2007年2月 4日

わたしがパソコンの前に座ろうとすると、椅子の上にKAKUのスウェットやら上着やらがのっていて、どかさないと座れません。それをどかしてパソコンを動かそうとすると、今度はマウスの上に書類が。だいたいいつもそんな感じです。恥ずかしながらわたしも片付けは苦手ですが、KAKUのスペースをできるだけ侵略しないように、自分のところで散らかりを食い止めているので、わたしにはKAKUの仕方がとっても不満で、よく嫌味を言ってしまいます。

また、わたし達夫婦は頻繁に友人を呼んでうちご飯を食べたりするのですが、そのお客さんが気を利かせて食器を後片付けをしようとしてくるのも、できればご遠慮願いたい、と思っています。キッチンは舞台裏、そこに立ち入ってほしくなくて。

実際、一事が万事、わたしはそんな調子なんです。ここからここはわたしの陣地、コレとコレがわたしの仕事、というのように。そんなわたしに、「みちこはいつまでたってもお寺の人にならないねぇ」と、KAKUは半ば諦め顔ですが、それがどういうことなのか、わたしにはいまいちピンときませんでした。

それがある日のこと。西東京で法事があり、早めにいらしたお檀家さんが客殿でお休みになっていて、KAKUとわたしは客殿と廊下でつながった居間でお経の準備をしていました。すると、「失礼しまーす」の声とともにガラッと襖を開ける音がし、あら?と思ったときには既に先ほどのお檀家さんがすぐそこに立っていたんです!ちょうどKAKUが装束に着替えようと服を脱ぎかけていたところだったので、お互いに慌ててしまい、とっさに廊下に出てお話をしたのですが、この一件、わたしにはちょっとした衝撃でした。これまで、失礼しますとか、ノックの合図だったりのあとで、こちらの返事を待たないで部屋まで踏み込んでくる方に会ったことがなかったので。

よく、お寺はプライベートがないと言われますが、浅草のようなビル寺なら、庫裏とお寺部分(お檀家さんが出入りする場所)は入り口や通路も完全に分かれているのでこんなふうにドッキリすることもありません。でも地方のお寺の話なんかを聞くと、お経まわりから帰ってきたら自分の部屋に近所の子供がいたとか、朝ごはんを食べようと食堂に行くとお檀家さんが先に食べていたとかいうことを耳にすることもあります。そういうエピソード、わたしは心のどこかで「笑い話になるくらい特別で稀な出来事」だと思っていたんですよね。

でも、そうじゃなかった。KAKUが、「自分達は寺を守る代わりに、ここに住まわせてもらっているんだよ」、「ここにあるものは、どれもみんなのものなんだよ」、「困っている人がいたら、ここにあるものは何でも与えるものなんだよ」と、何かにつけて言っているのを思い出しました。
それが良いとか悪いとかではなく、お寺とはそういうものなんだということが、なんとなーくイメージできてきました。プライベートがないから窮屈だというのではなく、プライベートという区別自体がない・・・うーん、不思議なことに、嫌な気持ちがしません。むしろ、なんとなく開放的な感じ。
思えば大学入学以来、一人暮らし10年余り。泥棒が来たらどうしよう、地震が来たらどうしよう、病気になったらどうしよう、旅行に行くときは心配だな・・・。いつも何か不安で緊張していました。わたしの部屋、わたしの家具、わたしのお金を守らなきゃ。明日もちゃんと会社に行かなきゃ。アフター5の飲み会もしっかりメイクして行かなきゃ。わたしの履歴、わたしの人間関係・・・。常に肩に力が入っていたような気がします。
それが、今回のことでその力が抜けたというか、なぜかちょっとほっとしたような、心強いような気持ちになりました。手放しちゃいけない、壁を壊しちゃいけないと頑なになっていたけれど、そんなに固持する必要なかったんだ。そうか、一人じゃないんだな、って。我ながら楽観的、おめでた過ぎですかね(笑)。
もちろん、泥棒にも火事にも地震にも、いつもしっかり用心していなきゃいけないんですが。

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コメント (4)

ほり:

自分は、寺の息子でしたから、友人に、お前の家は、広くていいなあとうらやましがられていたのですが、実際は、自分の個室はなく、寺の99%は、店舗兼用住宅で言えば、店舗なんですね。こども心に、友人は、勉強部屋なる個室があるのに、広い寺の息子は、個室どころか、居場所すら無かった時代に育ち、うらめしく思って子供時代を、過ごしました。そこで、だんだん、寺も、プライベートスペースが、出来ては来たのですが、そうなればなるほど、仕事は、サラリーマン化してしまい、寺の命の炎が小さくなって行くのが、解かります。一生、死ぬまで、付き合う仕事で、定年で、さようならと言う訳に行きませんので、逆に、力まずに、台所も見せちゃう方向で、家庭経営を考えないと、絶対(個人的主観ですが)家庭と寺の区分は不可能だと思います。今時だから、寺用の台所と、家族用の台所を別に造ろうとか、来客用の風呂は別にとか、そんな小手先のことでは、解決つかないのですね。結局、どこかで、すべてをさらけ出さないと、寺は、地域に、受け入れられないし、発展しないみたいですよ。お庫裡さんの精神衛生上、耐えられる範囲で、普段から、内側を見せておかないと、寺の身内の葬儀や、大きな行事があれば、ばればれです。そこで一気に、さらけ出すより、自分を素直に平生出して行く方が、長い人生、正直で、楽で、良いと言うのが、個人的感想ですね。ちらかり過ぎは、困るのですが、そこまで行かないうちに、檀信徒にも手伝ってもらって、いつも、裏側を見せているのが、結局は、生活が安定しますというのが、意見です。隠せば隠すほど、お子さんが出来た以上、はっきり言って、散らからない家庭は、ありえないのですから、無理すると、離婚なりなんなり、最悪のコースになりかねません。

初めまして。みちこさん。私は山梨県の清里高原でペンションを営んでおります。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

サラリーマンの奥様ではない方、と言う事で私と重なる部分と親しみを感じ、初コメントさせて頂きました。(ちなみに私は作家志望で小説を書いています。)

そこでひとつ質問をさせて頂いても宜しいでしょうか?

2006年2月9日の「お坊さんの保険」を読ませて頂いたのですが、例えばお寺を継ぐ方が若くして亡くなられた場合の為に、そちらさまが副業をなさると言う事は、可能なのでしょうか?

例えばご主人(またはみちこさん)が何かおビジネスを始めたり、お店を持つ事などは如何なのでしょう? 

また、ご主人もアルバイトとか可能なのでしょうか?

ちょっと飛躍してしまうかも知れませんが、瀬戸内寂聴さんも出家をされていながら、作家をなさっていらっしゃいますよね。

不躾な質問で申し訳ございません。宜しかったらお教え下さい。

どうぞ宜しくお願い申し上げます。

みちこ:

>ほりさま
こんにちは。おっしゃること、本当にそのとおりなんりだと思います。
ただ、やはりこの辺りの寺は土地が狭いのが最大のネックになっているんです。墓地も遠く境内もなく、ホールと本堂と客殿一つが精一杯、それも各フロアに分かれているのにエレベーターを設置する余裕もない。庫裏を別棟にすることもできず、かといって住まいをご本尊の上にするわけにもいかず、庫裏は本堂部分を削った上階にちょこんと置かれています。エレベーターもない狭い階段で5階。結局、お檀家さんや近所の方が気軽に集えるような造り、環境ではないんですよね。
あとは、KAKUはまだ副住職ですから、やはり住職夫妻の築いてきたやり方もありますし・・・。
って、みんな言い訳っぽいですかね(笑)。

>宮園さま
はじめまして。コメントありがとうございます。
副住職(夫妻)の副業、アルバイト、できますよー。「坊さんは職業じゃねぇ、生き様だ!」ですから、外で「職業」を持つことには何ら問題ありません。実際、このご時世、副業、兼業をしなければ寺を維持していけないという現実もありますし、地方では学校の先生や公務員をされながら家業の寺を切り盛りしている方もたくさんいらっしゃいます。一方で、観光寺院のような巨大な寺でしたら、副業などしている暇がないということもあります。
また、言ってしまえばわたしたち彼岸寺の活動も副業の一つの形だと思います
ただし、やはり寺を恒常的に留守にするわけにはいきませんので、副業の種類には制限があると思いますが・・・。
まぁ寺と言っても、最終的にはそこの家族の考え方が鍵になるでしょうね。結婚しても仕事を続ける女性がいたり、家業があるのにサラリーマンを続けている跡取りさんがいたりするのと同じことです。良い悪いはケースバイケースです。可能か不可能かで言えば、確実に可能です。

ほり:

今の寺は、先住さんは尼僧さんで、私は、中学1年生のときから、そこで、生活してきたのですが、今は、仮本堂を、作りましたが、以前は、全く、普通の住宅でしたので、法要の度に、家中の襖と建具を、外し、ねこの額の庭に新聞紙を敷いて、そこに建具を置き。。ということで、法要が、終わる度に、また、建具を、元に戻すと言う作業を繰り返しておりました。本当に自分の荷物スペースで、90センチ四方が残るだけ、風呂は無くて、貰い風呂で、本寺へ歩いて行き、風呂をお借りする生活でした。ですから、建物らしいものも何も無かったのですよ。

本寺も、太平洋戦争で、全焼しましたので、今の本寺の本堂は、平成時代の本堂なんです。本寺の前住職は、私の父に当たりますが、本堂を作るのに、コウリョウと言う、彫刻された梁なんかもあるのですが、前住職が、ノミで彫って自分で作りました。山門も全部、自分建ちで作ったのです。結構、見た目は、立派な本葺の山門です。

また、平成時代の本堂は、僕が、設計し、設計士さんの判子を貰って、役所に出しました。姉歯事件と異なり、かなり丈夫に設計して、構造設計士さんのところのコンピューターをお借りして。。。いつか、自分の今の寺も建て替えしたいのですが、仮本堂のままなんです。あばら家ですが、別に、鉄筋コンクリートの大寺を見て、うらやましいとは、思いませんが。。。亡くなった尼僧のためにも、復興して、尼僧に、報告したいとは、思ってます。

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寺とは縁もゆかりもなかった女の子がお坊さんと恋をして、お寺に嫁ぐ。このケース、実は最近けっこう多いんです。このコーナーでは実際にお寺に嫁いだ寺嫁(てらよめ)の視点から、恋愛・結婚・出産・子育てなど、お寺での生活について現在進行形で体験レポートしていきます。
みちこ
ふつうのOLから思いがけず浅草のお寺に嫁ぐ。子どもと旦那(お坊さん)の世話に追われながらお寺を切り盛りする忙しい日々。