今回の祖母の死は、わたしたち家族にいろいろな問題を投げかけました。その一つが「家の断絶」という問題。
わたしは一人っ子です。しかも、父方にとっては唯一の内孫、母方にとっては唯一の孫という、自分で言うのもなんですが、とても貴重な存在でした。そのわたしが寺に嫁いでしまったわけですから、それによって、父方と母方、二つの家の血を絶やすことになります。もちろんそんなことは、結婚の話が出た段階で誰にも分かっていたことです。しかし、両親ともわりと進歩的な考え方の持ち主で、大事な娘だからこそ、家というものに縛り付けず自由な人生を歩かせようと、二つの家を絶やしても嫁に出すことを了解してくれました。あとから聞いたこところでは、やはり祖父母の反対は激しく、納得させるのにとても苦労してくれたそうです。
亡くなった祖母の入るべき墓は、もともと自宅からものすごく遠い場所にありました。そこで、それではお参りに行く人が大変だろうと、祖父母は既に30年ほど前に、自宅近くの寺に墓地用の地所を購入していました。宮大工の棟梁だった祖父が釣鐘堂を建立した、我が家にとっても縁のあるお寺です。幸いなことに、地所を購入した後およそ30年、我が家からは不幸が出ず、祖母が初めてそのお墓に入ることになりました。ところが、我が家には仏壇も墓石もありません。とりあえず仮の仏壇と墓標を用意しましたが、近いうちには正式なものを用意することになります。
もう、葬儀がやっと終わった翌日から、いろんな業者の訪問、電話、郵便物の対応にてんやわんやですが、我が家には初めての買い物なので、本当に気に入ったものをじっくり選んで買いたいと、両親は一生懸命です。黒塗りの仏壇らしい仏壇がいいかな、家具調の手入れのしやすいものがいいかしら。お墓の石はやっぱり黒御影石がいいわよね、何百年ももつのよ。形はちょっと今風にしてみようかしらと、話し合いは尽きません。
でも、考えてみれば、せっかく買った仏壇も墓石も、守っていくのはわたしが最後。祖父と両親の死後は、この家も壊してしまうでしょうし、当然仏壇も処分、墓地も撤収してお骨は菩提寺か浅草のうちの寺のいずれかの無縁仏になるでしょう。
何気なくその話をしてみると、両親は急にはっとした表情になり、「そうよね、末永く使えるいいものをと思っても、このうちはすぐに絶えてしまうのね」と、寂しそうな顔をしました。わたしも、自分の親が無縁仏になることを、生々しい現実として初めて感じました。
結婚を決めたときから、いずれそうなることは想像していました。でも、結婚というお祝い事、好きで自分が選んだ相手との新しい暮らしばかりに心が向いていて、家を絶やすという現実がどれほど残酷なことなのか、自覚が足りなかったような気がします。実際、一人娘、一人息子が家を出て他所に嫁ぐことは、今でこそそんなに珍しいことではありません。家業をもつ家の跡取りが、家業が好きになれず廃業して勤めに出たり新しい商売に転向することも、よく聞く話です。
でもほんの少し前までは、好きな仕事も選べず好きな相手とも結ばれず、「お家のため」と、自分の夢や理想を殺して人生を全うした人がとても多かったはずです。そうやって、自分を犠牲にしても家を守ることにこだわってきたのはなぜなのか、そこにどんな意味、重みがあったのか、真剣に考える機会は、わたしには果たしてなかったように思います。
わたしたちの結婚式のパーティの最後、父が新婦の父親としての挨拶の中で、「一人娘を嫁に出すことに親戚からは当然反対の意見が出ましたが、娘が自ら望んだ結婚で、そこで子を生み、嫁ぎ先であるお寺の繁栄の一端を担えるなら、絶やすことになる二つの家の歴史にも意味があったと思える」と言っていました。奇しくも、前回のコラムでわたしが書いた、「今なら、死んで無になるのではなく、新しい命として引き継がれるんだな、って思える」というのと、同じことなのだと思います。父自身、そのときは本当にそう思ってくれていたのだと思います。でも、実際に家が絶える現実を目の前につきつけられ、どうしても寂しい気持ちは拭えない。
自分の命なら諦めがついても、何百何千という人々が自らの人生を犠牲にしても繋いできた歴史を、自分の代で打ち切りにすることには、今になってやはりためらいを感じます。それがどんなに残酷なことなのか、そして、嫁に出て新たな命を生んで歴史を受け継いでいくことにどんな意味があるのか、それが明確に分からないから、よけいに不安だし、これでよかったのか自信が揺らいできました。
コメント (5)
はじめまして。
家のことを考えるといろいろ大変ですね。
私も実家が商売をやっておりまして、三姉妹の長女だったからか、子供の頃からなんとなく「家を継がねば…」という空気を負担に思っていました。結局は、末妹が婿をとり、家業を継いでくれました。立派に男一人、女一人も出産した孝行娘です。それに対し、私は呑気に相変わらず企業人として仕事を続けて、未だシングル。
そして、先日、祖母が亡くなりました。自分の微妙な立場にむず痒さもありました。
特に、読経に際しての席次には困りました。私は長女だから母の隣なんだろうけど、末妹は家業をつでいるから、母の隣に座らせたほうがよかったかな~と…四十九日の法要までに、ちゃんと、両親に相談しようと思います。
投稿者: miechan | 2006年5月15日 00:28
日時: 2006年5月15日 00:28
>miechanさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
冠婚葬祭の席次!難しいですよね。。。
わたしも、唯一の内孫であるわたしと、長子の長女である従姉はいずれも嫁いでしまった身ですが、なんとなくわたしが孫の中では上席に座りました。また、故人の孫と兄弟とではどちらが上席かも、ちょっと話題になりました。まぁ、身内にこだわる人がいなくて助かりましたが、ちょうど明後日が納骨の日なので、また悩ましいところです。。。
投稿者: みちこ | 2006年5月17日 12:15
日時: 2006年5月17日 12:15
みちこさんこんばんは、子孫の繁栄って大変だし重荷だよね…俺は長男で三人兄弟だけど、その悩み同情します。最近の話ですが弟に先をこされてしまいました。まぁ跡取りは出来たけど微妙なかんじです。
西東京市在住独身男
投稿者: ますお(ニックネーム) | 2007年5月 5日 00:07
日時: 2007年5月 5日 00:07
はじめまして!!みちこさん、ひとりっ子だったんですね。
結婚する時は悩みませんでしたか?
私も一人っ子なんですが、彼がお坊さんで、すごく迷ってます。
彼はお寺出身ではないのですが、お坊さんになりたくて資格をとり、いつかはどこかのお寺に入りたいらしいです。もしそうなったら、私もお寺に行かなくちゃいけないし、家族はどうなるんだろうって・・・。家族は反対するし、別の道を進んだ方がお互いにいいのかナって思って別れたこともあるんですけど、やっぱり一緒にいたくて、まだ付き合ってます。
このブログを見せてもらって、彼がお坊さんで悩んでいる人もたくさんいるんだなあって分かりました。ありがとうございますっっ!
投稿者: aiko | 2007年6月18日 12:51
日時: 2007年6月18日 12:51
>ますお(ニックネーム)さま
こんにちは。コメントありがとうございます。お返事が遅くなってしまい、ごめんなさい。
わたしは一人っ子なので、兄弟がいる人は、きっともっと気楽なんだろうなぁとうらやましく思ったりもするのですが、ご兄弟のある人にも、それなりに悩みはあるものなんですね。家を継ぐ、継がないは、最終的には黒か白かという決定的な決断を迫られるものですが、どんな結果になるにしても、家族の絆、愛情を見失うようなことにはなりたくないと思います。
>aikoさま
はじめまして、コメントありがとうございます!お返事が遅くなってしまい、ごめんなさい。
わたしは進歩的な両親に育てられたおかげで、結婚にあたっては、実はそれほど悩まなかったんです。でも、祖母が亡くなり、お墓をどうするかなどという問題に直面したとき、改めて「家を絶やす」ことの重みに気づき、彼が好きだからという気持ちだけで結婚に踏み切ってしまったことに、正直、後悔に似た気持ちを抱きました。もちろん、悪い結婚だったとは思っていないし、これからも彼と一緒に幸せな家庭をつくっていきたいと思っていますが。
aikoさんのご両親が、彼とのおつきあいを受け入れてくれないのは、とても心細いことですよね。好きな人との結婚は、やっぱり大切な両親にも祝福してもらいたいものですものね。
お坊さんとのおつきあい、周りに似た経験をもつ人が少なくて不安になることも多いと思います。また、いつでも気軽にコメントくださいね。
投稿者: みちこ | 2007年7月31日 23:26
日時: 2007年7月31日 23:26