2006年1月30日

「お寺に嫁ぐということ」を始めてから、「わたしの彼もお坊さんです」、「わたしも在家からお寺に嫁ぎました」というコメントをよくいただきます。というか、わたしのコラムにつくコメントは9割以上がそんな女性からの投稿です。自分のことを棚に上げて思うのは、みんな一体どこでお坊さんと知り合っているんだろう!?ということ。わたし自身、生まれて初めて出会ったお坊さんがKAKUですから。

それはさておき。わたしは今でも、お寺に嫁ぐのは、やはりお寺のお嬢さん=お寺に生まれ育った女性がいいと思っています。そのほうが、嫁ぐほうも迎えるほうも、余計な苦労がないと思うのです。以前のコラムでもたびたび書いてきましたが、寺の習慣、仏教の考えた方について、わたしにはどうにも腑に落ちなかったりわけがわからなかったりすることがよくあります。そこで彼に相談すると、生まれながらの寺の人間である彼には、どれも当たり前すぎて説明する言葉を持っていないのです。そこを自分の納得が行くまで問い正すと、彼は自分を否定されたような気持ちになり、追い詰められて心を閉ざしてしまいそうになります。でもそこで話し合いを諦めてしまうと、わたしはものの道理も分からないまま、ポーズだけお寺の奥さんぽいことをして過ごしていかなくてはならなくなります。それはしたくないのです。

わたしたちは、本当によく話し合いをします。時にはお互いに興奮して、彼は語気を荒げ、わたしは泣き出し、夜通しの口論になることもありました。それでも語り合うことをやめはしませんでした。性も違う、育った町も違う、これまでのキャリアも宗教も家族観も違う、そんな二人が夫婦になってお互いが幸福でいられる家庭を築いていくには、コミュニケーションを諦めないことしか方法がないと思っているからです。でも、それを続けていくのはとても体力のいることです。お互いに良かれと思って、それなりに紆余曲折で歩んできた人生に疑問を投げかけられ、改めて自問自答を迫られ、違う価値観の相手に理解してもらう言葉を見つけなくてはいけないわけですから。

もちろん、どんな結婚にも夫婦にも同じような苦労は必ずあると思います。ただ、わたしたちの場合やっかいなのは、争点が宗教であることです。合理的・科学的な回答が出せない、世論・大衆論も持ち出せない。信仰は心の問題だから、結婚したからといってたちどころに敬虔な仏教徒にはなれないのに、現実には模範的な仏教徒としての行動を求められる。拒めば嫁として不適格と烙印を押されかねない。信心がないということは、寺では即ち人格否定にも転じます。でも、信じていない宗教を受け入れて生きていくのは自分もつらいし、その宗教に対しても家族に対してもかえって失礼ではないのか。だいいち、信じていないとも言い切れない。日本人の生活習慣として身についている教えだってたくさんある。

例えば、わたしも幼い頃から食事の最初と終わりには「いただきます」「ごちそうさまでした」と手を合わせていました。本当に何気なくしていたことですし、それがお行儀がいいと思っていました。でも、今はそうやって手を合わせる行為を「合掌」だと感じます。だとしたら、それは宗教行為です。そう思うと、今までのように無邪気に手を合わせることができなくなりました。まるで、海外旅行でまったく知らない宗教の施設を観光で訪れて、その教えもお祈りの仕方も知らないのに、見よう見まねポーズだけ礼拝をしてみたときのような気持ちなのです。わたしは、もともとそういう行為に違和感を感じる性質です。その宗教を侵害しているようで、自分が嘘つきで偽善者のように思え、落ち着かない気持ちになるのです。

わたしのように理詰めで考えず、それはそれとして、小難しいことを考えず素直に寺に染まっていける人もいると思います。そのほうが自分も周囲も楽だし、求められる姿として正しいのかもしれません。

実際、寺にとって宗教はそれ自体に留まらず「仕事」でもあります。わたしはOL時代、上司や先輩に逆らったことはありません(たぶん)。仕事だと思えば、そこには契約も報酬もあるわけですから、問題意識を持つ隙はありませんでした。でも、宗教はビジネスではない。ビジネスではないけれども、寺においては明らかに仕事としての側面を持つ。仕事としての仏教と、宗教、信仰としての仏教。どちらかに確かな優先順位をつけることができれば、もっと簡単なのかもしれません。ところが、よりによって「坊さんは職業じゃねぇ、生きざまだ!」なんて言っている人に嫁いでしまったものですから、わたしの心の混乱はまだまだ解決の糸口を見出せないままです。

あ、くれぐれも、在家の人間はお寺に嫁がないほうがいい、なんて言うつもりはないんですよ。わたし自身、KAKUと出会って結婚し、毎日がとっても幸せです。どんなにぶつかることがあったって、だからこそお互いの理解が深まるし、お互いがかけがえのない存在になっていくことを実感しています。ただ、僭越ながら親心?としては、お寺の娘さんをもらっていれば丸くおさまるのになぁ、って思ってしまうのです。これをあるお坊さんに話したら、お寺同士の結婚のほうが大変なんだよ、なーんて言われてしまいました。隣の芝は青く見えるものですね。

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コメント (47)

ちっころ:

みちこさん、初めまして!
わたしも『コメント9割以上』グループに入る在家からの嫁です。

ばりばりアパレルOLからの華麗な?転身だったので、
「ちゅーいん」「しょーつき」「がっき」などの、今思えば初歩的な言葉さえ全然わからず・・・、
しかし周りは当然知っているものとして私を扱うので、結構パニックになりましたよーー!

早くも7年になりますが、いまだワケのわからないことだらけです(笑)。
お寺や宗教についての考えでブチ切れて、泣いたりお茶碗投げたりってこともありました。家出はしょっちゅう!(え?今でもだったりして・・・)。
いつお客様が来るかもわからないし夜中でもお葬式の電話が鳴るし、いまだに庫裏では熟睡できない感じです(あ、ちょっと愚痴がはいっちゃいましたね、ごめんなさい)。

でも、「お寺同士の結婚のほうが大変」という意見は大正解だと思いますよ!
お寺によって習慣が違いますし、
その染み付いた習慣を、同じお寺とはいえ違う場所で軌道修正しなければならないのは結構苦痛かと思います。

「全然わかんなーーーいい!」と威張って?言える在家の嫁のほうが絶対強いですよ!!
だって、そんなわたしを選んだのは他でもないお坊さんなんですから♪

先日偶然このHPを知り、みちこさんの存在も知りました(主人は多分お会いしていると思います~)。
ひとつひとつよく考え進んでらっしゃるところが素敵です。
とても素直な文章に、うーーーんんと年上のわたしまで勇気と元気をもらっていますよ!
いつかお会いできるのを楽しみにしていまーす。では、では、また!

瀬野美佐:

曹洞宗の寺の娘で、瀬野といいます。
今日、はじめてブログ見て、こういう人も居るんだな、ってびっくりしました。コメント寄せて良いですか?

みちこ:

>瀬野さま
コメント、是非お寄せくださいませ。
お待ちしております。

匿名:

まだ結婚もしていませんが、
「うんうん!そうそう…」と唸りながら読ませてもらいました。

私が彼と知り合ったきっかけは、
彼の友達の紹介でした。
友達は、私がクリスチャンだとは知らず、
良かれと思って引き合わせてくれたのでしょう♪
「家はお寺」と聞いてからは、恋愛対象外として見ていたのですが…
何故か今は付き合ってますね。。
人生、何が起こるか分かりません(^^)

私は小中学校時代、給食を食べる前、食べた後の「手を合わせて下さい」の号令に、
密かに反発してやってませんでした。
幼心に違和感があったのかもしれません。。
実は今も、給食が出るところで働いていますが、
未だに手を合わせてはいません。気にもしてませんが。

この前初めて、彼が祈祷してくれた時に、手を合わせる「合掌」というものをしました。
雰囲気にも圧倒されたのかもしれませんが、
なんだかすごく不思議な気持ちになったのを覚えています。

こんな私がお坊さんの恋人でイイのかしらん♪
なんてのん気に思ったりもします☆

レイチェル:

みちこさん初めまして!私も旦那さんがお坊さんです。2ヶ月くらい前から拝見しています。みちこさん妊娠されたんですね。おめでとうございます。実は私も一度流産しています。今は気持ちを切り替えて、次の妊娠に向けて頑張っているところです。みちこさんもこれからも頑張って下さいね!

annji:

お寺に嫁ぐのは在家からの人間よりもお寺で生まれ育った女性の法が何倍も馴染みが早くとまどいが少ないであろうという意見に私も同感です!在家から嫁いだ私にとっては心から強く感じることです。結婚してしばらくマンションに住んでいたときはさほど感じなかった事が、いまやお寺に入りお寺を守るという行為がとてもとても重圧に感じます。
まだ半年もたたないのに…前にみちこさんが言ってたようにいざ嫁いでしまうと、狭い寺社会の中でうかつに自分の話もできず、私がいるのは禅宗の本山なのですが、たくさんの塔頭があるにもかかわらずみながとても遠くに感じて本当に逃げ場がないように思えて孤独感でつぶされそうになります。
こんなことではだめだ。自分で決めた相手と恋愛し自分で決めた結婚なんだと言い聞かせてはみるのですが、私の至らなさが溢れ旦那様とはよく言い合いになってしまいます。なんか湿っぽいですよね。ごめんなさい。結婚前は本当に楽天家で元気だけが取り柄だったのですが…早く自分自身の居場所を見つけたいと思っています。

みぃ:

はじめまして、みちこさん。
今まで、お坊さんの事、宗派の事など気にした事もなかったのですが、この間『祈願』してもらった時に会ったお坊さんにドキッとしてしまい、それからお坊さんの生活はどんな風なのだろう?お坊さんの奥さんになったらどんな生活になるんだろうと色々気になるようになり検索していたら、みちこさんのブログにたどりつきました。
私も普通のOLです。
普通のOLでもお坊さんと結婚されてる方はたくさんいるんですね。
私は、今会社員の彼がいます。
もちろん、彼の事は愛してます。
でも、そのお坊さんにあってから頭から離れません。
会うこともないので、そのお坊さんとは恋愛に進む事もないですが・・・。
お坊さんにドキッとしてしまうなんて、今まで考えてもいなかったです。
あまり考えると余計にドキドキしちゃうので早く忘れようと思います・・・。
でも、また遊びに来ますね。

みちこ:

>ちっころさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
そうそう、最初はまず言葉がわからないんですよね。これが会社だったら、新入社員教育用のマニュアルなんかも整っているのですが、何しろ寺が新人を迎えるのって、義母の嫁入り依頼ですから、お互いに手探り状態で・・・。
結婚7年目ですかー、それでもやっぱり大変なんですね。いつまでたっても、そのときそのときの苦労も喜びもあるものですよね。だとしたら、わたしも無知の強みを発揮できるのは、今のうちかもしれません!?
ご主人とはお会いしたことがあるそうで・・・どちらでだったのかしら?今度はちっころさまにも是非お会いしたいです。
これからも彼岸寺をよろしくお願いいたします。

>Anonymaousさま
こんにちは。コメントありがとうございます。
わたしも中高のおよそ6年間、近所の教会に通っていました。洗礼は受けていませんが、そこで感じとった「宗教・信仰」というものの印象と、寺での生活はやはり少し違うので、そういう戸惑いもあります。特に浄土真宗は宗教よりも学問に近いとも言われていますので、その違いも顕著なのかもしれません。
まだご結婚は決められていないとのことですが、正直、恋人のうちはなんだってアリな気もします。でも、結婚となるとやはり二人だけの問題ではなくなり、摩擦は怖いほどに顕在化し、ちょっとしたことで気持ちがすれ違ってしまうこともあると思います。日頃から、違う文化を持つ者同士として、彼とのコミュニケーションは密にしておきたいものですね。

みちこ:

>レイチェルさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
流産後ということで、今は充電期ですね。わたしは二度目の流産で手術をした後、静養と気分転換を兼ねて伊豆に一泊旅行に行きました。なかなか寺を空けて外泊なんてできないので、快く出してくれた両親に感謝感謝です。とっても良い思い出になりました。
今はすっかり安定期で、激しすぎるくらいの胎動に悶絶しています(笑)。
レイチェルさんも、次の妊娠に備えて、じっくり養生してくださいね。
これからも彼岸寺をよろしくお願いします。

>annjiさま
こんにちは。コメントありがとうございます。
最初に少しでも夫婦だけの生活をしてしまうと、寺に入るのが余計に苦痛になるでしょうね。わかる気がします。そのうえ禅宗の本山にいらっしゃるのでしたら、気苦労も重圧も孤独感も、わたしの想像をはるかに超えているのだと思います。できることなら、一度お会いしてゆっくりおしゃべりでもしたいですね。インターネットでもないと、宗派も地域も違うお寺の奥さん同士でお話できる機会なんて、滅多にないですから。

りん:

ミチコさん、こんにちは。以前からよくこちらを読ませてもらっています。

実は、私の彼も浄土真宗のお坊様。そして私は在家です。やはり同じようなことで悩み、考え、模索するものですね。それでも、決して諦めずに、自分の中におこる小さな疑問にも目をそらすことなく向き合うミチコさんの姿勢には、とっても励まされていますよ。ともに歩むKAKUさんも、きっとステキな方ですね。

合掌は、彼とお付き合いを始めてからひっかかりを感じるようになったことの一つです。もちろん、食事を前にすると、必ず行う行為ではあったのですが、彼と知り合い、彼のもつ思想にふれていくうちに、だんだんと自分の行う合掌が軽率で不自然に思えてならなくなってきました。教えも受け止めきれていない、信心もない、でも合掌を真似して無理にスタイルを作る。このギャップに、気持ちが追いついていかない自分があります。その傍らで、真摯に合掌している彼の姿。仏教に対して真剣な様子を知れば知るほど、何だか自分がとっても軽々しく思えて(全くそんなつもりはないんですが)、後ろめたいような気持ちになってしまいます…。

それでも、真似をしながら身についていくこともあるのかもね…と、とりあえず、のんきに自分を馴染ませてみようとしてみたり。気分が沈んでいるときに、前向きな言葉を使うと自然に気持ちまで明るくなってくるように、もしかしたら、少しずつ「何か」分かってくるのではないかと思ったりもします。ご法話に集まって来られるおばあちゃんたちのように、自然と手を合わすことができるまでには、どれだけかかることやら…です。

戦う若坊守:

初めまして。いつも楽しみに拝見しています。お寺で育ち、お寺に嫁いだ人のコメントがまだないようなので、僭越ながら私から一言。結婚して5年。いまだに毎日が戦いです!宗教のこと、習慣のこと、同じような環境に生まれ育った者同士でも、黙っていてわかりあえるなんてことはないですよ。「コミュニケーションを諦めないことしか方法がない」。私も同じです。逆に私が寺の娘だからこそ丸くおさまらないこともしょっちゅうです。
もし、お寺の娘であることの利点をあげるとしたら、母や祖母たちのお寺のお嫁さんとしての苦労を見て育ったことでしょうか。みんな「戦う坊守(お寺の奥さん)」だったような気がします。(うちの家族だけ?)

まーちゃん:

みちこさん初めまして。私の彼は曹洞宗のお坊さんで付き合って約半年経ちます。彼が早く結婚をしたいと言うのですが周りの人からはお寺は大変だから結婚はやめた方がいいよと言われるので不安になっています。彼はそんな事ないよ、同じようにOLしてた女性と結婚したお坊さんがいるから会って話を聞いてみる?とか気を遣ってくれますが実際にどんな事をしないといけないのかが分からないので何が大変なのかもよく分かりません。こんなブログがあればという私の思いにジャストミートだったので見入ってしまいました。これからも頑張ってブログ続けて下さいね。

みちこ:

>りんさま
はじめました。コメントありがとうございます。
彼が真剣に向き合い守っているものだからこそ、わたしも同じ目線で見られるようになりたい、って思うんですよね。所詮、キャリア?が違うのだからおこがましい話なんですけど。彼はまずはじめに仏教ありきで、そこから恋愛なり結婚なりが生じてくる。でもわたしは、まず彼があって、その次に仏教。これがまずいのかしら・・・。
でもまぁ、悩みも諦めも、あまり根を詰めず、自然体でいようと思います。あまり深刻になりすぎて、自分自身の心の平穏を失ったら元も子もないですからね。
これからも彼岸寺をよろしくお願いします!

>戦う若坊守さま
おー、寺から寺へ嫁がれた方のご意見、待ってました!コメントありがとうございます。
そう、どんな境遇にあっても、誰だってどこだって苦も楽もありますよね。寺と在家の違いだけじゃなく、地域や世代の差もありますし。黙っていたんじゃ分かり合えない・・・まさにそのとおりだと思います。そんなとき、寺には話し合う時間だけはた~っぷりあるんですよね、良くも悪くも。わたしには、これが大きな救いですけど。
坊守、ということは浄土真宗のお寺でしょうか。結婚生活も少し先輩ですね!
これからも彼岸寺をよろしくお願いいたします!

みちこ:

>まーちゃんさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
まーちゃんさんの彼にしてみたら、わたしの今回のコラム、「余計なこと書きやがって(怒)!」って感じかもしれませんね・・・ゴメンナサイ。
たしかに、今は何が大変か分からない、何が分からないか分からない、という状態だと思います。わたしもそうでしたし、周りから「お寺は大変」と言われること自体に嫌悪感がありました。
寺に入って実際の生活で何をしないといけないのかは、その寺によって違うでしょうね。寺の大きさにもよりますし、もちろん宗派によっても違いますし。曹洞宗は禅宗なので、たぶんうちの寺(浄土真宗)の日常とも、だいぶ違う部分はあると思います。
ただ、わたしが自信を持って言えるのは、寺は、夫が(父が)が働く姿を間近で見ていられることがとても良いと思います。時間もたっぷりあるので些細な疑問もじっくり話し合うことができるし、お天気の話みたいに他愛もない会話も豊富に持つことができます。そういう意味では、右も左もわからに世界に飛び込んでも、導いてくれる人がいつも側にいてくれるという安心感は大きいですよ。
いいことも悪いことも赤裸々に綴っているこのブログ、まーちゃんさんにジャストミートなようで何よりです。
これからも彼岸寺をよろしくお願いします!

みちこ:

>みぃさま
はじめまして。コメントありがとうございます。お返事が遅れてごめんなさい。
あはは、彼がいるのに「お坊さん」にドキッですか。聞き捨てならないですねぇ(笑)。
わたしは好きになった人がたまたまお坊さんだったのですが、最近になって、「お坊さん」が好き、という人々がいることを知りました。制服フェチと同じ感覚なのかな?もし彼岸寺のイベントに参加される機会があれば、いろんなお坊さんと間近におしゃべりできますよ!でもわたし自身、彼が袈裟を着て読経している姿はすごくカッコイイなぁと思って、今でもちょっとドキドキします・・・って、寺の嫁として不謹慎すぎるかな。
みぃさんにも素敵な彼がいらっしゃるとのことなので、寺の夫婦の日常はブログを覗くくらいにとどめておいて、彼と仲良く幸せに過ごしてくださいね!
これからも彼岸寺をよろしくお願いいたします。

まみ:

はじめまして。
偶然たどりつきました。
私の彼もお坊さんです。
私は寺には全く関係のない普通の女です。
来月から彼と同棲することになりました。
勿論、結婚を前提にです。
寺のことなんて何も解からない私が果たして上手くやっていけるのかと・・・・色々な不安もあります。
なのでここのブログを拝見して少し勇気が出ました。ありがとうございます。
これからも拝見させて頂きます。^^

みちこ:

>まみさま
はじめまして!コメントありがとうございます。
結婚を前提に同棲ですか!楽しい時期ですね。一緒に生活するようになると、お互いきれい事ばかりでは済まされないことも見えてくると思いますが、たくさん話し合ってたくさん認め合って、彼との絆をしっかり深めていってくださいね。
わたしも最近になって改めて感じることですが、寺に入ってしまえば、もちろん苦労することもいっぱいあります。でも、肝心なのは、二人がどれだけ信頼し合っているか、そこにどれだけの愛情があるかです。それが揺るぎないものであれば、たいていのことは乗り越えていけると思うのです。愛だけではやっていけないと言いますし、それは真実ですが、愛がなければそもそも何も始まりませんし何も進みません。
結婚までの貴重な時間を、彼と大切に育んでいってくださいね。
これからも彼岸寺をよろしくお願いします。

はじめまして。
私も在家出身(実家は兼業農家)の寺庭婦人です。
でも旦那も元は私と同じく一般家庭出身なので、他の元からお寺の息子さんというのとは違うのが楽ですね。
それに小さいお寺でしかも檀家寺ではなく信者寺だということもあって、大きなお寺ならではの苦労もなくのんびりさせてもらっています。
きっと実家の近所では「お寺のお嫁さんのなった子だから大変だろうね」と思われているかもしれません。
ただ私は関東から近畿に引っ越してきましたので、習慣などが違ってそこは未だに慣れません。
例えばお布施用の袋は黄色と白の水引だとか(関東では紫)月参りがあるとか、法事の際に親戚までお供養を配るとか・・・。
私個人としては、自分が寺庭らしくないのが大丈夫?って思いながら生活しています。

また覗きに来ますね。
長文、失礼しました。

みちこ:

>井出さま
はじめまして。コメントありがとうございます。
「お寺」というひと言でも、いろんな環境がありますよね。信者寺という言葉も、恥ずかしながら初めて目にしました。
地方色も様々だと思うのですが、黄色と白の水引!?想像できない・・・!それは珍しいですね。わたしは静岡の出身ですが、水引は東京と同じです。でも、結婚のときの結納飾りは、関西風でだいぶ豪華でした。
寺だからとか大変とか寺だから楽だとかいうのではなく、結局のところ、それぞれの夫婦それぞれの家族なりにドラマがあるんですよね。
これからも彼岸寺をよろしくお願いします!

きさ:

はじめまして。
私はまだ結婚はしていませんが、彼が坊主です。
彼とは一年半程同棲しています。
そのうち彼は今の職を辞めて、実家に戻って、寺を継ぐことになります。
私たちは結婚を考えてはいますが、正直ものすごく悩んでいます。
私は一生は一度しかないので、くいの無いように生きたいと思っています。
寺に嫁ぐと、自分を殺さなくてはならなくなるような気がして・・・。
それに彼が寺を継げば、同居です。彼の親、うるさそうなんですよ(>_<)
一緒に住んで、うまく行くかが心配なんですよね。
私は北海道の人間で、かれは関西なんです。
食事の味付けも、ぜんぜん違うし・・・。
彼の親には「北国の人は塩分を沢山とるから、脳卒中とか多いみたい」とか、言われます・・・。
食文化で文句言われても、私にとっては困ります。
そんなこんなで悩んでいます。
お寺に嫁ぐって、どんなことなんだろうって・・・。

みちこ:

>きささま
はじめまして!コメントありがとうございます。
お寺に嫁ぐというと、大変そうというイメージがつきもののようですね。朝が早い、同居がつらい、作法が厳しい、人付き合いが大変、等々。でも、わたしはそんなことは大したことないと思っています。どんな職業の人と結婚してどんな地域・家庭に嫁ごうと、必ずそれなりに苦も楽もあります。例えば、サラリーマン。夫がどんな仕事をしているかもいまいち分からず、毎日青い顔して頑張って働いているわりには給料は景気によってしか動かず、いやおうなしに入居した社宅では奥様同士のおつきあいに翻弄され、悩みを相談しようにも夫は不在だし、転勤の繰り返しで身近に頼れる親戚も友人もいない。また、寺でなくても同居するケースはいくらでもありますし、同居=不幸とも限りませんよね。
結婚しても絶対に苦労したくないなら、結婚なんてしないに越したことはありません。
もちろん、寺だから大変という部分も、わたし自身痛感しています。それは上に書いたようなものではなく、「宗教を家業としている人・家庭に嫁ぐ」ということです。今回のコラムを読んでいただいて、なんとなくは伝わっていると思いますが・・・。
でも、わたしには「寺に嫁いでよかった!」と心から思えることがあります。それは、夫といつも一緒にいられることです。お互いが働く姿、失敗も悩んでいる姿も間近で見られますし、子供が生まれれば働く父や母の姿を生で見せてあげられるのって、すごく幸運なことだと思います。わたしにとっては寺での生活や仏教のことはわからないことだらけですが、いつでも守り、導いてくれる人が常にそばにいるという安心感は、かけがえのないものです。
寺に嫁ぐと自分を殺さなくてはならなくなるような気がする・・・ですか。
それは、おそらく寺だからではなく、夫や義理の家族の性格、自分自身の性格によるでしょうね。職業は影響しないと思いますよ。
いずれにしても、結婚とは一人称が I から we に変わることです。何もかも独身時代と同じ具合にはいきません、絶対に。でも、それを苦しみではなく喜びだと思える相手との出会いは、必ずあると思います。少なくともわたしは、結婚によって変化していく自分が嬉しいし、誇らしく感じています。人生、必ず山あり谷ありです。でも、わたしにとって夫は、彼となら苦労しても頑張っていこうと思える相手です。
きささんは、彼と過ごす一生にどんな思いを抱いていますか?

tom:

14日のみちこさんのコメント感動しました。
私も今の彼と結婚したら、毎日一緒に、側でお互いを感じ仕事をし、お互いに支え合い、困難にあたっても一緒に考え、答えを出せたらどんなに素晴らしいことかと思います。
結婚して苦労することも悩むこともたくさんあると思います。しかし彼と一緒であればそれ以上に得る幸せや喜び、温かさは必ずあると思います。人生一度きりだからこそ彼と一生一緒に、一生添い遂げたい、そう思う毎日です。
「結婚」とは難しいですね。本人同士の問題とはいっても、家と家との結婚でもあり、とても複雑です。これから私たちも幸せな結婚、にむけて頑張ります。
本当に感動しました。

きさ:

みちこ様。
お返事ありがとうございます。
みちこさんに言われて、気が付いたことがあります。
まず一つはお寺は私にとって、まったく判らない無知の世界だという事。そして私がお寺に嫁ぐ事で悩んでいるのは、休みが無いこと。私は生涯続けて生きたい仕事があります。それが出来なくなる可能性が高いということです。
彼はお経とかあげる以外のほとんどは、嫁の仕事だといいます。
私が仕事したいというと、俺が食わせるから働かなくていいといいます。
しかし彼は研究者なんですが、研究の仕事は寺をしながら続けていくというんです。
でも私は駄目らしい・・・。
最近は少し折れてきているけど、どうか判らないし・・・。
私には判らないのですが、これがお寺の世界では当たりまえなんでしょうか?
後は彼の両親ですね。
気が強くて、気分しだいのところがあります。でも彼にとっては、一番大切な存在とのこと。そりゃ~親は大切だろうけど、その中に嫁ぐことを考えると、厳しいものがあるんですよね。
何かあったら私ではなく、親をかばいそうだし。
そして妹さんは、マザコンだし。
それもものすごいマザコンなんですよ(>_<)
みちこさんに言われて、私の悩みは、寺の事もありますが、それ以外のところにあることに気が付きました。

有難うございました。

またコメントを残させていただいても宜しいですか?

みちこ:

>tomさま
こんにちは!
そうですね、一度きりの人生だからこそ、文字どおり二人三脚で歩んでいく相手との相性は、とても重要ですよね。結婚はたしかに二人だけの問題ではないけれど、鍵になるのは、二人の愛情と自分自身の覚悟だと思います。
この人!と思える相手との出会いを大切に育ていきたいですね。

>きささま
こんにちは。
なるほど。。。やはり寺だからというよりは、個人的な問題による部分が多そうですね。もしよければ、コメントを投稿する際にメールアドレスを記載していただければ、わたしから直接ご連絡差し上げられますので、よろしければ投稿してください。きささまのアドレスはサイト上には掲載されません。

きさ:

有難うございます。
なんだか友達に相談しても、寺は大変だからやめたほうがいいとか、気にしなくていいとか言われます。
寺関係の友達っていないので、みちこさんにネットを通じて出会う事ができて、本当に嬉しく思いますm(__)m
有難うございます!

ありす:

みちこさん、はじめまして。
私は、少し前から浄土真宗の副住職と付き合い始めました。彼は普段は他の仕事をしていて、私達はそこで知り合いました。
1年近く彼から熱心にアプローチされてきたのですが、教会で父とバージンロードを歩くことが長年の夢だった私は、今までずっと彼を恋愛の対象とは考えておらず、一定の距離を置いてきました。が、ふとしたことがきっかけで距離が縮まり、彼の内面に触れるにつれ、少しずつ彼に魅かれていきました。私の家は在家なので、お寺のことはほとんど知りません。付き合う前はいろいろ悩みましたし、こちらも度々拝見させていただきました。
付き合い始めた今も不安が消えた訳ではありませんが、彼のことが好きですし、彼は非常に私を大事にしてくれます。そんな彼とこのまま付き合っていきたいと思います。

ちょうどこちらに書込みさせていただこうかと思っていた矢先に、大きな問題に直面してしまいました。付き合う前に、彼からのアプローチを知っていた母から「お寺だけはやめてちょうだい!」とさんざん言われてきました。当初は自分もその気はなかったので、「大丈夫」と答えてはいたのですが、彼と付き合うことになり、私はずっと母に打ち明けることができないでいました。それが、母が先日周囲からこの事実を耳にしたようで、うちは家族会議になってしまいました。
両親から「お寺だけは絶対許さない!」「職場もすぐにでもやめるように!」と怒鳴られてしまいました。母は「頼むから別れて!」と泣きながら何度も土下座をしてきました。あれから、母はショックで体調を崩し、私は両親と会話をしていません。

お寺というところに生まれ育った彼には罪はありません。「お寺の人は恋愛してはいけないのか?」と言う彼の言葉に、胸が痛みました。
彼も大切ですし、今まで育ててきてくれた両親も私には大切です。私は1人娘ですし、心配になるのも分かります。
彼はできる限り頑張って、私の両親に認めてもらいたいと言ってくれています。私はどうすることがいいのか、毎日考えています。

みちこさんはご両親に彼との結婚を反対されたりはしませんでしたか?

今回のことだけではなく、お寺のことなどまた参考にさせてもらいたいと思います。

長々とすみませんでした。
これからも宜しくお願いします。

みちこ:

>ありすさま
はじめまして。コメントありがとう。ございます
ご両親、彼との恋愛・結婚。難しい問題ですよね。よくわかります。
かなりプライベートな話題になると思いますので、よかったらメールアドレスを記載してもう一度投稿していただけませんか?わたしから直接ご連絡差し上げたいと思います。その場合でも、ありすさまのアドレスは公開されませんのでご安心ください。

ゆり:

はじめまして。初めて書き込みさせていただきます
もう逃げ出したいと思っていたら偶然ここをみつけ、感動しました。
私も普通の家からお寺に嫁いだ1人です。うちの宗派は日蓮系ですがまだ歴史が浅いみたいです。その中でも私が嫁いだお寺は戦後この地域の信者さんのためにと建てられたお寺だそうです。で!先日義父である住職が亡くなりました。私の夫がそのまま住職にということになったのですが…。結婚してから私たちはお寺の近くの賃貸にすんでいました。主人は通い坊さんで、私はというとお寺の行事に参加するというとこから始まってそのまま特にお寺の仕事をするという事もなく妊娠出産子育てで手一杯の生活を続けていました。もちろんお寺にはちょくちょく行っていましたが。これからは住職の妻になるから、お寺第一でお寺の行事には全てでて、お寺に常にいるようにといわれました(近い内に寺内にお引っ越しです)。でも子供はまだ小さく、今まで通り幼稚園の行事や集まりには参加したいし、公園で外遊びもさせてあげたいと思っています。お寺第一だとそれは許されないことなんでしょうか?自分の世間とのつきあいを我慢しなくてはいけないのでしょうか?我慢といってしまうところが信心がないといわれてしまうのですが、正直いって結婚して初めて信仰に出会い今もまだ???と思ってお教だけとなえている私には住職の妻は重荷です。お寺もそんな大きいお寺ではなく正直いって収入面でも不安です。逃げるには離婚しかないと結構思い詰めています。でも子供もいるし、主人の事は大好きです。今は主人を含めお寺関係の人ばかりと話しをしていて、とても追い込まれているようで苦しいです。なんかすごい愚痴でごめんなさい。同じ立場の人と思って甘えてしまいました。みちこさんみたいに前向きになれたらいいです。

みちこ:

>ゆりさま
はじめまして。コメントありがうございます。
これから本格的に寺での暮らしが始まるというときで、今はとても追い詰められたお気持ちだと思います。ただ、寺に嫁いだ以上、やはり寺が本業、寺が家業ですから、それが最優先されるべきではあるでしょうね。寺に嫁ぐというのは、結婚であると同時に就職でもありますから。その上で、寺のことと自分のことをどう塩梅していくかは、その家族それぞれの問題です。家族全員が雁首そろえて寺に閉じこもっていなければいけないわけでもないでしょうから、夫婦で交代にお出かけしたり、子供と遊んだりという方法もあるかもしれません。
おそらく、既に嫌というほど話し合われたことと思いますが、やはりこればっかりは「コミュニケーションを諦めないこと」しか方法はないように感じます。解決できるかはわかりませんが、少なくとも自分の不安や不満をおさめていく道しるべにはなると思います。

ゆり:

みちこさんお返事ありがとうございました。
愚痴を長々と書いてしまってスイマセンでした。
ホントにコミュニケーションしかないですね。
(子供の前で激しい論争はちょっとやばかったです)
私も今更ながらお寺に嫁いだというこを自覚して覚悟?を決めなくてはと思います。そうなんですよね。やり方はその家族ごとだし。
初めてのお寺のお嫁さんとう人達がいっぱいいることがわかって、仲間がいっぱいいるようでとても嬉しいです。これからもここを楽しみにしています。頑張ってください。ありがとうございました。

ありす:

みちこさん、お忙しい中
ご連絡ありがとうございました。
前向きにいつも頑張っていらっしゃるみちこさんのブログを読むと、元気になれます。
そして、悩んでいる方が私以外にもたくさんいることを知り、自分も頑張らなくてはと思いました。

もうすぐ赤ちゃんもご誕生されるとのこと。お体大事になさってくださいね。

みちこ:

>ゆりさま
>ありすさま
「寺の嫁」と知り合う機会って多くないので、ついついそれが特殊なもので、自分の悩みを誰にも打ち明けられないと閉じこもりがちになりますが、寺だから特別なんていうことは、本当は何もないんですよね。それぞれの夫婦、それぞれの家族に各々のドラマがあって、トラブルも喜びも本当に十人十色。肝心なのは、どんな環境でもやっぱりコミュニケーション。自分自身と夫と家族と寺は、一蓮托生の運命共同体。それを忘れなければ、いずれ何事もおさまるところにおさまるのだと思います。
わたしもまだまだ新米。こうやって皆さまとおしゃべりしながら、わが身を省みる毎日です!
これからも彼岸寺をよろしくお願いいたします。

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りょう:

はじめまして、私は在家の人間なんですが、臨済宗のお寺の長男の彼がいます。
お互い学生で、彼は卒業したら修行に行く予定です。
修行に行っている間は、私に「待っていてほしい」と結婚したいと言ってくれました。私も彼が大好きで結婚したいと思っているのですが、彼のお母様のことで「どうしたらいいの!?」と悩んでいるときにここのブログを見つけました。
その悩みと言うのは、はやりみちこさんのおっしゃっている通り「寺の娘を嫁にしたい」なんです。そこで息子である彼に「卒業したら葬儀屋さんに就職して勉強して欲しい」や「お花はお茶を一通りできるようにしておいて欲しい」等言われたそうなんです。
確かに彼との結婚を考えて、その先を見越したらお花やお茶は覚えていたほうがいいんだろう・・・と思うのですが、葬儀屋で就職となると「どうしたものか・・・」と考えてしまうのです。
私にももちろん就きたい仕事がありますし、けど嫁ぐのであるならお姑さんとなる方のおっしゃることを聞いたほうがいいのか・・・と思ってしまいます。

彼の話を聞くと「結婚しちゃいなさいよ」と言われた、と言うのですが、また別のときに聞くと「あの子(私のこと)もうちょっと気が利くといいんだけど」や「(性格が)絶対合わない」なども言われたそうなんです。
たった1日初対面の間柄ですごしただけで、合わないなんて言われたくない!が私の本音なんですが・・・実の親に私のよくない事を言われて彼も私と結婚することがおっくうになり、親の言うように「寺の娘」とお見合い結婚することも考え始めているようなのです。

お寺とは無縁の人生を送ってきたので、お寺の中のことは本当に分からないのですが、みちこさんは旦那様のご両親に反対はされませんでしたか?

長々と失礼しました。

みちこ:

>りょうさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
結婚て、どんな場合でも何かと壁があるものですよね。
けっこう個人的な内容になると思いますので、よかったらメールでお話しませんか?アドレスを記入してもう一度コメントを送って下さい。公開しないでお返事さしあげます。

nanako:

ときどきブログを見せてもらっています。
私は浄土真宗のお坊さんの彼がいます。
彼の家はお寺ではないのですが、仏教が好きでお坊さんになってしまいました。結婚も考えていますが、彼にお坊さんをあきらめてもらうか、どこか跡取りのいない寺に2人で入るかという方法しかなさそうです。
 お寺で育ったわけではない2人がうまくやっていけるのか、お寺の生活に飛び込む勇気がありません。お寺さんは跡取りがほしいので結婚していないと、お寺が探せないようです。でも私は、どこに行くかも分からない、誰と住むかも分からない、どんな生活をするのかもよくわからないのに、彼と結婚をすることを考えられなくて、もう2年くらい悩んでいます。
みちこさんのブログをみて、お寺とはどんなところかを知ることができ、嬉しいです。
 お寺に嫁がれたみちこさんから見て、どう思われますか?

まさこ:

はじめまして、お寺に関してのコメントどれも皆、うなずけます。私は寺生まれの寺育ちで、結婚後も寺の生活です。寺以外の生活はしりません。そしてよそのお寺での生活経験もありません。いわゆる養子娘です。結婚して23年になり息子2人がいて、浄土真宗のお寺です。で、私には4つ上の兄がいますが、どういうわけか寺が自分にあわなくて、後を継がず、私の大学2年の時に結婚をし、寺を離れました。その時の私は、こんなはずではないと思いながらも親にも反抗せず、そしてなんとなくさびしそうな親をみて、私はこのお寺から離れられないと感じたのです。
御門徒さんのことは頭にうかびませんでした。正直お寺に生まれながらも、親からは強勢されることもなく、自由にいろんなことをさせてもらっていたので、お寺の行事や、御門徒さんのこともあまりわかっていませんでした。そうこう思っている時にお見合いをして今の住職と結婚をしたのが、大学4年を卒業した年の秋でした。私も考えが甘かったんですね。自分の生まれた所だから気が楽だと構えていましたが、婿を迎えるのも大変です。父と主人の間にはいっての采配は並大抵のものではありません。主人にとっては、自分の子供しか血をわけた者がいないのに比べ、私は主人以外みな血が通っているという事は大変な違いなんです。そこに気づいた私は、二人でこの寺をやっていこうと強く思ったわけです。わかりますかどういうことか?縁あって結婚したんですから、主人を敵にはできないということです。これからお寺の方と結婚を考えていらっしゃる方々、お寺もお寺によっていろいろ違いますが、はじめからがんばらない事。いやなことは貯めないこと。何でも話せる夫婦になること。友達を作ること。そして、私はこのお寺にとって必要な人間なんだと自信を持つことです。私は僧籍をもっていないので、お参りには伺いません。御門徒さんとの接点は少ないですが、お寺にみえた方々には、話しかけ会話をもつようにします。会話のネタには、お稽古に通っているアレンジのお花を飾り、プリザードフラワーのお花を飾ったりとかして、女性の方の興味をひくことです。自分の趣味でも、会話が弾んでお檀家さんとの距離が少し縮まると思います。お寺には「生け花」なんてことはありません。固定観念をぬぐいさると斬新なお寺とセンスあるお寺に変身します。もちろん頭でっかちなご両親がいるときには、少し自分風にするのは、勇気が要りますが、やってみてください。自分の自信にもつながり、認められたような気がします。とにかく私のお寺にはお花がたくさん飾ってあります。明るいお寺にしようと思っています。でも時々、私生活を見失うことがあります。完全な休みがないことが原因だと思います。今、70代後半の両親と一緒ですが、そんな二人には「寺に休みがあるか!」と言います。でも違ってます。世の中にはきちんと休みがあります。しかも暦通りで、週休2日もあたりまえの時代。そんな中で寺には休みがないかも知れませんが、個人個人の休みは絶対必要と考えています。しかし、今の私にも、出かけない限り、休みはありません。こんな生活を見てる息子と最近、「あんたが後を継いで結婚した時には、きちんと休みを設けるから。その代わり私もちゃんと休むから。お互い休みのときは、絶対に干渉しないから」と今から相談してます。息子にも在家の彼女がいます。結婚するかどうかはわかりませが、彼なりに色々思うのでしょう。私が思うお寺の奥さんは、明るい方で、人と話すのが苦手ではなければ大丈夫でしょう。私はこの条件さえクリアーすればどんな方でもOKです。それより息子が選んだ人だから心底可愛がってあげたいなと思います。この心を寺側のご両親が持つことが大事ではないでしょうか。みなさん縁があるんですからどうぞ、お寺にふみこんでください。私は寺の娘さんでもどこの国籍の人でも、構いません。息子が選んだ人に不足はないです。  
                40代後半の坊守でした。

ピータ:

お寺のお嫁さんって難しいですね・・・・
私はお寺からお寺に嫁いだので違和感なく溶け込めたのは
とても幸せなことなのだと思いました。
お子さんが生まれると考え方は親に影響されて育ってゆくのでお寺嫌いのお子さんが育たないことをお祈りいたします。

なんだかんだ言ってもお寺はお参りに来られる方々のお布施での生活そこに感謝の心がなければ不平不満ってあふれるばかり
でどうしようもないですよね。
彼を愛し結婚したのであれば彼を丸ごと(彼の信仰姿勢含め全て)受け入れる覚悟はなかったのかと私は不思議でした。
私は夫の仏様に向かっていく姿・心に一緒に歩んで行きたいと思って結婚したので・・・・
でもその考え方も私自身がお寺で育ち同じ信仰にあったからなのだと今日こちらを読ませていただき思いました。
大変ですね
心の平和・安心がいつかおとづれますように☆

みちこ:

<nanakoさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
お返事が遅くなってしまい、本当にごめんなさい。
さて、nanakoさんと彼のお話。彼岸寺の精神でもありますが、「坊さんは職業じゃねぇ、生き様だ!」という意味が、おわかりになりますか?仏教が好きでお坊さんになる(僧籍を取得する)ことは、何の問題もありません。しかし、お坊さんとして生きることと、お寺を運営して生活していくことは、残念ながら必ずしもイコールではありません。世の中には、サラリーマンだったり、別の商売をやったりしている「お坊さん」が、たくさんいます。nanakoさんの彼には、そういう選択肢は考えられませんか?または、本山やそれに準ずるような大きなお寺で、通いのお坊さん(職員)としてお勤めをするとか。
あるいは、彼が俗世間で生きていくことに違和感があって、お寺での生活以外にありえないと思っているなら、やはり夫婦養子としてどこかのお寺に入るしかないかもしれません。これは狭き門だと思いますが、けして閉ざされた門ではありません。ただ、お寺の暮らしに飛び込んだ後、何か困難にぶつかったとき、信仰という確たる軸を内に持っている彼と違い、その彼を信じてついていくしかないnanakoさんにとっては、葛藤の多い道になるかもしれません。それでも、お寺の暮らしって、けして窮屈なばかりではないんですよ。
いずれにしても、彼が将来にどんな選択肢を選ぶかで、お二人のこれからは大きく変わっていくと思います。どんな道が開かれようと、お二人が仲良く、幸せであるように願っています。
これからも彼岸寺をよろしくお願いいたします。

みちこ:

>まさこさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
***縁あって結婚したんですから、主人を敵にはできないということです。
思わず笑ってしまいましたが、そのお気持ち、よくわかります。わたしの場合は、自分が嫁いできた身ですから、まさこさんとは反対ですが、日頃の夫の様子を見ていると、きっとこんなふうに思っているんだろうなぁ、と想像できます。ただ、両親も、夫も、そしてもちろんわたしも、寺を大事に思い、守っていきたい気持ちは同じだけれど、そのやり方にはそれぞれ微妙に違いはあるわけですから、まさこさんにしてもKAKUにしても、板ばさみになる人のジレンマは相当なものなのでしょうね。
お休みについても、まったく同感です。お寺に定休日がないのは当然だとしても、そこに暮らす個人にも心休まる暇がないのは問題です。いつもバタバタと雑多な寺務に忙殺されるだけでは、自分の心に余裕は生まれない。心に余裕がなければ、大らかで謙虚な気持ちで人に接することはできませんものね。
これからも、どうぞ彼岸寺をよろしくお願いいたします。

>ピータさま
はじめまして。
お寺からお寺に嫁がれた方からのコメント、とっても嬉しいです。お寺で生まれ育った女性の感覚は、やはりわたしなどには羨ましいものです。
***彼を丸ごと(彼の信仰姿勢含め全て)受け入れる覚悟はなかったのかと私は不思議でした。
そうですね、もしかしたら、わたしが何か別の宗教を持っていたほうが、話は簡単だったのかも、とも思います。信仰を持たず、信仰を必要としないで生きてきた者にとって、常に心の中に信仰を抱いている人とは、どうしても感覚の深いところで分かり合えないものがあるような気がしています。
ただ、お寺で生まれ育った方とは違うアプローチであっても、夫を通して仏教を見、夫が仏教を信仰しているという事実を受け入れるところから始めるのが、わたしなりの第一歩かなと思っています。
仏教のために、日々の暮らしでぶつかるところが多いのも、事実ですが、だからこそ、表面的なつきあいではなく、お互いに腹を割って胸を開いて語り合える夫婦であることができるのも、考えてみたらラッキーでありがたいことですね。

nanako:

みちこさま
 みちこさん、お返事をありがとうございます。
「坊さんは職業じゃねぇ。生き様だ」という彼岸寺の精神、分かるような気がします。お坊さんて、生き方ですね。
 
 彼の真剣な気持ちを応援したい反面、自分自身の信仰がないため、彼の気持ちとのギャップ、これからの生活に対する不安ばかり考えてしまいます。お坊さんという生き方を選んだ彼のことは大好きですが、自分にはそれを支えて応援してあげる力がありません。やっぱり私には、お寺の生活が難しいのかなと思い、彼には他の仕事をしながら仏教とつながっていく方法を考えてもらってます。
 彼岸寺を見せていただいて、お寺の生活、仏教のこと、お坊さんのことについて知ることができてよかったです!!これからもよろしくお願いします!!

ピノコ:

みちこさん初めまして!
 私は友人にお坊さんを紹介されて、今お付き合いをしています。そして今困ったことが起きています(涙)
 私の家庭は普通のサラリーマン家庭なので、母がお寺に嫁ぐ事を大反対しているのです。(母としては私に苦労をして欲しくないからだとは思うのですが)お寺が大変という先入観と、周りの人の話を鵜呑みにして、私の話を全く聞いてくれません。
 彼は私が今まで出会った人の中で一番すばらしい人で、尊敬もしています。彼とだったらお寺の仕事が大変でも一緒に乗り越えたいと思うのですが・・・みちこさんは結婚の際、反対はされませんでしたか?また、一般家庭からお寺へ嫁がれた方のお話もお聞かせ願えないかと思い、投稿させていただきました。よろしくお願いいたします。

あーこ:

みちこさん、はじめまして。
私には付き合って8年になるお坊さんの彼がいます。
学生の時に付き合い、一度別れはしたものの縁あってやり直し約1年が経ちました。

私は在家の人間。ごくごく普通の一般家庭で育ちました。
そして、彼は大きなお寺の長男で跡取り息子。
最近、彼との間で真剣に結婚の話が出るようになりました。

最近彼がお父さんに「結婚したい人がいるから会って欲しい」と話をしたのですが、やはり「その子は在家の子か?」と聞いてこられたようです。

お父さんとは今度きちんと会う事になったのですが、その日を迎えるにあたって今とても悩んでいます。

二人の中で結婚を考えるようになってから、いつかはお寺と在家との違いで悩む時が来るだろうと思っていました。
だから、来るべき時が来た!と思えばいいのですが。

ここではお話し出来ないのですが、他にも大きな問題、障害がいくつもあり。。

お寺の事に関して全く無知な私がそんな大きなお寺に嫁ついでいいものか、正直すごく悩んでいます。
もちろん、彼は将来実家のお寺を継ぐお坊さんになる人だとわかっていて今までお付き合いを続けてきて、紆余曲折はあったものの「この人と結婚したい」と心底想える、私にとってかけがえのない人です。
彼と同じ宗派のお坊さんをしている友達には、「お寺の嫁さんと言っても、ほとんどが在家の普通の家庭の子。自分の母親もそうやった。確かに大変な事も多いけど、やっていけると思う。」と言って励まされました。

彼も「どんな事があっても、幸せにするから着いてきて欲しい」と言ってくれています。

まだ正式に彼のご両親、兄弟や親戚の方とお会いしたわけでもなく、なにも始まっていないうちからダメや…と決め付けるのはよくない事だというのはわかっているつもりです。
が、今胸の中にある「本当に私がお嫁さんでいいのかなぁ?」という不安や葛藤をどう落ち着かせたら良いのか…

私の両親は、彼の事をとても気に入ってくれていて誠実な人だと思ってくれていますが、その一方で一人娘を遠く知らない土地に、ましてやお寺に嫁がせるという事に対してとても心配しています。

結婚は一生に一度の大切な事。
だからこそ、彼のご両親やご親族、私の家族にも賛成し祝福してもらえる結婚でなければしてはいけないと思ってきました。
今もそう思っています。

みちこさんも在家からお寺に嫁がれた方。
いろんな障害や問題があったと思うのですが、どうやって乗り越えられてきたのでしょうか?
もしよければ教えていただけないでしょうか?

りょん:

はじめまして。
みちこさんのメッセージや、コメントを書かれた皆さんのメッセージ、興味深く拝見しました。

私はいわゆる「お寺で育った」娘でOLです。3年付き合っている彼がいます。彼はサラリーマンですが将来的には実家の伝統工芸を継ぐ予定です。

彼と結婚を考えているのですが、ただただ好きだから彼の胸に飛び込みたい!という感じではないのが実情です。彼のことは愛しているし、彼も結婚を前提に考えていてお互いの実家を行き来する仲です。

しかし、結婚することをリアルに考えると、普通の家に嫁ぐことに不安を感じています。

私は浄土真宗なのですが、世の中で占いやまじないに惑わされずに、仏様のひかりに導いていただきながら生かされていることを幸せだったと思っています。
人の生死に携わって心の問題に触れながら過ごすお寺という環境は、長い目で見て私の心を育ててもらえる環境なんだと思います。そして、お寺を守り、お寺を地域のつなぎ目として活性化させていくことを一生かけてしたい、とも思います。

実際、お寺の若い男性とのお見合い話もたくさんあります。
でも、やっぱり、愛しあっている彼との結婚がわたしにとってのベストな選択であるようにも思います。

彼と結婚しても色々な困難はあるだろうし、もしお寺に嫁いだとしても私が幼い頃から見てきた坊守の苦労はあると思います。

なにをどう考えていいのか、もう混乱してきて、思わず書き込みをしました。

なにかメッセージをいただけるととてもありがたいです。

みちこ:

>りょんさま
はじめまして。お返事が遅くなってしまってごめんなさい。
さてさて、わたしとは反対で、お寺から在家へ嫁がれる(かもしれない)とのこと。コメントを興味深く拝見しました。
KAKUと話していてもよく感じることなのですが、お寺で育った人にとって、お寺と仏教を切り離して考えるということは、とても難しいことなのでしょうね。わたしのように「外からの視線」で見てみると、お寺で暮らすこと、お寺を運営していくことと、信仰に生きるということは、必ずしも全てにおいて一致をしているわけではないように思われます(良いか悪いかは別にして)。ですから、りょんさんがこれまでの人生で得たもの、大事にしてきたものは、何もお寺の中だけでなく、どんな世界に行っても守り続けていかれることのように思います。現実に、世の中にはお寺を持っていないお坊さんや、僧籍を持っていなくても立派な仏教者である、という人もたくさんいますよね。お寺と地域・社会をつなぐ役割は、たしかにお寺の中からの働きのほうが効果的に見えるかもしれませんが、お寺の外から、強力にプッシュしていくやり方もあるのではないでしょうか。ここ彼岸寺にも、お坊さんではないけれど、いわゆる仏教ファン(?)だという人がたくさん集い、影に日向に彼岸寺の活動、ひいては彼岸寺とかかわる実際の寺院の活動に大きく貢献してくれています。
りょんさんが不安に思っていることは、お寺を離れることで、仏様の世界から遠ざかってしまうのではないかということなんですよね、きっと。でも、それは個人の心の問題。仏様の光は、お寺に暮らす人間だけでなく、それを求める誰しもの上に等しく灯るものです。りょんさんが、自分の中の仏教を大事に思い続ける限り、仏様から遠ざかるということはないのだと思います。もちろん、お寺ならではの儀礼・作法という習慣を無くすことに違和感はあると思いますが、強い信仰は、けして形にこだわるものではありません。
わたしもそうでしたが、お寺というのは、数々の儀礼・作法が残っている分、その家の文化がかなり色濃く出る場所だと思います。ですから、違う文化を持つ家に嫁いでいくのは、とても心細く、今までの自分のアイデンティティが喪失してしまうような危機感を感じますね。でも、結婚すれば、それがどんな結婚であっても、異文化コミュニケーションであることに変わりありません。誰と結婚し、どんな家に嫁いだとしても、結局は本人同士、そしてそこに暮らす家族がしっかりとしたコミュケーションを継続していくことで、嫁ぐほう、迎えるほう双方がそれぞれに感じる違和感や不安も、一つずつ解決していけるのだと思います。
とりとめもない話になってしまいましたが、なんとなく伝わったでしょうか・・・。
またいつでもコメントくださいね。

ミル:

こんなことを相談してもいいのかわからないのですが時間があまりないので書きこみます。お寺にお嫁に行って半年がたちました。一般家庭からなのでお寺のことは何もわからないまま嫁いぎました。仕事に出ているので今でもそんなにお寺のこともわからずなのですが・・・日曜の法事のお供え、挨拶、掃除くらいしかしていません。
私から見たらとても家が汚れていて(物も半端じゃなく多い)一緒に生活するのが苦痛でたまりません。食事も怖くてあまり手をつけれない状態です。人に何かを触られるのがいやな姑さんで私は怒られるのがイヤなのでもうあまり触らないようにしているのですが、精神的にもう限界がきています。旦那は住職なので近くに出て行くのは難しいといっていますが無理なことなのでしょうか? お父さんはいません。近くのマンションを借りたいのですがどうおもいますか?お寺は守っていくつもりですが、一緒に生活はもう耐えれないです。離れを立てるのも手だとは思いますけど、何かいい案があれば教えて下さい。

KAKU:

みちこのだいりでとうこういたします。
内用はみちこがかきました。

ミルさん
こんにちは。コメントありがとうございます。
わたしと同じで、在家から嫁がれたのですね。ご自分のお仕事を持ちながらお寺のことにも目を配るのは、なかなか大変でしょうね。
さて、お寺でお姑さんと一緒に暮らしていくのが限界だ、とのことですが、食事も怖くて手をつけられないというのは、不衛生という意味ですか?だとしたら、それはけっこうな問題ですね。「わたしに任せてくださいよ!」と、お嫁さんが切り盛りされては?と当たり障りのないアドバイスをするのが正解かもしれませんが、でもそれって理想論なんですよね。同じく同居している身として、とってもよくわかります。一家に二人の主婦はいらないんですよね・・・。
で、ご質問は、住職夫妻である自分たちがお寺から離れて暮らすのが可能かどうか、ということですよね。
可能かどうかと聞かれれば、まぁ可能だとは思います。留守をお姑さんに任せ、住職は何かあったとき、すぐお寺に駆けつけてお経があげられる状態を保っていれば、現実的にはそれほど問題はないように思われます。
ただ、一般的なお寺の中で考えれば、少数派ではあると思います。聞いたこともない、というほどではありません。
いずれにしても、最終的にはお寺だから、住職だからというのではなく、家族としてどうするか、というところだと思いますよ。お寺といっても、そこに暮らすのは生身の人間、ひとつの家族なのですから、特別な意識でいる必要はないと思います。
結局、お寺だからここで暮らさなくてはいけない、という規則ではないんですよね。ただ、お経をあげるだけが住職の勤めではないし、「お寺を守る」というのが、どういうことなのかを考える必要はあると思います。本人たちはお寺を守っているつもりであっても、住職不在の状態で、お檀家さんたちに満足し、安心してもらえるかは別の話です。離れを建てるにしても、お檀家さんたちの理解や協力を得る際、現在の庫裏が老朽化しているとかでなければ、なぜ?という心配をかけることにもなるでしょう。
わたし個人としては、家族とお檀家さんの理解が得られれば、住職夫妻がお寺を出て生活してもいいと思います。そういうお寺も、いくつかは知っています。
ただ、「別に暮らしているお寺もあるらしいから」、「それでもいいよ、って言う人もいるから」という理由では、なかなか難しいです。繰り返しになりますが、お寺といっても、そこに暮らす家族やお檀家さんの考え方によって、在り様は本当に様々ですから、自分もその一員であることを選んだ以上、身近な環境を何よりも大事にしないとマズイ、というか、そうしないとやっていけないですよね。ご主人や、ましてお姑さんと腹を割って話をするのは至難の業だと思いますが、今のままで限界なら、残された方法は「家族と本音でよく話し合う」、それしかないです。もし理解が得られなくても、そういう手順を踏んでおけば、今後の家族関係も多少は改善するかもしれませんよ。

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寺とは縁もゆかりもなかった女の子がお坊さんと恋をして、お寺に嫁ぐ。このケース、実は最近けっこう多いんです。このコーナーでは実際にお寺に嫁いだ寺嫁(てらよめ)の視点から、恋愛・結婚・出産・子育てなど、お寺での生活について現在進行形で体験レポートしていきます。
みちこ
ふつうのOLから思いがけず浅草のお寺に嫁ぐ。子どもと旦那(お坊さん)の世話に追われながらお寺を切り盛りする忙しい日々。