鳥打帽に黒眼鏡に雨具。これ、誰のことだかわかりますか?
実は、いまをときめくレイザーラモンHGのことなんです。先日テレビに出てきた彼を見て、寺の祖母が言った一言です。言われてみれば、たしかに鳥打帽に黒眼鏡ですが・・・雨具?彼のお決まりのビニール素材のコスチュームも、祖母にかかると雨具になってしまうのですね。
ところで、「この日和に雨具なんて着ちゃってね。でも、あれ流行ってるのよね。」と言う祖母は88歳。実はこのところ頭がすこぶるはっきりしないのです。十年ほど前に足を悪くして以来ほとんど部屋から一歩も出られないのに、「この間、国電に乗って出かけたら、往来の人々がみんなあの格好をして歩いていた」と言うのです。時間の感覚も場所の感覚もなく、絶え間なく幻覚が見え続け、家族のこともわかっているような、いないような。
祖母は足を悪くしてからも頭は大変にしっかりしていて、家族と頑固な祖父との良き仲介者として信頼されてきました。しかし、今年の6月に長年連れ添った祖父を亡くした前後から心身の衰えが顕著になり、不可解な言動が増えてきました。しっかり者だった祖母の姿を見てきた家族は、今の祖母の姿にとてもショックを受けています。祖母にしてみても、健全でない心身を家族にさらし、孫息子やその嫁にお下の心配までされることは、けして思い描いていた理想の老後ではないでしょう。長寿社会が実現した現代、あちこちの家庭でこんな光景が見られることと思います。
しかし、外から嫁いできたわたしには、少し違った見方ができました。
「すごいなぁおばあちゃん、時間も空間も自由自在なんだわ」と。
今、祖母は明らかに死へと向かっています。俗世間に別れを告げ、新たな次元へと足を踏み入れようとしています。わたしには、時間も空間も自分のことさえわからなくなっているその姿が、なんだか死の準備を始めているように見えました。時間、空間、自己認識など、それらはこの世の物差しの一つにすぎません。それらに縛られ守られて、人は生きています。人は何も持たずに生まれ、何も持たずに死んでいくのだと言いますが、現実の死に対峙する今、祖母はこの世のあらゆる秤から開放され、何にも縛られないただの肉体となって、新たな次元へと歩みを進める準備をしているように思われて仕方がないのです。
祖母は、まだ完全に何もわからくなっている状態ではありません。なんだか自分がおかしい、家族が自分を見る目もおかしいと混乱し、嘆き、憤りを見せることもあります。それでもわたしたち家族には、何もできません。時間を戻すことも、進めることもできないのです。ただ、心も体も不自由になっていく祖母が、少しでも心穏やかに過ごせる時間が多いようにと願います。
少しずつ、俗世間に生きるわたしたちの理解の及ばないところへ近づいていく祖母。その姿に、人智の及ばない深遠なる場所の存在を垣間見る気がします。
コメント (8)
寺継ぎ坊主です。
実は、この文章は半年ほど前に書いたものです。今年の6月に祖父を亡くしてから祖母にはだんだんと「ボケ」の症状が現れました。
家族としては、日々物事がわからなくなっていく祖母の姿を見続けることは痛々しく、ショートステイや介護老人ホームなどの可能性も考えました。
しかし、最後は家で看取ろうというところで意見が合致し、完全に介護をしております。
この文章を書くにあたり、祖母のボケをネタにすることにものすごい抵抗がありました。今回の文章は大分デフォルメをしていますが、実際は怒鳴られたり、泣かれたりとこちらが戸惑うようなこともしばしばあります。
また、私たちのように介護に苦労をしている家は大変多くあります。ボケや介護をネタにすることで気分を害す人もいるだろうことが公開まで時間を置いた理由でした。
でも、事実こういうことがあり、高齢者を抱えているご家庭では決して特別なことではないので、今回公開することにしました。
高齢社会になり行く日本ではあちこちの家庭で介護の苦労をされることと思いますが、介護するほうも考え方ひとつで楽な気持ちになれることをミチコのコメントから感じてもらえれば嬉しいです。
投稿者: KAKU | 2005年12月29日 00:40
日時: 2005年12月29日 00:40
うちのおばあちゃんは87歳。私は一番頼られていて、そのため、あきこさんはいつもいないから、といわれてしまいます。えっ、おなじ屋根の下で仕事してるじゃない。うちの、敷地の中で仕事してるじゃない。外に出るなんて十日にいっぺんくらいじゃない、といってしまいますが、母にはそのように、映るのでしょう。父は87歳で亡くなったとき、ほとんど、会話ができないくらいでしたので、とても忘れっぽくなっているとはいえ母の方が頭がしっかりしていると思ってしまいます。父はほとんどしゃべれなくなり、でも、ありがとう、だけはいえました。母は使える頭を楽しいことに使わず、取り越し苦労に使っているように見えます。母の一番の願いは、早くお迎えがくること。往生安楽国、と言葉では聞いたことありますが、お迎えの時までをどう過ごすか、という宿題を与えられています。私たちも。母は浄土宗のお寺に生まれ育ち、学生時代も、お念仏を申す、月影寮というところで過ごしたそうです。だから、時々、そうそう、お念仏があったわ、と思い出すのですが、お念仏で救われているようにはみえません。
2004年夏に骨折し今は家の中を
車いすで移動しています。介護ヘルパーのかたに来ていただいています。お風呂など。
ではまた。
投稿者: あきこ | 2005年12月31日 02:03
日時: 2005年12月31日 02:03
あきこさん、こんにちは。
そう、うちも「誰も顔を見せに来ない」と言われることが悩みのひとつです。家のつくりがちょっと問題で、玄関が1F,祖母の部屋は2F,両親は4F,わたしたち夫婦は5Fなので、外出や来客の行き帰りには顔を出すようにしているのですが、祖母は寝ていることも多くおしゃべりができなかったり、会っても忘れてしまったりということがほとんどで。おまけに祖母の部屋は電話やインターホンをつないでいないので、長居もできないし。まぁ、寂しい気持ちはわかるのですが・・・。
でも、そんな苦労もあってこその「家族」なのだなぁ、と思っています。来年生まれる子供にも、そんな祖母とできるだけたくさん触れ合ってほしいと願っています。
投稿者: みちこ | 2005年12月31日 11:45
日時: 2005年12月31日 11:45
痴呆老人(養母)を介護し、戦争の毎日の後、送り出しました。
経験から軽い痴呆のときに、出来るだけ、頑張って、同居というか、同じ部屋で、特に何かをしてあげる訳でもなく、時間を共有するのが、痴呆の進行を、遅くすると思います。あとは、夜中、ごそごそ起きているなら、心療内科など相談して、昼間、日光を浴びること、必要によって、睡眠薬や、昼間覚醒薬を、飲んでもらうのも、有効と思います。脳のセロトニンとかノルアドレナリンとかそういう類の神経シナプス伝達物質の異常なのです。家族で、細かく、今日のおばあちゃんの行動を、ほうれんそう。をしないと、さいふが取られたとか、誰も来ていないのに、誰かお客さんが来たとか、言い出します。痴呆の家族は、隠したい家族の心情は、解かりますが、縁側で、いろいろな人が通っていくのを、見ているだけでも、痴呆が、遅れます。わが父は、92歳ですが、5年前離れで生活して痴呆が始まったので、孫から何からごちゃごちゃのところで、生活してもらって、直りました。毎日、ものすごいこと、起きても、一緒にぐちゃぐちゃの方が、結果は、いいです。
寺の手前を、考えると、つらいものはありますけど。。。
投稿者: 堀 | 2005年12月31日 15:04
日時: 2005年12月31日 15:04
うちのおばあちゃんは87歳。私は一番頼られていて、そのため、あきこさんはいつもいないから、といわれてしまいます。えっ、おなじ屋根の下で仕事してるじゃない。うちの、敷地の中で仕事してるじゃない。外に出るなんて十日にいっぺんくらいじゃない、といってしまいますが、母にはそのように、映るのでしょう。父は87歳で亡くなったとき、ほとんど、会話ができないくらいでしたので、とても忘れっぽくなっているとはいえ母の方が頭がしっかりしていると思ってしまいます。父はほとんどしゃべれなくなり、でも、ありがとう、だけはいえました。母は使える頭を楽しいことに使わず、取り越し苦労に使っているように見えます。母の一番の願いは、早くお迎えがくること。往生安楽国、と言葉では聞いたことありますが、お迎えの時までをどう過ごすか、という宿題を与えられています。私たちも。母は浄土宗のお寺に生まれ育ち、学生時代も、お念仏を申す、月影寮というところで過ごしたそうです。だから、時々、そうそう、お念仏があったわ、と思い出すのですが、お念仏で救われているようにはみえません。
2004年夏に骨折し今は家の中を
車いすで移動しています。介護ヘルパーのかたに来ていただいています。お風呂など。
ではまた。
投稿者: あきこ | 2005年12月31日 23:25
日時: 2005年12月31日 23:25
こんばんわ。そして、
明けましておめでとうございます。
今年も、ブログ楽しみにしております。
がんばって下さいね。
実は私も祖母との関係で同じような事柄が今日起こって、少々考える事がありました。
(毎回こちらのブログを読ませていただくたびに、同じような悩みや問題がアップされていて、ビックリする次第です。)
祖母も、自分の言動がハッキリしなかったり、考えが混沌とすることがしばしば起こるようになって、自分でもそれに気付いていて、イライラして家族に当たったりします。
でも私も思うのです。
だんだんと自分という境界線、時間という位置、が薄れていき、何か大きなものと交じり合って、肉体を卒業するのかな?って。
で、その前に頑張ったご褒美に多少我が侭放題でも「許して期間」があるのかなって。
時々私も自分が具合が悪い日などは頭にきて、ほとほと困り果てそうになりますが、そういう風に考えようかなって。
いっぱい遊んでくれて、いっぱいいろんな事を教わった大事なおばあちゃんだから、大切にしようって、今回のブログを読んで改めて深く思いました。
アップしてくださって本当に感謝しています。
今日は本当に救われた気分です。優しい気持ちになれました。
元旦に82歳になりました。(去年も82といっていました。笑)
おばあちゃんと一緒に私も生きる意味や素晴らしさをもう一度体験してみようと思います。
がんばって下さいね!応援しています。
投稿者: 野良猫保育園園長 | 2006年1月 2日 23:21
日時: 2006年1月 2日 23:21
>堀さま
コメントありがとうございます。
>さいふが取られたとか、誰も来ていないのに、誰かお客さんが来たとか、言い出します。
・・・という段階は既に通過したように思います。医師への相談、投薬はもちろん行っていますし、祖母の状態を隠すつもりもありません。痴呆のせいで、動かないはずの足が動いてしまい、むしろ通りがかりの人や警察官に迷惑をかけたこともあったので戸惑いました。まぁ、だからどうということでもないのですが。
できるだけ祖母との時間は持つようにしていますが、祖母が正常な状態なのかそうでないのかの見極めや、祖母の介護にいちばん心を痛め骨を砕いている住職(息子)を支えていくことが、当面の課題です。
>園長さま
コメントありがとうございます。
家族が出すのをためらった記事でしたので、これで励まされたというお声を頂戴し、こちらこ勇気づけられたように感じています。
どんなに前向きなことを言っても、現実の毎日はキレイ事ではすまないことがたくさんありますよね。でも、少なくとも自分自身は、できるだけ穏やかに、くじけない強い気持ちでいられるように努めたいと思っています。お互い頑張りましょう!
あ、ちなみにうちの祖母もここ3年くらい自称90歳です(笑)。
投稿者: みちこ | 2006年1月 3日 15:21
日時: 2006年1月 3日 15:21
GPS携帯(当時は、GPS、FAXのPHS)をいつも着る愛用の衣服に気がつかれないよう縫い付けました。また、電話番号を墨で書いた白い布を、背中に縫い付けました。で、昔の記憶の場所へ行きたがるので、捜索事件のあとは、解析して、行き先とルートのパターンを、覚えるようにしました、。
正常と痴呆は交互にやってきます。介護の方、お体を大切にしてくださいね。
後、外へ、出られるとのことで、デーサービスの日を入れることで、こちらの精神的な負担を減らしました。迎えのマイクロバスに乗せれば、お任せで、こちらが、休憩できる(精神的に)ので。
投稿者: 堀 | 2006年1月 3日 19:29
日時: 2006年1月 3日 19:29