11月9日。
『お寺に嫁いでしまった。』も、いよいよ本日発売と、意気込んで近所の本屋さんをはしごしました。
ところが、空振り。いずれも「入荷は今日の夕方。販売は明日の朝からです」とのことだそうです。
てっきり、今日の朝イチから陳列されていると思い、【新刊】コーナーだけでなく、【話題の本】コーナーやら、【女流作家】コーナーまで探しに行ってしまいました。いやはや、お恥ずかしい限り。。。
ところが、ダメもとで夕方訪れた地元の本屋さん(ROXのリブロ。ご存知の方はご存知ですね)で、なんと店舗所入り口正面に平積みされているのを発見しました!
しかも、積まれていたのは9冊。きっと10冊並べてもらったところから、誰かが1冊買ってくださったのだと思います。
たったさっきまで、「長い時間をかけた作業の完成体」にすぎなかったこの本が、「商品」だと実感できた瞬間でした。
KAKUとわたしが、顔を丸出しにして、うちの寺の本堂で撮影した写真が、この本の表紙です。
それが地元の本屋さんで流通を始めたわけです。
もう、悪いことは出来ません。
というか、出版と出産て、なんだかちょっと似ているなと思いました。
さんざん悩み、考え、疲弊し、高揚し、あるいは期待したり、くじけそうになりながら執筆に打ち込む期間は、さながら妊娠生活のよう。でも、自分の全てを注ぎ込むような熱い思いで大事に育んだその時間も、たった一日を境に、自分の手を離れ、一つの人格を持って自らの人生を歩み始める。そう、一人の人間のように。この本も、KAKUやわたしのごくプライベートな日常生活や、個人的な想いを文字にしただけのものが、様々な人々の手を借りて、一冊の書籍になり、流通し、それを手に取った人々の人生の一ページとして、新しい役割を得る。
一方、出産によって、我が子が一人の人間としての人格を得ながら、わたしには保護者としての責任が生まれます。同じように、自分の名前で、自分の顔を出して「出版」という一大事業に踏み切ることは、自分の名前と顔に、今までとは比べ物にならない責任を負うことになります。
そう、本当に悪いことはできないんですよね、冗談ではなく。
果ての見えない責任の重さに、不安と覚悟と、そしてつきぬけてしまった清々しさが同居する、なんとも言えない気持ちで今日という日を終えようとしています。