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2007年2月 アーカイブ

2007年2月20日

知人から、「お寺でリラックスして説法を聞きたいんだけど、どこか紹介してほしい」と声をかけられました。そのメールを見たKAKUは、うーん・・・と困った様子。その知人に彼が返信した内容は、「説法を聞ける寺は紹介できますが、けしてリラックスはできませんよ。説法とは即ち説教。自分の間違いに気づかされる厳しい場所です」。

なるほど。説法とお説教って、同じものだったんだ。そう言われてみれば、納得できなくもない。
でも、一般的なイメージは必ずしもそうじゃないんじゃないでしょうか。お説教というのは、親や先生から頂戴するもっともらしい、もとい、ありがたいお小言で、説法というのは、お寺でお坊さんから聞かせてもらう、仏教に関する説話やそれにちなんだ小話など。わたしの持っているイメージもそんな感じのものでした。
ところが、説教ないし説法を与える立場であるKAKUにとっては、それらは同じものなんです。たしかに、「宗教」というと、けして生易しいものではない、恒常的な業をともなう厳しいものであるようなイメージもあります。でも「お寺」というと、癒しとか非日常とか、そういった心地よい響きがあるのもたしかです。

KAKUは、「説法にしろ説教にしろ、厳しいものであるのは間違いない。でも、僕なんかは、意識的あるいは無意識的に聞く側に迎合してしまうようなことがある」と言います。おそらく、彼の若さ、「お坊さん」に対する一般的なイメージと比べたときの彼の若さ、それによる自信の無さがそうさせるのでしょう。

説法なり説教なり、それを求めてくる人々にとって厳しい場所であるはずの寺。現実には、そこに携わる人間が、社会の中での宗教のあり方、その困難と対峙する場でもあります。
それを認識して、葛藤する思いを打ち明けてくれるKAKUであることを、わたしは嬉しく思います。

2007年2月16日

前回、わたしの陣地ということを気にしないようにしたら気が楽になったと書いたのですが、それはそれでけっこうな大問題だということに、最近気がついてしまいました。
このところ、我ながらブログに冴えがありません。時期にして出産の前後あたりから、急速に感覚が鈍っている気がします。さらに、KAKUにお昼に何が食べたい?と聞かれたのに、食べたいものが思い浮かばない。聴きたい音楽がない、読みたい本がない、着たい服がない。

「感受性、失ってるね」。
こういう言われてギクッとしました。ここしばらくわたし自身が感じていた、何かピシッとしない冴えのなさ、それはまさにこれでした。

どうしてこんなふうなのか。それは、緊張感を失っているからだと思います。
会社勤めを辞め、寺の仕事といっても義両親頼み。結婚式も過去のこと。妊娠の驚きや健康に対する注意も、出産への覚悟も過去のもの。体調を崩したら翌日はのんびり寝ていればいい。天気が悪ければどこにも行かずダラダラしていればいい。お化粧もしなくていいし、年中ジーンズでも問題ない。久しぶりの友達から来てたメールも、まだ返信してないな。溜め込んだ写真の整理も手付かずのまま。バレンタインには何か作るつもりだったけど、材料さえ買わなかった。
でも、大丈夫。何事もわたしがやらなくても誰かがやる、わたしよりも素早く、わたしよりも上手に。あるいは、誰もずっとしなくても当分は困らないはず。

「わたしの陣地」を手放したとたん、自分のするべきこと、守るものがなくなって一気に緊張感がなくなったんですよね。30歳にして定年?

わたしのもの!とか、わたしが~とか、そういう拘りを取り払って心をオープンにして、それでいながら一定の緊張感を保つこと。これってけっこう難しいというか、易くはないことですね。自分にも他人にも甘いわたしの苦手とするところです。
でも、「感受性、失ってるね」のKAKUのひと言はショックでした。気を引き締めようと思います。

2007年2月 4日

わたしがパソコンの前に座ろうとすると、椅子の上にKAKUのスウェットやら上着やらがのっていて、どかさないと座れません。それをどかしてパソコンを動かそうとすると、今度はマウスの上に書類が。だいたいいつもそんな感じです。恥ずかしながらわたしも片付けは苦手ですが、KAKUのスペースをできるだけ侵略しないように、自分のところで散らかりを食い止めているので、わたしにはKAKUの仕方がとっても不満で、よく嫌味を言ってしまいます。

また、わたし達夫婦は頻繁に友人を呼んでうちご飯を食べたりするのですが、そのお客さんが気を利かせて食器を後片付けをしようとしてくるのも、できればご遠慮願いたい、と思っています。キッチンは舞台裏、そこに立ち入ってほしくなくて。

実際、一事が万事、わたしはそんな調子なんです。ここからここはわたしの陣地、コレとコレがわたしの仕事、というのように。そんなわたしに、「みちこはいつまでたってもお寺の人にならないねぇ」と、KAKUは半ば諦め顔ですが、それがどういうことなのか、わたしにはいまいちピンときませんでした。

続きを読む "わたしの陣地"
寺とは縁もゆかりもなかった女の子がお坊さんと恋をして、お寺に嫁ぐ。このケース、実は最近けっこう多いんです。このコーナーでは実際にお寺に嫁いだ寺嫁(てらよめ)の視点から、恋愛・結婚・出産・子育てなど、お寺での生活について現在進行形で体験レポートしていきます。
みちこ
ふつうのOLから思いがけず浅草のお寺に嫁ぐ。子どもと旦那(お坊さん)の世話に追われながらお寺を切り盛りする忙しい日々。