亡くなった祖母の埋骨も無事に終わり、わたしたち家族は残された祖父のことを心配していました。葬儀が終わって数日たち弔問に訪れる人もまばらになった頃、祖父は急に落ち込んで、「次は自分の番だから、もういつ死んでもいいんだ」なんて言い出していました。その後はまたなんとなく元気も戻ってきていましたが、お骨を納めてしまったら、またガクッと気力を失ってしまうのではないかと思ったのです。幸い、祖母のお世話がなくなったことで祖父の身体的な負担も大幅に減り、納骨も無事に済ませられたことで気持ちもだいぶ楽になったようで、今はわたしたちの心配していたようなこともなく、けっこう元気にしています。
そんなある日、祖父と母が話をしていたときのこと。祖母の遺影を眺めながら、母がふと「あの世っていうのは、本当にあるんでしょうかねぇ」とつぶやくと、祖父はこんなふうに答えたんです。「あの世は俺も行ったことないから、あるかないかはわからんけど。あったとしても、ばあさんは体が弱いからそんな遠いところへは歩いてけんら(歩いていけないだろう)」。
これには母もわたしも思わず顔を見合わせてしまいました。母やわたしにとって、あの世というのは(あるかないかは別として)まだ実感のない遠い世界ですが、祖父にとっては、もっと身近に感じられるものなのでしょう。それにしても、歩いて行くような場所(距離?)で、しかも病弱な祖母じゃたどりつけないというほど具体的なイメージを持っているとは、正直驚きました。というか、肺の病気で長く苦しんでいた祖母も、亡くなってやっと楽になったと思っていたのに、祖父の頭の中では、亡くなってなお苦しんだままの祖母でいるなんて、ちょっと意外でした。思わず、「やだ、おじいちゃん。おばあちゃんは死んじゃったんだから、もう病気もない楽な世界に行ったのよ。遠いから歩いて行けないなんて言ったら、あんまりよー。」と言うと、「そんなことお前、わからんでー」と笑う祖父。
たしかにあの世なんて、行って見て帰ってきた人はいないから、あるのかないのか、どんな場所か、思い描く世界は人それぞれに自由ですが、祖父との会話になんだか新鮮なものを感じてしまいました。
コメント (2)
はじめまして。
前のブログも見て、非常に共感できたので、コメントしたいと思いました。ふさわしくないようでしたら削除してくださいね。
我が家も跡継ぎがわたししかいないのに神社に嫁ぎました。神社はお寺より大変ではないと思いますが、両親や祖父母は複雑な心境だったようです。
実家も都内で近いのですが、両親は実家の隣の空き地をいつか私の家にと買い取っていたことも判明し、やはり残念なようでした。でもなんとか祝福して結婚式を挙げられました。
結婚してもうすぐ一年、わたしは妊娠し、誰よりも実家の両親が喜んでくれました。
今は「神社のためにがんばれ、元気な跡継ぎを」とまで言ってくれるようになりました。
まだまだ戸惑うこともありますが、同じような立場の方がいらっしゃると思うと、がんばれます!これからも勝手に応援しますね!
ところで、まつけいとは大学時代に一緒にファッションショーやったり、家のパソコンの設定をしてもらったりしていたので、お坊さんになっていたなんてものすごく驚きました。わたしのことなんて覚えていないと思いますが!
それでは
投稿者: MAQUI | 2006年5月28日 23:19
日時: 2006年5月28日 23:19
>MAQUIさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
妊娠おめでとうございます!自分を育んでくれた家を出て他の家に嫁ぐということの意味、その喜びやそれを支えてくれた人々の痛みは、結婚した直後ではなかなか感じられないことですが、子供ができると急に現実味を帯びてきますよね。わたしもようやく今になって、この寺で自分自身が幸せになり、家族をも幸せにしていくことの責任を重く感じるようになりました。お互い似た環境にある者同士、初心を忘れず、頑張っていきましょう!
これからも彼岸寺をよろしくお願いします。
投稿者: みちこ | 2006年5月30日 22:46
日時: 2006年5月30日 22:46