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「お寺に嫁ぐということ」を始めてから、「わたしの彼もお坊さんです」、「わたしも在家からお寺に嫁ぎました」というコメントをよくいただきます。というか、わたしのコラムにつくコメントは9割以上がそんな女性からの投稿です。自分のことを棚に上げて思うのは、みんな一体どこでお坊さんと知り合っているんだろう!?ということ。わたし自身、生まれて初めて出会ったお坊さんがKAKUですから。
それはさておき。わたしは今でも、お寺に嫁ぐのは、やはりお寺のお嬢さん=お寺に生まれ育った女性がいいと思っています。そのほうが、嫁ぐほうも迎えるほうも、余計な苦労がないと思うのです。以前のコラムでもたびたび書いてきましたが、寺の習慣、仏教の考えた方について、わたしにはどうにも腑に落ちなかったりわけがわからなかったりすることがよくあります。そこで彼に相談すると、生まれながらの寺の人間である彼には、どれも当たり前すぎて説明する言葉を持っていないのです。そこを自分の納得が行くまで問い正すと、彼は自分を否定されたような気持ちになり、追い詰められて心を閉ざしてしまいそうになります。でもそこで話し合いを諦めてしまうと、わたしはものの道理も分からないまま、ポーズだけお寺の奥さんぽいことをして過ごしていかなくてはならなくなります。それはしたくないのです。
ひばりが丘の支坊で仕事があり、その帰り道。用事で友人宅へ寄ることになりました。彼がハンドルを握り、わたしは地図を広げてナビゲーション。地図を見るのはどうも苦手ですが、結婚してから車での長距離移動の機会が多くなったので、最近ではけっこうスムーズにナビできます。
彼「次、曲がるのはなんていう交差点?」 わたし「次のページめくってすぐ」 彼「・・・!?」
地図が読める女になるには、もうちょっと時間がかかりそうです。
今回は、彼とわたしがまだ恋人同士だった頃、結婚前のお話です。 お坊さんとおつきあいするようになって最初に困ったことは、「休みが合わない」でした。わたしが結婚前に勤めていたのは金融機関で、休日は暦どおり、土日祝日が決まった休みです。一方、彼は仕事のある日が決まっているわけではなく、かといって決まった休みの日もありません。