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2006年6月 アーカイブ

2006年6月28日

「お寺に嫁ぐということ」と銘打ったブログなのに、最近お寺ネタがちっとも登場していないので恐縮です。
出産のため実家に里帰りして、もうすぐ3ヶ月。お寺とはまったくかかわりのない毎日が続いています。かといって、実家で何か仕事(家事)を与えられるわけでもなく、友達と遊ぶわけでもなく、出産前はひたすら犬のお世話、出産後はひたすら赤ちゃんのお世話をするだけの日々。水仕事は体に悪いから、力仕事は体に悪いから、手作業は腰を痛めるからと、日常のほとんどの作業を免除され、ただただ、寝て起きておっぱい、寝て起きてオムツ替えを繰り返しています。
こんな過ごし方をしている今、きっと人生の中でものすごく貴重な時間なんだろうな。
授乳で寝不足だし、オムツ替えで腰は痛いし、赤ちゃんのお世話は意外に重労働。疲れちゃったなぁと思う瞬間もあるけど、いつも何か新しい発見のある毎日。赤ちゃんも日を追うごとに成長して、一日前とはどんどん顔つきも違ってくる。こんなふうに赤ちゃんとベッタリ水入らずで過ごせる幸せな時間を、ずっと大切に覚えておきたい。
しかしながら、赤ちゃんを連れて東京に帰る日も次第に迫ってきました。そして、帰ったらすぐにお盆到来。こんな非日常な日常生活から、すぐに寺の暮らしに戻れるのかしら。いや、戻らないといけない。というか、戻るしかないんだけど。

2006年6月10日

産院に入院している間、出産を終えたママ同士でいろんな話をしました。その中で、わたしより二日遅れて出産したママさんが、「うちは予定日より二週間も早かったから、2,700gしかなかったの」と言っていました。あら?うちは予定日を過ぎていたのに2,600gだったわ。まぁ、生まれてしまっても十分に育っていける大きさですし、今のところいたって健康なので問題ないのですが、生まれたばかりの赤ちゃんでも、既にそれぞれ個性を持っているものなんだなぁと妙に感心したものです。そういえば、出産を終えて病室に戻り助産士さんとお話ししているときにも、「あなたの場合、促進剤を使うのが早かったのかもしれない。予定日を過ぎてはいたけど、赤ちゃんはまだ生まれる準備ができていなかったのかも。だからこんな難産になってしまったのかもしれないね。」と言われたことを思い出しました。

4月に亡くなった祖母も、正直、まさかあのタイミングで亡くなるとは思っていませんでした。たしかに亡くなる前の数日は、急に体力が落ちて弱っているように見えましたが、これまでにも、もっともっと深刻な状況に陥ったことは何度もあり、その度に祖母は医者も驚くような生命力を発揮し、持ちこたえて回復してきました。なので、亡くなるときはきっとものすごく苦しみぬいたたあと、病院のベッドの上で力尽きて亡くなるんだろうな、と以前から想像していました。それが、自宅で家族に見守られながら呼吸を一瞬乱すこともなく眠るように逝ってしまった。周りの者にとっては意外な去り方であっても、きっとあのときが祖母の持って生まれた寿命というものだったのでしょう。

相次いだ、身近な生と死。人は、生まれることと死ぬことはコントロールできません。誰にとってもきっともっとも関心のある、自分の思いどおりにしたいと望むことだけど、それを支配することはできない。自分の支配の及ばない、期が熟すそのときの訪れに委ねるしかないのだと感じさせられた出来事でした。

2006年6月 8日

KAKUからご報告しましたとおり、6月1日の夜遅く、無事に第一子を出産いたしました。出産前の励ましの言葉、出産後のお祝いの言葉を下さったたくさんの方々に、この場を借りてお礼申し上げます。出産を終えてひと息つき、病院のベッドで携帯電話から皆さまのコメントを拝見し、とても勇気づけられ、大きな力をもらいました。本当にありがとうございました。

続きを読む "みちこです。退院しました"
2006年6月 5日

KAKUです。

totugu0003.JPG 6月1日に無事2636グラムの女の子が誕生いたしました。母子ともにいたって健康です。
 僕は生まれて始めて出産に立ち会ったのですが、本当にものすごい苦労を乗り越えて人は誕生するものだとつくづく感じさせられました。
 ミチコのお産はかなり難産だったようで、陣痛が始まってからまる二日間かけてやっと出産までたどり着きました。二日の間、5分間隔(後半は2-3分間隔)で来る陣痛に必死で耐えている姿を見ていると、その苦しんでいる姿を目の前にして、何も出来ないことにいたたまれなくなってしまいます。食事をする余裕も無く、意識も朦朧となりながら、それでも定期的に起きる陣痛に付き合わなければならないその姿はまさに拷問を見ているようでした。
 「このつらさは後どのくらい続くんだろう?後1時間くらいならいいけど、これが後一日続くなら耐えられない。」普段めったに弱音をはかないミチコが漏らした言葉に心を打たれました。
 二日目の夜になっても一向に分娩にたどり着かないのを見かねて、助産婦さんが何人か駆けつけ、ミチコのお腹をぐいぐい押しながらお産を進めていきます。このあたりから僕は廊下に出されます。こうなると出来ることは動物園の熊のようにうろうろとするだけです。
 夜も大分遅くなって来たときにようやくお産の兆しが見えてきたようで、ようやく分娩室へ移動。それからの時間の長かったこと。一晩中起きていたかのように感じましたが、時計を見るとたったの30分。分娩室の様子が見えないだけに心配がつのります。そんな中、お隣の部屋でもお産に面している夫婦がいて(後から聞けば私たちの一時間後に無事にご出産をされたようです。)、お隣のご主人と話しながら気持ちを落ち着けられたのが幸いでした。
 こうやって多くの人に支えられながら生まれてきた命。ありがたくもやっと生まれてきてくれた命を目の当たりにすると、この子がちゃんと幸せに育ってくれるような環境を作っていきたいと心のそこから思います。

2006年6月 1日

取り急ぎご報告のみで失礼いたします。

先ほど6月1日午後10時47分、2636グラムの女の子が誕生いたしました。
母子ともに健康、母乳を吸って眠っております。

「お寺に嫁ぐということ」読者の方々にはご心配をおかけしました。
今後、新しい家族が増えた「お寺に嫁ぐということ」をどうぞよろしくお願いいたします。

*明日の夜当たりに詳しい経過と写真をアップいたします。

寺とは縁もゆかりもなかった女の子がお坊さんと恋をして、お寺に嫁ぐ。このケース、実は最近けっこう多いんです。このコーナーでは実際にお寺に嫁いだ寺嫁(てらよめ)の視点から、恋愛・結婚・出産・子育てなど、お寺での生活について現在進行形で体験レポートしていきます。
みちこ
ふつうのOLから思いがけず浅草のお寺に嫁ぐ。子どもと旦那(お坊さん)の世話に追われながらお寺を切り盛りする忙しい日々。