寺継ぎ坊主より
神谷町オープンテラスが今年もスタートしました。去年のメンバーも卒業、就職と旅立っていく一方、新しく手伝ってくれる人も入り、雰囲気も少しずつ変わりました。
僕の担当するお菓子も、冬の間、新しいお菓子を何種類か開発していたので、新作も順々にテラスにお目見えさせています。
春のお彼岸過ぎ、テラスをあけると新しくいろんな人と知り合います。
スタッフの家族が様子を見にきたり、お坊さんが「変わったお寺があるから見に来た」と足を運んでくれたり、雑誌社の方が取材にきたりなど、普段寺の中だけで生活をしていたら知り合う機会もないような人たちと知り合います。
先日、ある葬儀社さんがテラスにやってきました。葬儀社さんも僕たちが生きているこの時代を肌で感じ、この時代の中で出来ることを色々考えているものだなと、心強く思いながらお話を聞きました。
その方が寄贈してくれた一冊の本、『Time of eternity―告別』というタイトルのこの本は、その葬儀社が今までに取り扱った様々なお葬式を紹介している本です。
一人一人違う人生だから、一つ一つ違う葬儀を-そんな思いの伝わってくる一冊です。
この本をくれた方々が「泣ける」といっていた本、実は僕よりも先に妻が眼を通し涙ぐんでいたので、僕も一気に読んでしまいました。
正直に言って、一度も泣くことなく一冊を読み終えてしまいました。
僕は少々狐につままれた思いで、「何で泣けないんだろう?」と考えています。
正直、お涙頂戴物の映画を見れば監督の思う壺、泣かせたいと思われる場所でワンワン泣く僕のくせに、一滴の涙も出てこないことに驚きました。
やはり、坊主はお葬式に対して普通の感覚とずれたものを持っているのでしょうか。出来るだけ感覚を麻痺させないように、感覚を研ぎ澄ますようにと、自分に言い聞かせているつもりで特に気をつけてきたつもりだったので、とても意外に感じています。
坊さんが葬儀を「仕事」と割り切ってしまわないように、常に感覚を研ぎ澄ましていく。でもどこかで一線を引かないと、遠縁のおばあちゃんのように接してくれたご門徒さん(お檀家さん)のおばあちゃんの葬儀で、ご家族と一緒に泣いてしまいそう。そんな綱渡りをしてきた結果、自分が今どのあたりの場所に来ているのか、わかった気がする。