い詰められて心を閉ざしてしまいそうになります。でもそこで話し合いを諦めてしまうと、わたしはものの道理も分からないまま、ポーズだけお寺の奥さんぽいことをして過ごしていかなくてはならなくなります。それはしたくないのです。

わたしたちは、本当によく話し合いをします。時にはお互いに興奮して、彼は語気を荒げ、わたしは泣き出し、夜通しの口論になることもありました。それでも語り合うことをやめはしませんでした。性も違う、育った町も違う、これまでのキャリアも宗教も家族観も違う、そんな二人が夫婦になってお互いが幸福でいられる家庭を築いていくには、コミュニケーションを諦めないことしか方法がないと思っているからです。でも、それを続けていくのはとても体力のいることです。お互いに良かれと思って、それなりに紆余曲折で歩んできた人生に疑問を投げかけられ、改めて自問自答を迫られ、違う価値観の相手に理解してもらう言葉を見つけなくてはいけないわけですから。

もちろん、どんな結婚にも夫婦にも同じような苦労は必ずあると思います。ただ、わたしたちの場合やっかいなのは、争点が宗教であることです。合理的・科学的な回答が出せない、世論・大衆論も持ち出せない。信仰は心の問題だから、結婚したからといってたちどころに敬虔な仏教徒にはなれないのに、現実には模範的な仏教徒としての行動を求められる。拒めば嫁として不適格と烙印を押されかねない。信心がないということは、寺では即ち人格否定にも転じます。でも、信じていない宗教を受け入れて生きていくのは自分もつらいし、その宗教に対しても家族に対してもかえって失礼ではないのか。だいいち、信じていないとも言い切れない。日本人の生活習慣として身についている教えだってたくさんある。

例えば、わたしも幼い頃から食事の最初と終わりには「いただきます」「ごちそうさまでした」と手を合わせていました。本当に何気なくしていたことですし、それがお行儀がいいと思っていました。でも、今はそうやって手を合わせる行為を「合掌」だと感じます。だとしたら、それは宗教行為です。そう思うと、今までのように無邪気に手を合わせることができなくなりました。まるで、海外旅行でまったく知らない宗教の施設を観光で訪れて、その教えもお祈りの仕方も知らないのに、見よう見まねポーズだけ礼拝をしてみたときのような気持ちなのです。わたしは、もともとそういう行為に違和感を感じる性質です。その宗教を侵害しているようで、自分が嘘つきで偽善者のように思え、落ち着かない気持ちになるのです。

わたしのように理詰めで考えず、それはそれとして、小難しいことを考えず素直に寺に染まっていける人もいると思います。そのほうが自分も周囲も楽だし、求められる姿として正しいのかもしれません。

実際、寺にとって宗教はそれ自体に留まらず「仕事」でもあります。わたしはOL時代、上司や先輩に逆らったことはありません(たぶん)。仕事だと思えば、そこには契約も報酬もあるわけですから、問題意識を持つ隙はありませんでした。でも、宗教はビジネスではない。ビジネスではないけれども、寺においては明らかに仕事としての側面を持つ。仕事としての仏教と、宗教、信仰としての仏教。どちらかに確かな優先順位をつけることができれば、もっと簡単なのかもしれません。ところが、よりによって「坊さんは職業じゃねぇ、生きざまだ!」なんて言っている人に嫁いでしまったものですから、わたしの心の混乱はまだまだ解決の糸口を見出せないままです。

あ、くれぐれも、在家の人間はお寺に嫁がないほうがいい、なんて言うつもりはないんですよ。わたし自身、KAKUと出会って結婚し、毎日がとっても幸せです。どんなにぶつかることがあったって、だからこそお互いの理解が深まるし、お互いがかけがえのない存在になっていくことを実感しています。ただ、僭越ながら親心?としては、お寺の娘さんをもらっていれば丸くおさまるのになぁ、って思ってしまうのです。これをあるお坊さんに話したら、お寺同士の結婚のほうが大変なんだよ、なーんて言われてしまいました。隣の芝は青く見えるものですね。

2006年2月 7日

こんにちは。お久しぶりの「寺継ぎ坊主」です。
今日は、夫の目から見たミチコの紹介をします。

お寺の中で一番特別なものは、やはりご本尊です。
毎朝一番に手を合わせ、自分たちがご飯を食べる前にお仏飯をあげ、頂き物は真っ先にお供えをする。僕にとってはそんな「特別な」ご本尊です。でも、ミチコの中ではちょっと違った「特別さ」のようです。ミチコは特に意識的にしようとしなければ、あまりご本尊に手を合わせませんが、しょっちゅうご本尊の顔を見に行きます。そして、ご本尊をまじまじと見て

「今日、仏様右に傾いてるね。」とか
「あ。今日は左に傾いてる。」とか言うのです。

もう、それを聞いたときはびっくりしました。地震があったわけでもないし、傾くはずはない!と一蹴しました。そんなやりとりを何日か続けた、ある朝のことでした。いつものように朝、ミチコと本堂に行くと・・・

「あれ?仏様、太った?」

・・・勘弁してください。

2006年2月 9日

わたしは結婚前、損害保険の会社に勤めていました。なので、今でも各社の商品やコマーシャルには、少なからず興味を持っています。
去年の暮れのこと。わたしの勤めていた会社と、別の外資系企業の二社が寺に営業にやってきました。二社とも商品の内容に多少の違いはありますが、言っているのは大体こんなことです。

「ご主人に何かあったとき、企業であれば年金や退職金が出ますが、お寺にはそういうものがありませんから、万が一の備えとして生命保険をご用意ください。死亡保険金はもちろん、葬祭費用なども補償されます」

しかし、隣で話を聞いている彼は、いまいちピンとこない様子です。

彼はMBAを持っているだけあって、お金の計算が大好きです。というか、現実的で慎重な性格なので、実際に金融商品を買うより、買ったと仮定して値動きをシュミレーションすることが楽しいみたいです。その彼が、営業マンの話にいまいち浮かないお顔。しばらくしてようやく口を開きました。
「寺で住職の葬儀を出したら保険でまかなえる金額では済まないので、葬祭費用は要りません。死亡保険金も、一時的なお金であれば結構です。僕が必要だと感じているのは、もし僕に何かあってお経が読めなくなっても、家族の衣食住が保障されるという安心です」と。

作家・水上勉氏の著書の中で、こんな話を読んだことがあります。水上氏が若い頃に長くお世話になっていた寺では、住職が亡くなったあと、妻子は寺を出て行ていかなくてはならなかったそうです。寺の建物や土地は住職一家のものではなく、檀家全員で守っているものですから、僧侶としての役目が果たせなくなった者には、そこに住み続ける資格はないとされているためです。寺を出て行く妻子は、何一つ寺の物、そこに暮らした家族の思い出の品さえ持ち出すことは許されず(実際には住職が漬けていた梅干の甕をひとつだけ持ち出したとのこと)、文字どおり着の身着のままで退去したそうです。そして、こんなふうにして路頭に迷う僧侶の家族が、いくらもいたそうです。
浄土真宗では公に結婚が許されているので、僧侶も結婚して子を生し、住職が他界する頃には子である副住職が立派に育っている場合がほとんどで、よって妻子が寺を追われて路頭に迷うということはまずありません。しかし、住職が若くてして亡くなってしまったら、一体誰が法事や葬儀を執り行うのでしょうか。そこに寺があって墓があって僧侶が必要とされているわけですから、一刻も早く誰か僧侶の勤めが果たせる人間を用意しなくてはいけません。

だとしたら。寺にとって何よりの保険になるもの。それは「家族が得度をして僧侶になること」です。つまり、彼に何かあったときの保険になるものは、保険商品でもお金でもなく、わたしがお坊さんとしてお経を読むこと。これがあれば、彼亡き後もそれまでと同じように暮らしていくことができるわけです。

でも、そんなの変、だと感じます。僧侶って、お経って、そういうものじゃない、と思うのです。前々回のコラムとかぶってしまいますが、やっぱり信仰や志があってこそ、資格が得られるものだと思うんですよ。今のわたしには、とても手が出せない尊いものです。
でも、じゃぁもし明日、住職夫妻も彼も一度に亡くなってしまったとして、わたしひとり残されて、痴呆のおばあちゃんとおなかの子を抱えてどうやって生きていくつもり!?と問われたら、正直すごく困ります。結婚前の仕事も辞めてしまったし、寺を追われたら家を借りるほどの蓄えもないし、というかひとりで家族のお葬式を出すなら膨大な借金をすることになるし、借金を返すあてもないし、出産費用だってどうすればいいか分からないし。実家を頼ると言っても、実家も祖父母の介護で大忙しのところに、痴呆のおばあちゃんと新生児を連れて帰るのはかなり無理。
そうだ、わたしがお坊さんになるしかない。お坊さんになってお経をよんで、家族を養っていくと腹をくくるしかない。もはや、「坊さんは生き様なんか関係ねぇ、生活費だ!」というわけです。

ああぁ、難しい。いや、難しいことなんてないのかな。寺に住む資格がなくなったのなら、潔く出て行けばいい。それが本来あるべき姿なのだから。志のない者が、もっともらしい顔をしてお経を読むなんて、あってはならないこと。
でも、母親になろうとしている今、生まれてくる子に「ママは自分の信念を曲げたくないから、明日から路上で生活するね。寒くて死んじゃったらごめんね」とは、絶対言えない。

「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない」とよく聞きます。わたしは、「キレイ事で生きていってはいけない、キレイ事でなくては生きていけない」と感じています。
幸い、今日も一日無事に終われそうです。でも、けして明日の保証はない人生。理想と現実の折り合いをつけていくバランス感覚を身に着けないと、寺に暮らすことは難しいです。

2006年2月16日

先日、某大手ベビー用品メーカーの商品企画をしている人と会食をする機会がありました。その方ご自身はまだ独身ですが、新製品ができるとモニターになってくれる赤ちゃんを集めて反応を見るので、乳幼児に接することがとても多いそうです。その方がこんな苦労を口にしていました。「いやー、いつも一生懸命感じ良くしようと思ってサービスするんですけど、赤ちゃんはウンともスンとも言ってくれませんからね、寂しいものですよ」。なるほど。たしかに赤ちゃんからは、意見も感想ももらえませんよね。
それを聞いて、わたしはある日の住職の言葉を思い出しました。
昨年、日頃から寺にとてもよくしてくれ、住職とも親交の深かったあるお檀家さんが亡くなりました。人の死に触れることの多い職業とはいえ、やはり親しい人との別れは寂しいものですから、住職も特段の思い入れをもって葬儀に駆けつけたそうです。ところが会場についてみると、どうにも知った顔が見当たらない。親しかった本人は亡くなっているのですから当然ですが、寺に足繁く通ってくれていたのは故人だけで、その家族とはほとんど面識がないことに気づいたのです。先方も、住職が袈裟を着ているので菩提寺だと分りはするものの、知った仲ではないので挨拶もそこそこに、葬儀自体は非常にさっぱりと終わりました。その帰り道、住職はなんとも言えない寂しい気持ちでいっぱいだったそうです。
寺と檀家のつきあというのは、それこそ何代にもわたって長く続くものです。でも、核家族化が進んで、日頃のお墓参りはもとより、数年に一度の法事にも一族みんなが集まれる家というのは数少なくなってきました。亡くなった家族の弔いに寺に足を運ぶのは老人だけで、残された家族はお墓の維持費(管理費)の支払いを現金書留で送ってくるだけという家も、珍しくはありません。お彼岸などでたまに顔を合わせたら、わたしたちとしてはできるだけ親しくなりたいと思って何か話しかけたりしますが、かえって鬱陶しく思われているのかな。こちらが良かれと思ってしていることと、先方が求めているものには、ズレがあるのかもしれない。というか、何も求められてさえいなかったりして。
家族のあり方の変化は、寺と檀家の関係にも著しく変化をもたらしているようです。

2006年2月21日

うちの寺は浅草にあります。土地柄、観光客など不特定多数の人の往来が激しく、飲み屋街が近いため、酔っ払いやホームレスの姿も非常に目立ちます。寺と、寺に隣接する墓地を安全に保つためには、常に施錠しておくことが欠かせません。しかし、お墓参りにいらっしゃる方からすれば、自分の家のお墓なのにいつも鍵がかかっていて、寺に声をかけなければお参りできないというのは、おそらくとても不便・理不尽に感じられると思います。先日も、一年ほど前にご主人を亡くされた方がお参りに見え、「いちいちお寺さんに断りを入れなくちゃお参りできないなんてひどいなんじゃない?前は墓地へも自由に出入りできたのに・・・」とおっしゃっていました。わたしも、まったくそのとおりだと思います。

でもこの墓地の施錠管理、実は地元警察からの指導なんです。

墓地はお酒や食べ物などのお供え物があがっているうえに人目もあまりないので、ちょっとした隙に酔っ払いやホームレスが入り込んでいることがよくあるのです。実際、うちの寺でも夜中のうちにホームレスが入り込んで、数人で焚き火をしていたことがありました。もし植木に火がまわって火事にでもなったら一大事ですし、そうでなくても大切な預かりものである墓地が、関係ない人々の溜まり場になることは、とても具合が悪いです。
また、記憶に新しい仏像ドロボウ。奈良の法隆寺に忍び込んだ犯人は、浅草・浅草寺と上野・寛永寺でも犯行に及んでいました。そのような大きな観光寺院は毎日ものすごい数の人々が出入りしていますから、防犯対策にも気が抜けないところでしょうが、そんな人がウロついているのは、浅草にある寺にとっては同じ問題。そんなわけで、この界隈のお寺はどこも墓地には鍵をかけているのが常なんです。うっかり開けたままにしておくと警察に叱られます。
一方で、光明寺・神谷町オープンテラスのように境内を開放して成功した寺もあります。しかし光明寺の場合は、やはり神谷町という土地柄の風紀の良さが成功の鍵だったのだと思います。
それぞれの寺の置かれた環境をよく理解し、どんなふうにしたら、お檀家さんや地域の人々に安心して親しんでいただける寺づくりができるか、時代の流れの中で柔軟に考え、対応していかなくてはいけないところだなと感じています。

さて、この墓地の施錠、わたしたち寺の人間にしても厄介です。わたしたちは5階に住んでいるので、お参りの方がインターホンを鳴らすと、ダッシュで玄関まで下りていき、お線香に火をつけ墓地の鍵を開けます。そして5階に戻ってきたとたんまたチャイムが鳴るということもよくあります。これを何回か繰り返すと、顔を真っ赤にして肩で息をハァハァしながら玄関の戸を開けるので、一瞬ギョッとされることもしばしば。お寺といえば、広い土地と広い庭に、平屋作りの見通しの良いお堂と庫裏というのが一般的なイメージだと思いますが、この辺りは、日本で一番、一件あたりの面積の小さなお寺が集まっている地区です。土地がないので境内と呼べるようなスペースもなく、その中でお堂もホールも住居もまかなうためには、縦に伸びるしかなかったというわけです。
繁華街の寺ならではの悩みの種ですね。

2006年3月 5日

3月に入ってから、5日間の間に法事2件と、3件の通夜・葬儀が重なりました。幸い、今は住職と副住職、二人のお坊さんがそれぞれ元気なのでなんとかやりくりできますが、これが一人きりで請け負うとなると、ちょっと厳しいですよね。法事ならば、たいていの場合は前もって予定が組まれているので、一日に何件も重ならないように調整できるのですが、葬儀ばかりはそうもいかないですし。しかも、うちは浅草と西東京に二つの寺があるので往復にとられる時間もけっこうなものですし、葬儀となれば日帰りできる距離とも限りません。間に土日が入ったので、通常のお墓参りの方に対応できるように、留守番も必要です。もしこれがお彼岸の最中だったらどうしよう!?と思ってしまいます。
人が死ぬときは重なるとよく聞きますが、本当にそうですね。寺に嫁いで2年目、実感しています。急に暑くなったときや、急に寒くなったとき。それから、今のような季節の変わり目は、本当に毎日のように葬儀の連絡が入り、外出用の装束も出ずっぱりです。

2006年3月 7日

ここ数日、法事やら葬儀やらで、装束の出番が頻繁でした。うちでは、装束を用意したり直したりするのは坊守(お坊さんの配偶者)の役割にしています。寺に嫁いできて、最初に覚えたお寺らしい仕事がこれでした。装束の名前や夏物冬物の区別を覚えたり、それぞれがしまってある場所を覚えたり。
わたしは、装束をたたむのがけっこう好きです。実家の母も着物を着る機会が多く、その母が「着物は脱ぐため、たたむためにある」なんて、よく言っていました。着物を着る醍醐味は、もちろん和服姿の美しさもあるけれど、脱いだときの開放感がたまらないことと、ものすごく合理的に裁断・裁縫され、たたんで収納するのに最適な形状に仕立てられた様を実感するのが快感である、と。まぁ、女性と男性の着付けはかなり違いますし、お坊さんの場合もまたちょっと違うので、開放感という点では、一般の女性の和服とお坊さんの装束では事情が違うかもしれませんね。でも、使い終わった装束をたたんでいくときの楽しさは、わたしもすごく感じます。縫い目、折り目に従ってパタンパタンとたたみこんでいくと、いつの間にか長方形のすっきりとした姿におさまっている。とても気持ちがいい。

ところで、以前彼がこんなことを言っていました。「噺家さんがそうであるように、和服は僧侶の仕事道具。これを、一畳のスペースだけでおしゃべりしながらたためるようになれば一人前」。なるほど。たしかに、普段の洋服より格段に長細い着物を手狭なスペースできちんとたたむのは、けっこうな手際の良さが要求されます。実際、葬儀などで葬祭ホールやお施主さんの自宅へうかがうと、着替えのスペースが十分でないこともあります。それでも着物はたたまなければいけないし、関係者が挨拶に来ればお話しながらになるときもあります。それが無理なく自然にでき、なおかつ仕上がりが美しいこと、これができれば一人前というわけです。わたしも、結婚前に呉服の展示会を訪れたとき、呉服屋の店員さんが、あれこれおしゃべりしながらも、あれよあれよという間に着物を広げ、あれよあれよという間に端からたたんでいく様子を見て、えらく感心した覚えがあります。でも、おしゃべりしながらという点は、わたしはもうクリアしているかな。というか、男性と女性の違いなのか、女性はたいていどんな手作業も「ながら作業」で片付けますからね。

さて、わたしは装束をたたむのは好きですが、苦手なこともあります。それはお裁縫。ちょっとサイズが合わなくなった、破けたなどというときは、坊守が手縫いで直すのですが、これが大変なんですよ。もともと、とれたボタンをつけかえるだけでも何日も覚悟を決め込まないと腰が上がらないほどお裁縫嫌いのわたし。着物のほころびを手縫いで直すなんていう作業は、目の前が真っ暗になるほど気が重いことなんです。ところが、これまた彼がときどき破くんですよ、装束を。お経が終わり正座から立ち上がるときに、かかととお尻の間に着物を挟んでしまうんですって。もちろん彼もプロですから、そうならないコツは心得ていますし、気をつけているのですが、ふと気が抜けたときにやってしまうそうです。あと、袂をどこかにひっかけて袖を破くとか。あー、考えただけでも気が重い。嫌なことはついつい後回しにしてしまうのが、わたしの悪い癖です。
幸い、今は装束も整っているし、パジャマのズボンのゴムも入れ替えたし、直すものが何もないので、非常に晴れ晴れとした気分です!

2006年3月12日

あと一週間ほどでお彼岸です。
皆さまは、お彼岸にお墓参りって行かれますか?わたしは、結婚前はお彼岸のお墓参をしたことがありませんでした。お墓参りは、お彼岸じゃない普通の日に思い立ったときにして、お彼岸中は近所の大きなお寺(観音様)の縁日に繰り出すのが恒例でした。子供たちは金魚すい食いやリンゴ飴に目を輝かせ、大人たちは骨董市や盆栽屋巡りに余念がない。これを彼に言うと、「え?お彼岸にお墓参りしないの?それで縁日?どういうこと?」と目を丸くしたものです。わたしはわたしで、お彼岸にお墓参りが一般的だとは思ってもみなかったので、「みっちゃんのうちは普通じゃない!」と驚かれて、逆にびっくりしてしまいました。ところが、さっき地元・浜松の観光案内サイトを見ていたら、「浜松ではお彼岸といえばお鴨江詣り」の記事を発見!なんだ、浜松ではお彼岸はお墓参りより縁日が普通なんだ、と地元文化を再発見した気分です。
全国的にはどうなんでしょう?やっぱりお墓参りに行く人が多いのかな?自分自身は行かなくても、おじいちゃんおばあちゃんはお寺に行くよ、という人も多いかもしれませんね。

2006年3月16日

さてさて、いよいよ明後日からお彼岸が始まります。今年はお彼岸の入りが土曜日に当たるので、初日がいちばん混雑するだろうと思い、お参りにいらした方にお渡しするお菓子も、今日のうちから大半を用意しておきました。お菓子も、お茶や甘茶も、樒も、普段よりもかなり大量に準備が必要です。
お彼岸には、朝から晩まで、本当にたくさんの方が訪れます。そして、わたしたちにとっては、一年に一度だけ春のお彼岸でしかお会いできない方もいらっしゃいますし、そうでなくても、全てのご門徒さん(お檀家さん)の顔と名前を正確に把握しているわけではないので、たくさんの方にお会いできるお彼岸は、お互いに知り合う良いチャンスです。ですが、幸か不幸か、あまりにもたくさんの方が一度に訪れるので、一人一人とゆっくりお話しする時間などほとんどなく、そこれこそ流れ作業のようにお線香と樒を手渡ししていくだけという具合になりがちです。中にはお堂に上がってお話しする時間をとってくださる方もあり、普段はあまりない機会なので嬉しく思うのですが、「こんにちは」と膝をついたとたんに次の来客で呼ばれることの繰り返しで、落ち着いておしゃべりする時間を持てないことがほとんどです。
寺に嫁いだというと、「ご門徒さんとのおつきあいが大変でしょう?」とは、耳にたこができるほど聞かされてきた常套句ですが、うちの場合は都会の寺であるためか、おつきあいが大変なほどの交流がないのが現状です。特に、浅草と西東京の二つの寺があるのに体は一つですから、両方のご門徒さんと日ごろから頻繁に顔を合わせることは、なかなかかないません。おつきあいが大変、というか、おつきあいまでに至らないことが気苦労と言ったほうが、しっくりくる気さえします。
なので、ほとんどの方とお会いできるお彼岸は、またとない貴重な機会なのですが、如何せん忙しすぎて・・・。皮肉なものです。