産院に入院している間、出産を終えたママ同士でいろんな話をしました。その中で、わたしより二日遅れて出産したママさんが、「うちは予定日より二週間も早かったから、2,700gしかなかったの」と言っていました。あら?うちは予定日を過ぎていたのに2,600gだったわ。まぁ、生まれてしまっても十分に育っていける大きさですし、今のところいたって健康なので問題ないのですが、生まれたばかりの赤ちゃんでも、既にそれぞれ個性を持っているものなんだなぁと妙に感心したものです。そういえば、出産を終えて病室に戻り助産士さんとお話ししているときにも、「あなたの場合、促進剤を使うのが早かったのかもしれない。予定日を過ぎてはいたけど、赤ちゃんはまだ生まれる準備ができていなかったのかも。だからこんな難産になってしまったのかもしれないね。」と言われたことを思い出しました。
4月に亡くなった祖母も、正直、まさかあのタイミングで亡くなるとは思っていませんでした。たしかに亡くなる前の数日は、急に体力が落ちて弱っているように見えましたが、これまでにも、もっともっと深刻な状況に陥ったことは何度もあり、その度に祖母は医者も驚くような生命力を発揮し、持ちこたえて回復してきました。なので、亡くなるときはきっとものすごく苦しみぬいたたあと、病院のベッドの上で力尽きて亡くなるんだろうな、と以前から想像していました。それが、自宅で家族に見守られながら呼吸を一瞬乱すこともなく眠るように逝ってしまった。周りの者にとっては意外な去り方であっても、きっとあのときが祖母の持って生まれた寿命というものだったのでしょう。
相次いだ、身近な生と死。人は、生まれることと死ぬことはコントロールできません。誰にとってもきっともっとも関心のある、自分の思いどおりにしたいと望むことだけど、それを支配することはできない。自分の支配の及ばない、期が熟すそのときの訪れに委ねるしかないのだと感じさせられた出来事でした。