浜松にある実家で、祖母の三回忌法要が行われました。久しぶりに親戚が集まり、KAKUも浅草から駆けつけてくれました。
お寺での法要が終わり、自宅に場所を移しての宴会、ではなくて、お斎が設けられ、ワイワイと賑やかに話が弾みます。そのとき、どこかの席から、「今度そっちのほうに、頑固なショッピングモールができるら?」という発言が出ました。すると、KAKUが敏感に反応しました。
「頑固なショッピングモールって、何?」と言わんばかりに、無言で目を丸くしています。
ああ、それはね、とわたしはここでの「頑固」の意味を説明しました。
浜松の方言なのですが、「頑固」には、すごいとか、大きいとか、たくさんといった意味があるんです。英語で言えば、「メガ」に相当するニュアンスですね。なので、頑固なショッピングモールとは、ものすごく大きなショッピングモールといった具合です。
他には、例えば大荷物を抱えている人に向かって、「頑固持ってきたらねぇ」なんていう使い方もあります。
KAKUは、なるほどと納得しましたが、彼は浜松に来ると、毎回何かしら言葉の壁にぶつかるようです。生粋の江戸っ子の彼にとっては、浜松はかなり方言のキツい地域なようで、年配の人の言葉は外国語のように聞こえることもあるとか。さすがにわたしとの会話では、全く意味不明というようなことはありませんが、それでもときどきは、「僕の知らない言葉で話されているようで寂しい」なんて言われることも。
普段、在家からお寺の暮らしに飛び込んだわたしが感じている、身の置き所のなさというか、疎外感というか、違和感を、浜松では彼がひしひしと感じるているんですね。
わたしたちの結婚について語るとき、お寺の跡取り息子と、在家出身のOLというキーワードは外せませんが、出身地の違いというのも、日常でぶつかるギャップの大きな一因です。
実際、祖母の通夜・葬儀にKAKUが来てくれたとき、葬儀式については人並み以上の知識も経験もあると自負していた彼が、「何から何まで、今までと勝手が違うお葬式だった」と、心底驚いていました。たしかにうちの実家のある地域は、この辺り一帯でもさらに特殊な習慣の残る地域だと聞きましたが、お坊さんが面食らうほどなのですから、よっぽどですよね。
今回のお斎の席でも、飛び交う方言の中で、彼はやっぱりどことなく所在なさげに見えました。でもわたしには、そんな空気に身を置くことがなんとなく心地よく感じられたんです。久しぶりにどっぷりと浜松便に浸っていると、普段、無意識のうちに纏っている殻が剥がれ落ち、ものすごく身軽で気軽な気持ちになります。そして、そんな自分の隣で、浜松時代のわたしを知らない伴侶がちょこんと座り、ちびちびとお酒を飲っている。
窓際には、静かに微笑む祖母の遺影が置かれていました。
おばあちゃん、おばあちゃんの三回忌のおかげで、あちこちから親戚が集まってこんなに楽しくお酒を飲んでるよ。
心の中で祖母に話しかけ、「なるほど、これを仏縁と呼ばずしてなんと呼ぼう!」と、一人ふむふむと頷いたわたしでした。