80歳の誕生日まで3週間を残して亡くなった祖母は、肺の病気で慢性的に呼吸が不自由でした。肺の組織がどんどん死んでいき、酸素と二酸化炭素の交換がうまくできず、いつも苦しそうにしていました。医者の言葉を借りれば、「水の中で息ができない感じが24時間続いている」くらいの苦しみだそうです。本人も、「死ぬときはよっぽど苦しいんだろうねぇ」と、いつも不安な顔をしていたものでした。
でも、実際の祖母の死は、苦しそうな表情も一切見せず、自宅で排泄介助のため祖父に抱きかかえられているときに意識を失い、祖父と母とでベッドの上に運んで寝かせたあと、夫である祖父と、長男家族に見守られながら、まさにろうそくのともし火が費えるように静かなものでした。
祖母は4月に入ってから急激に弱っていきました。わたしが帰省した頃から、「みっちゃんの赤ちゃんはわたしの生まれ変わりになるから、わたしは赤ちゃんが生まれる前に逝かなきゃかんだよ。生まれるまで生きてちゃかんだよ。」と、しきりに口にしていました。それまで見せていた死の苦しみへの恐怖を語ることは一切なくなり、大きくなったわたしのおなかに向かって、「わたしがちゃんと生まれ変わりになるから、待っててね。」と話しかけていました。寝るときにいつも装着している酸素マスクも、死の3日ほど前からは「もういいだよ」と言って自ら外し、祖父にも改まって「今までありがとう」とお礼の言葉を伝えていたそうです。臨終の前の数日間の祖母は、何か覚悟を決めたような、とても穏やかな表情でした。
意識を失ったそのとき、祖母は本当に安らかな気持ちだったのでしょうか。わたしは、きっとそうだったのだろうと思うことができます。自分が死ぬのはたしかに怖いし、寂しい。でも、こうやって目の前に新しい命の誕生を実感することができ、自分は死ぬけど、かといって無になるわけではないと感じたんじゃないだろうかと。本当は、あと少しでひ孫の顔が見られると思えば、せめて生まれるまで、せめてこの手に抱くまでと欲が出そうなところですし、希望を持ってしまったからこそ諦めがつかなくなる、ということもあるとは思います。でも、祖母は本当に生まれ変わりを感じ、言ってみれば「命のリサイクル」をするという思いだったのではないかと思っています。
出産を控えた今、わたしも同じような思いを抱いています。もちろん、もっとずっと生きていたいし、家族と一緒に楽しい時間を過ごしたい。でも、それが叶わなくても、まぁいいかな、と思います。どこまで生きれば満足かなど見当もつきませんし、だったら、いつか死ぬとしたら今は最高のチャンスかな、と。今なら、死んで無になるのではなく、新しい命として引き継がれるんだな、って思えるから。きっと、子供の顔を見て成長を見続けていったら、責任感も芽生え、希望も断ち切りがたく、死への覚悟など消し飛んでしまうから。
「みっちゃんの赤ちゃんに生まれ変わるからね」と言い残して、実際にひ孫の誕生を待たず死んでいった祖母の死に触れ、とても頼もしいような心強い気持ちでいます。命というものが自分のものではなく、自分自身の存在が、何か大きな「命」というつながりの中の一部なんじゃないかと感じたからです。子を産み生き続けていくことへの強い希望と、子の命と引き換えに死んでいくことへの晴れやかな覚悟が同居する、とても穏やかで清々とした気持ちです。