2008年4月12日

法事などで、ご門徒さんがお寺に集まるとき。今でこそ、「こんにちは」「おはようございます」と自然に言葉が出るようになりましたが、嫁いできた頃は、いったいなんと言って声をかけたらいいのか、いつもすごく戸惑っていました。
最初に思いついた、というかなんとなく口に出たのは、「いらっしゃいませ」だったんです。自分でもなんだかしっくりこないなとは思いつつも、外からやってきた人に対して、他にかける言葉が見つからなかったんですね。
義母は、「お店じゃないんだから、『いらっしゃいませ』は変よ」と言いましたが、それじゃぁ義母はなんて言っているかと思って聞いていると、「あ、どうも」くらいの、あっさりしたやりとりで。わたしときたら、結婚したばかりの新米で、「どうも」なんて言ったところで、お互いに顔も名前も心当たりがないわけだから、「どうも」では、ちょっと心地が悪い。
それなら、普段、人に会ったときどういうシチュエーションでどんな挨拶をしているのか、考えてみました。会社であれば、まぁせいぜい午前8時とか9時とかに顔を合わせますから、「おはようございます」が自然ですよね。アルバイトしていた頃は、同僚同士ではやっぱり「おはようございます」。お客に対しては、当然「いらっしゃいませ」。それから、自宅にお客さんを招いたときも、「あら、いらっしゃい」なんて言っていました。
でも、お寺で法事などのために集まった人に対しては、どんなふうに声をかけるのが自然なんでしょう?自宅に招いたお客じゃないから、「あら、いらっしゃい」なんていう、くだけた感じはなんとなく気まずい。かと言って、ご門徒さんは、寺に買い物をしにきたわけでもないから、「いらっしゃいませ」もおかしい。でも、「こんにちは」なんて言うのは、まるで外でバッタリ会ったときの挨拶のようで、的外れな気がします。
法事が終わって、お見送りするときの挨拶にも迷いました。やっぱり、お店屋さんではないから、「ありがとうございました」は具合が悪いですし。
結局今は、お迎えするときは「おはようございます」や「こんにちは」、お見送りのときには「お疲れ様でした」「お気をつけて」などと言っています。それが正解なのかどうかわかりませんが、ずっと言い続けていると、自分でも馴染んでくるから不思議ですね。

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コメント (5)

ムーアン:

私は、お寺で生まれたせいか、最初から「おはようございます」「こんにちは」でした。
でも、知り合いのお寺に行ったとき「いらっしゃい!」っていわれて、その家の輪の中に入れていただいたようで、何となく暖かいものを感じました。
ただ、お寺は誰の物かを考えると、なにか違うような気もしますね。
というわけで、「こんにちは」に落ち着いてしまいます。

新興宗教の中には、いきなり「お帰りなさい!」っていわれるところがありますが、ちょっと無理があるように感じますね。

kutsuwa:

挨拶・・・たしかに私もすごく最初戸惑いました(笑)
在家からお寺に嫁いだ身としては、一般家庭でもなく店でもない[お寺]のお出迎えとお見送り。
しかも、当初は玄関でいらっしゃった人の顔と名前がわからなかった為、「あら~こんにちは!今住職を呼んできます・・・すみませんお名前教えてください・・・」という間抜けな挨拶をしていました。いまではその回数も大分減りましたが(笑)
お見送りも私も結局「お気をつけて」で落ち着きましたが、2歳の長女は最近、馴染みの方には「ばいば~い。また来てね☆待ってるからね~」と言い始めました。
誰が教えたわけでもないのですが、やはり、お寺の娘。御門徒さんの心をがっちり鷲摑みする言葉です。皆さん、笑顔で手を振り帰られます。なかなか2歳児侮れません(笑)
私も娘を見習い(?)また来たいな、来て良かったなと思われる挨拶を心がけたいものです

みちこ:

>kutsuwaさま
コメントありがとうございます。
「あらー、こんにちは・・・名前教えてください」のお気持ち、とってもよくわかります。見覚えはあるんだけど、誰だかわからないんですよね。先方は、当然こちらはわかっていると思っているから、早い段階で、かつうまいタイミングで確認しておかないと、「どなたでしたっけ?」の一言が切り出せないまま、どんどん込み入った話になってしまうことも。微妙な間合いに悩まされる瞬間ですよね(笑)。
我が家でも、もうすぐ2歳の娘はまるで営業部長です。ちょっと会話が途切れて気まずいときも、彼女がいてくれるだけで場が和みます。

>ムーアンさま
コメントありがとうございます。
もともとお寺で育った方には、なんの違和感もないことが、在家から突然入ってきた者にとっては、すごく大きな疑問だったりするんですよね。「お寺が誰のものか」なんていう理屈を考えるのも、気持ちよりも頭が先に立ってしまうからなんだと思います。ムーアンさんのように、お寺の暮らし、お寺の人間の振る舞いがさりげなく身についている片がうらやましいときも多いですよ。
いきなり「お帰りなさい」は、旅館なんかでもときどきありますね。わたしも「?」と思ってしまうほうです。「いや、こちらははじめて伺いますか・・・」なんて、怪訝に思う気持ちが顔に出ているかもしれません。

大悲:

関西では「お参りやす」とか「ようお参り」というあいさつもありました。東北でも「お参り様です」といいますが、私はあまり使っていません。
言葉もそうですが、あいさつのタイミングが難しいです。
お迎えする時だと、出席者が一度に揃わないこともあります。そういうときに、親戚同士であいさつ→おしゃべりの間に割り込むのもどうかと思うし、こっちはこっちで用もあるし、未だに迷います。
お寺さま同士の時、まずご本尊に合掌し、くるっと向き直って皆様にあいさつし、という動きが、お寺出身の方々は非常になめらかで自然で、「身につく」というのは、こういうことをいうんだなあと、感じ入ります。

123:

初めまして、山口県浄土真宗本願寺派の得度は済ませたのですが、今度教師修習に行こうかどうかのところで中途半端をしております。R大は出て、長子なのですが、住職健在のため、学習塾で生業をしており、早や46歳の齢を重ねました。

 御門信徒さんが来られたときにはやっぱり困りますね~寺での生活をしてないために…社会通念の方が強く、「こんにちは!」からですね~その後に、「ようお参り頂きました」がどうもワタシの口癖に成っております。在家からの元妻も最初は戸惑っておりました。離婚をしましたので、もうそんな苦労はないですが…。奥様の方が心遣いは大変ですよね~
 ワタシは再婚の話ばかりで大変でございます!ここらでまた、教師でも受ければ、少し話が遠のくかと曖昧なままですが現状ですよ~参考に成れば…          釈 良樹

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みちこ
ふつうのOLから思いがけず浅草のお寺に嫁ぐ。子どもと旦那(お坊さん)の世話に追われながらお寺を切り盛りする忙しい日々。