2006年2月17日

わたしは、いつでもどこでも、思い立ったときに思い立った場所で歯磨きをします。結婚して最初に驚かれた生活習慣の違いが、これでしたね。歯磨きしながらテレビも見るし、ストーブにあたったりもします。特に夜はお風呂場で磨くので、後からお風呂に入った彼が、お風呂場に歯磨きセットが置いてあるのを見てびっくりしていました。彼にとっては、歯磨きは洗面台でするものと決まっているようです。同じように、わたしはドライヤーで髪の毛を乾かすのは、夏は冷房の下、冬はガスストーブの前です。床に座って乾かすと楽だし、お風呂と隣接している洗面所は湿気がこもっていて、乾くのが遅い気がするんです。いちおう、リビングでドライヤーを使ったりしたら嫌がるかしらと思って、結婚したばかりの頃に、「うるさい?気になる?」と聞いたことがあったのですが、「別にいいよ」との答えでしたので、わたしも気にせずきままに過ごしてきました。
ところが、この間パソコンでどこかのサイトを見ていた彼が、「そうそう!」と何やら大きくうなずいています。何かしらと思って横から覗いてみると、こんな記事(2/17をご参照下さい)。
あら、やっぱり気にしてたのかしら。
改めて話をしてみると、「やっぱり、歯磨きしたりドライヤーを使ったりするのは洗面所と決まってるんじゃないかな。それってマナーだと思うんだよね」とのお言葉。
うーん、そうなのかな。ワンルームマンションで10年一人暮らししていたわたしは、ちょっと感覚が狂っているのかしら。でも、実家の家族もかなり気ままに移動歯磨きしていたよなぁ・・・。
わたしは、彼がどこで歯磨きしようとまったく気にしません。もちろん、いつも必ず洗面台でしていることも知っていますが、そうしたい人はそうすればいいし、お風呂場でしたい人はお風呂場ですればいい、くらいにしか思っていません。でも、どんなことでもそうですが、これはこうあるべき、という概念を持ってそれを守って暮らしている人は、それに従わない人に対して批判的なんですよね。怠け者は頑張っている人を見てもなんとも思いませんが、頑張っている人は怠け者に対して、まず間違いなく攻撃的です。
「もっと自由に、心の垣根や既成概念を取り払って、気の向くままに暮らしたほうが楽しいし、楽よ。言ってみれば心のバリアフリーね!」と彼に言ったら、思いっきり白い目で見られました。トホホ。

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コメント (11)

こんばんは(^-^)
いつも楽しく拝見してますvv
みちこさんの話題って身近に感じていて楽しみにしています。

歯磨き・・・私も旦那も洗面所でします。それ以外のところではしたことはないです。
髪も乾かすのは同じ場所。実家では自分の部屋でしていたのが当たり前でした。
どうして洗面所でなくてはいけないのか・・・旦那が嫌がるんですよ。
髪が沢山落ちるから!と。このことはとてもうるさいです。自分が坊主頭(といっても2分刈り)だし、すごく気になるそうです。
結婚したばかりのころは慣れなくて困りましたね。
お互い習慣が違うのを調節するのって時間が掛かりますが、お寺と一般家庭って考え方が違うらしい・・・と言うことだけは確かなようです。

みちこ:

>井上さま
こんにちは!
たしかに!うちも彼は坊主なので髪の毛は落ちません!!でも髭を伸ばしているので、洗面台の排水溝を詰まらせるのは、決まって彼のお髭です(笑)。
でも、ああでもないこうでもないと、譲ったり譲られたりしながら二人の生活スタイルをつくっていくって、けっこう楽しいです。

堀:

みちこスタイルも可。と思うよ。

自分が現在そうですから。つまり、車のなかで、髭剃りから、自動車電話(携帯電話ではない。違反だから)
カーナビ、ETC、など、ほとんど、ホリエモンのように、全部できる。ただし、お経用なので、車は小さいです。
安物だよ。で、生活しているよ。

永平寺では、洗面器、1杯で、顔あらい、歯磨き、頭まで、洗ってたけどね。それも、たった5分でね。

両党使いがいいです。こだわることないですよ。わが曹洞宗は、道元、螢山と、両極端が、開祖だからね。

おひげ、髪の毛もつるつるですが、髪塚というおほらで供養するので、下水にも洗面所にも流れませんよ、かみそりの毛は、折り紙サイズの新聞紙に入るからね。。。流さないのですよ、流しにはね。。。。

KAKU:

髪塚で供養ですか。真宗だと供養的な発想がないので普通にひげを切って(剃って、ではないんですよ。長いから(笑))流しに流してしまいます。
お風呂掃除は僕が担当、流し掃除はミチコが担当なので文句言われちゃいます・・・

さよ:

こんにちは(^^)

私も歯磨きは色んなとこでする派です!!
歯磨きをしてる時って、口の中と右手以外は暇に感じちゃいます。
だから、お風呂上りの歯磨きタイムにはスクワットしたり…有効に時間使ってる気分になります♪
父もベランダの草花を見ながら仁王立ちで歯磨きする人です。
育った環境によって出てくる違いって、面白いですね~☆

荒行から出た彼がクマさんのようになって帰って来ました。
つんつるてんだった彼の頭に髪の毛がごっそり生えている姿が新鮮です(^^)

堀:

みちこ さまへ

KAKUさんが、本願寺の宗旨に、厳格に生きるのは、坊さんなんで、仕方ないけど、坊守さんとしては、釈迦の一般仏教と対面するので、お葬式は、阿弥陀様にのみ、読経し、遺体には、読経しないとか、お香は、場を、清浄にするだけで、念じないとか、歎異抄の世界観とか、と、土民供養を中心に発達した、宗派とは、根本の宗派論は、違うけど、元は釈尊の教えが発端にあるし、曹洞宗だって、ご祈祷は、真言宗から、寺院の経済生活のため、いただいた儀式だし、在家説教は、説教師である本願寺さんからいただいた訳ですし、
南無阿弥陀佛を南無無量寿如来とか言って、本願寺さんのまねがあったり、と、お互い混合しているのですよね。

天皇家の葬儀とか、貴族との、付き合いは、道元が、都落ちしたので、無いわけですよ。

で、そういう違いもすべて含めて、坊守さんとして、受け入れないと、いけないので、広く浅くが、みちこさんの立場だから、細かいことは、いいのですよ。本願寺さんも、OO派と分かれたように、専門はKAKUさんに任せればと、私は、思うのですけど、、、
つまり、やってることが似ていても、数珠ひとつとっても、意味は違う訳ですが、深いところはKAKUさん任せでいいんじゃないかな?と、よその寺のことを、勝手に思うのですが、迷惑な話ですよね。

でも、何か、坊守さんのブログを、男が、荒らしているようで、申し訳ないですね。

みちこ:

>さよさま
こんにちは。
男性は、仁王立ちで歯磨きする人が多いみたいですね。わたしはやっぱり「ながら作業」派です。鏡の前でじっとしていると手持ち無沙汰で。その代わり、お風呂場で磨くときは鏡で口の中をチェックしながら、磨き残しがないように、かなり念入りに磨きます(笑)。
浄土真宗には荒行というものがないので、熊のようになって下山するお坊さんの様子はなかなか想像できないのですが、修行中って髪の毛は剃らないんですね。ちょっと意外でした。

>堀さま
こんにちは。いつもコメントありがとうございます。
わたしは、仏教のことや真宗の教義のことなど、やっぱりまだよくわかりません。でも、ここの寺に暮らす以上は、いつかは彼と同じ目線、同じ気持ちで仏教に向き合っていきたいという理想もあります。
でも、まぁ難しいことは置いておいて、夫婦として過ごす時間の積み重ねが、本当に楽しくて幸せで、こんなふうに自分自身の心を平穏に保っていけることがとってもありがたいと感じています。そんな中で、彼の言動の一つ一つから感じる仏教のエッセンスを、自分なりに噛み砕いて受け入れていこうと模索している毎日です。

堀:

みちこ さま
まあ、気長にたのしく行きましょう。

僧堂で、今でも厳しいところがあり、1制中つまり、約100日間、お堂にこもったままという修行もありますし、摂心といって、年に何回か、7日くらい、全く、座禅と食事とトイレだけということもありますよ、。ですから、熊みたいってよく解ります。

寒行で、冬の川や滝にふんどしだけで、入るってのもやりましたしね。

100日間お堂にいると、曜日の感覚とかなくなりますね。
あと、意思が強くないと、昼、夜とか時間の感覚もなくなります。

おこもり後は、肌着は真っ黒、風呂も真っ黒になっちゃうので、びっくりです。1人入っただけなのに。。。

で、こんなのを、何年かやると、お山から、逃げていく子や、インテリで自殺しちゃう子も僕の時代は、ありましたけど。。。東大卒の子が自殺しちゃいました。別に、いじめとか無かった子なんですけど、頭で理解しようとして苦しかったらしいです。僕は、馬鹿だから、大丈夫だったけど、普通の工学部出ですので、仏教系の学校ではないので、それなりの苦労はありましたけど。

うーん。熊みたいか。そうだろうなあと、なつかしく思い出しますね。

僕は、結婚して、子ども3人おいて、出家しましたので、2年間、完全別居状態でした。電話も駄目という世界でしたけどね。

本願寺さんは、現代文で、読経の途中でも、お導師が話されるから、解りやすいですよね。

KAKU:

「本願寺さんでは~」という記述がありますが、僕は浄土真宗の坊主でありますが、ここ「彼岸寺」においては超宗派仏教ウェブサイトに集う僧侶「彼岸僧」の一人としてコメントを書いております。自分のバックグラウンドが真宗なので真宗色が出てしまうことは多々ありますが、そのあたりを加味して「彼岸僧」及び「彼岸人」のコメントとして受けとっていただけると助かります。
元々、「お寺に嫁ぐということ」は、一介のOLであるミチコが「寺」という特殊な背景をもつ家庭、もしくは宗教を持っている個人に嫁ぐことによる自分の感覚とのギャップを紹介してゆき、その中でお互いに気が付かなかった部分を発見していこうという視点で始めました。ですので、宗派間のギャップよりはむしろ仏教(宗教?)とOLのギャップに注目していただけると面白いと思います。

こんにちは!
我が家では歯磨きする場所は二人とも洗面所派なので全然問題にならないのですが、「爪きり」を何所で行うか、何所に切った爪を一旦置くのか、で意見の相違があります。
このへんは怠け者、頑張り屋とは違う問題ではないでしょうか。きっと、何をどの点で汚いと思うか、の部分じゃないでしょうか。

我が家ではそういったお互いの「常識」の違いを「異文化コミュニケーション」と呼んでいます。

私は神道を生活の中心に据え、月例祭を行ったり、お肉も鶏肉以外を食べない生活、でも、報恩講を自分の家でお寺さんと親戚を招いて執り行っていたりする、ちょっと宗教マニア的な変わった家で育ったので、普通のサラリーマンの家で育った主人とは神棚、正月、神社等々について全然感覚が違うので正月などは常に異文化コミュニケーションです。みちこさんのブログを拝見していると色々気付かされたりします。私はみちこさんと逆で、自分の宗教を相手に尊重してもらう側ですが、嫁いでしまった以上、宗教的な行事がある日突然無くなると、(仏壇も無いんですもの…)それはそれで自分と宗教との関係を見つめることになりました。

みちこ:

>植月さま
こんにちは。お久しぶりですね!
なるほど。わたしとは反対のケースですね。植月さまのコメント、わたしも興味深く感じました。
自分と宗教の関係ですか。わたしにとっては「必要なかったもの」なので、それを大切に生活の中心にすることにまだ違和感を感じますが、そんなわたしと暮らすことは、彼にとってもまさに「異文化コミュニケーション」なんでしょうね。この言葉、わたしたちもよく使うんですよ!

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寺とは縁もゆかりもなかった女の子がお坊さんと恋をして、お寺に嫁ぐ。このケース、実は最近けっこう多いんです。このコーナーでは実際にお寺に嫁いだ寺嫁(てらよめ)の視点から、恋愛・結婚・出産・子育てなど、お寺での生活について現在進行形で体験レポートしていきます。
みちこ
ふつうのOLから思いがけず浅草のお寺に嫁ぐ。子どもと旦那(お坊さん)の世話に追われながらお寺を切り盛りする忙しい日々。