2007年12月16日

先日、KAKUとわたしと我が家の赤ちゃん、それにわたしの母とで東京ディズニーシーに行ってきました。ディズニーリゾートで遊ぶのは、ディズニーランドの開園当時以来という母を案内して歩きました。
折りしもパークはクリスマスムード一色。吹く風の冷たさこそ、どこ吹く風。母もわたしも、そして赤ちゃんも大はしゃぎですが、黒一点のKAKUは、いまいちノリきれない様子でした。
クリスマス。先日の日日是好日で松本も言っていましたが、どうして世の中の男性はクリスマスが苦手なんでしょうかね。この時期、ディズニーだけでなく、巷には素敵な音楽が溢れ、イルミネーションがきらめき、あちこちがキラキラとまぶしいくらいに飾り付けられ、嫌がうえにもロマンチックな気分が盛り上がりますが、きっとこの「ロマンチック」というヤツが、男性諸氏には好かれないのでしょうね。
ところで、松本やKAKUはもちろん、わたし自身もクリスチャンではありませんから、クリスマスムードに便乗しつつも、それがキリスト教の記念日だから浮かれているわけではありません。でも、「日本人なのだから、クリスマスなど関係ない!」と、家で身を潜めていなくちゃいけない、ってこともないですよね。
世間の楽しそうな様子につられて、今日はちょっと雰囲気のいい音楽でもかけてみようかしら、せっかくだからキャンドルでも灯してみようかしら、ついでにチキンでも焼いてみようかしらと、そんな気分になってもいいと思うのですが、いかがでしょう。それがお寺の家族だって、問題ないですよね?
声を大にして言いますよ、わたしはクリスマス大歓迎です。美しい音楽と暖かな光に包まれたこの季節、その雰囲気を存分に楽しみたいものです。
・・・と、思っていたら。赤ちゃんの喜びそうなDVDを借りてこようと近所のレンタルショップに出かけたのですが、いつもお気に入りの並んでいる棚が、クリスマス物に取って代わられ、お目当てのDVDが一つも借りられませんでした。
「まったく、クリスマスが何だって言うんだ!」と頭にきているわたし。ゲンキンなものですよね。

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コメント (5)

KAKU:

先日外国人(欧州の方が多い会でした)の方と話していて感じたことなのですが、日本人のクリスマスの感覚はenjoyなんだなぁ、と感じました。
クリスマスはもともとの意味を考えるとcereblateですね。しかし日本人のほとんどの方にとってはクリスマスを「祝う」といってもそこは「楽しむ」感覚のほうが強いのではないでしょうか?
しかしこれは何もクリスマスに限ったことではなくて、たとえばお祭りでもいったい何人の人がお祭りの背景にある「神事」を感じているのでしょうか。
うちは浅草ですので毎年三社祭には多くの人出があります。町は人であふれかえり、祭りを楽しむ人で大賑わい。
でも、いったい何人の人が三社祭の三社さんをありがたがり、手を合わせているのでしょうか。
三社祭のお神輿が通る前にはおさい銭箱が通ります。でも、そのことを知っている人は少なく、お神輿にはカメラを向けてもおさい銭箱に視線を向ける人は本当にわずかだとおさい銭箱を運ぶ方は言います。

それが悪いわけじゃなくって、きっとそれが日本人の感覚なんだろうと思います。何事にも真面目でお堅いといわれる日本人だから、たまのお祭りのときには表面的で上っ面だけの楽しみを満喫する。それでいいバランスをとってきたのでしょう。その背景にあることなんて知らないし、こじつけでもいい。酒を飲んだついでに誰かがうんちくとして垂れ流す。
それでバランスが取れていたんだと思います。

日本人が生真面目、お堅いといわれなくなり、普段の生活が表面的で上っ面だけになった時に、お祭り年中行事(宗教行事)の背景が浮き彫りになってくれば、これもまたバランスがとれるのではないでしょうか。

ゆうじん:

こんいちは、 みちこさん
初めて、コメントします。
私は、香川でお寺の住職をしています。
「お寺に嫁いでしまった」をネット買いました。

今のところ、半分しか読んでいませんが、
いい内容でした。

読んでいて、すごく共通する悩みや驚く箇所があり
おもしろく、また分かりやすく書けてましたね。

今、妻は子育てに奮闘中なので、
落ち着いたら妻に読ませるつもりです。

友達の奥さんにも本を薦めます
(浄土真宗ではありません)

みちこ:

>ゆうじんさま
はじめまして。『お寺に嫁いでしまった。』をお読み下さり、ありがとうございます。
香川に暮らすわたしの友人から、「こっちの本屋さんには売ってない!」と聞いたのですが、わざわざ取り寄せてくださったとのこと、恐縮です(笑)。
ひと言で「お寺に嫁ぐ」といっても、地域や宗派によってその現実は様々ですよね。それでも、そこに暮らすのが縁あって共に生きる家族であるということだけは、どのお寺、家庭においても共通です。わたしの本が、日常のちょっとした驚きや発見の中から、家族のぬくもりを再確認できるきかっかけになれば嬉しいです。

はじめまして。

ブログパーツを探していて、『彼岸寺』の特別付録の説法リーダーを見つけ、辿り辿って、こちらに着きました。

記事、大変興味深く読ませて頂きました。
本も出されているんですね。早速、買わせて頂きますね。

私は一般家庭に育ち、ひょんなことから田舎の山の中の真言宗のお寺に嫁いでしまった上に、得度し、今は『尼僧』と『お寺の奥さん』の両方をこなしています。

うちのお寺は、主人である住職と私と娘とワンコだけ・・・
おまけに、舅、姑がいないので、『お寺の嫁』として指導してくださる方が誰もいないという状況の中、檀家さん達に助けて頂きながら何とかやっていけている状態です。

そんな中で、みちこさんの連載記事に出会えて、本当に嬉しかったです。

これからも、連載を楽しみにしております。


柊:

はじめまして。私は今、お坊さんと交際しています。このまま付き合っていても、実際結婚できるのかなあ、、と不安になっています。おうちも厳しいようで、家柄も学歴もよくない私ではつりあわず、ご両親に反対されるのでは?とおもいます。今でも、デートすら普通の人のようにはいきません。おうちの人と時間を気にしているようです。大好きなのですが、不安で先の見えない状態に、日々悩んでます。何かアドバイスをいただけたらと思い、書かせていただきました。

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みちこ
ふつうのOLから思いがけず浅草のお寺に嫁ぐ。子どもと旦那(お坊さん)の世話に追われながらお寺を切り盛りする忙しい日々。