::::::::寺入り娘より::::::::
だいぶ前のコラムで、他人(夫婦ではあっても)と暮らすことはとても興味深いと書きました。その気持ちはもちろん今も変わっていないけれど、結婚式を終え新婚旅行を終え、次第に新婚とは言っても平凡な日常生活に入ると、興味深いとばかりは言っていられない状況もしばしば。
特に朝方、夜型の違いには閉口しています。わたしはOL生活7年。正直、あまり朝には強くなかったけれど、それでも毎朝出勤して仕事をし、夜には退社して寝て起きて出社、というリズムを繰り返していたので、夜は完全に自分の時間で、多少のズレはあっても寝起きの時間は決まっているのが普通でした。
ところが彼は違うのです。お坊さんという仕事柄、出勤という習慣がないので、昼夜問わずいつでもオンと言えばオンだし、オフと言えばオフ。朝起きてとりあえずご飯を食べても、眠たければまた寝てしまうし、夜も寝るのに気が向かなければ、何時まででも際限なく起きている。
彼とわたしはリビングで過ごしていることがほとんどです。特に、わたしのベッドと彼のパソコンはドア一枚隔てたすぐそばにあるので、彼が仕事の話をする声、カチャカチャとキーボードをたたく音など、どうしても気になり眠ることができません。しかも、仕事上、彼だけの仕事ということもなく、彼の性格上、彼だけの知り合いというわけでもないため、わたしも、なんの仕事してるんだろう、誰と話してるんだろうと顔を突っ込んでしまうのです。そして彼もまた、わたしが部屋をうろうろするのが気になり、仕事に集中できないとか。
結果、わたしは生活のリズムを整えることができず、彼は思い立ったときに仕事に集中できない悪循環。
何が正しいと決めつけるわけではありませんが、わたしはどうしても、一日の終わりには二人でゆっくり過ごしたいと思っていて、それは割りとフツーの感覚だと思っています。もちろん、いつ何時どのような仕事を頼まれるかわかりませんし、お通夜だお葬式だとなれば、深夜早朝でも丁寧に対応するべきなのは当然と納得しています。でも、そうでもない用事、パソコンをいじったり、昼間でもできる用事をわざわざ夜中にしていたりというのを見ると、なんだかストレスに感じてしまうのです。実際、草木も眠る丑三つ時に、お檀家さんから緊急の電話を受けるということは、おそらく彼の記憶の中でも非常にまれなことでしょう。
一方、彼は彼で、夜型だろうが不規則だろうが、自分の思い立ったときに自由に身軽に動くことが良い成果を生むと考えているので、わたしが彼につられて生活のリズムを乱しストレスを溜めている姿が、実は彼にとってもストレスになっているようなのです。
好きで結婚した相手です。一緒にいられてとても幸せですが、誰かと一緒に暮らすというのは、なかなか容易なことではありませんね。。。
::::::::寺継ぎ坊主より::::::::
[坊主松本の徒然日記]の、「超夜型生活」を読んで心に染み入った。仕事が溜まって夜遅くまで作業を続けてしまうことはそのまま僕にも当てはまる。そういえば昔は3時4時までよく勉強をしていたものだ。
でも今はそれをしないように心がけている。うちは三世帯同居という大所帯をなしている。祖父、祖母、父、母、そして妻と僕。これだけ家族がそろえば立派な社会だ。中々身勝手をするわけにもいかない。だから昼間のうちにやることを終わらせ、夜は早く休みたい。
これだけのことだけれども中々うまくいかない。6人家族、しかも全員在宅勤務とくれば理由を見つけてよく呼ばれる。「あの書類はどこにいった。」「今日は○○さんの3回忌だからお経をあげておいて。」という寺の用事もあれば、「お茶にしようか」「買い物に行くからお留守番をお願いね。」というきわめて家庭的な用事で呼ばれることもある。
加えてお檀家さんも時間を選ばない。僕は普段5階に住んでいるので、チャイムがなると1回まで猛ダッシュをすることになる。速達、勧誘、電話応対と来ればもう一日中ひっきりなしに忙しくなることもある。
あわただしい中に時間はどんどん過ぎて行き、昼間やりたかったことが昼間のうちに終わらなくなる。なんだかんだで夜にずれ込んでしまう。でも、そこは新婚夫婦、夜は二人でゆっくりとしたいと思う。
「出社」「登校」という明らかな「オン」「オフ」が無い生活をしている僕と家族。となると、自分の中でオンオフをつけなくてはいけない。でもそのオン/オフを家庭内の誰にでもわかるようにすることは難しいものだ。できるだけ昼間は自分の世界に没頭していたいと思うものの、哀れなり意思弱き自分。目の前に楽なことがあるとついそちらに傾いてしまう。お茶に呼ばれればつい行ってしまう。これが昼間に仕事を終わらせないことに拍車をかけている。
こうなるとはじめの思いはどこへやら、結局夫婦の時間を削って深夜に作業をすることになる。「独身時代は自分の時間を自由に使えたのにな。」なんて愚痴を言ったところでイマサラである。
オンとオフの曖昧な線上に生きることのできる僕はいまいちこの曖昧さに翻弄されている気がする。