無事に退院してひと安心と思ったのも束の間、今度はわたしがひどく体調を崩したり、赤ちゃんも予防接種に行った病院で風邪をもらってきたり、KAKUも微熱が続いて不調だったりと、今月は家族みんながなんとなく元気がありません。そろそろお彼岸に入るので、この辺りでしっかりと体を休めたいところです。
さて、件の入院は、それを言い渡された当日は個室に空きがなく自宅療養。翌日、改めて外来を受診し、そのまま入院となりました。
朝イチで外来に予約を入れてもらい、抗生物質の点滴。その間、親は赤ちゃんから離れたところに案内されるんですね。なんでも、親の姿が見えると子供が興奮して処置がスムーズにいかないからなのだとか。処置室の外まで漏れてくる子供の泣き声から察するに、親が側についていたほうがよっぽど子供も穏やかでいられると思うのですが、そうでもないのでしょうか。そういえば、実家の犬が骨折したときも、ギプスが取れるまでの間は面会はマジックミラー越しでしたっけ。家族にしてみれば不安この上ないものですが、それが治療のためといわれればそんな気もしてきます。
それから点滴を入れてもらい、針の刺さったままの我が子と一緒に小児科病棟の個室へ。個室といっても、大き目の子供用ベッドと付き添い用のわたしのベッド、それに点滴セットが入ると、歩くのも厄介なくらい窮屈です。ここで一週間寝泊りするのもつらいかなぁと思いますが、やはりこんなときこそずっと側にいてあげたいものですから贅沢は言えません。興奮してまだお昼寝もしていない赤ちゃんを抱っこして、ひたすら部屋の中をウロウロ。でも、ひっきりなしに点滴の交換や検温、投薬、診察などで人が出入りして赤ちゃんが寝られたのは夕飯が終わった頃でした。点滴を刺したままですが、さすがにこのときはよく眠っていました。一日中泣いて暴れて疲れ果てていましたが、薬のおかげで体はだいぶ楽になっていたはずです。
翌朝8時。KAKUがお見舞いに来てくれました。夜の間ほとんど眠らなかったわたしと交代で赤ちゃんのお世話をしてくれます。そう、夫が会社に行かないので、家にいるときと同じように朝から晩まで病室にいてくれるんです。こういうときにお寺っていいなぁ、なんて不謹慎なことを思ってしまいましたが、これは本当にありがたかったです。おかげでその間はわたしはゆっくり休むことができますし、気分転換に売店に行ったりコーヒーを飲みに行ったりもできました。そして昼過ぎには義父もやってきて、手狭な病室ではありますが、いつもどおりの賑やかさが戻ってきました。赤ちゃんも、こうやってみんなに囲まれていると落ち着いて機嫌もよさそうです。
入院中はずっとこんな調子で、赤ちゃんは点滴につながれたままでかわいそうでしたが、家族のおかげで治療のつらさも半減したんじゃないかな、と思います。入院二日目には食欲も戻り、口から栄養が入るようになったので、点滴の量もどんどん減り、一週間の予定は短縮されて五日で退院できることになりました。最後の日は点滴も外れ、しっかりとおやつも食べ、はじめに外来に駆け込んだときとは見違えるように元気になっていました。病気の間はいつも顔色が悪く、体重もかなり減ってしまったので、こうやって元気にしている姿が見られたことが何よりも嬉しかったです。退院の朝、KAKUはちょっと泣いていた・・・ように見えました。
さて、全ての手続きを終え家に帰ると、近所のお寿司屋さんからちらし寿司が届いていました。そう、この日は三月三日。我が家の赤ちゃんの初節句でした。もちろん赤ちゃんは食べることができませんが、久しぶりに家族全員で食卓を囲んでのお夕飯。無事の退院に重ねてのお祝いになりました。
それにしても。病院にいる間、わたしは体力よりも精神的にまいっていましたね。我が子が目の前で苦しんでいるのに、何もしてあげられないつらさといったらないです。問診、触診、採血、計測、何日も刺したままの点滴。知らない場所で知らない人に囲まれいじくられ、暴れて押さえつけられ、泣き叫び続けて声も枯れちゃって・・・ホント、見てられない!って思うのにやっぱり一緒にいてあげたい。あるとき、点滴の液が漏れて何度も針を刺しなおしたあとで部屋に赤ちゃんと二人になったとき、泣きじゃくる赤ちゃんを抱きしめて、「もう入院なんてやめよう!おうちに帰ろう!」って言ってしまったんです。でも、結局はそんなことできるわけないし、誰よりもつらいのは赤ちゃん自身。わたしがこんな簡単に弱音を吐いちゃ、なおさらかわいそうだ、って思いました。もうこんな経験はしたくないし、させたくないけど、この先もっともっと大変なことが何度も起こるんだろうなぁ。親って過酷だなぁ。でも、わたしも、そして誰もが、こんなふうに見守られ育まれて大人になったんですよね。親子の絆って、何事にも変えがたい尊いものなんだということが、身をもってわかり始めた気がします。