我が家の赤ちゃんも、もうすぐ1歳と5ヶ月になります。ちょうど半年ほど前に離乳食を始めた頃は、「食べさせるものの栄養はどうか、軟らかさはどうか」とあれこれ頭を悩ませていましたが、今ではだいぶ楽になりました。
ところで、食事はもう普通のものをしっかり食べられるのですが、一方で、まだおっぱいからは卒業できずにいます。特に寝るときは、赤ちゃんなりに「けしておっぱい以外では寝かしつけられまい!」という固い決意があるようで、おっぱいに口をつけるまでは、ガンとして目を閉じようとしません。
子育てに母乳を取り入れている親ならば誰でもそうだと思いますが、いつおっぱい離れをさせるかというのは、けっこう悩ましい問題です。わたしとしては、断乳ではなく、いわゆる卒乳、大人が時期を決めておっぱい離れをさせるのではなく、子供が自ら自然におっぱいを卒業するのを待つ、という方法にしたいと思っています。まぁ、そうは思っていても、今までに何度も、「断乳にしようかな」と考えたこともありました。
母乳育児は、ミルクを調合したり持ち歩いたりする必要がないだけ楽チンである一方、母親の替えがきかない、毎日何度も噛まれて痛い、寒い、人目が気になって不便など、苦労もないわけではありません。ちょうど同じ時期に子育てに臨んだ従姉も、乳腺炎という病気になり、手術までしました。
なので、「離乳食が完了した」、「自分で歩けるようになった」、「大人の言うことがある程度理解できるようになった」、この三点がクリアできた頃から、「そろそろ断乳させようかしら」という気持ちが、いく度もいく度も心の中をチラつくんです。
それでもわたしは、「いや、わたしは卒乳でいこう」と、心の奥底では決心しているんです。それは、出産した病院がたまたま母乳育児推奨の病院だったから。ただそれだけのことなんです。その病院に決めたときは、母乳育児のなんたるかなど全く知らず、「出産直後から母子同室」のキャッチフレーズに惹かれただけした。「赤ちゃんはかわいいし、ずっと一緒にいられたらいいな」、くらいの軽い気持ちでした。
ところが、そこでの出産、そして産後の入院生活は、まるでスパルタ教育。「赤ちゃんかわいいなぁ」なんてポワーっとしていられる時間なんて一瞬たりともなく、体育会の合宿のように、軍隊のように「母乳育児教育」を施されました。
そして、そこでもらってきた母乳育児のテキスト(我が家では「おっぱい本」と呼んでいます)には、こんなことが書いてあります。「母乳育児の親は、子供を虐待しない」、「母乳育児の親は、子供をうっかり落っことしたりしない」、「母乳育児の子は風邪を引かない、病気にならない」、「母乳育児の子は舌が肥える」など、うーん、そういものかしら? と思うようなものから、「子供が鼻づまりになったら、鼻の穴に母乳を入れるとよい」、「耳は綿棒に母乳をひたしてお掃除するとよい」というような、ちょっと笑ってしまうようなものまで。
とにかく、一事が万事、おっぱいさえあれば子育てはうまくいく! というスタイルなんです。もちろん、おっぱい離れのタイミングだって卒乳パターンです。
これって、なんだか宗教みたいですよね。わたしは、そう思いました。これはもはや、「おっぱい教」だと。
はじめは、なんだそんな眉唾もんの話・・・と思いつつも、なんども聞かされるうちに、もしかしてホントかも、と思い始め、気がつくと「そうだ、これしかない! これこそ真実だ!」と思い込み、それ以外の話には耳を貸さなくなる。
耳を貸さない、というとちょっと違うかな。わたしも、ミルク育児にもそれないりにいい点も悪い点もあると思っています。ミルクで育てたからといって、虐待になったり病弱な子に育ったりするわけではないと、ちゃんとわかっています。そして、ミルクで育てているお母さんたちを、かわいそうだとも羨ましいとも思わないし、ズルイともエライとも思いません。
わたしが母乳育児に出会い、それを選んだように、ミルク育児のお母さんも、それぞれの出会い、事情の中からミルクを選んだ、それだけのことだと思っています。
ただ、わたしには母乳育児こそが唯一の教えである、ただそれだけのことなんです。
これって、やっぱり宗教みたいだと思いませんか?
母乳育児ゆえの大変な場面を目にするたび、KAKUは、「もう、おっぱいはいいんじゃない?」、「そろそろこの子もおっぱいは卒業じゃない?」と、やんわりと助け舟を出してくれます。
でもわたしは、言葉では「そうだね、そうかもね」なんて言いながら、心の奥では「ほっといてちょうだい」って思っているんです。だってわたしはおっぱい教の信者、赤ちゃんがおっぱいを手放すときは、神のみぞ知る、親ごときが決めることではないのですから。
そう考えると、仏教に対しては、「ただ信じる」ということに身構え、信じるにたる理由、納得できる根拠がを欲している自分に疑問を抱きます。
たまたま出会い、いつのまにか強烈に信仰するようになった「おっぱい教」。それなのに、寺に暮らし、お坊さんに囲まれて生きているのに、わたしはなぜ未だに仏教を素直に受け入れられずにいるのだろう、と。
まさか、「既におっぱい教に入信しているので、仏教は門外です」というわけでもないだろうし。
たぶん、こういう環境にあるために、自らというよりは周囲から、仏教徒であって当然と期待されていることに身構えてしまっているのかな、と思ったりしています。意固地になっているんじゃないかと。
そう遠くない将来、我が家の赤ちゃんにもおっぱいを卒業する時期が訪れるでしょう。今はまだ、「何はなくてもおっぱい! ママ=おっぱい!」と決め込んでいる赤ちゃんが、ふとおっぱいを手放す頃、わたしの心の固い殻も解けていくかのかな、と思いを馳せてみるのです。
コメント (3)
なるほど、おっぱい教。言われてみればそうかもー。
世には、母乳をアカデミックに研究する、「母乳学会(正式名称は忘れました・・)もあるとか。
モンゴルでは、家を継ぐ末の子が大人になっても母乳を飲んでいるそうです。
うちの子も2歳過ぎましたが、まだおっぱい離れしていません。
ここまで来たら止むを得ない事情が無い限り、卒乳まで待ってみようと思っています。
卒乳が叶ったら、子も母も前進した時なんだな、とわたしも思います。
投稿者: バビ子 | 2007年10月28日 09:14
日時: 2007年10月28日 09:14
こんばんは。
こちらには初カキコとなりますが、子を持つ同じ母として体験談など・・・。
私は中3と小3の2人の男児がいます。不幸(?)な事に母乳が出ず、混合で育てました。ですので育児書などに書かれている通り、○ヶ月になったら○○を、などを実践してきました。断乳には困りませんでしたね。元々母乳育児じゃなかったので。
母乳ONLYな友達は、子供が幼稚園に入る前(4歳くらい?)まで、公園で遊んでいても子供が喉が渇くと「木陰に連れ込まれてチチを吸われた」と言ってました。
子供が自分から「もう恥ずかしいから」と拒んで来るまでは受け入れよう、と思っていましたが、上の子は小6まで一緒にお風呂に入ってましたし、中3になる今でも夫が夜勤でいない夜は私と弟と一緒に寝たがります。
「う~ん」と思いつつ、自分の部屋へ帰れ、と突き放すべきか同じ部屋で寝るくらい受け入れるべきか、悩む毎日です・・・。
投稿者: こりん | 2007年10月29日 20:22
日時: 2007年10月29日 20:22
>バビ子さま
こんにちは!
「母乳学会」出産した病院でパンフレットをもらった気がします。。。
バビ子さんのところも、卒乳を待つことになりそうなんですね。その日を想像すると、親としてはなんだか寂しく、まだ先のことなのに、ちょっぴり涙が出ちゃいます。でも、誰もが通る道、輝かしい成長の一ページですよね。楽しみに待ちたいと思います。
>こりんさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
子育て大先輩でも、育児に悩み・疑問はつきものなんですね。「これが正解」というものがないだけ、親としての自問自答も終わるところがなさそうです。
これからも、気軽にコメントくださいね!
投稿者: みちこ | 2007年11月 6日 20:45
日時: 2007年11月 6日 20:45