今年も、残すところあと3日。大掃除を終え、年賀状も投函し、今日はお正月用の食材を買い込んだり、お飾りを整えたりしました。
結婚する前、わたしは一人暮らし暦が十年。学生時代は年の瀬まで部活の稽古があったし、社会人になってからは仕事納めが毎年12月30日で、実家に帰省しても、わたし自身が何かお正月を迎える準備をしたという記憶は、あまりありません。ところが結婚してからは、うちの寺では年末から三賀日が明けるまでの間に、何かと細々とした決まりごとがあり、毎年クリスマス前後になると、その準備に終われます。
ここだけの話、「面倒くさいな」なんて思っていたんです。お正月をお迎えする準備なんて言えば聞こえはいいけれど、実際は、「お正月までにコレをしなくてはいけない」「三賀日が明けるまではコレはしてはいけない」といった決まりごとが多く、正直、ちょっと窮屈です。もちろん、好き勝手に出歩くわけにもいかず、友達とカウントダウンパーティができないとか、デパートの初売りにいけないなどということにもがっかりでした。
でも、そんな不満は去年までのこと。今年のわたしは、ちょっと気持ちが違うんです。たぶん、それは子供の存在があるから。
どんな昔にどこの誰が決めたことかわからないけれど、年越しのしきたりには、それぞれにいろんな意味がありますよね。その意味、つまり、一つ一つの決まりごとに込められた人々の願いを、子供にも受け渡していきたいと思うんです。もちろん、子供には年末も年始も関係ありません。むしろ、親と遊びたいのに、忙しくていつものようにかまってくれないことを、不満に思っているかもしれません。
それでも、一つ一つ作業を進めるとき、知らず知らずのうちに我が子を思い、新たな年も、そしてさらに未来も、家族が健康で幸せに過ごせますようにと、願いをこめている自分に気づきます。
しきたりを守ったからといって、実際にどうということもないとは思います。ただ、長い長い時間、たくさんの人々が繰り返してきたであろう、それらの所作。それを踏襲することで、また新しい一年、子供の未来が健やかに育まれるような気がするんです。そうであってほしいと願うんです。
自己満足ですね、完全に。でも、面倒くさいのに仕方なくやっていた去年までは、何もかもわずらわしいだけ。不満足でした。それが、今年は満足な気持ちで年を迎えられそうです。自己満足。自分自身で、「満足」と思えるのだから、実に気持ちがスッキリするものです。
年内は、残してある買い物を済ませ、料理の仕込をして、いよいよ新年を迎えるだけです。元旦の朝、寒いだの眠いだのとブツブツ言いながら、家族みんなでおせちとお雑煮を囲むことが楽しみです。
コメント (1)
みちこさん、
明けましておめでとうございます。すっかりご無沙汰ですね。
私の場合も、父が次男でありながら家業を継いだので、物心付く前から、お正月と言えば、親戚一同が集まる時でした。多い時には総勢20人を軽く超えていたので、お節料理から掃除まで、年末は大忙し。
それでも、子供の頃は嫌だったはずのこれらの作業が、中学の頃になると結構楽しみなんですよね。高校に上がると、母と一緒にお節の買い出しに行ったり、お節を作ったりなんかして。年に一度、お節料理でしか食べない料理もあるから、家族で一番の食いしん坊の私には、何が何でもはずせない行事になっていた訳です。
それが今は、正月になっても実家に帰るどころか、電話さえしない。お節だって、作ってもお煮染めぐらいで、後は出来合いを並べただけ。
結婚前に、自分にとって何が大切なのかを、もっと考えるべきだったと、今更ながらに思ってます。無い物ねだりなのかなぁ、、、、
ということで、kakuさんは幸せ者だなぁ、と思っている訳です。(^^)
どうぞ、今年もよろしくお願いします。m(__)m
投稿者: うら | 2008年1月 2日 01:54
日時: 2008年1月 2日 01:54