2006年2月 9日

わたしは結婚前、損害保険の会社に勤めていました。なので、今でも各社の商品やコマーシャルには、少なからず興味を持っています。
去年の暮れのこと。わたしの勤めていた会社と、別の外資系企業の二社が寺に営業にやってきました。二社とも商品の内容に多少の違いはありますが、言っているのは大体こんなことです。

「ご主人に何かあったとき、企業であれば年金や退職金が出ますが、お寺にはそういうものがありませんから、万が一の備えとして生命保険をご用意ください。死亡保険金はもちろん、葬祭費用なども補償されます」

しかし、隣で話を聞いている彼は、いまいちピンとこない様子です。

彼はMBAを持っているだけあって、お金の計算が大好きです。というか、現実的で慎重な性格なので、実際に金融商品を買うより、買ったと仮定して値動きをシュミレーションすることが楽しいみたいです。その彼が、営業マンの話にいまいち浮かないお顔。しばらくしてようやく口を開きました。
「寺で住職の葬儀を出したら保険でまかなえる金額では済まないので、葬祭費用は要りません。死亡保険金も、一時的なお金であれば結構です。僕が必要だと感じているのは、もし僕に何かあってお経が読めなくなっても、家族の衣食住が保障されるという安心です」と。

作家・水上勉氏の著書の中で、こんな話を読んだことがあります。水上氏が若い頃に長くお世話になっていた寺では、住職が亡くなったあと、妻子は寺を出て行ていかなくてはならなかったそうです。寺の建物や土地は住職一家のものではなく、檀家全員で守っているものですから、僧侶としての役目が果たせなくなった者には、そこに住み続ける資格はないとされているためです。寺を出て行く妻子は、何一つ寺の物、そこに暮らした家族の思い出の品さえ持ち出すことは許されず(実際には住職が漬けていた梅干の甕をひとつだけ持ち出したとのこと)、文字どおり着の身着のままで退去したそうです。そして、こんなふうにして路頭に迷う僧侶の家族が、いくらもいたそうです。
浄土真宗では公に結婚が許されているので、僧侶も結婚して子を生し、住職が他界する頃には子である副住職が立派に育っている場合がほとんどで、よって妻子が寺を追われて路頭に迷うということはまずありません。しかし、住職が若くてして亡くなってしまったら、一体誰が法事や葬儀を執り行うのでしょうか。そこに寺があって墓があって僧侶が必要とされているわけですから、一刻も早く誰か僧侶の勤めが果たせる人間を用意しなくてはいけません。

だとしたら。寺にとって何よりの保険になるもの。それは「家族が得度をして僧侶になること」です。つまり、彼に何かあったときの保険になるものは、保険商品でもお金でもなく、わたしがお坊さんとしてお経を読むこと。これがあれば、彼亡き後もそれまでと同じように暮らしていくことができるわけです。

でも、そんなの変、だと感じます。僧侶って、お経って、そういうものじゃない、と思うのです。前々回のコラムとかぶってしまいますが、やっぱり信仰や志があってこそ、資格が得られるものだと思うんですよ。今のわたしには、とても手が出せない尊いものです。
でも、じゃぁもし明日、住職夫妻も彼も一度に亡くなってしまったとして、わたしひとり残されて、痴呆のおばあちゃんとおなかの子を抱えてどうやって生きていくつもり!?と問われたら、正直すごく困ります。結婚前の仕事も辞めてしまったし、寺を追われたら家を借りるほどの蓄えもないし、というかひとりで家族のお葬式を出すなら膨大な借金をすることになるし、借金を返すあてもないし、出産費用だってどうすればいいか分からないし。実家を頼ると言っても、実家も祖父母の介護で大忙しのところに、痴呆のおばあちゃんと新生児を連れて帰るのはかなり無理。
そうだ、わたしがお坊さんになるしかない。お坊さんになってお経をよんで、家族を養っていくと腹をくくるしかない。もはや、「坊さんは生き様なんか関係ねぇ、生活費だ!」というわけです。

ああぁ、難しい。いや、難しいことなんてないのかな。寺に住む資格がなくなったのなら、潔く出て行けばいい。それが本来あるべき姿なのだから。志のない者が、もっともらしい顔をしてお経を読むなんて、あってはならないこと。
でも、母親になろうとしている今、生まれてくる子に「ママは自分の信念を曲げたくないから、明日から路上で生活するね。寒くて死んじゃったらごめんね」とは、絶対言えない。

「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない」とよく聞きます。わたしは、「キレイ事で生きていってはいけない、キレイ事でなくては生きていけない」と感じています。
幸い、今日も一日無事に終われそうです。でも、けして明日の保証はない人生。理想と現実の折り合いをつけていくバランス感覚を身に着けないと、寺に暮らすことは難しいです。

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コメント (11)

先日はご丁寧なお返事、ありがとうございました。
我が家は 保険、入ってます!
だって、不安なんですもの。
夫が突然いなくなったら、あるいは住職としての仕事ができなくなったら。
近隣では 新たに土地を買って家を建てて 家族が移り住んだとか、奥さんが修行して資格を取ったとか、息子さんの成長を待って本山に行かせたとか、むりやり妹に跡をとらせたとか、そりゃあもう 色んなお話が聞けて、不安で不安で。。
でももう子供も大きくなってきたから、何とかなるかしら?
って、そんな話ではないんですよね。
でも お寺の後のことは 何とかなるようにしておく責任はありますね。
私ももう資格はもっていても 知識が古いので 同じ職種に就職もできないでしょうし、年金はあてにならないし。。あれ、愚痴になってしまいそうです(笑)

こんばんは!みちこさん。
保険・・・実は私のとっても少しタイムリーな話題です。
ご主人がおっしゃるの半分わかります。確かにお寺さんの葬儀費用って一般家庭よりかかるんですよね。というのも来て頂いたお坊さんへ返香(逆なら献香・・・お香典ですね)を出さないといけないし。
ただ・・・健康面ってどこの人も一緒だし、退職金もないし・・・。私は共済入ってます。旦那は義兄が保険会社勤めてる関係で入ってます。
やっぱりご主人は自分のお子さんが必ず後を継ぐものだ!という考えなのかもしれませんね。

浄土真宗だからというわけではなく、すでに長いこと妻帯が当たり前のお寺事情ですが、やはり他の宗派でも資格のない寺族は住職がいなくなったら出て行かなくてはいけません。だから奥さんが僧侶資格をとる方がうちの宗派でも結構いますよ。私は・・・関東ではまったく寺院のない宗派なので(汗)気が進まずなにもしていません。

共済だけでは不安なので、他にもう一つ入りたいと思っているのですが、未だに考え中です。

KAKU:

福寿草さま。

いざとなった後の跡とりの話、本当に色々なことを耳にします。
そのときにいつも思うのが「お寺」と「家族」の両方をひとつにまとめて「保険」をかけるという発想ですよね。
自分に「万が一」が訪れたときに「お寺」も「家族」も両方助かるには一番いい方法は記事中にあったとおりです。
でも、この考えはお寺を所有物としてみていることの裏返しでもあります。
お寺にもう少し公共的に意味を持たせようとする中で、お寺の今後と家族の今後を別々に考えて、それぞれが保障されるような保険を各々考えていく必要があるのではないでしょうか。

堀:

そうか、葬式か、お袋のときも、700万円は、かかったし、親父は、1,500万円コースか。でも、オレは、修行僧並みで、1万円で行くか。

そう、寺の住職、とか、寺の坊守とかの肩書きでするから、高いのよね。僧堂へ、出家するときは、死を覚悟して、出家するので、袈裟こおりの中に、袋を、テープで貼り付けて、1万円で、終わりだよ。って、解決にならないか!。うーん。貯金しなきゃね。保険で出る葬儀代で、とても済まないでしょうね。

で、本願寺さんと違って、禅宗系は、もっと、坊守(お庫裡)に、冷たくて、大体、妻帯しないのが、原則だから、奥さん、子供の生活保護なんて、考えは、ないというか、遅れていますね。で、結局、他人の有資格者が、寺を継ぐ訳で、現実、わが父以前は、全部、他人で、ございましたです。

結局、借家住まいですからね。法を守る人以外は、寺には、不要なんでしょう。本願寺さんが、ある意味、一番進んでいるのかも。。。住職資格の修行年限が、一番短いし(衣の色とか、面子とか、考えなければ、長子男子なら、即OKみたいなところあるし。住職権だけの修行が一番短いし)普通の工学部出は、2年コースですからね
禅宗系は、女性は、剃髪して一生丸坊主ですからね。本願寺さんのように、儀式だけでないので、難しいかも。でも、結局、仏教って、おじいさんよりおばあさんにささえられている気がするので、本願寺流も在りかなあ。現実、女性住職も、みえますものね。

ただ、おばあさんは、女性には、厳しいので、大変だろうなあ?僕みたいに、ルーズでも、男は、なぜか、許してもらえるですよね。今自分も、入院とか介護とか、保険も考えているけど、法律的にいうと、坊さんは、社会保険、厚生年金、労災保険と財形とか、いろいろ保険に入って、源泉徴収して、普通の会社員と同じシステムなんだけどね。法律的にはね。国民健康保険、国民年金の人もいるけど、本当は、社会保険、厚生年金なんだよね。

寺の保険については、退職金引き当て保険とか、いろいろ会社の経営者保険も法律的には、入れるし、本来は、入るべきなんでしょうね。一般の会社は、社長が、死んだら、何億って入ってきて、自社株を買わないと、ホリエモンのM&Aのように、買収されちゃう訳だから。。。ちょっとした企業の若専務が、月収500万円とか言ってたけど、生活は月収30万円くらいの生活でした。なぜ、って聞いたら、自社株を、親父から引き継ぐまでに、50%取得するには、額面月収500万円で、実際の生活は30万円でないと、会社が潰れるからと言ってました。この経済思想でいくと、かなり収入をとるか、何でもボランテアというか、非課税NPO法人と同じ、宗教法人寺院規則にするかですよね。で、後者は、結局、血縁での寺の引継ぎは、原則、できないですから。。。坊守って、家付ホームレスみたいなものですよね。。。

本来は、もっと会計とか法律とか詳しくないといけないのに、内局ってあまり勉強しないから。。。
なお、親父の代に初めて、OO寺寺族の墓というのを、作りました。だって、結婚しなかったから、坊守の墓って、今まで無かった訳で、お袋が、初めてなんですよね。

坊さんの格好の円筒型の墓には、入れないのですよ。これで、結婚しない娘とかできると、また、お墓も考えないと、いけないよね。。。

でも、情操というか「聖」の教育をしていけば、男子でも女子でも、いいんじゃないかな?って愛子様が女性天皇でも、まあいいかって時代だから。。。寺院会計上は、引き当て金勘定をつくるべきで、その運用を保険にするのか何にするのか、ですよね。

経済と仏法は、正反対な部分もありますが、根本でなく、布教という面では、経済は、必要でしょう。とにかく、法人なんだから。。。

くだらん話で、申し訳ありませんでした。俗世のお話ですよね。

ちっころ:

うちでは、堀さまの仰るところの『退職金引き当て保険』に入っていますヨ。
いつか次の世代にお寺を引き継いでもらう時になったら、退職金のような形でお金を手に取ることが出来ます。
また、住職が亡くなってしまった時は、妻に支払われます。
貯金のようなものですが、個人ではなく法人で毎月支払えますので良いと思います。

堀:

みちこさまへ。

葬式、読経仏教を辞めれば、女性で充分、生きていけますよ。
京都のような、観光寺院。瀬戸内寂静さんのような講演、説教師、宿坊もあれば、世の中、全く違うところで収入を得ていて、坊さんっていますよね。

最近は、タレント坊主なんかもね。

で、女性の時代ですし、第一、日本に初めて、百済から仏教を伝来したのは、女性ですし、仏教を広めたのも、女性天皇だし。。。

形にこだわらなくても、いいんじゃないかな??

みちこ:

>井上さま
こんにちは。
>やっぱりご主人は自分のお子さんが必ず後を継ぐものだ!という考えなのかもしれませんね。
世襲についてはもちろん賛否両論あるのですが、お檀家さんの声を聞くと、やはり「自分の葬儀は知った顔に任せたい」という雰囲気も感じます。わたしたちが結婚したときにも、「若住職がオムツの頃から知ってるのよ。」「俺の葬式もこれで安心だ!」などとかなり言われましたし、子供が生まれたらまた期待されるんだろうなー。そういうお気持ちは、嫌ではないです。嬉しくも感じます。
世襲の良し悪しはともかくとしても、実際に期待や需要があることは、ひしひしと感じますね。

KAKU:

えと、色々な話が出ているのですが、まず誤解を解くように話しておくと、本来の保険商品の意味では私たちは何の問題も感じていません。保険もあわせた金融商品のポートフォリオは僕の専門分野なので(笑)。
僕とミチコが話しているものは、保険の基本理念である「損害の発生した以前の状態に復する費用を補填する」という考えと、仏教の基本理念の一つである仏教の基本理念である「無常観」ということの不一致により生ずる葛藤についてです。
自分たち家族と寺院という法人に対しての「保険」をかけることに対するメリットと、信仰心が確立されていない人が後を引き受けることに対する後ろめたさ、そういった葛藤を抱えてこの記事を書いてみました。
いかがでしょうか。

堀:

釈迦の考えを持ってくれば、その個々の寺院というものを中心と考えると、法人存続のための担保確保は、愛を標榜するキリスト教より、あってしかるべき、贅沢は不要だが、自己基盤は、必要。
なお、自分を振り返れば、信仰心とかも結局、自分のものでない寺を自分のもののように、財産や気持ちをつぎ込んできた歴史とそのつぎ込まれた寺の住職となって初めて目覚めるというか、親父が生きていて元気なうちは、あそこの寺には、やんちゃなガキがおるぞ、って感じで、重みは住職になってから、ボチボチでんな。は、は、は。。そんなに諸行無常にこだわらなくても、そこから、飛躍して法灯を燈せば、いいんじゃないの?
KAKUさんって、まじめ。。。で、資産管理ポートフォリオの専門家なら、現状、一番、先物取引とか、危ないものに騙されているのが、世間知らずの坊さんですし、元本保証でないなら、チャートの見方とか、トレンド曲線、ローソク足とか、何にも知らないし、現先取引とかそういう取引環境に持っていける、寺院規則や租税特別措置法や地代法人税の宗教法人低廉貸付による納税免除とか、本堂再建築引き当て金などの経理規定整備とか、ほとんど一番、遅れている法人でしょう。

KAKUさんに、講師で教えてもらうとか。。。。

で、法恩講ではないですが、いかに、果実を再配分をするかって考えればいいんじゃないの?

飢饉のときの、炊き出しって、昔の寺の仕事だったので。。。

うちの近所の寺は、外国に学校を寄付して、毎年維持費を負担している寺もあるし、結構、すごいこと、やってる寺が多いです。株式会社をいくつも持ってるところもありますし。。。で、その上がりで、商店街のシャッターを開ける運動してたり。

KAKU:

法人を存続させるための財政基盤と、法人の上に乗っかっている個人の生活を存続させる財政基盤、これがごちゃごちゃになると、本来の役目が見えにくくなってしまいますよね。
保険も、株式会社も、寺も、坊主も、たまには原点に戻って、これは何をするためにその存在があるのかを確かめる必要があるんでしょう。
どんな時代でも一番大事なのは原点を知り、現状に合わせていくバランス感覚なんではないでしょうか。

たいへんですね:

本願寺さんは、決して血統相続ではありません。法脈で相続されているそうです。本願寺派(西本願寺)の末寺さんも昔は継承者は入寺(養子)が多かったそうです?よ、今でもあくまで法脈で相続だそうです。真宗は大乗仏教で、かつ在家仏教であるので、肩書きや性別によって別をみるようなことがないそうです。また住職の修行(のようなもの)が長い短いという時間の概念縛られる必要が無いそうです。(真宗では、時間の長短や人間のする事に無駄にこだわることを我執とか煩悩というそうですよ)私にはまだよく分かりませんが、また真宗ではお墓の石の下に入ることを仏道(人生)の目的にしていないので、そもそも死んで墓に坊守が入れないとか全く問題にならないそうです。ありえない悩みだそうです。
みちこさんは真宗でよかったですね。

《妻帯しないのが、原則だから、奥さん、子供の生活保護なんて、考えは、ないというか、遅れていますね》
って発言おかしいと思う、禅宗系さんは妻帯しないというルールを(戒律なのか?)現在ただ破っているだけでしょそれを、破ってる人達が「遅れてる」のは絶対おかしいと思いますけど・・・物盗んで居直ってるように聞こえますけど・・・
《葬式、読経仏教を辞めれば、女性で充分、生きていけますよ。
京都のような、観光寺院。瀬戸内寂静さんのような講演、説教師、宿坊もあれば、世の中、全く違うところで収入を得ていて、坊さんっていますよね。
》って仏事を断片的に考えているのかな。その様な考え方を真宗ではこもう分別(漢字は知らん)といい迷いというらしいです
葬式、読経、説教師、宿坊って全部目的が同じであって、お金は後からついてくるて感じにおもってました。みちこさんがいってる不安?のようなもののと論点が違うような気がします
《葬式か、お袋のときも、700万円は、かかったし、親父は、1,500万円コースか。でも、オレは、修行僧並みで、1万円で行くか。》
堀さんは禅宗の檀家さんですか?真宗は住職でも50万円もかからんそうです。他の宗派さんは葬式ひとつとってもお金の心配が大変ですね。生きとる内は執着はつきませんね。憂うことや他と比較するだけでも執着ですって、きびしな・・・それでも救いの道が開けているのが浄土真宗の人生そのものを道場として生きる仏道だそうです。だから真宗の門徒でよかったと思うこのごろです
(当然、お金がかからないということいがいでもね、うちとっこの住職はいろいろ質問してもきさくに教えてくれる優しい・・・のんきな人です) 
お寺の承継は、門徒としてはまじめな人ならだれでもいいです。血がつながってなくて全然もんだいありません、血がつながっててもやる気の無い人はねぇ・・・こまりますよ、会社もお寺も、ホントにね

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みちこ
ふつうのOLから思いがけず浅草のお寺に嫁ぐ。子どもと旦那(お坊さん)の世話に追われながらお寺を切り盛りする忙しい日々。