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2006年5月 アーカイブ

2006年5月31日

点滴 KAKUです。
 本日朝、ミチコが入院しました。
 予定日を過ぎても出産の兆候が見られないのと、本人の希望とあわせ、計画出産に踏み切りました。
 「出産はみんなやっていることだから」と簡単に考えていましたが、立ち会ってみると本当にすごい一大事業だと感じます。
 今朝早く病院についてミチコは軽く診断を受けます。健康健康。普段おいしいものを食べているのが効いたのか、健康には問題がありません。予定通りに出産計画が進められます。
 朝9時ごろから陣痛促進剤を点滴で投入を始めました。アトニン5単位と書かれた点滴を入れてから3時間ほどたつとミチコが「おなかが痛い」と言い始めます。陣痛が始まり、いよいよお産がスタートします。この頃のミチコはまだ余裕があり、友達にメールで「今入院したよー」「あ、陣痛が来たー」などとやっています。

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2006年5月30日

出産予定日を今月の27日に見送り、明日、いよいよ出産本番を迎えます。ひと口に出産と言っても今はいろいろな方法がありますが、わたしたち夫婦は無痛分娩を選びました。まぁ、何がなんでも無痛でというわけではなく、陣痛が起きたときに間に合えば無痛で生めたらいいね、くらいの気持ちでした。ところが、予定日を過ぎてもいっこうに生まれる気配がない。昔は「初産は遅れる」とよく言われたようですが、実際には周りでは予定日よりも早くに生まれるケースが多かったので、わたしも早めの出産になるつもりだったのが、ちょっと計算違いでした。で、予定日過ぎてあまりのんびりしているわけにもいかないので、医師と相談の上、明日、陣痛促進剤を入れることに決めたんです。
KAKUも昨日から浜松に来てくれています。今日は夫婦二人の最後のデートということで、近所のシネコンで話題作の「ダ・ヴィンチ・コード」を観てきました。だいぶ前に原作を読んでいて期待が大きかった分、映画はどうかなーと少々不安もあったのですが、まぁ映画としてはけっこう楽しめたと思います。
でも、赤ちゃんが生まれたら、しばらくは映画館なんて来られないだろうなぁ。その分、DVDはたくさん観たいなぁなんて、二人で過ごす最後の時間も、結局は赤ちゃんとの暮らしに思いを馳せるばかり。10ヶ月の妊娠生活はすごく長く感じられて、その前に二度の流産もあったせいか、結婚してからずっと妊娠しっぱなしのような気がして正直ちょっと飽きてもいましたが、それも明日で終わりだと思うと複雑な気分です。KAKUはパパになり、わたしはママになる。うーん、想像はどんどん膨らむけれど、実感は沸いてこない。とりあえずは、明日の出産を無事に乗り切らなくては。きっと、これまでの人生でも例のない、特別な一日になるんだろうな。
今夜はゆっくりお風呂に入って、体を休めます。出産後は一週間の入院生活になるので、出産のご報告はKAKUにバトンタッチします。皆さま、どうぞお楽しみに!

2006年5月26日

亡くなった祖母の埋骨も無事に終わり、わたしたち家族は残された祖父のことを心配していました。葬儀が終わって数日たち弔問に訪れる人もまばらになった頃、祖父は急に落ち込んで、「次は自分の番だから、もういつ死んでもいいんだ」なんて言い出していました。その後はまたなんとなく元気も戻ってきていましたが、お骨を納めてしまったら、またガクッと気力を失ってしまうのではないかと思ったのです。幸い、祖母のお世話がなくなったことで祖父の身体的な負担も大幅に減り、納骨も無事に済ませられたことで気持ちもだいぶ楽になったようで、今はわたしたちの心配していたようなこともなく、けっこう元気にしています。
そんなある日、祖父と母が話をしていたときのこと。祖母の遺影を眺めながら、母がふと「あの世っていうのは、本当にあるんでしょうかねぇ」とつぶやくと、祖父はこんなふうに答えたんです。「あの世は俺も行ったことないから、あるかないかはわからんけど。あったとしても、ばあさんは体が弱いからそんな遠いところへは歩いてけんら(歩いていけないだろう)」。
これには母もわたしも思わず顔を見合わせてしまいました。母やわたしにとって、あの世というのは(あるかないかは別として)まだ実感のない遠い世界ですが、祖父にとっては、もっと身近に感じられるものなのでしょう。それにしても、歩いて行くような場所(距離?)で、しかも病弱な祖母じゃたどりつけないというほど具体的なイメージを持っているとは、正直驚きました。というか、肺の病気で長く苦しんでいた祖母も、亡くなってやっと楽になったと思っていたのに、祖父の頭の中では、亡くなってなお苦しんだままの祖母でいるなんて、ちょっと意外でした。思わず、「やだ、おじいちゃん。おばあちゃんは死んじゃったんだから、もう病気もない楽な世界に行ったのよ。遠いから歩いて行けないなんて言ったら、あんまりよー。」と言うと、「そんなことお前、わからんでー」と笑う祖父。
たしかにあの世なんて、行って見て帰ってきた人はいないから、あるのかないのか、どんな場所か、思い描く世界は人それぞれに自由ですが、祖父との会話になんだか新鮮なものを感じてしまいました。

2006年5月21日

実家には、3歳のオスのサルーキと、1歳の同じくオスのアフガンハウンドがいます。両親もわたしも、それはそれは目の中に入れても痛くないほどに可愛がっていて、完全に家族の一員になっています。2頭とも犬種として野生の強いタイプで、しかも年の近いオス同士ということもあり、去年の夏に多頭飼いを始めたときには、果たして2頭の相性はどうか、仲良くやってくれるかどうかとても心配したものですが、ふたを開けてみれば、人間の目から見ていても微笑ましいくらいに仲の良い兄弟になってくれました。
まぁ、2頭とも育ち盛りなので、毎日のように取っ組み合いのケンカはしていますが、それは人間の男の子の兄弟と同じようなものですよね。ドッグトレーナーの先生も、かかりつけの獣医さんも、滅多に見られないくらいの成功例だと太鼓判を押してくれたんですよ!

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2006年5月 5日

今回の祖母の死は、わたしたち家族にいろいろな問題を投げかけました。その一つが「家の断絶」という問題。
わたしは一人っ子です。しかも、父方にとっては唯一の内孫、母方にとっては唯一の孫という、自分で言うのもなんですが、とても貴重な存在でした。そのわたしが寺に嫁いでしまったわけですから、それによって、父方と母方、二つの家の血を絶やすことになります。もちろんそんなことは、結婚の話が出た段階で誰にも分かっていたことです。しかし、両親ともわりと進歩的な考え方の持ち主で、大事な娘だからこそ、家というものに縛り付けず自由な人生を歩かせようと、二つの家を絶やしても嫁に出すことを了解してくれました。あとから聞いたこところでは、やはり祖父母の反対は激しく、納得させるのにとても苦労してくれたそうです。

続きを読む "家の断絶"
寺とは縁もゆかりもなかった女の子がお坊さんと恋をして、お寺に嫁ぐ。このケース、実は最近けっこう多いんです。このコーナーでは実際にお寺に嫁いだ寺嫁(てらよめ)の視点から、恋愛・結婚・出産・子育てなど、お寺での生活について現在進行形で体験レポートしていきます。
みちこ
ふつうのOLから思いがけず浅草のお寺に嫁ぐ。子どもと旦那(お坊さん)の世話に追われながらお寺を切り盛りする忙しい日々。