「おいしいものを食べるのではなく、おいしくものを食べる」とは、KAKUが日頃よく口にして心がけていることです。おいしいものと言えば、高価な食材や有名シェフの料理や、もしくは自分の大好物のメニューなどが想像できそうです。では、おいしくものを食べるって、どんなことだと思いますか?
近所に叔父のやっている料理屋があり、わたしたち夫婦はひと月に一度くらいはそこにご飯を食べ行きます。先日もいつものように出かけていき、まずはお刺身の盛り合わせを頂いていました。わたしの大好物、金目ダイのお刺身も乗っています!貧乏性なのか、好きなものはつい最後までとっておく癖のあるわたしは、その日も金目のお刺身を楽しみに残しておき、残すはシメサバと金目だけになったとき、KAKUが「今日は先に金目を食べたほうがいいよ」と言いました。「今日の金目は、たぶんみっちゃんが好きな感じのとは違う」と。
どれどれ?と、言われたようにお先に金目を口に入れてみると、まさにKAKUの言うとおり、わたし好みのコッテリと脂ののった芳り高い金目とは違って、少しあっさりめの、身の締まった感じの歯ごたえです。
このとき、「あー、わたしはなんて幸せな食卓を囲んでいるんだろう!」と、心から嬉しく思いました。
いつもともに食卓を囲むKAKUが、わたしの好みをきちんと理解してくれ、それに対して今日の料理がどうなのか判断し、それならどんなふうに食べるのがわたしにとってベストなのかピタリと計算してくれる。こんな相手と過ごすひとときが、幸せでないはずがありません。そしてそれは、わたしたちの日頃の何気ない会話の積み重ねの結果であり、お互いを思いやろうとする気持ちの表れでもあります。わたしにとっての「おいしくものを食べる」とは、まさにこういうことなんだ!と目が覚めた思いでした。そして、実家の母が「いいお酒、いい音楽、そしていい会話。それが何より。」といつも言っていたのを思い出しました。
KAKUにとっての「おいしくものを食べる」は、わたしのそれとは少し違います。彼は自分で料理をするだけあって、いかに心のこもった調理をするか、いかに感謝の気持ちで真剣に食するか、というところを大切にしています。それも素晴らしいことだと思います。
どんなに豪勢な料理を食べたかとか、どんな有名店で食事をしたかとか、肝心なのはそんなことではないんですよね。一回一回、その食卓にいかに豊かな気持ちで向き合うか。その食卓を、どれほどの喜びにできるか。ときには改めて考えてみようと思います。
そういえば大学の頃、部活の寒稽古を終えて体は冷え冷え、おなかはぺこぺこの状態で、同期みんなで一口ずつ食べたカップラーメンのおいしかったこと!食べるという単純なことに、あれほど夢中になったこと、最近なかった気がするなぁ。