2006年4月15日

今回は、実家で介護している祖母のお話。これを書いたまさに翌朝、祖母は眠るように息を引き取りました。亡くなってからのことは、また後日アップします。

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出産準備のため、実家のある静岡に帰ってきました。
実家には、両親のほか父方の祖父母と大型犬2匹がおり、両親の姉妹たちやヘルパーさんも頻繁に出入りするので、なかなか賑やかです。同居の祖父母は、さいわい頭のほうは非常にはっきりしていて、家族の中で実はいちばん冴えてるんじゃないかと思うほどですが、体は弱っていく一方で、今では食事も排泄も自力ではままなりません。

祖父母とも、もともとは近所で二人で生活していました。そして体の衰えに不安を感じ始めた3年ほど前から長男夫婦であるわたしの両親と同居、介護が始まりました。当時はまだ元気で、日常のことも自力ででき、介護とはいっても安心のために一緒に暮らしているだけのもので、「周りに迷惑をかけずに逝きたい」「わたしたちのためにはお金も手間もかけんでいい」「発作がおきたら楽に死ねる薬を打ってくれ」などと、よく口にしていたものです。おそらく、それが本心だったのだと思います。
しかし日に日に衰弱し、何度も発作を起こし、いよいよ「死」と現実に向き合うようになってきた今、二人は「生」への強い執念をむき出しにします。毎食の内容を細かくチェックし、少しでも栄養・カロリーが足りないと感じると非常に不安がり、「体力を使って死んじゃいかんもんで」と、まだ体が動くうちから身の回りのことを一切しなくなり、「何かあっちゃいかんもんで」と、医者から処方された新しい薬にも過剰な警戒を示します。おそらく、それが本心なのだと思います。特に祖母のほうはちょっと特殊な病気で、治療ということはできず、ひたすら栄養を蓄えて生存を維持し、いずれ衰弱しきって寿命が尽きるのを待つだけという、たしかに残酷な状況です。なので、とにかく体力を消耗しないように、ということが常に念頭にあるようです。

まぁ、介護の現状は置いておいて。この「生」への執念というものが、わたしにとっても他人事ではないのです。これまで、わたしは自分の死を現実のものとして意識したことはありませんでした。しかし、間もなくわたしは出産に臨みます。出産で命を落とす産婦は以前に比べて格段に少なく、出産が危険なものという認識は、それほど高くはないでしょう。しかし今でも、国内で年間約100人の産婦が、出産で亡くなっているそうです。そして、わたしがその100人に入らないという保障はありません。
ドラマなどでときおり見かける場面。「母子ともに非常に危険な状態です」となった場合、彼は、わたしと子供とどちらを選ぶのだろう。
先日、彼は唐突に、「もしそうなったら、僕はみっちゃんを選ぶけど、いい?」と言いました。わたしとしては、わりと本心でどちらでもよく、その場での彼の判断に完全に任せるつもりでいます。でも、過去の二回の妊娠や今回の妊娠でも中期の頃までは、「子供はまたつくれるから、絶対にわたしを選んでほしい!」って思っていたんです。死にたくない、まだ生まれてもいないこの子より、わたし自身が生きていたい、とはっきりと自覚していました。
でも、今は気持ちが違います。
愛する人と共に過ごすはずだった何十年かの未来を失うことは、とても切ないです。二度の流産を経て、やっと生まれてくれる我が子の成長を見られないことはとても寂しいです。まだまだ見たい物も行きたい場所も、やりたいこともたくさんあります。これまでの人生でわたしが成し遂げたことなどほとんどないに等しく、どちらかというと、やり残したこと、心残りばかりです。
でも、未来を失う寂しさはありますが、人生これまでと思うことに不満はありません。結婚して2年足らずですが、わたしは本当に幸せでした。彼と暮らして、既に一生分の幸せはもらったな、と心から思っています。なので、わたしの人生、これはこれでもう十分、という思いです。むしろ、これまで自分ひとりでは何の役にも立たなかったわたしが、胸を張って「わたしはこれをやり遂げた」と言うことができるとしたら、それは新しい命をこの世に送り出すことなんじゃないかと思うんです。
もちろん、無事に出産を乗り越えたら、その先にこそやるべきことは山積みなのでしょうが、今は、子供の命と引き換えになら、自分は死んでも惜しくないなぁと思っています。大切な子供を託す相手が彼ならば安心ですし。

わたしのこんな気持ち、これもまた「生」への執着のひとつの形かもしれません。自分自身の命にはこだわりがなくても、自分の分身として命を引き継いでくれるものに希望が持てるからこそ感じる思いなのかな、と。
あと何週間かで迎える出産という一大事。その瞬間に、自分がどんなことを感じるのか、楽しみでもあり、怖くもあります。

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コメント (4)

>結婚して2年足らずですが、わたしは本当に幸せでした。彼と暮らして、既に一生分の幸せはもらったな、と心から思っています。

こう思えることは素敵ですね。
私は、今回の流産で体力をどんどん失っていく段になって、
自分は今死んだら悔し泣きするタイプだよなぁ、と思い知りました。誰しも悔し泣きするんだろうけれど、 何も手に入れてない気持ちになって生に執着するタイプだなぁって。
主人に愛してもらって、大切にしてもらって、それはそれは感謝してるんです。神様がたにも、彼にも。でも、「それをやっと手にいれたばっかり! これから一生分取り戻すのっ!」って思ってしまって。傲慢だとは思うんですけど。

☆machikoちゃん:

赤ちゃん誕生ももうすぐだね。

前に夢で山を登っている時に上から溶岩が流れて来て「ああ~これで死んじゃうのか」とでもその時両親より先に死んでしまうのは両親に対して申し訳ないと涙を流し目が覚めた事が。でも、一度死んだ気分だったね。今、何かで死ぬ事が有っても私の人生はここまでと決まっているんだと思っているんだけれど。事故が有っても人を押しのけ我先にとするような事はしないと。でも、頭で思っていても実際何でもその場になって見たらって事も有るしね。
って、何かまとまりの無い書き込みだね。ごめんね。

かずくん:

 ブログ中「二度の流産」とございましたが、がんばって元気な赤ちゃんをご出産くださいね。

 高齢出産ギリギリ、しかも低身長のために骨盤の大きさがギリギリ…といわれた私も、なんとかがんばって自然分娩することが出来ました。45時間かかりましたけれども…。
 直後は「もうこんな苦しい思いはしたくない…子供は一人でいいや!」と思ったものでした。
 しかし今、2歳半になる子供を見、そしてこれまでの成長の過程を見てきて…やっぱりこの子にも、私のように相談相手として、また喧嘩相手としての「きょうだい」は必要だろうなと、思うようになりました。
 子供を生むこと…だけが女性の使命ではありませんが、しかしこれは男には出来ないことですよね。絶対にあの痛みに、男性は耐え切れないと思う…。
 男女の格差や差別を容認するわけではありませんが、やっぱりそれぞれの脳や体の構造上、担う役割は違って当然だとは思います。
 そして産み終えた後のあの達成感…は、男には一生判らないのでしょうから…ざまあみろって感じですね(笑)。

 …話がずれてしまっていますが、
>わたしのこんな気持ち、これもまた「生」への執着のひとつの形かもしれません。自分自身の命にはこだわりがなくても、自分の分身として命を引き継いでくれるものに希望が持てるからこそ感じる思いなのかな、と。

 この心情は、本当によくわかります。まあ、あのときに死んでいれば、今ここで我が子のこの笑顔を見ることは出来なかったでしょうが…。

 いずれにせよ、人一人の命をこの世に送り出す…ということの苦しさと大変さ、また恐ろしさは、しかし、出産後の喜びには勝てないものです。
 今はお体をご自愛くださり、あまり不安がらないように…そしておなかの赤ちゃんに不安を与えないように、気をしっかり保ってご出産にお臨みくださいませ。

 

みちこ:

>植月さま

こんにちは。すっかりご無沙汰になってしまい、ごめんなさい。お元気ですか?
わたしも、「これからこそ幸せになるんだ!」って思う気持ちはわかりますー。でも、生まれることと死ぬことは、自分にはコントロールできないんですよね。。。だから、あんまり強い希望を持ってしまうのも、なんだか怖い気がして。人間て勝手ですよね(笑)。

>☆machikoちゃんさま
死ぬ(死にそうになる)夢ってときどき見るんですよね。
そう、わたしももし自分が若く死ぬとしたら、両親に申し訳ないと思います。彼や、生まれてくる子供に対しては、それほど思わないんですけど。まだつきあいが浅いからかな!?

>かずくんさま
こんにちは。コメントありがとうございます。
結婚して妊娠して出産して、って、ごく普通のことのように思えるし、たったそれだけの単純なことの繰り返しで歴史はつながってきたわけだけど、本人にとっては実際にはすごい体験なんですよね。まぁ、生まれてしまえば、そのあとの苦労のほうが大きいんでしょうけど(笑)。

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みちこ
ふつうのOLから思いがけず浅草のお寺に嫁ぐ。子どもと旦那(お坊さん)の世話に追われながらお寺を切り盛りする忙しい日々。