2006年9月 6日

「医者と坊主と教師は・・・」なんていうことを、ときどき耳にします。だいたいそのあとには、世間知らずだとか、高飛車だとかという否定的なコメントが続くものです。まぁ、一般的にそんなイメージがあることは承知していますし、わたし自身、そんなふうに感じた経験もけっこうあります。

ひと月ほども前になるでしょうか。ある記事を目にしました。最近の医師不足に関する記事で、記者は、取材した新人医師が「今の職場は定時であがれるし、場所も都会で仕事帰りに遊びに行くにも便利」と無邪気に語ったことに戸惑いを感じたそうです。そして、短時間で稼げ、責任は軽いが社会的評価は高い。そんな仕事をしたいという今どきの若者の職業観が医療の現場にも浸透しつつあり、新人医師の発言に対しベテラン医師は、「医療を志すものが幸せな職場を求めるなんて嘆かわしい」とコメントした、と書かれていました。

医療という厳しくも尊い現場を預かる医者が、「幸せな職場」を求めるのって如何なものなの?という見方からの記事なのでしょう。これを読んだとき、わたしは記者の感覚に同意しつつも、医者だって人間なんだから、楽して稼げれば万々歳!って思ったって仕方ないじゃないと思いました。特に、記事の中でもとりわけ深刻な状況とされている産婦人科には最近ずいぶんとお世話になったので、隣にいたKAKUに、「こんなニュースがあったよ」と何気ない気持ちで話題を振ってみました。するとKAKUは少しの間考え込んで、「だからさ、医者と坊主と教師っていうのは、もはや職業だとは思わないほうがいいと思うんだよね」とつぶやきました。職業だと思えばこそ、楽して稼ぎたいのは人間の性だけれど、その三者の勤めは、本来であればお金や効率とは無縁であるべき事柄のはずだと、彼は言うのです。

言われてみればたしかにそうです。医者もお坊さんも先生も、「はい、今日の受付はこれでおしまい」とはできない仕事です。何より、命や健康、教育、信仰や文化というものは、お金をもらって提供するような性質のものではない。理想を言うなら、たとえ無償でも与えつづけていくべきもの。サービスであって、けしてサービス業ではないのです。そして、業として報酬に換算できないなら、それはやはり職業とは言えないでしょう。
でも実際には、職業観がどうのと言う以前に、医者もお坊さんも先生も社会人であり、社会人である以上、世の中の在り様と歩調を合わせなければやりにくいというのが現状です。本当は、各々が高い志をもって、文字どおり寝食を削っても世のため人のために尽くし切ることができればいちばんいい。でも、それを妨げるのは、当人の我欲の前に、社会のしがらみだったりするのです。

現代日本。多くの人が地元を離れ会社勤めをしています。生まれてから死ぬまで同じ土地で生きる人や、親の仕事を受け継いで自分の子にも引き継がせる人は少数派です。どうしてそうなったか、またそれが良いか悪いかは別として、そんなスタイルが一般的になった結果、自分の人生の延長線上に何があるのかという視野を持つ人は少なくなっていると思います。長い時間をかけて受け継がれてきた命の結晶として自分があり、自分のあとにも同じように命が続いていく、その連綿とした流れの通過点に自分がいるという意識は失われ、代わりに、いわゆる消極的な意味での個人主義、きわめて自己完結型の思考が流行しているのではないでしょうか。できるだけ短い期間にできるだけ大きな成果を、できるだけ認められやすい形で達成したい。そんな価値観が良しとされる背景は、こんなところにあると思うのです。

話が飛躍しすぎたでしょうか。しかし突拍子もない発想だとは、わたしは思いません。スピード、個人主義、実利主義、柔軟性、そういうものが求められる教育を受け、そういう社会に生き、そういう人々を相手に仕事をする。自分自身もその流れにのっていかなければ取り残されてしまう。何か一つのことに、真剣に深刻に、愚直に向き合っていたのでは、何事も実現できずに終わってしまう。

けしてサービス業であってはいけない医者、坊主、教師。批判を退けたいわけではありません。しかし、それらの人々が真の使命を自覚し実現していくことが、実に困難な状況だと感じています。

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コメント (18)

☆machikoちゃん:

残念ながら昨今の「教師」はサラシーマンですよね。

それも休みの多いと言う事で「高い志をもって、文字どおり寝食を削っても世のため人のために尽くし切る」の教師は・・・・・。

みちこ:

>☆machikoちゃんさま
こんにちは。
そうですね。この、「会社勤め」という感覚がクセモノだと思うんです。父も自分もサラリーマンという暮らしを経て寺に嫁いできた今、本当にそう思います。雇われて人生を忙殺していく中で、失ってしまうもの、忘れてしまうもの、磨り減ってしまうものが多すぎる気がします。
でも、サラリーマンが大多数を占める世の中。流れを変えるのは難しいですね。

ほり:

坊主って、意思が強くないと出来ないよね。世間から、あそこのくそ坊主、昼間から遊びやがって。。。って、思われるくらい、一生懸命、遊ぶべきだと、思いますよ。胸張って、遊べる坊主こそ本物と思います。サラリーマンのように、与えられたことだけ、しっかりやっていくなんて、坊主じゃ無いですね。もともと、サービス業なんて分類したのも、宗教法人法なんて法律を作ったのも、政治のなせるわざなんで、宗教とは、合わないものなんだから。。。。宗教心とは、金銭で評価できない、人間として重要なものですが、学校教育で、タブー視しているので、世界から日本は、孤立しちゃいますね。現代日本人は、葬儀における心の切り替えと安定を持とうとせず、告別式がすべてと思っているようです。

天皇陛下が、日本を代表する宗教祭祀者であるのに、誰も気がついていないのも日本人の特徴ですよね。陛下は、ちゃんと季節ごと、五穀豊穣、世界平和祈願を毎年しています。それこそ宗教者と同じなんですがね。誰も気がついていない。

坊さんとして、人を助けるのは、自分に余裕が無ければならないのですから、あんまり日常の檀務、法務で、スケジュールを詰めてはいけませんよ。
これ、私の個人的感想です。坊主の心に余裕が無くて、檀家に合っても、良い事ないでしょ。

教師はサラリーマンって言うけど、公立は、そういう人、多いけど、私立じゃ、すごく熱心な人も多いですよね。塾なんか給料が、歩合制なんてところも多いですしね。

坊主のくせに、ステーキ食べてやがる。って僕は、言われますが、ステーキ食った分、余計に働くから良いのって答えますよ。へこんだり、こそこそしたりしませんね。てかてか丸坊主に法衣ですから、丸解りですが、真正面から体当たりです。

サイトウ:

はじめまして。AERAを見て、やってまいりました。

私は実家が「お寺」。
“お寺の娘”も、なかなかやっかいなものです。
今はすでに兄が継いでいますが、兄に何かあった場合は「私が婿をとるか、私が男の子を産んで養子に入れるか・・・」などが“ありえる話”として、未だにぼんやり遠くに浮かんで消えません。
もう田舎を離れ随分経ち、東京でひとり、サラリーウーマンをして永いですが、解けきらない呪縛です。

幸いなことに、兄のもとに嫁いでくれた奇特な者がおり(元銀行OL、私の高校時代の同級生)、
すでに実家は、脈々との流れに沿って穏やかに営みを続けていますが、外に出た身には、昔ながらの慣習や「使命」みたいなものが薄れていくのが逆によく見えるもので。。。
母(彼女にとっては姑)は「継いでくれただけでありがとう」の状態で。
その母もサラリーマン家庭出身だったものですから、昔自分がした苦労と同じ苦労をさせまいと、余計に気張り振舞っていることも少なくないようです。
それも、外の身では口出ししようがありません。私も「継いでくれてありがとう」なのです。

いわば私は、雅子様でも紀子様でもなく、さーや(黒田清子)に強く共感を覚えるんですよね・・・。
日本を代表する「小姑」ですもん、思うところ少なくないと思われ・・。・。


もうすぐ秋のお彼岸ですね。
うちの実家のお寺では、「ちらし寿司」と「おはぎ」をこしらえて振舞うのが恒例です。
母と嫁と、何人かのお手伝いしていただける檀家さんと、100人分くらいは作るんじゃないかな。
これは母がはじめたこと。母が変えたことなんですね・・・大変だけど、なんとかお寺に足を運んでもらうためにって・・・。
ほんと、お寺の嫁は継ぐのと変えるとの、忙しいんですよね。

ブログ、これからも楽しみに拝読させていただきます。
季節の変わり目です、お体十分お気をつけになってくださいませ。

みちこ:

>堀さま
こんにちは。堀さんのおっしゃること、とてもよくわかります。本当にそのとおりだと思います。自分に余裕がなくて、どうして人のために動けるだろう、って。あんまり余裕のあるふうを見せていると、これだから坊さんは・・・なんていう視線を感じたりして、もどかしいときもありますが。
実際は、今はあんまり余裕はないんです・・・。今やっていることが吉と出るか凶と出るかも、ずっと後にならないとわかりませんよね。でも、何もしないでいても、やっぱり窮屈で余裕はなくなってしまうと思う。
とりあえずは、時の流れるにまかせて、頑張ったり頑張らなかったりしてます。
KAKUも坊主頭です。頭丸めて作務衣着てお酒飲むのがカッコイイんだ!って言ってます(笑)。

>サイトウさま
はじめまして。お寺から嫁がれた方のコメント、新鮮で嬉しかったです。ありがとうございます。
お寺で生まれ育った人と、外から嫁いできた人とでは、根本的に違う何かがありますよね。わたしの娘も、わたしには追いつけない何か、感じられない何かを、ごく自然に身につけていくんだろうなぁ、って思っています。わたしのほうが娘よりお寺歴は長いのに(笑)。
いえ、笑い事じゃないんですけどね・・・。
そう、お彼岸ですね。わたしはお彼岸て好きです。たくさんの人に会えるし、お話もできるし、いつも忙しく出かけていってしまうKAKUもずっと寺にいてくれますから。なんて、不謹慎な動機かしら(笑)。
これからも彼岸寺をよろしくお願いします!

バビ子:

はじめまして。
義姉にすすめてもらい、おじゃまさせていただきました。

私もみちこさんと同じく、一般家庭から一昨年お寺に嫁ぎました。
そして、昨年、娘を出産して子育て中です。

うちの夫(日中、老人ホーム勤務のお坊さん)もよくいっております。
「どんな仕事をしていても、自分はあくまでも坊主。日々の生活も坊主として過ごしている。
こうしていられるのは、皆様のおかげさま。」
そういう心境は私にはまだ理解しきれませんが、
この人は根っからの『お坊さん』なんだなあ、と思いました。
・・何が言いたかったのか、私。

これからも、ちょくちょくお邪魔してもよいでしょうか。よろしくお願いします。

ナナ:

はじめまして。
最近、自分の彼のことであるプログに相談を持ちかけたところ、こちらのプログを紹介させていただきました。私自身はまだ嫁ぐというまでにはいたりませんし、修行に行っていない彼なのでこの先どんな風になるのかもわかりません。ただ時間はかかってもいつかは彼のそばで、支えになれればと思いながら見知らぬ世界をちょっと知りたいと思って読んでいます。お寺を継ぐって大変なんですね・・。先のことを彼に相談してみたいけれど軽い気持ちで話をしては申し訳なくって・・と思ってなかなか話が切り出せません。いつか彼が話してくれるまで待っていようと思います。今は彼と一緒にいる時間を楽しんでいるところです。先々まだながーーいけれど
これからも投稿させていただきたいと思います^^

みちこ:

>バビ子さま
はじめまして。コメントありがとうございます。
わたしも結婚2年目、同じような境遇の方のお話に、そうよね!と頷いてしまいました。OLだったわたしには、オンとオフの切り替えや、仕事に対するいい意味での割りきりが大事だったのですが、お坊さんというのはそういう仕事とは全く違うんですよね。「坊さんは職業じゃねぇ、生き様だ!」ってことが、頭ではわかっていても、真に身についてはいないみたいです。それどころか、夫がお坊さんであることさえ、ときには受け入れがたく理解しがたいこともあったりして。
それでも結婚当初と比べると、少しずつですが自分が変わってきた部分も感じています。背伸びせず、無理もせず、立ち止まったり転んだりしながら少しずつ進んでいけたらと思っています。
これからも彼岸寺をよろしくお願いします!

>ナナさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
***お寺を継ぐって大変なんですね・・。
お寺を継ぐ大変さと、夫がお坊さんである大変さはまた別物で、わたしには後者のほうが難しく感じられます。恋人のときに感じることと、結婚して自分も寺の家族として感じることもまた別で、こればっかりは考えても仕方ないですし、考えすぎて頭でっかちになってしまうのもよくないですよね。今は彼との時間を大切に、楽しんで過ごしてください。そして、いっぱいいっぱい話をしてください。何事も話せばわかるとは限らないけれど、話さないでいたら、たぶんもっとわからないです。ナナさんが今思っている漠然とした不安や心配事も、たくさん話しているうちに、解決はしなくても気は楽になると思いますよ!
これからも彼岸寺をよろしくお願いします。

ナナ:

コメントありがとうございます。
そうですよね、勇気を出して話してみようと思います。が、実家の件で今まで付き合った彼女と悲しい思いをしたみたいなので・・なんだか気が引けてしまうんですよね。焦らずに気長に話を進めて行こうかなと思います。二人でいる時間を楽しく過ごす事って大切ですよね♪そうして彼が私をずっと必要としてくれるといいなぁ~なんて妄想しちゃってます。
他のプログでも勇気をくれる方がたくさんいらっしゃってホントに支えられました。これからもよろしくお願いいたします^^V

まちゃ:

7月OR6月に初コメントさせて頂きました者です。いよいよ彼女の挙式があと一ヶ月となりました。先週の土曜日に「スカッとしたい」「またケンカした」「このままで良いのだろうか?」などと電話してきました。彼女は保母さんをしてきましたが今年度で辞める(またはパート)方針です。

うら:

子供の頃、月命日の度に聞いていたお経の響きが忘れられず、ちゃんと習ってみたくてネットをさまよっているうちにたどり着きました。
いやぁ、皆さんのおっしゃっていること、なんだかしっくり来ます。お坊さんが渋いというのを知ったのが岡野玲子のファンシィダンス(リアルタイムで読んでいた)という古い話ではありますが、やっぱり今でも渋いんですね。生き様さらして生きていけるなんて、最高の人生じゃないですか。(普通は食いっぱぐれますよ)
ところで、以下、不躾なお願いです。
私、京都在住ですが、とりあえずお経の勉強と簡単な修行ができる、良いお寺を何処かご存じありませんか? 個人的な都合もありますので、できればまずは相談に乗ってくれそうな所が良いのですが。
すみません、いきなり、いきなりなお願いで。もしご存じでしたら、で結構ですので、気軽に、よろしくお願いいたします。m(_ _)m

みちこ:

>まちゃさま
こんにちは。お久しぶりです!お友達の結婚式、もうすぐなんですね。直前になると、それまで気づかなかった、もしくは気づかなかったことにしていたいろんな問題が噴出して、本人達はすごくナーバスになると思います。お友達がどんな道を選ぶにしても、励まして支えてあげてくださいね。

みちこ:

>うらさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
生き様にこだわって潔く生きるには、けっこうなパワーが必要なんですよね。でも諦めず、腐らず、なんとか頑張ってほしいと思っています。
ファンシィダンス、わたしは数ヶ月前にやっとDVDで観ました!お寺と言っても実態は様々で、映画のような禅寺の修行の様子は遠い世界のように思えて、とっても興味深く感じました。
なお、近日中に別途メール差し上げたいと思います。
これからも彼岸寺をよろしくお願いいたします!

サンママ:

初めまして。流れ流れてこちらのブログにやって参りました。『医者と坊主と教師は』のテーマを見て投稿している次第です。
私もみちこさん同様、一般家庭から寺に嫁いだ者です。でも、みちこさんと違うのは、私の夫ではなく私がこの寺の跡取りだということです・・・どういう意味かわかっていただけます?
うちの家族の職業。主人→医師、義母→元教師、義父→住職。みちこさんのこのページのテーマを全て満たしている家族です。
寺を引き継いで行く上での私の最大の悩みは、嫁いで以来、住職がご門徒さんの立場になって全く物事を考えられない人=自分本位の発言・行動しか出来ない人ということと、主人は全く義母は少ししかお寺のことがわからないから、家族の中で私は誰にもお寺のことを相談できないということです。
ちなみに私の元の職業は英語教師。日々、ため息しかでません。

cocon:

初めまして宜しくお願い致します。
日々努力なさっておられますね。まだ少ししか拝見していませんが惹きつけられました。

私の実家のお寺さんは跡継ぎがなくお坊さんが体調を崩しもう半年あまり入院中です。でも檀家にはお葬式もあれば法事もあります。
その度に違うお坊さんが来られます。

私の友人はお寺の奥様です。娘さんが二人いらしてどちらかにお婿さんを貰ってお寺を継がそうと思っていたのですが長女はケーキ職人に次女はオーストラリア人と結婚してお婿さんの国に永住を決めました。

これは大変なことなんですね。
人ごとながら心配しています。

ご免なさい、流れが読めていないかも・・・

みちこ:

>サンママさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
サンママさんのご家族・・・なんとも濃ゆい環境ですね。ご苦労お察しします。すごい早さで時代が変わっていく中で、本当の親子でさえお互いの意思や判断を尊重しながらやっていくのは難しいのに、義理の親子でそれをしていくのは相当に大変なことなんでしょうね。これが全くの他人だったら、また話は別なんですが。
でもまぁ、これが我が家、これが我が家族ですから、なんとかやっていくしかないですよね(笑)。いつでも遠慮なく愚痴をこぼしにきてくださいね。
これからも彼岸寺をよろしくお願いいたします!

>coconさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
お寺の世襲には批判も集まるところですが、世襲が喜ばれる、望まれる実態があることも確かです。何代もの長い付き合いの中で誕生し、小さい頃からよく知った顔が寺を継いだという安心感は、やはり無視できないもののようです。
それ以前の問題で、子供がいない、子供が結婚しない、子供が継がない、子供に替わる人材もないというのは、お寺に限ったことではありませんが、切実な問題ですね。でもわたし自身、自分の子がお寺を継ぐ意外に夢を持ったら、それを取り上げて寺に縛り付けようとは思わないかも・・・。
子供にとって、そして他の大勢の人々にとって、継ぎたい、守りたいと思われるような魅力的な寺をつくっていく。それが目標です。
これからも彼岸寺をよろしくお願いします!

so:

はじめまして。
たまたま見つけたこのblog。はじめからザーッと読んでいて、この内容についてコメントしたくなりました。

私は医学生です。
悲しいことに周りの友人たちはKAKUさんの言うところの「職業」としてしか医者を見ていない人が多く、鬱々とした思いをしていました。私だけなのかな?って。

ほんとにそんな人たちばかりなんですよ。楽しく会話をできる人は沢山居るけどだから余計疲れてしまって。。

でも、そんな自分でいいんだって思えました。ありがとうございます

患者側のかたから見ると不安な内容だと思いますが、すみません(>はじめまして。
たまたま見つけたこのblog。はじめからザーッと読んでいて、この内容についてコメントしたくなりました。

私は医学生です。
悲しいことに周りの友人たちはKAKUさんの言うところの「職業」としてしか医者を見ていない人が多く、鬱々とした思いをしていました。私だけなのかな?って。

ほんとにそんな人たちばかりなんですよ。楽しく会話をできる人は沢山居るけどだから余計疲れてしまって。。

でも、そんな自分でいいんだって思えました。ありがとうございます

患者側のかたから見ると不安な内容だと思いますが、すみません(>

みちこさんとKAKUさんにお礼を伝えたかったんです

それでは★

みちこ:

>soさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
現状をなんとかしたくても、自分自身がパワーと実力と自信をもっていなければ周りをひっぱっていけない。集団の中でその力を身につけるには、周りと足並みを合わせることも必要。迎合するうちに問題意識も磨耗していく・・・。難しいところですが、自分のするべきことを見失わないように努めたいものですね。
これからも彼岸寺をよろしくお願いいたします。

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寺とは縁もゆかりもなかった女の子がお坊さんと恋をして、お寺に嫁ぐ。このケース、実は最近けっこう多いんです。このコーナーでは実際にお寺に嫁いだ寺嫁(てらよめ)の視点から、恋愛・結婚・出産・子育てなど、お寺での生活について現在進行形で体験レポートしていきます。
みちこ
ふつうのOLから思いがけず浅草のお寺に嫁ぐ。子どもと旦那(お坊さん)の世話に追われながらお寺を切り盛りする忙しい日々。